ν - World! ――事故っても転生なんてしなかった――

ムラチョー

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三章

百三十五話 西風亭Ⅰ

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 無事チェリーさんの登録も済み、宿へと向かう。
 チェリーさんが登録する際に俺と同じ宿にできないかと交渉したようで、同じ宿名のプレートを確保していた。確かに、どうせ一緒に行動することになるのだから宿が同じなのは楽で良い。
 これくらいの機転を、この街に向かおうと考えた時にも発揮してほしかったが、まぁそれは今言ってもしょうがないか。

「さて、西風亭とやらは何処にあるのかね……と」
「南大通りにあるらしいし、南門に向かって進めば途中で見つかると思うけどね~」

 ずいぶん楽観視してるが、今回に関して言えばプレートを発行した受付の人から『宿は必ず大通り沿いにある』と明言されているので、チェリーさんが言うように西門を目指していれば途中で必ずたどり着くはずだ。

「あっ、武器屋発見。この槍治してもらえるかしら? キョウくん、ちょっと……」
「気になるのは分かるけど、先に宿屋だからね? 店の場所覚えておくくらいで我慢してくれよ」
「わかってますー。流石の私も今すぐ突撃させろとは言わないわよ」

 いやウソだろ。めっちゃ飛び出していきそうだったじゃねーか。
 まぁ、気持ちは分からんでもないが、まずは一度腰を落ち着けたい。
 今まではハティの背中に乗せてもらってかなり楽してきたが、今のハティは人型に化けているから普通に歩くしか無い。
 王都で買い込んだものが結構な荷物になっているので、それなりに頑丈なこのアバターでもそろそろキツイのだ。
 後、便所行きたい。ここしばらく、野糞焼き糞の日々だったからな……

「この店じゃないかい?」
「お? ……って、デッカ!」

 キルシュの指差す方を見ると、そこには確かに『西風亭』の看板。
 大量にいるだろう参加者に割り振られる宿舎と言うことで、場末のオンボロ宿屋的なものを想像していたんだが、外見はかなり良さそうというか……簡単に言うと『お高そう』なお店だ。
 何部屋あるんだこの宿? 俺達が止まった安宿で3部屋、打ち合わせに使った高級宿でも10部屋くらいだった筈だが、この宿は明らかに4、50は部屋があるだろ。外見はファンタジーだけど、宿屋と言うよりはもはや大型のホテルだ。
 王都の宿舎は、なんというか宿屋と言うよりも旅館という感じだったし一般向けではなかったから比較対象から外すとして、製品版の方で止まった宿と比較すると規模がまるで違う。
 
「ずいぶん良さそうな店だけど、よく宿舎代わりに開放してくれたもんだな」
「確かに、こんないい宿を参加者用に押さえてたら主催側の負担が凄いことになりそうだけど……他の参加者の宿もみんなこんな感じなの?」

 やっぱりチェリーさんもそこが気になるよな。
 専門的な知識は無いとしても、慈善事業で商売が回るわけがないことくらいは俺だって分かる。宿がデカければデカイほど、人件費や維持費がかかる事くらいはな。
 となると、何かしらそれを可能とするギミックが存在するわけだ。
 真っ先に思い浮かぶのは割り振られる宿屋に格差があるという可能性だが……

「参加者に割り振られる宿屋は多少の差異はあるけど、どこも良いところの宿だよ。オイラの宿も結構立派な作りだしね」

 という続くキルシュの言葉であっさり否定された。一番安直でわかりやすい可能性だったんだけどな。
 大会の参加費無料だったのにどうやって補填してるやら。入場料だけで経営回るほどの収益なのか? 或いはそれ以上の収益が見込めるのか。
 テレビ中継みたいな便利なものはないだろうから、宣伝広告のスポンサードというのも考えにくい……いや、意外とありなのか?
 現代のように、大会終了後に活躍した選手が止まった宿とか付加価値付けて宣伝効果を期待してたりするのは……ありそうだな。
 定期的に大会開いてるみたいだし、年一回の大祭でも、年4回行われる大規模な大会でもないのに、それでもこれだけ人が集まっているなら案外本当にそれで成立しそうな気がするな。

「じゃあ、これで大丈夫みたいだし、オイラは宿に戻るよ」
「おお? 折角いろいろ教えてくれたんだから飯でも奢ろうと思ってたんだが」
「ちょっとこの後闘技場で手合わせする約束があってね。気持ちだけもらっておくよ」
「そうなのか。なら仕方ないな。色々案内してくれて有難うな。本当に助かった」
「ええ、本当に。土地勘のある人が居て助かったわ。有難うね」

 大会の話や宿がすんなり確保出来た事とかは間違いなくキルシュが居てくれたおかげだったからな。
 道に間違えて森の中をさまよう羽目になったが、そのおかげでキルシュに出会えた訳だから、巡り巡って結果的に運が良かったということになるのか。

「へへ、良いってことよ。あ、オイラは大会までは森か闘技場で調子を整えてると思うから、用があれば闘技場に顔を出してみておくれよ」
「わかった。本当に助かった。それじゃぁな」
「うん。じゃあまたな!」

 相変わらず元気いっぱいと行った感じで立ち去っていった。なんというか、気持ちのいいやつだったな。冗談抜きでキルシュが居てくれて助かったな。
 というか、さっきまで森であんなデカブツと戦ってたのに、街に戻ってすぐに勝負とか軽い雰囲気に反してかなりのバトルジャンキーだな、あいつ。
 あの歳で本人曰くデカくはないとは言え傭兵団に所属しているって話だし、それくらい積極的に戦いに身をおいてないと、腕が衰えちまうってことなのかね。

「キョウ?」
「ん? ああ、スマンちょっと考え事」
「キョウくん? どしたの?」

 っと、宿の前で考え込んでも仕方ないか。

「大したことじゃないよ。それより宿前で屯って、営業妨害とか言われないうちにチェックインを済ませよう」
「いや、ぼうっとしていて動かなかったキョウくん待ってたんですけどね?」
「あぁ、そうだった、ごめんごめん」
 
 三人を連れ立って、やたら高そうな宿屋の扉をくぐる。

「へぇ……」

 外のゴージャスっぷりに比べて、内装はずいぶんとスッキリした感じだった。
 ゴテゴテしたものは見当たらないし、高そうな絵とかが飾ってあるわけでもない。しかし、無駄なものがないだけで随分と落ち着いていたロビーだった。
 いや、ロビーだけでなく横に伸びる廊下も似たような雰囲気だ。

「変にキラキラして無くて、いい感じの店ね」
「そうだな。落ち着いた感じで悪くない」
 
 大理石のような石なのか、今まで見てきた黄土色ではなく白で統一されていて、派手さはないが清潔感のある内装だ。
 やっぱり、かなり良い宿なんだろうな。俺達の手持ちじゃ普通に泊まろうとは思えない値段だろうな、多分。
 
「すいません、闘技大会の参加受付でこのプレートを受け取ったんですが……」
「はい、大会参加選手でいらっしゃいますね。プレートを拝見させていただいてもよろしいでしょうか」
「はい、どうぞ」
「あ、私のぶんもついでに」

 二人分のプレートを受け取った受付の人は、プレートと何かを見比べてた。
 多分判り難いように、偽物と区別するための印みたいなものが刻まれているんだろう。

「はい、確認できました。お部屋にご案内しますね」

 さほど時間もかからず確認が取れたようで、部屋に案内してくれようと現れた従業員だったが、彼に部屋まで案内してもらう前に、先に確認しておかないといけない事がある。
 俺ではなく、俺の隣で顔をひきつらせたチェリーさんが、だけどな。
 安宿なら何の問題もなかったんだが、ここまで立派な宿となると、後々問題になるかもしれないからな。主にチェリーさんの財布の中身的に。

「あのぉ、つかぬ事をお聞きしますが、この二人は大会参加する訳じゃないのでプレートを持ってないんですけど、人数で料金が変ったりするんでしょうか?」
「あぁいえ、大丈夫ですよ。料金は部屋に対して掛かっているので、一人部屋に2人泊まる分には追加料金を取ったりすることはいたしません」

 それを聞いてチェリーさんはあからさまに胸をなでおろしていた。
 一人部屋だろうが二人で止まれば二人分の金額になることも多々あるからな。こんな高そうな店で武器の修理費を差っ引いた上で、さらに二人分余分になんて払えるかはかなり怪しい。特に今回はチェリーさん持ちだからな。そりゃ確認したくもなるか。
 俺の方はといえば、王様から祭りで使うための小遣いや、あの争乱での協力報償という形で結構な金額をもらいはしたが、日用品や皮紙とかを買い込んだ結果、あまり手元に金が残っていない。せいぜい場末の安宿で数日泊まれる程度の非常資金だ。とてもじゃないがこんな高級宿のしかも5日分もとなると宿代の補填になるような金額はない。
 だからチェリーさんの手持ちで足りないと色々と問題があるんだよな。
 そもそも本来であればこの街に来ることは想定外で、ハイナ村に直帰する予定だったんだ。あの村では金を使うという習慣が無いから、残しても仕方ないと割り切って、最低限を手元に残して後は現物に引き換えたんだが……こんな事になるならもう少し余裕をもって残しておけば良かったか?
 ……いや、買い込んでいた時点ではチェリーさんからは何も聞かされてなかったんだし、あの時の判断は何も間違っちゃいないか。

「元々家族連れのお客様に関してはお子様からは料金を頂かない事になっているんですけどね。ただし食事やお湯、手ぬぐいと言った消費物に関しては一人分しか備え付けがありませんので、追加分は余計に頂くことになりますが……」
「そこは仕方ないと思うので、お値段と相談させてください」
「かしこまりました。ご所持金と折り合いがつかないようでしたら、食事は他所の食事処でとっていただいても構いませんよ。おすすめは斜向かいにある酒屋が手頃なお値段で良い味ですよ」

 んん? それってもっと安くていい店があるから、そっちで食事をとったほうが良いってことか?
 宿屋の料理って結構な利益率になるんじゃなかったっけ? それなのにわざわざ別の食事処を案内しちまうのか?

「あの、商売的に他所にお客を流すみたいなことして大丈夫なんですか?」
「あまり宿屋で客を囲い込んでしまっては、周りの飲食店から目の敵にされてしまいますからね。それで大通りが廃れてしまっては買い物などの利便性が減り、我々の宿の利用客も減ってしまいますから。そうなれば北や東の通りに客を取られてしまいます」
「あぁ、なるほど」

 この大通りって、要するに共同体みたいな感じで協調してるんだな。そして、各方角の通りによってそれぞれ対立……とは言わないけど、客を取り合ってる感じか。
 だから1店舗だけが儲かるような形ではなく、通りが活性化するようにあえて別の店へ客を流すという訳だ。
 思った以上に日本の商店街的な構造になってるのな……

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