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三章

百七十七話 本戦Ⅳ

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「上手い!」

 咄嗟に言葉が口をついていた。
 チェリーさんのバクステ読みが刺さって、防戦一方の流れを一気に押し返していた。
 あれ、回避が上手くて捕まらない相手に決まると気分いいんだよなぁ。

 これで流れは五分に……持ち込めるかはまだ解らないが、少なくともエリスに対して迂闊に死角から攻撃し続けるということに対してリスクを与えることが出来た。これで立ち回りは一度リセットだろうな。

「さて、ここからどうやって…………ん?」

 このアラームは……公式からの直通メール? 今このタイミングで?
 これ、真っ当な方法らしいけど、だからなのか確認に幾つか手順踏まないといけないから一々面倒くさいんだよな。まぁ、仕事関連だろうし確認するけどさ。
 えぇと、差出人はT――田辺さんか。 

『緊急性のある内容のため直ぐに報告の必要あり。内容は念の為口頭にて。会場裏口にて』

 大会中のこのタイミングで一体何だ?
 つか随分と簡潔なメールだな。業務メールとはいえ、それにしても必要な情報はとりあえず全部詰め込むタイプの田辺さんらしくない。
 緊急性のある内容と言う程だから、急いで書いたメールだからって事か?
 まぁ、行ってみれば分かるか。

「スマン、ちょっと運営呼び出しがあったんで席を外す」

 取り敢えずその場の誰かしらに聞こえるように言って席を立つ。
 いやだって、SADはちょうど反対側にいて遠いし、エリスは試合中だから他に知り合いらしい知り合い誰も居ないんだもんよ。誰かが呼び出しで俺が席を外してるって知ってれば良いだろ。
 何も言わずに居なくなるよりかは良いはずだ。多分。

「さて……」

 待ち合わせは会場裏口だっけ?
 ――で、裏口ってどこだ? 入り口の反対側に行けば良いのか?


  ◇◇◇


 結局わからなかったから、会場の関係者らしきNPCから場所を聞き出して、ようやくたどり着けた。
 といってもまぁ、5分くらいしか経っってないが。
 たどり着いた先に居たのは紛れもなくT1――田辺さんだ。どうやらラブレタートラップ的な罠呼び出しではなかったようだな。

「やあ、来てくれたか。前から調べていた君のNPCボディについて色々判ったことが会ってね。立ち話もなんだからそこの椅子にでも座ろうか」
「え? あ、まぁ……はい」

 なんだ? 
 聞かせる内容じゃないなら今ここでする話でもないだろうに。田辺さんってこんな迂闊な内容を口に出すようなタイプだったか……?
 疑っても結局ついていくしか無い現状で、怪しい……というか胡散臭い行動取るはやめてほしいんだが……

「ん? んん!?」

 椅子に座った瞬間、突然景色が切り替わった。
 見たこともない殺風景な部屋の中だが、ここは一体……

「ここは私のプライベートエリアです。ここなら盗聴等の心配もない」
「盗聴……?」

 つまり、何かしら監視盗聴の危険があるというか、知られると厄介な内容の話ってことか?
 何やら雲行きが怪しくなってきたな。

「それは別に良い……訳では無いんですけど、それよりも今一体どうやって……? ポータルを足元に出したって訳でもないですよね? あのいつもの妙な浮遊感とかまるで無かったんですけど」
「あぁ、それはポータルを使った移動ではなく、予め準備しておいたある方法で操作ボディの方を切り替えたんだよ。元のボディは僕のも立浪さんのも椅子に腰掛けているままだ」
「操作ボディを切り替える……?」

 言われて、自分の体を見下ろして……変なものが見えた。

「はぁ!?」

 何というか箱だった。……いや、ブロック?

「腕や体の長さは合わせてあるけど、都合上極端にデータを切り詰めさせてもらっているんだ。確認するまで気づけない程度には馴染んでいるようで良かった」

 いや全然良くないんですけどね? なんでこんなデフォルメされた身体にされてんの?

「色々聞きたいこともあるだろうけど、向こうでの大会で君の出番も控えているから、今はまず話を進めよう。君のボディを調査している中で、巧妙に隠されたバックドアプログラムらしきものが発見された」
「バックドア? 何か漫画のネタで見た記憶が……ウィルス的なやつでしたっけ?」
「覗き穴的な物だね。こちらの意図しない非正規の方法で君のデータを覗き見していた者が居るようだ」

 え、それセキュリティガバガバ……あぁ、だからバックドア(裏口)なのか。

「それ、問題あるじゃ……」
「大問題だね。プライバシー的にもセキュリティ的にも穴があると言うことだし、今回のはおそらく個人的に立浪さんが狙われている可能性がある。だからこうして緊急的に呼び出させてもらったんです」

 たしかにこれは緊急事態だわ。公式イベント中に呼び出される訳だ。

「このプライベートエリアは、以前テスターミーティングを行ったテストサーバを経由して、独立したサーバに物理接続した……要するにゲームサーバからは完全に隔離された場所です。まぁ、分かりやすく言うと、病室で寝ているあなたの隣に直接機材を置いてケーブルで繋いでいると思ってください。本来のボディはデータ量が膨大で、真っ当な方法ではデータ移動に時間がかかってしまうため必要最低限の情報引き出しのために仮ボディも極力情報量を少なく抑えています」
「なるほど、なんとなく状況は想像できたし、このボディについても理解しました。けど、セキュリティに関する話とはいえなんでこんな回りくどい方法を?」
「そのバックドアを仕込んだのが社内の人間の可能性が高いからです」

 まじでか。

「前回の精査は立浪さんがALPHAに戻ってからもやってまして、サーバ移動した際の最後のログからも当然ながらデータを取っていました。そしてその時は異常は見られなかった」
「つまり、外部犯と考えるよりもALPHAサーバに接触できる内部スタッフの犯行の可能性のほうが高いと」
「そういう事です」

 うわぁ……面倒くさいことになってるな。
 つか何で内部スタッフがそんな回りくどい事してるんだ? スタッフならそんなバレたらまずい方法なんて使わなくても普通にデータに接触できるんじゃないのか?
 それとも何か別に理由がある……?

「以前にも説明したとおり、このゲームのログは特殊すぎて、特定の瞬間を状況的に切り出すことは出来ますが、そこにプログラム的なエラーがない場合、我々は何かが起きても、指摘されれるまでそれを異常だと認識できません。なので本人に直接口頭で確認を取るしか無いんですが……」
「なにか問題が?」
「バックドアを仕込まれていた以上、あなたの周辺行動を監視されている可能性があるんです。エリア全てのログを管理することは出来なくても、最初から特定個人に絞り込んでデータを収集している場合は話は別ですからね」

つまり、狭い範囲に限定すれば、普通に過去ログを精査できてしまうと。

「で、社内の人間なら比較的自由にゲームサーバにアクセスできるから、田辺さんがT1を使ってゲーム内で直接俺に注意を促すと、俺にバックドアを仕込んだ奴に気付かれて対処されるかもしれないと」
「そういう事です。なので、こうして盗聴対策に念を入れる必要があった」

 セキュリティ不備で盗聴されていることを伝えるために、盗聴対策完備のエリアが必要だとかなかなかにアベコベだな。

「時間がないので完結に聞きます。前回の本サーバからALPHAサーバに戻って以降、僕以外の運営側メンバーと接触したことはありますか?」
「いいえ。NPCのふりをされていたら気付かないかもしれないけど、自分でそうなのって接触してきた人は居ません」
「特定の誰かと長時間接触する機会は?」
「エリスとハティ、あとはチェリーさんくらいですかね」
「その三人以外で、あまり面識のない相手に肉体的に接触する機会は?」
「それは……」

 そうなると以外にあるな……
 キルシュとは普通に握手もしたし、そもそも直接戦ったし。それ以外にも握手くらいは何人かとしたはずだし、アルマさんをハティの背に乗せて走った時はガッチリしがみ付かれてもいた。
 あの宗教家臭いやつには殺されかけもしたし、それを運んだあのアサシンや、俺が意識のない間は医者とか色々触ってるはずだ。

「ちょっと心当たりがありすぎて特定できないです」
「……そうですか」

 流石に握手した相手全てを疑っていたら、疑心暗鬼で頭がどうにかなってしまう。
 親しく接したやつ全てを疑えってことだからな。流石にそんなのは嫌すぎる。

「状況証拠だけでは犯人特定は難しそうですね。ただ、本人が接触してない以上はNPCを使ったか、なりすました可能性が非常に高い。今回の精査でバックドアプログラム自体は表向きには原因不明の単なるゴミデータとして排除しておきましたが、そちらでも今後注意するようにしてみてください」
「わかりました」
「では、時間もないし、あまり長く椅子に座っているのも不自然に取られかねないので、元のボディに戻しますね」

 はい、と答えようとした時には、すでに景色は闘技場エリアに戻っていた。

「忙しい時に申し訳ない。結局、ALPHAでのボディデータの過剰情報については未だ判然としない所が多いです。そのかわり一度データの洗浄はしたので変なゴミデータなんかは洗い落とされて気持ち軽くなったはずです。まぁ気持ち程度ですけどね」
「そうですか。わかりました」

 あぁ、なるほど。最初のあのわざとらしい会話はアリバイ作りの一環的なものだったのか。田辺さん演技とか下手そうだからなぁ。

「ハッキリしたことは伝えられずに申し訳ない。一応判ったことだけでも直ぐに伝えようと思ってね」
「まぁ、俺にとっては何もわからなかったという事が判っただけなんですけどね」
「あはは、手厳しいな。伝えたかったのはそれくらいさ。今後もなにか判ったら……いや解らなくても出来るだけ早くそちらに伝えるようにするよ」
「ええ、お願いします。原因不明のバグとかちょっと怖すぎるんで」

 そう言って立ち上がる。
 流石に、そろそろ会場に戻らないと時間的にまずい気がする。

「こちらも何とかして原因を突き止めてみせるから、そちらも大会の方、頑張って盛り上げてくださいよ?」
「それは、まぁ。俺も楽しみにしてるんで」

 そんな感じの、当たり障りのない会話をしながら会場に戻る。
 それにしても、バックドアねぇ? 俺の何を知りたいことがあるってのか。
 或いは、時期的に俺と一緒にいるチェリーさんの情報が狙われた可能性もあるか……?

 いやぁ…………なんか面倒くさいことにならなきゃ良いんだが。
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