陽光紅葉と月光薔薇

鎖宮紫庵

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陽光紅葉と月光薔薇

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雪の残る小さな庭に、ある日突如真っ白な薔薇が一輪咲いた。
雪の中に紛れそうな、白い薔薇。
薔薇から少し離れたところに、真っ赤な紅葉の木がある。
どんな色も混ざらない、鮮やかな赤色。



大好きな人がいた。同じ地下アイドルの、ユウトっていう人。緑のメッシュが入った黒髪の、かっこいい人。憧れていて、尊敬していて、一番好きな人。
それから、もう一人。ユウト経由で知り合った、リョウっていう人。この人も地下アイドルで、あんまりライブはやってなかったけど―赤い髪に赤い眼鏡の彼は、優しくて時々いたずらっぽくて、なんとなく、こんな大人になりたいなんて思っている。

わたしに恋はできない。数年前に別れた彼女のことが忘れられないし、何よりわたしは同性愛者だ。男性に恋に落ちることはまずない。だから、ユウトもリョウも憧れで止まるはずだった。なのに―歯車は、廻り始める。

私が彼らと知り合って、4ヶ月ほど。ユウトやリョウと話す機会も増えて、個人的に遊んだりすることも増えてきた。ユウトは別の仕事やライブの予定を隙間なく入れていて、ほとんど遊べなかったけれど。わたしはとても嬉しかった。憧れの人と遊べて、話せるのだから。
そんな人たちと、グループを組んで活動することになった。ユウトの提案で。一人じゃ限界があるから、って。他にもユウトの知り合いを呼んで、五人組のアイドルグループを結成した。それはまるで、夢のようで―



わたしは薔薇の世話をする。花びらにシミひとつない、綺麗な薔薇を。
薔薇の数がいつの間にか増えている。一、二、三…十二本。
確か意味があったはず…だけど視界の端に、赤色が映る。
ふと紅葉を見やった時、その赤の眩しさに立ちすくんだ。
突然、美しく見えるようになったのだ。鮮やかで、綺麗な、赤。



グループを正式に結成する、少し前のことだった。
リョウもユウトもわたしより年上で、とくにリョウはわたしにない視点を持っていた。だから、わたしは気兼ねなくいろいろなことを相談していた。―個別で、だったけれど。

アイドルになる前から、私には彼氏がいた。彼へ溜まった不満をユウトに愚痴りつつ相談していたとき、突然ユウトが告白してきた。わたしのことが好きだって。
頭が真っ白になった。そんなことを言われても、困る。だって、わたしには―
…その時、気がついてしまった。わたしはもう彼氏のことは好きじゃない。わたしが好きなのは…

わたしは彼氏と別れた。



紅葉の木に背中を預けて、ゆったりとした時間を過ごす。
紅葉の葉は日陰となり、時折悪戯でもするかのように、わたしの顔に光を落とす。
溶けかけた雪と、いままでなかったはずの黄色が目に写る。
どうして?どうして黄色い薔薇が咲いているの?



わたしは誰も悲しませたくなかった。傷つけたくなかった。だからわたしはユウトの手を取ることに決めた。バレたらグループも、アイドルとしても終わってしまう。だから誰にも内緒で。
だけど―だけど。リョウには言ってしまった。ユウトと付き合うことになったこと。…リョウが、好きだということ。

リョウは気の迷いだとわたしに言った。絶対にそんなことないって確信がある。リョウのことを考えていると心臓が締め付けられるかのような感覚に陥る。どうしようもなく好きで、のらりくらりとわたしの好意をかわすリョウにきちんとこの想いを伝えたかった。気の迷いなんかじゃないって、自分が一番よくわかっている。だけどきっとリョウはわたしのことをなんとも思っていない。だからリョウに話して玉砕して、心置きなくユウトと付き合えると思っていたのに。
―リョウは思わせぶりなことしか言わない。自分の本心は言わないのに、わたしを引き止めるようなことばかり言う。苦しい。苦しい。どうして?

わたしに恋はできないはずだった。今も彼女のことを考えると胸が苦しくなって涙が出る。なのにそれも薄れてきてしまった。代わりにそこを埋める、リョウへの想い。苦しくて痛い。とても。だけどそれが恋の痛みだと、わたしは知っている。男性に恋愛感情は抱けないはずなのに、どうして。

数日後、リョウと頻繁に会ってること、頻繁に話していることがユウトにバレた。ユウトはわたしの腕を掴んで、
「リョウと話さないでほしい、会わないでほしい」
そう、わたしにいった。



黄色い薔薇はどんどん増えていく。わたしに何かを伝えるように。
わたしは紅葉の木を見上げる。
何が言いたいかわからない、紅葉の木。
薔薇に近づいてみたら―棘のついた蔦が伸びて、わたしの脚に絡みついた。



ユウトの束縛はどんどん強くなっていく。わたしが話す人会う人、すべてに嫉妬していく。わたしはどんどんどうしようもなくなっていく。そこから逃げるように、何度もこっそりリョウと会って、映画を見に行ったり水族館に行ったりと普通のデートみたいなことをした。リョウはわたしがユウトと付き合っているのを知っているから、そのたびに「彼氏がいるのに他の男と会ってる悪い子」だとわたしに言う。けれど、リョウはわたしの誘いを断らない。冗談でわたしの家に来てゲームでもしないか、と誘ってみても、リョウはそれを断らない。冗談だって知っていて冗談で返しているのかもしれないけれど―わたしはまだ十代で、教室で教科書とノートで勉強する高校生なのだ。わたしよりざっと十年近く長く生きているリョウの、どこまでが冗談でどこまでが本気なのかがわからない。わからないといえば、わたしもリョウもユウトも、本名で活動していない。わたしの本名は友達とリョウと三人で会ったときに友達がぽろっとこぼしてばれてしまったけれど、リョウの本名は一切わからない。プライベートが巧みに隠されているのだ。それがなんとなく、気に食わない。わたしは最寄駅すらばれてしまっているのに。

ある日、ユウトが突然進路の話を聞いてきた。決めていないと言ったら―



ひらひら、はらはらと。
紅葉の葉が散っていく。舞い落ちていく。
棘だらけの蔦に縛られた私は、もうそばに行くこともできない。
風に飛ばされて一枚だけ、手に乗った紅葉の葉を、私はそっと握りしめた。
薔薇に気づかれないように。



高校三年生にもなって―まだ春だけれど―進路を決めていなかった人はわたししかいなかった。進学も考えていた。だけどもう進路は決まってしまった。ユウトはリョウに相当嫉妬しているらしい。わたしが卒業したら、リョウのいない遠い場所へ二人で行くことになった。頷くことしかできなかった。どうしようもなかった。だってわたしは誰も傷つけたくない。誰にも悲しんでほしくない。ユウトの手を取った瞬間から、わたしにユウトの提案を断る権利はない。神さまは―いや、ユウトは残酷だ。ある日電話しているときに、ぽろりとリョウが好きだって言うことを言ってしまった。そうしたら、「知ってたよ」って。知っていたからこそ、わたしがそれを恋だと自覚する前に告白したのだと。わたしは断れない性格だから、そうすれば簡単に自分の物になるだろう、って。そうしてそれは、思惑通りにいったのだ。

これが最後、と決めて。今日もリョウに会っている。卒業するまでは会えるけれど、ユウトはそれを嫌がるから。まあ、バレなきゃいい話なのかもしれないけれど。
けれど、わたしがもう耐えられない。リョウと会っていると心臓が苦しい。切なくて苦しくて、おかしくなりそうで。何でもないふりして笑っているのが精いっぱいで。だからもう、会うのはやめにしたかった。別れ際にそのことをリョウに話すと少し残念そうにそうか、とだけ言った。遊べる相手が減るの、嫌だからさ。って。
もっと強く、問い詰めてほしかったような。まだ会いたいって言ってほしかったような。それともはっきりと、断ってほしかったのか。ああもう、わからない。
別れ際にぽんと、ぬいぐるみのついたストラップを渡された。うさぎのぬいぐるみ。あげるよ、それ。と言われて、わたしは反射的にどうして、と聞いた。
「幸せになってほしいから。お守りみたいなものだよ」

何かが腑に落ちた気がした。言葉にするのは難しいけれど、このぬいぐるみは一種の決別のように思えた。友達でいようという宣言。もう会わないという宣言。きっとこれが本当に最後だ。わたしの恋の最期だ。大丈夫。これからはユウトの隣を、胸を張って生きていけるはず。



いつの間にか黄色い薔薇は赤くなっていた。
散った紅葉に対抗するかのような、綺麗な赤色。
薔薇はどんどん増えていって、私はその中心にいる。
雪はもう溶けきって、わたしは薔薇に恋をする。



リョウは日向に腰を下ろした紅葉の木のような人だった、と思う。何を言いたいかはわからないけれど、彼と一緒にいると落ち着くのだ。まるで木の根元に腰を下ろして、背中を幹にあずけているような、そんな感覚に陥る。そしてそれは確実に、わたしの中で『綺麗な思い出』になった。
逆にユウトは月夜に咲く薔薇のような人だ。薔薇には色と本数でたくさんの花言葉がある。色を変え数を変え、わたしに何かを伝えようとしてくる。棘で傷をつけて、誰にも渡さないようにと閉じ込めてくる。独占欲の強い人だけれど、今はたまらなくそれが愛おしい。嘘でも、つき続ければ本当になるんだ。その証拠にほら、わたしはユウトと一緒にいると胸が苦しくなる。どうしようもなく痛くなれる。彼女のことでもう泣かない。これからはユウトの隣で笑っていられる。

―――

楓(紅葉)…綺麗な思い出
薔薇(白)…私はあなたにふさわしい
  (黄色)…嫉妬
  (赤)…熱烈な恋
1本の薔薇…一目惚れ
12本の薔薇…告白
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