ν - World! ――事故っても転生なんてしなかった――

ムラチョー

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三章

百七十八話 本戦Ⅴ

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 観戦席に戻ってみれば、当然ながら決着は着いていて、チェリーさんは解説席の方でステージ進行していた。
 身内同士のガチバトルってこともあって、あの戦いは最後まで見ていたかったんだがなぁ。

「ホントどこ行ってたんですか。時間ギリギリですよ」
「イヤほんとすいません。運営からの呼び出しで、色々説明があったんですよ」

 そして俺は、案内係の人に怒られながら選手控室の方に急いでいた。
 現在はSADとエリスの準決勝の真っ最中で、次の試合の準備のためにステージ横の控室に向かっているという訳なんだが……

 そう、チェリーさんとの勝負に僅差で勝ったのはなんとエリスの方だった。どっちが勝ってもおかしくない状況で、エリスのフェイントに乗せられたチェリーさんの攻撃を刺し返すという形でエリスが勝利を得た……らしい。
 チェリーさんが試合に夢中になり過ぎて、俺が危惧していたプレイヤーフィードバックと残存HPの差異が頭からスッポリ抜けてたんだろうな。SADが言うには試合が終わった瞬間、何が起こったのか判ってないって顔してたらしいし。
 多分、エリスの反撃を受け切った上で押し切ろうと思ったんだろうが、そこでHPが尽きたという訳だ。
 ソレに関しては俺も注意しないと、痛みと感覚で戦うことに慣れちまったせいで、気をつけないとマジでチェリーさんの二の舞になりかねない。

 そんな事を考えながら、控室に着いたところで屋内にまで響いてくる大歓声。聞き取れないが実況の声が混ざって聞こえてくるって事は、どうやらSADとエリスの試合は終わってしまったようだ。
 くそぅ、身内の大事な試合を2試合とも見逃す事になるとは……田辺さんももうちょっとタイミングを選んでほしかった。
 ……まぁ、本当に重要な内容だったから仕方ないってのは判ってるんだが。
 判ってるんだが納得は行かねぇなぁ。
 ステージから降りてこっちの控室に戻ってきたのは――SADの方か。
 随分と息が上がってるみたいだが、エリスとの試合は相当接戦だったって事だろうか。

「キョウ、決勝まで来いよ?」

 ……そんなセリフが来るということは、勝ったのはSADの方か。
 そっか、エリスでも勝てなかったか。
 初対戦の時の俺よりも、遥かに動きの良いエリスを倒してきたかぁ。
 相当仕上げてきてるな、これは。
 
いや、ほんとに楽しみなんだが……まずは俺も準決勝を勝ち抜かないとな。
 今試合が終わったってことは、ステージトークとか5分くらいの後に試合のはず。
 バックドアがどうだと、色々ときな臭い話を聞かされはしたけど、今はそういうのは全部頭から切り離して、試合の方に思考を向けよう。
 相手は技能的に互角でも、スタイル的には明らかに俺とは相性が悪い。
 キルシュの時のように、馬鹿げた技術とフィジカルによる回避スタイルではなく、VIT特化によってシステム的に硬い防御に守られた耐久戦スタイルだ。
 レベル2固定ということで、レベルが上がりステータスを極端に尖らせる事で真価を発揮する特化ステータスの特徴からすれば、本来のレベルほどガッチガチに硬いというわけではないとは思うが、スキルなんかも防御やカウンターに特化しものを数多く揃えているはずだ。
 実際、これまでの試合を見てみても、ステータス任せな防御というわけではなく、むしろ裁きや受け流しといった技術面で他のプレイヤーを突き放していた印象がある。
 今回参加者の中で目についた技巧派プレイヤーの一人も、その防御を突き崩せずに倒されている。間違いなく強い。
 俺やSADみたいになにかのゲームで対人戦慣れしているのか、それとも、あの身体の使い方の旨さはスポーツとか格闘技経験者とかって可能性もあるか。

 もしそうだとしたら…… いや、そこは特に考えても意味のない話か。
 そもそも運動しようにもリアルでは目も覚ませない有様なんだから、俺にとってはこのゲーム内でやることが全てだ。
 リアルで何も出来ないかわりに、時間に縛られにくいってメリットも有る。
 ……縛られにくいってだけで、実際今この大会は仕事として参加してるんだが、それでも毎日働いてる人や学校行ってる奴よりは遥かに自由が効く。それで給金まで貰えるってんだから文句なんて言ってられん。
 リアルがないのはもうこの際仕方ないと割り切って、強くなるために出来る事は、さて何があるかといえば……自由になることの多いこの時間を使ってゲーム内でこのゲームに特化した身体の動かし方を覚えるのが一番手っ取り早い。
 深く考えるまでもない、非常にシンプルかつ基本的な話だ。
 同程度のゲームの才能を持った奴が二人居たなら、よりやり込んだやつが強い。ゲームなら昔から変わらない不変の現実だ。
 でも、それはこの試合が終わった後の話だな。もうすぐ始まる試合にとっては何の意味もない思考だ。
 これがいわゆる現実逃避というやつだ。
 昔から、なにか必要なことを考えようとすると思考があっちこっち飛ぶんだよな。何でだろう。

 ……いかん、思考が散漫になりすぎておかしな方向に突っ走ってる。一旦落ち着こう。

「そろそろコールが掛かっても大丈夫なように、ステージの入場口の方への移動をお願いします」

 やっべ、全然落ち着いてる時間がねぇ。
 よく考えろ俺。つい最近俺は規模は今回よりも大分小さいとはいえ、大会に参加して準優勝してる。現場慣れはしているはずだ。
 そして対戦相手は間違いなくキルシュほど馬鹿げた才能を持ってるわけじゃあない。あんな動きを見ただけで普通じゃないと分からされるような小僧がそうそう居てたまるか。
 そう考えれば、今俺を焦らせる要素なんてそうそう無いはずだ。……無いよな?

 よし思いつかない。

 つまり、焦る必要はない。今まで俺はやれることはちゃんとやってきている。この期に及んで何かを忘れているという事もない。
 ただ、目の前の試合に対して全力で取り組めば、それでいい。
 よし、それだ。
 試合のことを考えずにとにかく邪魔な思考は頭から追い出そう。無の境地だ。
 あれ? 試合のことを考えてたら無の境地とは言わないよな?
 むずくね?


  ◇◇◇


「あ」

 視聴席に帰る途中、廊下で鉢合わせたエリスと一緒に歩いていたら、唐突に思い出してしまった。

「どうしたの?」
「ん? ああ、ちょっと余計なことを言っちまったかな? と」
「……?」

 ――あいつって、決勝とかでは開き直るくせに準決勝やベスト8で互角の相手と当たったりすると、深読みしすぎてるのか時折変なムーブする事があるんだよな。
 今回の相手は間違いなく技巧派。しかも、どうやらキョウは気付いてないが、昔同じゲームをやっていた有名プレイヤーの一人だ。
 それでも動きを見れば、今までの相手とは全く別物だってことくらいとっくにキョウは気付いてるはず。
 となると、もしかしたら悪い癖が出てしまうかもしれん。

 一度試合が始まっちまえば、頭が切り替わるタイプの奴なんだが、だからこそ考えの纏まってない状況で初手を受けて試合を崩されるって事が時折あった。
 今回の相手はそうなってもおかしくないだけの実力を持った相手だ。

「変に注意力散漫な状態になってなきゃ良いんだが……」

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