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二章

七十話 門前問答

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 最初はただの確認のような感じだったものが問答になり、気がつけばかなりピリピリとしたやり取りになっている。
 変に口を挟むわけにも行かずハティの背中から遠巻きに眺めてることしか出来ないが、とても良い空気には見えない。
 初めは傍観していた村長も業を煮やしたのか門兵達とのやり取りの輪の中に加わっていた。
 村長仕事できたって言ってたし、招待された側な訳だから起こるのも無理ないか。
 それなりに門から距離があるから何を話してるのかは聞き取れないけど、時間が経つに連れて険悪ムードが加速していってるのは判る。

「なんか良くない空気だね」
「だなぁ。一応俺達招待された立場なんだけどな。一体何を揉めてるんだか」
「時折こっち見てるしハティちゃん警戒してるんじゃないの?」
「それこそ、ハティに乗って来てくれって指名されたのに、流石にソレはないでしょ」

 王様直々の指定なんだからソレが原因というのは流石にない筈……
 まさか、兵士にその事伝え忘れてるとか?
 いやいや、いくらなんでもソレはない……よな?

 なんて嫌な予感を感じていたら、門兵の一人が俺達……というか多分はティを指さして喚き始めた。

「なんかこっち指さしてるように見えるけど?」
「なんだろう?」

 チェリーさんやエリスも気がついたようだ。
 これは丁度いいか?

「じゃあ、直接話を聞いてみるか」
「良いの? 近付いて」
「あれだけ派手に俺達を指さして喚いてるってことは俺達かハティに関係あるってことだろう。直接事情を聞くいい理由になる」
「それもそうね」

 という訳でハティに門へ寄ってもらう。
 兵士たちを見下ろす形になるが、アルマナフからは俺達がまたがっている姿を見せてほしいと言われてるし、何よりもいちいち降りるのも面倒だしこのままで良いだろう。

「何か俺達を指さして騒いでたみたいですけど、一体何を……」
「黙れ!」

 事情を聞こうと近寄った途端、兵士たちは殺気立ってハティに向けて武器を突きつける。
 コレは流石に如何なものか。

「自分たちで招待しておいて、理由も説明せずに武器を突きつけるってのは流石にどうかと思いますが?」

 丁寧に問いを投げたつもりが、ちょっとイラッとして刺々しい物言いになってしまった。
 気づいたチェリーさんに背中を突かれてちょっとだけ冷静になれた。

「すいません、チェリーさん応対変わってもらえます? オトナな対応がちょっと出来ないっぽい」
「しょうがないなぁ、いつも世話になってるしコレくらいなら良いけど」

 という訳で、コミュ障からコミュ強へバトンタッチ。 

「何故、私達が武器を向けられているのか、理由をお聞きしても?」
「黙れと言っている! お前たちに発言を許してはいない!」

 この対応には流石にチェリーさんもお手上げポーズだ。
 会話が成立しないと言うか、一方的に対話を放棄されていては如何にチェリーさんといえどコミュニケーションなんて成り立たない。
 この対応に、俺達を護衛してくれていた人達のリーダーっぽい騎士がついにキレた。

「貴様ら、王の名の元に参じた村の長と客人に対してその態度は何だ!」
「王がその様な魔物の如き獣を街に入れるなど許すものか! 嘘をつくにももっとマシな言い訳を考えたらどうだ!」

 おい、本当に話がついてないじゃねぇか。
 大丈夫かあの王様!?
 というか鎧の作りは似ているが、装飾だったりをみるに騎士の人のほうが役職は上に見えるのだが……何で貧相な鎧をつけてる門兵の方があんな強気なんだ。
 確かにマントとか付けてるし他の雑兵より偉くはあるんだろうが、護衛の人の方がどう見ても格下だろ。

「我が名はルシオ・エスタシオ! 王国近衛所属の騎士である! 貴様はなんの権限で王の名代として迎えに出た近衛騎士の前を遮るのか!!」
「馬鹿め!野盗崩れが馬脚を現したな? 近衛騎士は王の守りにつく特別な騎士だ! この様な次期に国を開けるはずがあるまい、この偽物めが!」
「ならば王に直接確認せよと言っている! 我が名と客人達の名を伝えれば解決すると何度言えば判るのだ!」
「王は今忙しいのだ! 貴様らの戯言など、王の耳に入れるまでもない! どこで近衛の鎧を奪ったのか知らんが、この目が野盗の成りすましを見抜けぬような節穴と思ったか!」

 いや、完全に節穴ですやん。
 というか確認取らず決めつけで客を追い返すとか、番人としては最低なんじゃないのか?
 現場判断といえばソレまでかもしれんが、独断が過ぎるだろ。
 何でこんなのが門兵に就けるんだ?
 こんなのに任せたらトラブル頻発で国の信用だだ下がりになるだろうに。
 実際小規模とはいえ、王から直接招待を受けた村の長を門前払いしようとしてるわけだし。
 これ、他国の使者とかだったら国際問題だろ。
 100歩譲ってハティを警戒することに理解は出来ても、近衛騎士の言い分を頭から否定するとか普通有り得なくないか……?
 所属の部署間の問題で仲が悪いのか?
 だとしてもこういうのは上下の関係は絶対なんじゃないのか? 漫画の知識だけど。
 ミリタリー系のネタは守備範囲外だったからはっきり言えないんだが、ソレにしたって不自然に感じる。

「村長、村長」
「何だ?」
「今のこの状況って普通にある事な訳?」
「ある訳ねぇだろ。あの門兵のリーダー、貴族みたいだが言ってることもやってることも滅茶苦茶だ。王の招待客に武器を向けるとか斬首されても文句は言えんぞ」

 やっぱり村長から見ても滅茶苦茶なこと言ってるのか。
 そういやあの王様、やらかした貴族を間引いたとか何とか、そんな意味合いの事言ってたな。
 嫌がらせで足でも引っ張られてんのか。
 それで王様引きずり降ろせたとしても、貴族が国を蔑ろにしたって事実が変わるわけでもあるまいに。
 むしろ、他の村長とか招待客に同じようなことしてたとしたら、後ろ盾になってくれそうな有力者を自ら敵に回すような真似をしでかしているんだが……自分の首を絞めている事にすら気がついてないのか?
 いや、というよりもコレは……

「ええい、正門の前で騒ぎとは何事……!? 何だあの巨大な獣は、門兵は一体何をして……いや、まて。誰か状況を説明できるものは居るか!」

 門兵の不可解な行動にきな臭いものを感じていた所で、門の内側から別の人達が現れた。
 別の門兵が寄ってきたのかと思ったが、よくよく見てみると身に着けている物の雰囲気が少々違う。
 兵士のような鎧を身に着けているわけではなく、それでいて身なりが整っている。
 武官ではなく文官といった佇まいだった。
 しかし、門を潜った直後目の前に見上げるような狼がいれば驚くのも仕方ないが、未だに吼え猛っている門兵と違ってずいぶんと冷静になるのが早かったな。
 兵士よりも冷静になるのが早いのってどうなんだ?
 門兵が事情を話そうと寄っていったが、当事者に聞いても意味がないと見たのか、申し出を遮り列に並んでいた一般人から話を聞き取っていた。
 中立と思われる第三者から情報を得ようとしている辺り、門兵よりは信用できる……のか?
 その後何人かから状況を聞き取った後で、ようやく俺達の所にやって来た。

「では、改めて聞くがお、前たちは何故この様な騒ぎを起こしておったのか」

 いや、騒いでたのはコイツだけでしょうが。
 ――と、うっかり口を滑らせそうになってしまった。
 我ながら結構カチンと来ていたようだ。

「この者達がこの様な危険な野獣を街に引き入れようとしていたから、我らが止めておったのだ! 門兵として当然の行いであろうが!」
「我らは王命により来賓を送迎している者である。この者達は正しく招待状を携えた王の客人を追い返そうと無礼を働いておるのだ! 抗議は当然であろう!」

 言いたいことは全部護衛の人が言ってくれてるようだし、ここは一つ変に口を出さずに村長や護衛の人に任せて見守るとしよう。
 今話を振られたら喧嘩腰に返してしまいそうだ。

「その巨大な狼についてはどうなのだ?」
「コレに関しては王直々の言葉で飼い主であるあの者達を背に乗せて尋ねて欲しいと要請があったためソレに応じただけです。招待状にその旨記載されております」

 そういって、村長は招待状を差し出した。
 招待状っていうと封筒と手紙をイメージしていたが、村長が取り出したのは筒だった。
 学校の卒業証書が入ってるやつの小さい感じだ。

「ふむ、検めさせて頂く。少々待たれよ」

 そういって筒から取り出した招待状と思われるものを確認していた。
 ずいぶん黄ばんでぼろぼろな……運送中に雨でも降られたのか?
 いや、あれってもしかして羊皮紙ってやつか?
 実物は見たこと無いが、ゲームのマップデザインとかはあんな感じだった気がする。
 こっちの世界に羊が居るかどうかはわからないが、漉いて作る紙ではないのは確かだろう。
 よくよく考えれば真っ白な印刷用紙みたいな紙なんて機械でもなければ作れないか。
 和風っぽいイメージが混ざってるからもしかしたら和紙みたいなのはあるかもしれないが、体裁を大事にする国が発行する書類が羊皮紙っぽいのであれば、あれが上質紙だという認識でいたほうが良さそうだ。

「……なるほど、確かにこれは我が国の発行した招待状で間違いない。そちらはハイナ村のシギン殿で間違いありませんな?」
「ああ、シギンで間違いない」
「近衛騎士の剣と我が名に誓い、村から警護してきた我がこの方が村長殿と証言しよう」

 殿?
 地方の庄村の長とは言え、来賓に対して殿呼ばわりって事はかなり地位が高い人なのか?
 というか、よく考えたら長とは言われても村長自体が明確な地位や役職として認められていないのかな?

「よろしい、どうやら間違いないようであるな。であれば私が城へと案内仕りましょう」
「馬鹿な! 文官如きが何を勝手な……!」
「文官如き……? 戦時下を除き、兵力の差配は我々宮中文官に委ねられているというのがこの国の法であろう。国に命を捧げた兵の言葉とは到底思えぬが、貴殿の言葉は国法に対する反逆の意思有りと見て宜しいか?」

 まぁ、そう突っ込まれても文句は言えないよな。
 祝祭への来賓にたいする妨害に上位者への侮辱と不服従となれば、どう言われても言い訳できないだろう。

「き、貴様……」
「貴殿は軍人でありながら目上の人間に対する正しい言葉遣いも知らないと見える。このまま放置すれば軍規も乱れよう。これは一度雑兵として再教育が必要ですかな?」
「おのれが……! クソっ、行くぞ!」

 すげー。
 テンプレートのような捨て台詞だ。
 『おぼえてろ!』が追加されていたら思わず拍手してたかもしれん。

「あの門兵の裏を探れ。十中八九大掃除で払ったホコリが絡んでいるはずだ。我々自身の雑な仕事の代償だと思って気合を入れろ」

 なんてわかりやすい隠語……。
 ゲームですら国の上の方の話になるとこういう黒い部分が漏れ聞こえてくんのか。
 嫌だねぇ、ゲームくらいはストレスとか無く楽しみたいものだ。

「さて。我が方の不手際によりご迷惑をおかけしてしまったようですな。そこで近衛騎士殿に提案なのですが、ここからは我らも同道しようと思うのですが如何ですかな? 目立つように我らが同行すれば先程のような自体も回避できるのではないかと思いますが」
「おお、では是非ともお願いしたい。宮中文官殿と近衛が同行していれば迂闊な横紙破りに及ぼうとする者も牽制できましょう」

 正直面倒ごとを回避できるならソレに越したことはない。
 あんな常識知らずの兵士が堂々と仕事してるとは思わんかったからな。
 コレを油断と思うのは正直ちょっと釈然としないが、こういうのに巻き込まれんようにヤバそうなのには近づかないようにしないと面倒事が相手の方から寄ってきそうだな。
 あの王様ちゃんと下の方を制御できてんのか?

 それにしてもせっかくの祭りなのに、何かいきなりきな臭いな……
 面倒なことに巻き込まれなきゃ良いが。
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