ν - World! ――事故っても転生なんてしなかった――

ムラチョー

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三章

百八十六話 SADの本気Ⅲ

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 突きに突きまくるのにも限界ってものがある。
 アクションゲームでは手を止めたり足を止めたりするだけで不利になるが、このゲームの仕様上、派手に動けば疲れるし、ただ防御してるだけでも体力も集中力も奪われていく。
 俺の場合リアルの身体は植物状態で寝たきりの筈なんだが、何故か疲労はばっちり伝わってくるんだよな。

 ALPHAとこちら側での差がどれほどあるのかは、準決勝でのあの戦いで大体把握できている。
 身体的な疲労感が薄いこちら側では、だいたい普段の倍無茶が出来る。
 全力ラッシュなら1~2分、雑な、手数だけを稼ぐようなラッシュであれば、騙し騙しで2~3分といった所か。それ以上はどれだけ腕や足に疲労が貯まり難いと言っても限界があるし、そもそもスタミナのほうが続かない。
 武器の重さは……重いには重いがこれもアバターのフィジカルパワーのお陰でそこまできつい訳では無い。極端な話、何も持っていなくても単純に槍を突き出すという動きを繰り返すだけで普通に疲れるだよな、これが。
 これでも結構振れるようになった方で、ログインした直後くらいの頃は30秒も武器を振り回せば息が上がってた。
 スタミナ向上の原因がVITとかが上がったアバターの影響なのか、俺のリアル側のスタミナが上がったからなのかは確認のしようがない訳だが、向上しているのは間違いない。それは良い事だが、その上でこれが今の俺の限界。

 自分の全力攻撃で押し切れる限界時間の把握は重要だ。
 準決勝のアレは単純に俺がアホで追い込まれたただの自業自得だが、キルシュとの戦いでもスタミナの配分にはかなり気を遣わされた。避けて防いでるだけで反撃すら覚束なりかねんかったからな。
 あの敗戦から、俺は色々と学んだのだ。……すごくゲームらしくない地味な事を色々と。

「オラぁ!!」
「うっお!?」

 勝負が動かしたのは俺のラッシュの隙間を狙い撃ちにしてきたSADの左剣だ。
 ――こいつ、大振りの攻撃じゃなく、細かい連続突きの戻しに合わせてきやがった!
 流石に想定外過ぎて、穂先が跳ね上げられて…………なんつって。
 先にやったのは俺だ。負けず嫌いなSADにやり返される可能性は当然考慮に入れてるっての。

「ハァッ!?」

 確かに弾かれるタイミングは想定外だったけど、弾かれるということに関しては想定内だったんだよ。
 勢いよく跳ね上げられた……いや、跳ね上げた穂先は、そのまま弧を描いてこちらへ回り、対するように柄尻がSADの方に跳ね上がる。
 SADはといえば、こちらの穂先にブチ当てるつもりで跳ね上げた左剣がほとんど手応えもなく跳ね上がったため、殆どスカされた形で体勢を崩している。
 そのままがら空きの土手っ腹にブチ込んでやったが……

「……マジかよ」

 あのタイミングで反応すんのかよ。
 俺の突きは体制を崩したまま無理やり下げた腕で止められていた。
 弾かれモーションから通常技も間に合わないなんて……と格ゲーならボヤいてるところだ。
 とっさの判断だったんだろう。武器で受けられた訳ではないから、相応にダメージを与えることは出来ている。しかし目的の一撃圏内までは届いていない。
 このままもう一撃削っておくか……?
 という欲を振り払って、即座に間合いを離す。バックステップで下がった俺の目と鼻の先をSADの一撃が掠めていく。やはりコイツ相手に欲張りは駄目だな。
 立ち回りは冷める立ち回りで良い。間合いを、迎撃ラインを守り切ればそれがそのまま勝ち筋になる。

 正面に立つSADは左腕をダメージエフェクトで赤く染め武器を取り落としている。
 一般プレイヤーにとってダメージはただの振動による擬似感覚でしか無い。俺でもこっちのサーバでは痛みはかなり減衰される。つまり、傷の痛み等による動きの阻害とかとは無縁だ。
 ただし、特定部位へ一定以上のダメージを受ければ、あのように傷痕のエフェクトが張り付き操作不能となる。
 俺は経験したことがないが、チェリーさんの話では、あの状態になると上位の治癒魔法か、治療アイテムでエフェクト除去しない限り、麻痺したようになって一切動かなくなるらしい。レーティング的な事情による損傷や欠損の疑似的表現という事だろう。
 自己回復手段のない戦士系にとってPvP中でのあの状況は、実質片腕をもがれているのに等しい。
 直撃は出来なかったものの、その後の事まで考えると予想外の好機を引き寄せることが出来たといった感じだ。
 
「チッ……」

 あの様子だと自分の腕の状態も理解できてるだろう。
 今まで俺の間合いギリギリを詰めていたところを大きく下がったという事は、仕切り直しを図った事からも間違いない筈だ。
 手数が半分になったんだ、攻め方も変わる。慎重にならざるをえないのは仕方のない……

「……!」

 気が付いた時には、目前に刃先が迫っていた。

「くぉ……!?」

 殆ど反射的に叩き落すことに成功はしたが、頭が付いてこない。
 何があった? 攻撃が飛んできた。 なら投擲!? 残った武器を!?
 間合いを切って一息というタイミングで、まさか残った唯一の武器を手放すとは思わず、殆ど偶然にだが不意打ちは防ぐことが出来たが完全に不意を突かれ、一瞬頭が真っ白になる。

「オァァラァ!!」

 その機を逃す訳もなく、投擲したまま走りこんできたSADの右手には、さっき取り落とした左剣。
 ――ヤベェ!!
 ……と思ったときには脇腹を裂かれていた。
 緩和されているとはいえ、腹を裂かれれば流石に痛い。ものすげぇ痛い。それ以上にとんでもない不快感で吐き気がする。
 だがその痛みを飲み込んで、俺の腹を裂き、脇の下をくぐるように背後へ回ろうとしたSADの背中に肘を落とす。武器を使ってないからダメージには期待できないが、最短最速の攻撃だ。
 上から押しつぶす形で打ち込んだ肘によろめき、脱出を図るSADの背中へ引っ掛けるように一撃を見舞うも、そこで前へ飛び込むようにして転がりでたSADに逃げられた。

 くそ、イテぇな。
 ダメージ的には俺の腹を咲いた一撃よりもSADへ見舞った攻撃のほうが勝ってはいるが、俺はこの痛みっていう厄介なハンデがあるんだよなぁ。
 右脇腹に焼け付くような痛み。あの教信者や切られた時のような、気が飛ぶほどの灼熱の痛みと言う程ではないが、それでも右腕を振り上げるような痛みで制限されるな。まったく、やってくれやがって。
 あの野郎、全部わかった上で痛み分けを狙ってきたな? さっき斬られた背中を庇いすぎてバレたか? いや、そもそもコイツは俺が痛みを感じていることは知ってるか。
 弱点は徹底的に狙うってか? ……良いねぇ。殺る気満々じゃねぇか。やっぱりSADはそれでこそだ。
 真剣勝負なんだ。たった数分の手合わせであっさりと見抜かれる弱点を克服できないやつが悪い。
 この痛みもだ。コレ自体は俺の落ち度ではないし、俺が何かして解決するようなものじゃない。だが、その弱点を抱えたアバターを使ってるんだ。対応策を講じるのは当然だろう。例えば……極端な例えで言えば、負傷で痛みを感じるなら、負傷しなければ良い的にな。
 それが実践できるかはともかく、対応方法があるなら何とかして対応しなきゃ駄目だ。

 少なくともSADはそこを正しく弁えている。だから確実に勝ちを掴むために、俺の嫌がる行動を徹底的にやってくるはずだ。今俺がやられて困る事といえば……

「つぁぁああ!」

 やっぱり詰めてくるよなぁ!
 一度離した間合いを、不完全な態勢から無理やり押し込むようにしてSADが詰め直してくる。
 地面をすべる様にして足を殆ど上げず、それでいて深い踏み込みからの抜き打ちのような斬り上げ。
 案の定、右脇腹を狙った一撃。右腕の反応が遅れる今の俺にとって一番対応しにくい嫌な奴だ。
 柄尻を地面に突き立て、それを軸に身体を遮る様にして耐える。相手へ背を向ける形になるが、相手も右腕一本で斬りこんでくるので、半身ずらすだけで正対できる。強引な踏み込みから威力のある蹴りを放つ余裕もない筈。
 弾かれたSADが攻撃方法を斬りから突きに切り替え、腕を引き絞ったのを確認して、柄尻を軸に地面を押し離す感じで飛び下がり距離を開ける。
 片手のみでの攻めなので、さっきまでに比べれば圧はそんなでもない。だが、今の俺の状況では斬撃は兎も角、突きは捌ききれない。
 脇腹を庇いながらでは攻撃を受けるのも厳しい。ほとんど右手は添えるだけ、それでも一撃受けるたびに痛みが走る。
 それに、流石に片手では長物を扱うには不向きすぎる。相手の手数は半減したというのに取り回しが悪くなりすぎて反撃もままならない。

 互いに片腕の自由を奪われている物の、まるで試合開始直後の状況の焼きまわしだ。
 だが、それも長くは続かない。流石にもう残り時間が少ないからだ。
 コンデション的には俺の方が追い込まれているが、この勝負は体力ゲージの奪い合いだ。システム上のダメージでいえばSADの方が追い詰められている形になる。つまり、必ずどこかで勝負をかけてくるという事だ。
 準決勝の俺のように、のこり1秒に全てを掛けるというのもアリと言えばアリだが、実のところあれはかなりリスクが高い。俺の時に通用したのは、相手が俺の攻撃力ではもう何をやってもひっくり返らないと思い込んでいたからだ。
 今回の場合、追い詰められているのはSAD側で、こちらも逆転の一手を確信している。残り時間が減れば減るほど、警戒するべきタイミングが限られていくので、意表が着かれ難く対応がしやすいのだ。
 だからと言ってこちらが圧倒的に有利かと言えばそういう訳でもない。SADの方は体力ゲージのこり1ミリでも、スタミナ以外は十全の力が振るえるって事だからな。

 どちらにしろ、残り時間的にも次の一合が決着にだろう。
 さて、どう決めるべきか……

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