ν - World! ――事故っても転生なんてしなかった――

ムラチョー

文字の大きさ
195 / 330
三章

百八十五話 SADの本気Ⅱ

しおりを挟む
 ――ジャブにカウンターを合わせられたら、手も出しにくなるだろ?
 手数が武器の二刀流に牽制を躊躇させることが出来れば儲けものだ。
 それに、対応は難しいが防御にも使っている左を崩せば、攻撃に使っている右剣を防御に回さざるをえなくなる筈。
 以前のような圧倒的なレベル差があるならともかく、同レベルで、SADはSTRに全ツッパしているわけでもない。両手武器であるこちらの攻撃を、片手だけで凌げるものじゃない。となればそれはそのままこちらの攻めの起点に繋がるという事だ。

「チッ……」

 舌打ち一つ、これ以上聞く事は無いとばかりに会話を打ち切り一転して無口に転じた。
 頭を切り替えて集中したか。

 人間、喋りながら戦うとか、そう上手く集中できるものじゃない。それでも会話を持ちかけるのは、情報が欲しい場合、時間稼ぎの場合、会話に応じさせることで相手の集中も乱してやるといった悪意の場合。
 だいたいこの3つだ。
 たまに、本気でただ煽りたいだけってやつも居ることには居るが、そういうのは大抵一方的に煽りまくってるだけで会話になってないからノーカン。
 SADのは情報が欲しかったことと、恐らく自分のリズムを取り戻す為の時間稼ぎとが半々だろう。
 俺に勝つためとか言って本来のスタイルを捨てて、慣れないことをやったせいで本来の戦い方のリズムに乗り切れていない。だから時間を稼いで頭の中を整理していたんだろう。
 何故それが判っていて手を出さなかったのかといえば単純な話で、たとえ必死に頭の中を切り替えようとした所で、何か明確な区切りでもない限りはそう簡単に切り替えられる物ではないということを身を持って知っているからだ。
 そもそも、長い時間をかけて2つのバトルスタイルを使いこなして来たというのならまだしも、思いつきで別の戦い方に手を出そうものなら本人にも気付けないような小さな齟齬がそこかしこに生まれてしまう。
 それこそ、意識の向け方一つとってもだ。
 本来のスタイルをかなぐり捨てて、付け焼き刃のスタイルで失敗して、また戻さざるをえなかった。
 そんな状態でさて、万全の力が奮えるのかって話だ。
 今は未だ互いに体力も残ってるし決め時という訳でもない。時間稼ぎにガン待ちしている相手に変に無理押しして自分からリスクを抱えるような行動を取るくらいなら、コッチもガッツリと休ませてもらおうというわけだ。
 この調子だと制限時間いっぱい使いそうな気もするしな。スタミナは可能な限り温存したい。

 重要なのはペースを握られないこと。
 二刀相手に手数で固められると流石に手が出せなくなるというのはさっき経験したばかりだ。
 幸い、間合いが離れ、一度奪われていたペースを取り返せた。
 なら、俺がするべき行動といえば……

「お前! 意趣返しかなんかのつもりか!?」
「やられて嫌なことをするのが対人戦だろ? 俺はさっきコレをやられて嫌だったから、素直にそれを返しているだけだ。ありがたく受けろよ」

 SADの間合いの外からチクチクと攻め立てると言う訳だ。
 受けに回りながらの反撃では二刀流には手数で押し切られはするが、攻め手に回るとなれば話は別だ。
 振りは速く、動きはコンパクトに。重量のある両手武器であろうと、ちゃんと弁えて使えば速度も手数もちゃんと出せるのだ。
 そして攻め気をちゃんと帯びて攻めていれば、撃ち合いになっても二刀流相手に押し切られるということもない。
 長物一本で攻撃を受けながらでは二刀流相手に反撃もままならなかったが、二刀流とて、両手武器の一撃を片手で受けてもう片方の手で反撃……なんて真似が出来るのは相当なレベル差があるときだけだ。
 同レベルのパラメータ持ちが、重い武器を両手で持って打ち込むのだから、片手一本でそう簡単に防げるようなものではない。

 これは極端な話、攻めてるほうが強く、攻められている方がキツイというただそれだけの話しなのだ。
 結局の所、如何に得意な間合いに先に踏み込み、攻めを押し付けられるかという単純な事が近接戦の基本と言う訳だ。
 無敵付きの便利な切り返し技があれば話は別だが、あいにくとこのゲームではそんな技は未だ見たことがない。
 強力な対空攻撃だろうがなんだろうが、動作中に攻撃を受ければ当たり前だが普通に痛い。
 なら、このゲームにおける戦いの基本とは『触らせずに攻めきる』コレに尽きるだろう。
 実際、俺の出会った中で恐らく最強だったキルシュの戦い方もそんな感じだった。圧倒的な対応力で、まるで触らせてもらえなかった。それこそ、一点読みの博打みたいな攻めを積み立ててようやく一撃といった感じだった。
 だからこそ、少なくともこの方向性は的外れではないはずだ。もしかしたらもっと俺に合った戦法があるのかもしれないが、俺の知る限り……というか身を持って味わった一番確実な方法なんだ。試しにでも身につけてみるだけの価値はある。

「ぐっ、この……!」
「何辛そうな空気出してんだぁ? ついさっきお前がやってた事だろ?」

 なにか言い返したいみたいだが、そんな余裕はないだろうな。まぁ、判ってて煽ってるんだがな。
 このゲーム本当に防御は神経使うからな。
 それに嫌がらせの突き連打の中に、割と本気の攻撃も混ぜてる。
 ピアースの自力発動練習を兼ねたものだが、スキルエフェクトが出ないからたとえ失敗してただの全力突きになったとしてもそう簡単に見破れはしないだろう。成功すればラッキー。失敗しても攻撃の緩急付にはなる、やったモン勝ちの出し得ラッシュというわけだ。
 まぁその分どうしても引き戻しの隙は大きくなる。仮にも全力突きだからな。加減したってどうしても突きラッシュに紛れ込ませるとジャブとストレートくらいの差は出てしまう。
 そして、目の前の男はそれを見逃してくれるほど甘い奴ではない。

「シッ!」

 ガキン――と、ミアリギスもどきが跳ね上げられる。俺の攻撃の引き際に合わせて穂先を切り上げられた。といっても、ほんの僅かだ。
 タイミングが合わなかったのか、穂先を掠っただけだったが、ラッシュ中は手を出さず、ピアースを狙い撃ちにしてきたという事は間違いなく合わせてきたな。
 相変わらずいい反応と読みしてやがる。これ以上見せるのは良くないか。
 残り時間は……あまりないな。
 弾き返しを見せられても手は止めない。というか止められない。この距離では有利に攻められるが、あと二歩も踏み込まれると相手の間合いだ。詰められて攻守交替というのだけは避けたい。

 この戦い、重要なのは間合いだ。
 ……いや、いつだって間合いは重要なんだが、今回はこのゲームを始めてから最も間合いの管理が重要な戦いだと感じる。
 互いの武器、攻めの質、戦い方の全てが違う。だが、俺とSADとの戦いだと嫌な形にかみ合ってしまう。
 SADの攻撃は手数が多くフォローがしやすい為、割られにくいからガードの上から固めやすい。俺の攻撃は手数で二刀流には劣るが、攻撃が重く一度出てしまえばガードさせても有利に動ける。どちらも攻めている時に一番真価を発揮するタイプだが、俺の方が凡そ2歩、間合いが広い。
 この二歩の距離を埋めるのがSADの戦い。そしてこの二歩を維持するのが俺の戦いだ。
 確かに間合いが広いという事はそれだけで武器になる。接近されても手元に攻撃判定が無いとかそんなことはありえないから、密着状態でも反撃は当然可能だ。武器が重けりゃ武器を離して殴るなり蹴るなり方法は幾らでもある。とはいえ、相手の得意な間合いで戦っていい事なんて一つもない。
 相手の間合いで一手先を取られただけで、さっきの俺の惨状に陥ると考えれば良い。あるいは今のSADの現状だな。

 だが、間合いが有利だからと油断はできない。
 さっきの武器弾きも、成功されていれば、攻守が入れ替わっていた可能性はある。
 そもそもたった2歩分の距離だ。さっきの俺のように被弾前提の突撃を覚悟すれば、詰めようと思えば強引に詰めることは可能な距離なのだ。
 もちろん、いくらダメージ覚悟していても、受けるダメージによってはその覚悟した一発で試合が終わる可能性だってある博打的な打開策だ。勝ちの目のある内には出来るだけ選択肢には入れるべきじゃない。
 それを理解した上で早々に俺が強行したのは、勝ち目を抱えて勝機を待っていたら、そのまま追い詰められる可能性のほうが高いと割り切ったからだ。
 追い詰められた俺が、ヤケクソになってイチかバチかの賭けに出る……相手がそう警戒する前に、もっと強引にこじ開けてやったと言う訳だ。
 その大博打の結果、ダメージ的には痛み分け、状況は俺有利にひっくり返せたんだから、俺の読みも捨てたもんじゃない。
 そして、今度はSADがこの流れを動かそうとしている訳だ。あいつは立ち回りこそ慎重だが、あまり我慢強いタイプという訳でもないからな。そろそろ強引にでも場を動かそうとしてくる筈。
 いろいろと攻め手に嫌がらせの仕込みを入れておこうか。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

男女比1対5000世界で俺はどうすれバインダー…

アルファカッター
ファンタジー
ひょんな事から男女比1対5000の世界に移動した学生の忠野タケル。 そこで生活していく内に色々なトラブルや問題に巻き込まれながら生活していくものがたりである!

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。 4年前に書いたものをリライトして載せてみます。

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

処理中です...