ν - World! ――事故っても転生なんてしなかった――

ムラチョー

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三章

百八十四話 SADの本気Ⅰ

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「さて……」

 待ちに待った決勝戦だ。
 SADの性格上、最初は様子見になると思うが、一応こっちも剣の間合いの外まで下がっておく……か?

 ――ヒュッ

 というのは風切り音か、或いはSADの息遣いだったか。殆ど反射的に、一歩下がった俺の鼻の頭をSADの剣が掠めていった。
 オイふざけなんな!? 今までのどっしりと構えた横綱相撲的な戦い方は何処に行った!?
 昔だってこんな『取り敢えず触る』的な先制するようなタイプじゃなかったろうに。

「チッ……!」

 その踏み込みの勢いのまま突っ込んできたSADの踏み込み足の膝を踏みつけて勢いを止め、そのまま薙ぎ払いの一撃を見舞ってやる。
 まぁ、咄嗟に出た反撃だ。当然避けられるよな。当たらない前提で打ったからそれはいい。
 気に食わないのは、不意打ちに対する反撃を受けておいて全く崩れてないSADの体勢だ。あの野郎、不意打ち仕掛けておいて反撃まで読んでやがったな?
 信用されてるといえば聞こえは良いが、ぶっちゃけ読み切られてるって事なんだよなぁ。
 しかも下がったと言っても俺の間合いの内側にとどまってることも気に入らん。コレ、自分の間合いギリギリを維持できるなら、俺の攻撃圏内にいても問題ないと言われてるようなもんだろ。舐めてんのか?

 いや、SADの……伊福部はそういうタイプじゃない。不意打ち騙し討ち何でもありだが、リスクを極端に嫌う戦い方をするタイプだったはずだ。昔から基本に忠実、堅実さを形にしたような戦い方をするからな。
 なら、これは意図した挑発か? それもなんかアイツの性格上やらなさそうな気もする。
 となると残る可能性は……っとぉ!?

「っ……!」
「コイ……ツッ!」

 アブねぇな。踏み込んでたら顔面ぶった切られてた。
 人にMMOの戦い方云々言ってたくせに攻撃置いてんじゃねぇよ。完全に格ゲーの戦い方じゃねぇか!
 こっちが良くもない頭使って色々考えてんのに、嫌なタイミングで手ぇ出してきやがって。
 しかも……

「……」

 SADのラッシュは無理押しな割に中途半端に堅実さが抜けきれていないお陰で圧がない。勢いは激しくても崩しが来ない内は捌くのはそこまで難しくない

「……」

 難しくないんだが……

「……」

 ああああ……! チクチクチクチクと、半端な攻撃で固めやがって、イライラするなオイ!!
 ガン攻めに見せかけて突くように軽い攻撃を重ねてくるだけだから、割り込む隙間がねぇ。 体力ゲージ製のシステムで、被弾覚悟で無理して飛び込んでも、そこで仕留められなきゃ意味ねぇしな。時間制限もある。準決勝もそうだったけど、序盤に体力アドバンテージ渡すとそれだけで不利になるし……
 それでいてあの野郎、固めるためだけのラッシュで、崩す気も倒す気も感じられねぇ、本当にただ固めて削るためだけの連携だ。
 そのくせやたら丁寧に手数とリーチを使い分けて、反撃を許さない距離とテンポだけは崩しやがらねぇのがまた腹立つ……!

 いや待て落ち着け。硬めてハメるのは別に何もおかしい行動じゃない。俺だってさっきの試合で使ったろうに。
 ならなんでこんな腹が立つんだ? SADがらしくない戦い方をするから? でも、本当にらしくないかどうかは分からないよな? ことこのゲーム内で俺が知ってるのは、レベル差故に舐めプで俺とやったあの試合一度きり。このゲームで本気……のSADとやるのは今回が初めてだ。うん多分、本気のはず。
 なら、各ゲートは何もかも違うこのゲームでプレイスタンスが変わってる可能性……はないか。今までの試合、基本敵に理詰めの攻めで相手を圧倒してきていた。今見せている戦い方とまるで被らない。という事は今回は俺対策でこういう動きになっているということだ。
 せっかく気持ちよく力を出し切って対戦できると思ったらコレか?
 ……まぁ、これが挑発としての戦い方なら確かに効果的だわ。実際イラついてるしな!
 相手をキレさせれば勝ちって言葉はあるし、もしコレが目的なら最適行動なのは間違いねぇが……

 ――ここは一息だ。深呼吸、深呼吸。スゥー……うぉおお!? 掠った!

 そうだ、たしかエルロイが攻撃は肩を見れば来るのが分かるとか言ってたな。
 打ちはじめの動きがわかれば……えぇと?
 ……ふむ
 ………なるほど?
 ………………たしかに見える。見えるけど反応できねぇよ!?
 いや、確かに剣先見るよりは確かに兆候は速く見えるけど、こうも重ねられたらどう反応したらいいか解らねぇって!
 くっそ、落ち着く暇もねぇじゃねぇか!
 だが、それでも頭を冷やせ。ここで手を出せば間違いなくつけ込まれる。それは間違いない。
 長物武器だからといって剣より攻撃が遅いというわけでもないが、それはお互いフラットな状態からの話だ。
 長い武器を防御に遣わされている状態で、そこから反撃となればやはり剣の方に分がある。
 しかも相手は攻めてる側だ、手を出すとしたらどうしても相手の攻撃を受けてからという、後手に回ることは避けられない。
 無理に反撃を差し込もうとすれば、カウンターを合わせられる危険がある。
 となると、何とかして一度距離を…………いや、そうじゃねぇな。
 そうか、そういう手で来るわけか。
 ――だったら。

「何っ!?」

 こちらの出足を挫くように放たれた切り払いを無視して前進。正直こういう博打のプレイは好きじゃないが、この際リスクと多少のダメージは目をつぶる。重要なのは……

「手を出すのが危険なら、身体ごと前に出たらどうするよ?」

 自分の肩を前にして頭を庇い、ショルダータックル気味に無理やり距離を詰める。そんなことをすれば当然SADに切られる。だが……
 クッソ痛てぇが、死ぬほどじゃねぇ。せいぜい背中を棒でぶん殴られる程度の痛み。我慢だ!

「っく……脳筋過ぎんだろ!?」
「でも効果はばつぐんだろ?」

 って、背中を切りつけられて体力ゲージが2割ほど削られる。単発で減りすぎだろ!
 だが、もう行動に移しちまった以上、ここで止まるわけにはいかない。削られた体力の分はキッチリ元を取らせてもらう!
 切りつけられた反動でコマのように身体を回しつつもSADの懐に潜り込む。そこから狙うは顔面への全力突き……!

「くぁっ……!?」

 流石に喰らいながらの一撃じゃ、想定通りの鋭さを発揮できはしなかった。ぶち抜くつもり満々で突きこんだ一撃は首を仰け反らせて直撃は避けられた。
 ……が、攻撃からの戻りが遅れた左肩を縦に立てた横刃がざっくりと切り裂いている。こういう時、直槍と違って十字槍のような使い方ができるのは便利だよな。バランス悪いから扱いは難しいけど。
 鎧の上からざっくり斬れてるのはなかなかすごい絵面だが、まぁこれは辻褄合わせのために仕方がない。このPvPルールではパラメータの平等化は装備ステータスにもすべて適応されてて、見た目はゴツそうな鎧でも実は防御力は殆どなかったりするからな。
 軽装系は俺の服も含めて、全部防御ゼロだし、SADのプレートメイルも見た目に反してかなり防御力が抑えられている。フルプレートとかになると移動が阻害される分かなり頑丈だが、それでも実際の防御の半分くらいしか無いと事前説明があった。試合時間10分とか縛りもある分、レベル制限による低攻撃力に対するバランス調整だな。
 PvPルールじゃなければ肩甲を削り飛ばすくらいは出来たかもしれんが、深手を与えることは出来なかっただろう。だがまぁ理由は何にせよ、ようやくの一撃だ。
 こちらも一撃貰っているが、攻撃の質は大きく違う。互いのダメージ自体はそう変わらないが、こちらとしては一方的に突付かれるという嫌な流れを断ち切れた。食らった分のダメージに対して十分元は取れているだろう。
 流石にこの対応は想定してなかったか?
 そうだよな。その真逆の対応に追い込もうとしての行動だったもんなぁ?

「チッ……気づきやがったな?」
「妙な行動で深読みさせてのイニシアチブ取りか? 似合わねぇ事しやがって」
「これも人読みだろうが。絶対にハマると確信しての戦法だったからな」

 実際、考えがまとまる前に攻撃差し込まれてかなりイラツイたから、思惑通りだったのは間違い無ぇが。

「残念だったな。タネが割れちまえばイラつきも我慢できらぁ」
「バレたもんは仕方ない。正面からすり潰す……!」

 雰囲気が変わったな? 踏み込みも鋭い!

「ぐっ」

 今までと違い芯に響くな。コレまではなかった、倒しに来た一撃だ。
 ようやく小細工なしの、本気でやる気になったか。

「最初からそうしろっつうの!」
「さっきまでだって本気だったんだがな。お前くらいの相手であれば、どんな戦術であれ勝ちを取れるなら手段は選ばねぇ」

 口ぶりはまるで悪役だが、言ってることは間違っちゃいない。実際やられて腹が立ったが、後になって打てる手を封じていたとか言われても舐めプかよ、とそれはそれで腹が立つ。
 つまり何やられても腹が立つんだが、そこはそれ。勝負事なんてそんなもんだ。自分の思惑通りに進まなければ、大抵は腹が立つもんだ。
 漫画とかの世界の中には思い通りにならないことすらも楽しむ凄いやつも居るらしいが、生憎そこまでポジティブに考えられるほど人間で来ていない。仮にそう思えることがあっても、その『思い通りにならないという事態』そのものが想定通りになってる様な特殊な時くらいなものだろう。

「そうか……よっ!」

 重さと鋭さを増した二刀を捌きつつ前に出る。
 リーチは短いが速く鋭く対処は難しいが、反面凌ぐのは容易い。攻防一体の左剣に比べて一回り大きい右剣は重く芯に響く。対処は容易いが、一撃でも凌ぎ損なえば致命傷待ったなしだ。
 今までやってきた格ゲーでは、相手の技の出し際、出し終わりの何処に充てても、それこそ場合によっては武器の先端とかでもカウンターで大ダメージを与えられたが、このゲームはそれは通用しない。
 現実の格闘技のように、正しく相手の前に出るタイミングに合わせて、ダメージを取れる所を狙わなければ致命傷に結び付かない。取れるタイミングを見極めて、相手のモーションを狙って打たないといけない。
 その上で、まず対応するべきは……

「左……!」

 牽制で閃く左剣の一撃を強く打ち払い、崩れた体勢のまま遅れて振るわれた右剣を掻い潜る。
 強く弾かれた左剣は防御には間に合わない。そのままがら空きの胴に突きを見舞ってやる。

「普通まず対処するのは右だろ!?」

 何かSADが喚いているがスルーだ、スルー。
 確かに一見対処しやすくて、リスクに対するリターンも高そうに見えるのは右剣の方だ。高い攻撃力やリーチってのは、ただそれだけで危険な要素だ。出来るだけ奪ってしまいたい。……しかし、だ。
 一回り大きく大振りになりやすい右剣だが、攻撃モーションやガード硬直差が確定で決まっている従来のゲームと違って、このゲームは力加減でそんなものいくらでも誤魔化すことが出来る。一見して隙だらけの攻撃や大ぶりの攻撃だからといって、本当に硬直が長いとか出し終わりの空きが大きいとは限らない訳だ。なら、見た目の対処のしやすさよりも優先する物がある。

「手数そのものを奪ってやれば、右も左も関係ないだろ!」

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