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四章
二百八十話 隠者の洞Ⅳ
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「まぁいいや。それで、俺は他に何をすれば良いんだ?」
「ふむ……データは必要分揃ったし、これ以上は何かするべきことというのは特に無いな。転送の際にアバターを差し替えるのはすべてこちらで行う。あえて言うなら事前に状況を理解しておく事くらいか」
だから、さっきから長々と説明してくれてた訳か。
自分がNPC化した事を理解してないと色々混乱するだろうし、あまり使ってないとはいえ、何も知らずにUIが全く反応しなくなったとしたら流石にパニクってただろうからな。
パニクるだけならまだしも、そこから『敵』に発覚しちまうような何らかの行動をとっちまったとしたら最悪だ。せっかくNPCのアバターに写ってもそれじゃ意味がない。
「転送自体はすぐに行えるが、タイミングと場所はある程度絞りたい」
「何かいいタイミングとかあるのか?」
「できればローテーションメンテナンス直後のサーバが管理している位置が良い。バレるとは思わんが、管理ログが保存された直後のサーバであれば多少は目が向きにくいだろう。リアルタイムにログは取られてはいるから、まぁ気休め程度だがな」
念には念を……位の感覚か。
まぁ、備えられることがあるならやっておいて損はないよな。
「位置に関しては、単純にお前の関係者周辺は監視されているだろうからだ。そこでNPCが一体、突然普段の生活から離れてお前の仲間たちと行動を始めたら流石に怪しいだろう?」
「そりゃ確かにな」
「少々面倒かもしれんが、お前達が元々活動していたリージョンとは別の場所で、個人で傭兵のマネごとをする予定のロール枠があったから、そこにお前のアバターを滑り込ませた。人間関係が希薄で、平民、戦士という非常に多いロールだから、簡単に足がつくことはないだろう」
リージョン? 大昔に別のPvPのネトゲかなんかで単語を聞いた覚えがあるが……
「リージョンってどういう意味なんだ? エリアとは違うのか?」
「大体の認識はそれで問題ない。お前にわかりやすく言うと、クフタリアというのは一つの都市エリア、リージョンというのはクフタリアエリアを含む、アルヴァスト王国東部一帯を指す。要するにエリアの拡大版だ。NPCの生成は基本的には自動で行われるが、管理に関してはリージョンごとにされているから、挿げ替えを実行する場合できるだけ別リージョンで行いたいという訳だ。」
「なるほど、これもリスク減らしってわけだな」
監視範囲外で最初から自然に存在するNPCとなれば、隠れ蓑としては最上だろう。事前に知っていなければ、普通であれば気付くこと何ぞ不可能に近いだろうな。
「まぁ普通にゲームをしている分には必要のない知識だ。覚える必要はないぞ。それで他に何か疑問点はあるか?」
「いや、今のところは思い当たらないな」
「そうか」
状況は突飛で、荒唐無稽ではあるが、その実至極単純だ。聞くべき情報は限られている。
そして、突飛で荒唐無稽であるがゆえに、見えている事柄以外に何を聞けば良いのか分からん。
「お前が活動しているアルヴァスト国周辺エリアは、比較的古いタイプのハイブリッド型のテストサーバだが、稼働している仮想時間は270万時間程、活動しているオリジンも数える程度しか稼働していない。重要度で言えばそこまでではないが……」
オリジン? 意味的にはサーバ稼働初期から生き残ってるNPCか? シアたちのような長命NPCがあの国にも数えるほどとはいえ存在するのか。
「だからこそ、敵に目をつけられにくいという利点と、周辺情報に目を配る必要がない分、ターゲットと思われるお前とお前の周辺人物に徹底して目を向けられるという問題点が共存する」
「メリットでもあり、デメリットでもあるか」
「特にお前は見つかれば、徹底的にマークされる危険がある。アカウント情報と切り離されているとはいえNPCのIDを特定されればそれまでだからな」
うげ、そういやそうか。
「って、IDバレたら今度こそコピーされちまうんじゃ?」
「いや、お前の基礎情報はあくまでアカウントIDの方に存在する。だからアバターを丸ごと奪われるようなことはないが……」
「単純に位置バレする?」
「そういう事だ。だからそこに少し細工をする」
「細工……?」
「まぁこれは専門的な知識がないと理解は出来ん類の話だ。お前自身の話ではあるが、リスク管理の面で考えると、たとえ理解できないとしても詳しい部分をお前は知らないほうが良いだろう」
「そういうものか」
まぁ、これまで必要な情報は全て教えてくれたし、専門用語並べられても結局理解できないだろうからな。特に知りたいという情報でもないし、知らないほうが良いと言うならあえて聞く必要はねぇか。
「まぁ、馬鹿でも解るようにシンプルに言うと、IDの影武者を用意するようなものだと思っておけばいい」
「なるほどシンプルで分かりやすい」
技術屋の話って、仕事もプライベートも説明に当然のように専門用語が入り込むから聞いててもよく分からんというか、理解しようとするといちいち質問返さなきゃいけないイメージが強いんだよな。俺が今まで仕事やゲームで付き合ってきた奴らだけなのかもしれんけど。
でもこの人の説明は、馬鹿にも解る例えを返してくれるから把握しやすい。
「他に聞きたいことがなければ、そこの小部屋の中で待機していてくれ。準備ができたらすぐに転送する」
「わかった。待ってるだけでいいんだな?」
「ああ、転送と同時にその部屋の中のデータを外部ストレージへ物理的に完全隔離するから、安心すると良い」
なるほど、ゲームデータの隠蔽方法としては一番効果的かもしれんな。ネットワークから切り離してしまえばゲームから完全に手出し不能になる。
言われた通り、飾りもなにもない公衆トイレ程度の広さしか無い小部屋へ入る。
椅子もなにもないから、仕方なく地べたへ腰掛け、その時を待つ。
「さて、準備が整ったぞ」
思っていたよりかなり早いな。隠蔽とか、データの影武者とかってそんな簡単に作れるもんなのか。
「こちらへ飛ばされたときに持ち込んだ物などは特に無いな?」
「えぇと……多分、服とかくらいで、ほかは何も持ってなかったはずだ」
「なら良い。改めて説明するが、今手持ちの物に関してはアバターと一緒に封印され、お前は転移先でまっさらなNPCのアバターの中に移る事になる。外見とアカウントデータは今まで通り、プレイヤーとしてはUI関連にアクセスできないという点を除いて、基本的に何も変わりはしない。ただし、ゲームデータとして見た場合、お前はNPCとして判断される。場合によっては一部NPCの反応がプレイヤーに対するものとは変わることが想定されるが、そこはお前が上手くNPCに偽装できているという事で諦めてくれ」
「わかった」
つまり、俺は傭兵NPCに偽装している以上は、NPCからはただの傭兵として認識される。だからこそ、NPCは俺と一般NPCと区別がつかない訳だが、その代わりにプレイヤーを対象としたイベントフラグなんかが立たない可能性があるって事だな。
とはいえ、確かメインストーリー的なイベントは存在しないはずだから、イベントが発生しないからと言って状況的に詰むようなことは無いはずだし、そこまで気にする必要はないか。
しっかしアクシデントで唐突にコッチに来てから、ほんと色々あったな。
孤島の地下でシアと出会って色々特訓させられて、海を渡って本土についたらなんか貴族の護衛だとかフラグの匂いプンプンのイベントに巻き込まれもしたっけか。
で、エレク達と出会って、なんやかんやあって城に忍び込むだけ忍び込んで、結局何もせずに手ぶらで帰還。その足で国境越えて、獣の中をぶっちぎって絶峰登りときたもんだ。
訳わからん土地に飛ばされて、どれくらい経ったっけか? あまり数えてなかったけど、体感的には2ヶ月か3ヶ月くらいか? 中々に内容の濃い旅だったな。
特にシアとは出会いが突然なら別れも突然だったしな。最後に色々話せればよかったんだが……まぁ仕方ないか。
あれ、何か忘れてるような……?
「準備が整った。問題ないなら転送を開始するが」
仕事早っ!?
……って、まぁ特定キャラの位置情報をズラスだけだから、普通に開発ツール使えば一瞬で終わるか。
多分今まで何かやってたのは俺の情報の隠蔽作業の方だろうな。それでも早いが。
「コッチは問題ない。やれるならやってくれ」
「判った。では転送する。一度プロセスを開始すれば途中で停止するのは難しい。聞きたいことがあればそれまでに聞いてくれ。それと転送先に関してだが、お前が飛ばされた場所から一番近いリージョンは、アルヴァストから海を挟んだ別大陸にあるアルタヤという国になる」
「リージョンって一つの国にいくつかあるんじゃないのか?」
「一応アルヴァスト内の別リージョンに飛ばすことも出来るが、流石に同国内に飛ばすのはリスクがあるから転送先からは除外した」
「そりゃそうか」
ランダム転移で探す宛がない場合、最初に調べるのは周辺だろうからな。
同じ国の中に飛ぶのは監視網があった場合引っかかりかねない。
「別の大陸で、さらにアルヴァストにもっと近い国もあるにはあったが、お前を転移させた宗教国家に繋がるものがあったし、隣国で最も近いのはアルヴァストの北の山脈を超えた先となるが、あそこは人族に対して排他的な種族の国でな。何が起こるか分からんし、お前の依代に都合のいいNPCが見つからなかったのだ」
「つまり、消去法でその場所になったってわけだ」
「まぁそういう事だ。だが、国内の港町からアルヴァストまでの海路が繋がっているから、いくつも国を超えたりする必要はないから安心すると良い」
「そいつは朗報だな」
アルタヤって国がどういう国かは行ってみないと分からんが、少なくともアルヴァストへ直接繋がる道……というか航路があるだけでも十分帰還の目処が立つってものだ。
「受け皿の方は問題なくサスペンド状態になっている。後はデータ転送だけだから数分で終わる」
「結構あっさりと終わるんだな」
「お前はサーバ移動を経験してるはずだが、その時はもっと早かったんじゃないか?」
「ん……? あぁ、あの時は俺もかなり混乱してたから、どれくらい掛かったとか覚えてないな……」
まぁそれでも数分で終わるなら大した問題も……
「ん? 何だ? 妙なノイズデータが……」
「え、ちょっと」
転送とか失敗したらヤバそうなタイミングで、すごく嫌な予感がする台詞を吐かないでもらいたいんだが。
「まて、お前のアバターの中に、機能停止したバックドアとは別に何か別のものが紛れて……! 何だこのデータは!? クソ、手間だが一度依代は破棄して転送をやり直……」
「あら、心配する必要はないわよ?」
「何!?」
んん? どっかで聞き覚えのある声が……って!
「あっ……イブリス!?」
そうだ、何か忘れてると思ったら、こいつが居た!
契約して眠りにつくとか言った後、全く音沙汰なかったから完全に忘れてた。
「お久しぶりでございますわね。ご主人さま」
久しぶりに出てきたイブリスは……何か以前よりも存在感が強くなったか?
以前はなんというか儚いというか、薄ぼんやりしてたイメージだったのに、今は普通の人と変わらないくらいハッキリしてるような気がする。
「お前は、白の……!? こいつのデータの中に寄生していたのか!?」
「寄生とは心外な。契約と言っていただきたいですね。それと、確かに私は以前は白の魔女の契約精霊でした。ですが今の主はこの御方ですわ」
どうやらシアと同様、あの男もイブリスのことを知っているらしい。シア個人との縁というよりも、シアの仲間たちと過去に何か繋がりがあったっぽいな。
それがどういうものかは全く想像つかんけど。
「ご安心を。貴方の邪魔をすることはありません。というかすることが出来ませんわ」
「どういう意味だ?」
「わたくし、キョウ様の契約精霊として最適化しましたもの。この世界の理を乱しては、あるじ様に会えなくなってしまうではありませんか」
「……あぁ、確かにお前は『そう』だったな」
「ご理解いただけたようで何よりでございます」
俺は全く理解できてないけどな。というか、管理者にここまで警戒されるとか、イブリスのAIは本当に大丈夫なのか?
……まぁ、管理者を前にして言い放題言った挙げ句、それでもデータ消去されないのを見るに、コレでも許容範囲内ってことなのか?
器が大きすぎやしないだろうか?
「重ねて確認するが、問題ないんだな?」
「こと魂の契約において、このわたくしが何かしくじるとでも?」
「……なら良い」
「まぁ、そもそもの話、ここまで転送が進んでしまった以上、下手に中止してもデータが散逸する危険が増すだけでしょう? 転送作業中の緊急停止は何が起こるかわからないリスクもはらみますしね」
まぁ、プログラムとかスクリプトとかそういう方面にはさっぱり疎い俺でも、転送作業中にそれを急停止させる事がどれだけ危険なのかは何となく分かる。
パソコンでHDDやSSDに大型のファイルを転送中に、突然コンセント引っこ抜くようなもんだろ? 怖すぎてそんな真似よう出来んわ。
「その通りだな。もはやデータの9割は転送が終わっている。これでやり直すのは流石にリスクが大きすぎる」
「ふふ……まぁ、あるじ様の事はわたくしに任せていただいて問題ありませんわ。それに、微かに懐かしい香りもしますしね?」
微かな懐かしい香り……?
シアとここの親子以外に、俺の知り合いにまだイブリスと面識のある長寿NPCが居るって事か? コッチ側に来てから、そんな人の匂いが移るほど一緒に居たことなんてあったっけか……?
「残り1分で転送だ。それまでに少しお前にヒントをやる。今からお前が行くアルタヤは傭兵の国だ。たどり着いたらまず傭兵として登録するんだ。あの国は傭兵であるかどうかで扱いに雲泥の差がある。無用のトラブルを回避するためにも、登録はすぐに行うと良い」
「傭兵登録だな? わかった。向こうに着いたら出来るだけ早く登録するようにする」
「それで良い。さて、そろそろ時間だ。戻ってT1と再会しても、迂闊に俺のことを話さないようにな?」
「何でだ?」
「向こうに戻れば、偽装しているお前は兎も角、お前の関係者の通話内容なんかは盗聴されてると考えたほうが良いだろう。協力者が居るなんて情報をわざわざくれてやる理由はないだろう?」
「言われてみれば、そりゃそう……」
だ、と言おうと思ったところで視界が真っ黒に染まった。こんな会話の途中にぶっ飛ばさなくても……と思ったけど、そういや、一度転送始めたらもう止められないとか事前に言ってたっけか。
こうなると俺に出来ることはなにもない。
無事転送が終わるのを祈って待つことにするか。
「ふむ……データは必要分揃ったし、これ以上は何かするべきことというのは特に無いな。転送の際にアバターを差し替えるのはすべてこちらで行う。あえて言うなら事前に状況を理解しておく事くらいか」
だから、さっきから長々と説明してくれてた訳か。
自分がNPC化した事を理解してないと色々混乱するだろうし、あまり使ってないとはいえ、何も知らずにUIが全く反応しなくなったとしたら流石にパニクってただろうからな。
パニクるだけならまだしも、そこから『敵』に発覚しちまうような何らかの行動をとっちまったとしたら最悪だ。せっかくNPCのアバターに写ってもそれじゃ意味がない。
「転送自体はすぐに行えるが、タイミングと場所はある程度絞りたい」
「何かいいタイミングとかあるのか?」
「できればローテーションメンテナンス直後のサーバが管理している位置が良い。バレるとは思わんが、管理ログが保存された直後のサーバであれば多少は目が向きにくいだろう。リアルタイムにログは取られてはいるから、まぁ気休め程度だがな」
念には念を……位の感覚か。
まぁ、備えられることがあるならやっておいて損はないよな。
「位置に関しては、単純にお前の関係者周辺は監視されているだろうからだ。そこでNPCが一体、突然普段の生活から離れてお前の仲間たちと行動を始めたら流石に怪しいだろう?」
「そりゃ確かにな」
「少々面倒かもしれんが、お前達が元々活動していたリージョンとは別の場所で、個人で傭兵のマネごとをする予定のロール枠があったから、そこにお前のアバターを滑り込ませた。人間関係が希薄で、平民、戦士という非常に多いロールだから、簡単に足がつくことはないだろう」
リージョン? 大昔に別のPvPのネトゲかなんかで単語を聞いた覚えがあるが……
「リージョンってどういう意味なんだ? エリアとは違うのか?」
「大体の認識はそれで問題ない。お前にわかりやすく言うと、クフタリアというのは一つの都市エリア、リージョンというのはクフタリアエリアを含む、アルヴァスト王国東部一帯を指す。要するにエリアの拡大版だ。NPCの生成は基本的には自動で行われるが、管理に関してはリージョンごとにされているから、挿げ替えを実行する場合できるだけ別リージョンで行いたいという訳だ。」
「なるほど、これもリスク減らしってわけだな」
監視範囲外で最初から自然に存在するNPCとなれば、隠れ蓑としては最上だろう。事前に知っていなければ、普通であれば気付くこと何ぞ不可能に近いだろうな。
「まぁ普通にゲームをしている分には必要のない知識だ。覚える必要はないぞ。それで他に何か疑問点はあるか?」
「いや、今のところは思い当たらないな」
「そうか」
状況は突飛で、荒唐無稽ではあるが、その実至極単純だ。聞くべき情報は限られている。
そして、突飛で荒唐無稽であるがゆえに、見えている事柄以外に何を聞けば良いのか分からん。
「お前が活動しているアルヴァスト国周辺エリアは、比較的古いタイプのハイブリッド型のテストサーバだが、稼働している仮想時間は270万時間程、活動しているオリジンも数える程度しか稼働していない。重要度で言えばそこまでではないが……」
オリジン? 意味的にはサーバ稼働初期から生き残ってるNPCか? シアたちのような長命NPCがあの国にも数えるほどとはいえ存在するのか。
「だからこそ、敵に目をつけられにくいという利点と、周辺情報に目を配る必要がない分、ターゲットと思われるお前とお前の周辺人物に徹底して目を向けられるという問題点が共存する」
「メリットでもあり、デメリットでもあるか」
「特にお前は見つかれば、徹底的にマークされる危険がある。アカウント情報と切り離されているとはいえNPCのIDを特定されればそれまでだからな」
うげ、そういやそうか。
「って、IDバレたら今度こそコピーされちまうんじゃ?」
「いや、お前の基礎情報はあくまでアカウントIDの方に存在する。だからアバターを丸ごと奪われるようなことはないが……」
「単純に位置バレする?」
「そういう事だ。だからそこに少し細工をする」
「細工……?」
「まぁこれは専門的な知識がないと理解は出来ん類の話だ。お前自身の話ではあるが、リスク管理の面で考えると、たとえ理解できないとしても詳しい部分をお前は知らないほうが良いだろう」
「そういうものか」
まぁ、これまで必要な情報は全て教えてくれたし、専門用語並べられても結局理解できないだろうからな。特に知りたいという情報でもないし、知らないほうが良いと言うならあえて聞く必要はねぇか。
「まぁ、馬鹿でも解るようにシンプルに言うと、IDの影武者を用意するようなものだと思っておけばいい」
「なるほどシンプルで分かりやすい」
技術屋の話って、仕事もプライベートも説明に当然のように専門用語が入り込むから聞いててもよく分からんというか、理解しようとするといちいち質問返さなきゃいけないイメージが強いんだよな。俺が今まで仕事やゲームで付き合ってきた奴らだけなのかもしれんけど。
でもこの人の説明は、馬鹿にも解る例えを返してくれるから把握しやすい。
「他に聞きたいことがなければ、そこの小部屋の中で待機していてくれ。準備ができたらすぐに転送する」
「わかった。待ってるだけでいいんだな?」
「ああ、転送と同時にその部屋の中のデータを外部ストレージへ物理的に完全隔離するから、安心すると良い」
なるほど、ゲームデータの隠蔽方法としては一番効果的かもしれんな。ネットワークから切り離してしまえばゲームから完全に手出し不能になる。
言われた通り、飾りもなにもない公衆トイレ程度の広さしか無い小部屋へ入る。
椅子もなにもないから、仕方なく地べたへ腰掛け、その時を待つ。
「さて、準備が整ったぞ」
思っていたよりかなり早いな。隠蔽とか、データの影武者とかってそんな簡単に作れるもんなのか。
「こちらへ飛ばされたときに持ち込んだ物などは特に無いな?」
「えぇと……多分、服とかくらいで、ほかは何も持ってなかったはずだ」
「なら良い。改めて説明するが、今手持ちの物に関してはアバターと一緒に封印され、お前は転移先でまっさらなNPCのアバターの中に移る事になる。外見とアカウントデータは今まで通り、プレイヤーとしてはUI関連にアクセスできないという点を除いて、基本的に何も変わりはしない。ただし、ゲームデータとして見た場合、お前はNPCとして判断される。場合によっては一部NPCの反応がプレイヤーに対するものとは変わることが想定されるが、そこはお前が上手くNPCに偽装できているという事で諦めてくれ」
「わかった」
つまり、俺は傭兵NPCに偽装している以上は、NPCからはただの傭兵として認識される。だからこそ、NPCは俺と一般NPCと区別がつかない訳だが、その代わりにプレイヤーを対象としたイベントフラグなんかが立たない可能性があるって事だな。
とはいえ、確かメインストーリー的なイベントは存在しないはずだから、イベントが発生しないからと言って状況的に詰むようなことは無いはずだし、そこまで気にする必要はないか。
しっかしアクシデントで唐突にコッチに来てから、ほんと色々あったな。
孤島の地下でシアと出会って色々特訓させられて、海を渡って本土についたらなんか貴族の護衛だとかフラグの匂いプンプンのイベントに巻き込まれもしたっけか。
で、エレク達と出会って、なんやかんやあって城に忍び込むだけ忍び込んで、結局何もせずに手ぶらで帰還。その足で国境越えて、獣の中をぶっちぎって絶峰登りときたもんだ。
訳わからん土地に飛ばされて、どれくらい経ったっけか? あまり数えてなかったけど、体感的には2ヶ月か3ヶ月くらいか? 中々に内容の濃い旅だったな。
特にシアとは出会いが突然なら別れも突然だったしな。最後に色々話せればよかったんだが……まぁ仕方ないか。
あれ、何か忘れてるような……?
「準備が整った。問題ないなら転送を開始するが」
仕事早っ!?
……って、まぁ特定キャラの位置情報をズラスだけだから、普通に開発ツール使えば一瞬で終わるか。
多分今まで何かやってたのは俺の情報の隠蔽作業の方だろうな。それでも早いが。
「コッチは問題ない。やれるならやってくれ」
「判った。では転送する。一度プロセスを開始すれば途中で停止するのは難しい。聞きたいことがあればそれまでに聞いてくれ。それと転送先に関してだが、お前が飛ばされた場所から一番近いリージョンは、アルヴァストから海を挟んだ別大陸にあるアルタヤという国になる」
「リージョンって一つの国にいくつかあるんじゃないのか?」
「一応アルヴァスト内の別リージョンに飛ばすことも出来るが、流石に同国内に飛ばすのはリスクがあるから転送先からは除外した」
「そりゃそうか」
ランダム転移で探す宛がない場合、最初に調べるのは周辺だろうからな。
同じ国の中に飛ぶのは監視網があった場合引っかかりかねない。
「別の大陸で、さらにアルヴァストにもっと近い国もあるにはあったが、お前を転移させた宗教国家に繋がるものがあったし、隣国で最も近いのはアルヴァストの北の山脈を超えた先となるが、あそこは人族に対して排他的な種族の国でな。何が起こるか分からんし、お前の依代に都合のいいNPCが見つからなかったのだ」
「つまり、消去法でその場所になったってわけだ」
「まぁそういう事だ。だが、国内の港町からアルヴァストまでの海路が繋がっているから、いくつも国を超えたりする必要はないから安心すると良い」
「そいつは朗報だな」
アルタヤって国がどういう国かは行ってみないと分からんが、少なくともアルヴァストへ直接繋がる道……というか航路があるだけでも十分帰還の目処が立つってものだ。
「受け皿の方は問題なくサスペンド状態になっている。後はデータ転送だけだから数分で終わる」
「結構あっさりと終わるんだな」
「お前はサーバ移動を経験してるはずだが、その時はもっと早かったんじゃないか?」
「ん……? あぁ、あの時は俺もかなり混乱してたから、どれくらい掛かったとか覚えてないな……」
まぁそれでも数分で終わるなら大した問題も……
「ん? 何だ? 妙なノイズデータが……」
「え、ちょっと」
転送とか失敗したらヤバそうなタイミングで、すごく嫌な予感がする台詞を吐かないでもらいたいんだが。
「まて、お前のアバターの中に、機能停止したバックドアとは別に何か別のものが紛れて……! 何だこのデータは!? クソ、手間だが一度依代は破棄して転送をやり直……」
「あら、心配する必要はないわよ?」
「何!?」
んん? どっかで聞き覚えのある声が……って!
「あっ……イブリス!?」
そうだ、何か忘れてると思ったら、こいつが居た!
契約して眠りにつくとか言った後、全く音沙汰なかったから完全に忘れてた。
「お久しぶりでございますわね。ご主人さま」
久しぶりに出てきたイブリスは……何か以前よりも存在感が強くなったか?
以前はなんというか儚いというか、薄ぼんやりしてたイメージだったのに、今は普通の人と変わらないくらいハッキリしてるような気がする。
「お前は、白の……!? こいつのデータの中に寄生していたのか!?」
「寄生とは心外な。契約と言っていただきたいですね。それと、確かに私は以前は白の魔女の契約精霊でした。ですが今の主はこの御方ですわ」
どうやらシアと同様、あの男もイブリスのことを知っているらしい。シア個人との縁というよりも、シアの仲間たちと過去に何か繋がりがあったっぽいな。
それがどういうものかは全く想像つかんけど。
「ご安心を。貴方の邪魔をすることはありません。というかすることが出来ませんわ」
「どういう意味だ?」
「わたくし、キョウ様の契約精霊として最適化しましたもの。この世界の理を乱しては、あるじ様に会えなくなってしまうではありませんか」
「……あぁ、確かにお前は『そう』だったな」
「ご理解いただけたようで何よりでございます」
俺は全く理解できてないけどな。というか、管理者にここまで警戒されるとか、イブリスのAIは本当に大丈夫なのか?
……まぁ、管理者を前にして言い放題言った挙げ句、それでもデータ消去されないのを見るに、コレでも許容範囲内ってことなのか?
器が大きすぎやしないだろうか?
「重ねて確認するが、問題ないんだな?」
「こと魂の契約において、このわたくしが何かしくじるとでも?」
「……なら良い」
「まぁ、そもそもの話、ここまで転送が進んでしまった以上、下手に中止してもデータが散逸する危険が増すだけでしょう? 転送作業中の緊急停止は何が起こるかわからないリスクもはらみますしね」
まぁ、プログラムとかスクリプトとかそういう方面にはさっぱり疎い俺でも、転送作業中にそれを急停止させる事がどれだけ危険なのかは何となく分かる。
パソコンでHDDやSSDに大型のファイルを転送中に、突然コンセント引っこ抜くようなもんだろ? 怖すぎてそんな真似よう出来んわ。
「その通りだな。もはやデータの9割は転送が終わっている。これでやり直すのは流石にリスクが大きすぎる」
「ふふ……まぁ、あるじ様の事はわたくしに任せていただいて問題ありませんわ。それに、微かに懐かしい香りもしますしね?」
微かな懐かしい香り……?
シアとここの親子以外に、俺の知り合いにまだイブリスと面識のある長寿NPCが居るって事か? コッチ側に来てから、そんな人の匂いが移るほど一緒に居たことなんてあったっけか……?
「残り1分で転送だ。それまでに少しお前にヒントをやる。今からお前が行くアルタヤは傭兵の国だ。たどり着いたらまず傭兵として登録するんだ。あの国は傭兵であるかどうかで扱いに雲泥の差がある。無用のトラブルを回避するためにも、登録はすぐに行うと良い」
「傭兵登録だな? わかった。向こうに着いたら出来るだけ早く登録するようにする」
「それで良い。さて、そろそろ時間だ。戻ってT1と再会しても、迂闊に俺のことを話さないようにな?」
「何でだ?」
「向こうに戻れば、偽装しているお前は兎も角、お前の関係者の通話内容なんかは盗聴されてると考えたほうが良いだろう。協力者が居るなんて情報をわざわざくれてやる理由はないだろう?」
「言われてみれば、そりゃそう……」
だ、と言おうと思ったところで視界が真っ黒に染まった。こんな会話の途中にぶっ飛ばさなくても……と思ったけど、そういや、一度転送始めたらもう止められないとか事前に言ってたっけか。
こうなると俺に出来ることはなにもない。
無事転送が終わるのを祈って待つことにするか。
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今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
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4年前に書いたものをリライトして載せてみます。
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