ν - World! ――事故っても転生なんてしなかった――

ムラチョー

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三章

百三十四話 大会受付

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「ついたぜ兄ちゃん。ここが大会の登録会場だよ」
「へぇ、ここが……って酒場?」
「いや、食事処も兼業してるけどメインは協会の事務所だよ」

 協会? 協会って確か製品版で言う冒険者ギルドみたいなもんだよな。
 そんな看板掛かってたっけか? わざわざ外に出て確認するのも面倒だから用事が済んでから確認すりゃいいか。
 というか、ギルド施設にしては大会の参加希望者らしき人たちしか見当たらないんだが、受付期間中だからなのか?
 何にせよ大会が始まるまではレベル上げついでの生活費稼ぎで登録しようと思ってたから丁度良いな。
 まぁ、その前に何はともあれ大会の参加登録だな。

「あそこの受付がそのまま大会登録の窓口になってるから、登録してきなよ」
「そうだな、んじゃ行くか」
「わたしもー」

 取り敢えずは俺とチェリーさんだけか。
 キルシュはもう登録済みみたいだし、エリスは年齢制限に引っかかってる。
 ハティは今は人型だけど……まぁ、ねぇ?
 と言うわけで、消去法で残った俺達二人はひょこひょこと受付に向かった。
 受付は3箇所あったが何処も並んでいるようなので二人とも同じ列へ。
 対して待たずに俺達

「すいません、闘技大会の登録したいんですけど」
「はいはい、参加申請ですね。こちらに名前と出身地、それと使用する武器を記入してください。書く場所がわからなかったり文字を掛けない方は教えてください。こちらで代筆しますので」
「わかりました」

 超絶事務的な対応が、どことなく市役所職員を思い出させる。
 ファンタジーだろうがなんだろうが、物量消化特化の事務職員の対応は共通ということだろうか。

 取り敢えず書類を見てみると実に簡素で、選挙の投票用紙のような感じだった。
 文字が極端に少ないのと、受付の人の言葉から察するにこの国の識字率はそこまで高くないようだな。
 これについては予想してたけどな。
 取り敢えず必要事項を取り敢えず埋めていく横でチェリーさんが固まっていた。

「どうしたん?」
「いや……キョウくん何で書けるのん?」
「なんでって、覚えたからだけど」
「覚えたって……文字を?」
「そうだけど」

 ハイナ村で裁縫とか採取を教わってる時に、年配のばあちゃんから文字の読み書きを教えてもらったのだ。
 ハイナ村では文字の読み書きを出来る人は殆ど居ない。村長やガーヴさんは過去に色々あって教養があるが、村での生活で文字が必要なことが殆ど無いので老人以外は文字を使ったこともないんだそうだ。
 ただ、文字が読めて当たり前な現代を生きた俺が、文字があるのにそれを使えないというのはそれはそれでストレスに感じそうな気がしたので、教えてもらうことにした訳だ。
 実のところ、習わなくても文字は読めるのだ。ゲームシステムの翻訳機能が、この世界の文字に自動でルビを振ってくれる。ただしそれは、当然ながら自分が読めるようになったわけでも書けるようになったわけでもない。
 結局は学校の授業のごとく、暗記によって地道に覚えていくしか無かったのだが、その甲斐あって余りに複雑なものでなければ普通に筆記できる程度には覚えることが出来た。
 というのも文法が日本語に近いうえに日本語のようなひらがな・カタカナ・漢字といった文字の使い分けがなかったのが大きい。
 その上で、自動翻訳によって文字の意味については常に答えが提示されてるようなものなので、かなり早く身につけることが出来た訳だな。
 実のところ、読み書きできるだけで会話はまだできないんだけどな。完全に自動翻訳任せだ。
 ただ、そっちも地味に勉強中で、簡単な単語の発音くらいは出来るようにはなった。しっかりと勉強時間を取れればあと2週間もかければ、ごく簡単な日常会話くらいは行けそうな気がする。
 ただし、村のばあちゃんみたいな先生がついていればの話だけどな。
 自力のみでやるならまず文字の発音なんかを自力で聞き取りつつ覚えないといけないからもっと掛かるだろうな。
 
「普通覚えたりしなくない? 自動翻訳あるんだし、覚える意味ないでしょ」
「いや、覚えたから俺はいま書類を書けてるし、チェリーさんは書けなくて固まったんでしょ?」
「う……まぁそりゃそうなんだけど」

 まぁチェリーさんの言も間違ってはいない。実際受付の人が文字を書けないなら代筆すると言っていたしな。
 識字率の低いこの国で、自動翻訳という便利なツールが有るのにワザワザ独自言語を覚えようとするのはただの酔狂な奴だけだろう。
 そういう意味では間違いなく俺は酔狂な奴側だ。
 ノベルとかゲームとか、ファンタジーモノでよくある独自言語。ああいうのを見るとつい自力で解読して読みたくなってしまう中二心がまだ抜けきっていないのだ。我ながらどうかと思うけどな。

「まぁ、書けなくて普通みたいな感じだし、チェリーさんは代筆を頼んだら良いんじゃないかな」
「そうだね、うん。そうする」

 変に肩肘張っても仕方ない。出来ないことは出来る人に任せるのが一番効率がいい。
 効率を言い訳にやりすぎると、誰からも必要とされなくなって居場所を失う諸刃の剣だが、今この場ではわざわざ向こうから代筆を言い出してくれたのだから、ここは頼るのが正解だ。
 俺の方は、まぁ知ってる言葉ばかりだし、自分の名前の書き方は一番最初に覚えたから、まぁ問題ないな。住所も同様だ。というか、この世界で迷った時なんかに相手に出身地を伝えたりするために真っ先に覚える必要があったんだが。
 問題は武器の方だな。
 ミアリギスって分類上どうなるんだ?

「えっと、すいません。ちょっと聞きたいことが……」
「はい、何でしょう?」
「武器種の欄なんですけど、この武器ってどう書けば良いんですかね?」

 そういって、受付の人に背負っていたミアリギスの賭け布を剥がして見せる。

「え? ……うぅん。槍……というよりも鉾ですかね? 斧槍とするには横刃が尖ってますし……そうですね。特定の武器が想定出来ないのなら『長柄物』として提出してはどうでしょう

 受付の人は一瞬面くらった様な感じだったが、俺みたいなのも多いのか、割と落ち着いた返答をくれた。

「そんなアバウトで大丈夫なんですか?」
「大丈夫ですよ。武器欄は主に実況役が選手説明で使う資料のような者ですので」
「成程。確かに登録情報は名前と出身地だけで充分か」

 アレだな。
 格闘技の番組とかで選手入場の時にナレーターが戦績とか体重とかで選手紹介を入れるやつ。
 アレの資料として使う為の武器種記入という訳だ。
 確かに「ハイナ村のチェリー・ブロッサム」よりも「ハイナ村の槍使いチェリー・ブロッサム」の方が分かりやすいしちょっとだけ拍が付く感じがする。
 それならあまり深く悩まずに、受付の人のアドバイス通り『長柄物』で出すべきか。
 といっても、そんな単語は流石にまだ覚えきってない。

「それじゃ、名前と出身地だけは記入したので、武器欄だけ代筆お願いします。長柄物なんて言葉はまだ書けないので」
「わかりました。ではお受け取りいたします」

 そういって、俺から用紙を受け取ると、サラサラと書き加えていく。翻訳してみると確かに『長柄の武器』となっている。成程、今後は長柄物ってこう書けばいいのか。
 形は覚えたから、後で羊皮紙の切れ端に書き写しとこう。

「ではこれで登録完了です。この木札をお渡ししますので当日会場に持参してください。参加証明であり、トーナメントの際の選手番号にもなります」

 手渡された木札を見てみると、表面には何やら複雑な刻印が刻まれており、裏面には131という数字が刻まれている。
 なるほど、シンプルでわかりやすい。

「登録している選手は、特別な用事が無い限り別の街へ渡らないようお願いします。やむを得ない場合は事前に必ず窓口へ申請してください。そうすれば参加中止の手続きを行う事が出来ます。これを怠り、当日姿を見せなかった場合、ペナルティとして同年内での大会参加資格を失うと覚えておいてください」

 ドタキャン禁止、罰則アリって事か。
 まぁ、興業者にとってはせっかくの選手が突然いなくなったらたまったモンじゃないだろうからな。

「街のすぐ近くで腕試しの狩りをするとかも不味いですか?」
「その程度でなら問題ないですが、丸一日以上街を開ける場合はちゃんと申請してください」
「わかりました」

 地理もなく街から離れるつもりもないし、これは問題ないな。
 というか、レベル上げのために多少遠征するにしても地図が手に入れられるかかなり怪しい状況で、地理の把握と危険生物の情報探しなんかを始めれば事前準備の時点で大会期間過ぎそうな気がする。

「それと、今からお渡しするこの銅のプレートは参加者に配られる宿屋の利用券です。宿の名前が書かれているので、店員に見せてください。この札を見せればそのまま部屋を割り当ててもらえます。宿はこの近辺の表通り沿いにあるのですぐに場所は判る筈です。契約宿舎は全店大通り沿いの宿ですので、間違えて裏路地に迷い込まないように注意してください」
「はい」

 ここまで念を押すって事は、毎回そうやって路地裏に迷い込む選手がいるんだろうな。
 まぁ、大通り沿いだって明言しているし、はじめての街とはいえそうそう迷うこともないだろう。
 これに関しては一安心って所だな。

「木札とプレートはセットで参加者証明となります。紛失された場合、大会参加が出来なくなるうえ罰金が生じますので注意してください」
「わかりました」
「では、これで参加登録は完了となります。大会での活躍をご期待しております」

 という社交辞令の挨拶と共に視線を切られたので、手続きはこれで終わりという事だろう。
 次のチェリーさんにさっさと席を譲ってキルシュやエリス達の所へ戻るか。
 えぇと……何処行った?

「兄ちゃん、こっちだ」

 キルシュの声に振り向いてみれば、3人共テーブル席で食事中だった。
 というか、協会とやらは閉店中なのに食堂としては普通に稼働してるのか。

「どうだった?」
「問題ない。普通に登録できたよ。チェリーさんも代筆頼むみたいだしすぐに終わるんじゃねぇかな」
「そりゃ良かった。というか兄ちゃん字が書けるのか。すごいな」
「いや、凄いのは無理だな。まだ習いたてだしな」
「書けるだけで十分すごいさ」

 そういうモンか。
 でもまぁ確かに、日本だと物心ついたときから読み書きを習うせいで当たり前になってるが、現代の地球でも識字率の低い国ってのは結構多いらしいしな。
 そう考えると、教育制度が整ってないようなこの国では読み書きを自力で覚えるというのはかなり手間のかかる作業なのかもしれないな。
 俺の場合は自動翻訳っていうズル使ってるから本当に凄くもなんともないんだけどな。


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