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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
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しおりを挟む「どうした」
「……なんでもない。どうこの『聖塔』に入ろうかと苦心していたところよ」
「名前を呼べばあの貧民が駆けつけたりしないものか?」
「あの剣幕で私の元を離れたのに? 呼べば出てくる犬ではないのよ」
「犬より忠義というものを知らないようだがな。……いや、お前が主人ではなかったのか? 婚約者のものだと言っていたな。……そもそも、どうしてあの貧民はここに来た? この『聖塔』にリスト、という男がいると?」
……それは。
人形師の疑問は最もだ。……だが、ある程度の目星はつけていた。
私の知っている『聖塔』はそれなりに縦に長く、まさに天を貫くようだったが、けれどここまでではなかった。少なくとも人工物で、人の祈りの結晶のように見えた。凄まじいと思ったが、ここまでではなかった。
だって、この塔はまるで神が与えたものだ。人の手で作り上げられたというには無機質すぎる。神が与えたもうた聖遺物であると言われた方がまだ納得が出来た。
それでも、これが『聖塔』で、中に入っている人間があるというのならば、きっとリストの目的は一人だ。
サガル、兄様。
「……ええ」
「なるほど。リストという男を殺されるのはまずいのか」
「どういう意味?」
「十中八九、あの貧民と対決することになるだろう。俺とお前では手負いのあいつを殺すことは敵うまい。とはいえ、爺様は俺にはふるえないしな」
「そういえばさっきもそんな話をしていたわね」
ちらりと男が腰にさした、あの剣を見遣る。
喋っていたはずのそれは今はうんともすんとも言わない。鞘に入れられてからすっかり大人しくなってしまった。
「その剣、お前にはふるえないと? 聖剣アルフレードと言っていたわね。ええっと、シシードというものが使っていたとも言っていた」
「はん。この剣は救国の剣だからな。シシード卿という恐ろしく強い聖騎士が国家を守るために爺様をふるい続けた。気高く、誇り高い、我らが剣様。次の王の選定すら任された」
「王?」
「シシード卿が死んで国力は明らかに落ちた。貴族達は強い王を求めた。シシード卿のように、ただ強い王を。爺様はある山の頂に突き刺さり、剣を抜く者を求めたという。つまり、爺様を抜けたものが次の王になる、ということだ」
「つ、突き刺さり?」
もう何が何なんだ?
人形師が爺様と呼ぶから気の良さそうな老人の顔を思い浮かべるのだが、実際には剣なのだ。喋れる剣。
それが王を選ぶ? 童話の話ではないのに。
頭がどうにかなりそうだ。
「ああ。確か、アハトも試したと言っていたな。あれはシシード卿の孫だから、見込みがあると思われていたがついぞ抜けなかった」
「アハト? あの、犬のような男?」
クロードが死んでいた部屋の前で番人のようなことをしていた、顔は犬、体は人間の男だ。
舌ったらずな声でひめさまと私を呼んでいた。
「お前の愛人だろうに。……そうだ、アハトだ」
「あいつ、王族なの?」
騎士だとカリオストロは言っていたと記憶しているが、王族だとは言っていなかった気がする。あいつはただ、私の騎士だと、それだけを主張していた。
「違う。貴族ではあるが」
「でもそのアルフレードという剣を抜けば王になるという話だったわよね?」
「ああ」
「意味が分からないわ。王族でない人間が王になれるわけがないじゃない」
何のために脈々と階級社会が息づいてきたというのだろう。
力自慢であれば王になれるのならば、階級なんて何の意味もない飾りだ。
「……サガルは」
「どうして今兄様の話を」
「にい、様?」
人形師は目を見開き、私を凝視した。タチの悪い冗談を聞いたようなギョッとした表情だ。
「悪い冗談か? それともそういう遊びか」
「はあ?」
「お前がサガルを兄と認めるなんて、頭を打ったとしか思えん。お前のに兄を殺した男だぞ」
「それは私の兄じゃない」
また、知らないカルディアの話か。
……兄を、殺されている?
「それに、アハトを殺したのも奴だ。貧民あがりの出来損ない。お前の父親の庶子だというが本当かどうか。羽だって紛い物だ。だが、剣を抜いてみせた。王威を示し、正しく王座に腰掛けた。……羽があればここを飛んであがれるな」
「お前、思考があっちこっちに飛ぶわね」
そういえばあのサガルが、羽が生えたと言っていたような……。
私は花を喪い、自分は羽を得たのだと。
いや、今はそんな話を思い出している場合じゃない。
ともかく登れなければ、意味がないんだ。
意を決して、私は靴を脱いだ。微かな凹凸がある塔の壁に足をつける。指の力だけで体を浮かせると、ゆっくりと伸び上がった。
「お、おい」
左右の足を出して、少しずつ登っていく。
けれど、窓はずっと遠い。手を伸ばしても、届きそうにない。
それでも、この塔に入らなくてはならないと思った。
ここには、イルがいる。そして、きっとリストも。
「お前はここにいて。登れるかどうか試してみるわ」
「試すな、馬鹿。お前は行動する前に相談する癖をつけろ」
「な、それ以外、方法はないでしょう!」
「落下死する未来しかみえんからだ。お前があの窓まで届くのならば、ナメクジだってあそこまで登れる」
遅々として登れないが、それでも少しは前進している……はずだ。
ナメクジよりは体も大きいし、どうにかなるはず。
「……はあ。馬鹿が。この『聖塔』が死に神のために建てられたものならば、死に神の眷属にだけ塔が開かれるのではないか。だとしたらーーーー」
言葉を選ぶようにまごつかせて、人形師はあたりへ視線を投げた。これまで何度も見た、何かを探すような視線だった。そして瞳がとろんと溶けたように虚になる。
「爺様が殺した魔獣は女だったか?」
「は?」
魔獣って、もしかして死産した子供を育てようとしたあの化物のことか?
「カリオストロが敵対していた魔獣だ。あれは、オーエンだ。俺が魔獣から人の姿を取らせてやった。あのオーエンが、子供を産んだ。自分の子供を。あぁ、そうか。あいつに知性をやったから、神を崇め始めた。あいつは、子供をこの塔にーー」
「な、何の話をしているの。それに、あの魔獣な子供は、死産したのよ」
「死産。……そうか。なるほど、死んだのか。せっかくの機会だったのに。だが、まだ間に合う。魔獣でなくても構わない。――俺もまた、死に神の眷属だ。ならばこの塔の開け方を知っている。俺は」
一息で言い切ると、人形師は言葉を唱えた。
何と言ったのか少しも聞き取れなかった。ヴァイオリンが擦れるような音が、人形師の口からしていた。
「わっ!」
がたがたと足元が揺れて、私は頭からひっくり返った。
靴に頭を強かにぶつける。塔が湾曲して見えた。まるで今にも降ってきそうだった。
体を起こすと、指先が震えていることに気が付く。指先だけじゃない。体中が震えている。塔の外壁がゆらゆら揺れて、口を開けるように壁の一部が下へと仕舞い込まれていく。
眼前に現れたのは、螺旋階段だった。
だが、様子がおかしい。
だってこの螺旋階段は、上に続いていない。
下に、しかいかないのだ。
上はただ何もない空洞だった。窓にあたる部分も、あるだけで誰かが覗き込むこともかなわない。
ただ、天に向かって空洞だけがある。
血は、階段へと続いていた。イルは、下に向かったらしい。
人形師が手をひく。
「ま、まって。お前が死に神の眷属?」
「そのようだな」
「な、何なの、ぼんやりとし過ぎではないの!? いったいいつ、そんなことに?」
ああ……と人形師は力なく答えた。何のつもりだが、さっぱり分からん。
「下に、向かうの?」
「やめるのか」
「……行くわよ」
靴を履いた。問答はあとだ。
まずは階段を降りて、イルを追わなければ。
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