ν - World! ――事故っても転生なんてしなかった――

ムラチョー

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四章

二百八十一話 帰還?Ⅰ

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「あるじ様、目的地へ無事転送完了したようですわよ」

 真っ暗な視界の中で、気付かぬうちにいつの間にか自分で目をつむっていたらしい。
 イブリスの言葉に目を開くと、薄暗く狭い部屋と天井が目に写った。
 部屋というか……隙間?

「何だここ?」
「最下級の安宿ですわね。屋根さえあれば良いという者の為の、小銭程度で使える宿の空きスペースですわ」

 カプセルホテル以下な、雨が凌げても風は凌げないような場所だ。
 正直、防犯とかも考えてちょっと遠慮したい所だな。

「『彼』が言っていた通り、天涯孤独で人脈も知名度もない傭兵未満の凡骨となると、こういう生活をしている方が普通なのでしょうね」
「なにげに辛辣だけど、まぁそれがこのボディの現実だったんだろうな」

 協会では新人である俺だが、新人が受けられる仕事というのは難易度が低い代わりに賃金も悪い。
 俺はプレイヤー特権というか、レベルアップによるステータスパワーで新人としては結構あっさりと上の階級の依頼も受けられるようになったけど、それでも複数人で受ける仕事としてはあまり実入りが良いとは言えなかった。
 天涯孤独で頼るものも居ない。傭兵登録もまだできていない一般人となると、こういった最底辺の生活をせざるを得ないという訳だ。

「こりゃ、アドバイス通り傭兵登録を早々にしたほうが良さそうだな。明日食うものにも困りかねん」
「そうですわね。『彼』のサービスなのか、あるじ様の武器も送ってくれたようですし、あの島で見たあるじ様の実力であれば登録は問題ないでしょう」

 言われて、自分がミアリギスを掴んでいた事に今頃になって気づいた。
 が、どうやらそれだけらしい。旅の小物なんかは何も引き継いでいない。ミアリギスもイブリスが言う通りサービスなんだろうな。余分なものを転送する分だけ手間は増えるだろうしな。

「そういや、アバター変わったけど、もしかして……」

 NPCアバターの改造品って事は今までのアバターとは別物ってことだよな?
 だとすれば、色々俺のアバターが抱えていた問題が解消されたんじゃないのか?
 ……と思い、手の甲をつねってみると、今までと変わらない痛みが走る。

「……なんて、都合の良いことはないか」

 アバターが変われば解消されるのかともちょっと期待したりもしたが、やっぱりこの痛みをダイレクトで感じる原因は特殊な接続状況の方に問題があると考えるべきだよな。
 つまり、俺が現実側で完治しないと、ゲーム内で迂闊に大怪我を負う訳にはいかないという、この状況は変わらないというわけだ。
 試合形式の対人戦とか、競い合いのルールのあるコンテンツなら兎も角、ボスの一撃で即死級の大ダメージなんて当たり前なことが多いMMOの冒険という意味ではやっぱりかなりのリスクが有るよなぁ、この状況。
 即死しないまでも、重症で何日も寝込んじまった前科があるからなぁ、俺。
 それに……

「やっぱ見れないか」

 ステータスウィンドウを開こうとしてみたがどうやら駄目らしい。といってもこちらは最初から諦めていたが。NPCのアバターを間借りしていることや、俺の今の状況から考えて、たとえアカウントを隠蔽してても、変にサーバへのアクセスを繰り返せばいずれ特定されかねない。あの男がそんな事を見落とすとは思えないし、今まで通りUI系統は使用不可にされているんだろうとは思っていたからな。
 まぁ一般NPCがイブリスみたいな別のサーバの精霊と契約してる時点でかなり胡散臭い存在になってる気もするが、それで俺に繋がる情報になるとも思えんし……

「そういやイブリスって他の人にも普通に見えるのか?」
「姿を隠そうと思えば自由に隠せますけど、そのつもりはありませんわよ?」
「何で?」
『あるじ様は念話と口頭での会話を同時に使い分けられますので?』

 こいつ、頭の中に直接……!? というお約束の反応はさておいて、念話を使い分けられるかと言われれば、使い分けるも何も普通に使えないんだけどな? イブリス側から呼びかけられるとこうやって聞き取るくらいは出来るみたいだけど。
 でも、口頭と念話か……実際俺が使えるとして、同時に使い分けてる俺の姿を想像してみる。普通に念話に対して口で返しそう……

「使えたとしても、まぁ頭がこんがらがるかもなぁ」
「慣れてない者は皆そうです。そして、姿を隠している私へつい普通に話しかけでもした場合、あるじ様は周囲からどんなふうに見られると思います?」
「あ~……」

 何も知らん人が、突然虚空に話しかける俺を見た場合の反応といえば、まぁ簡単に思いつくよなぁ。

「それだけなら良いですが、状況によっては何か良からぬことを隠していると勘繰られ、状況が悪化する危険もありますわ。であれば、最初から姿を見せておいたほうが、多少不可解な行動であっても私とやり取りしていると周りは理解してくれることでしょう」
「お~、そこまでは考えが至らなかった」

 確かに、変に隠し立てする理由もないのに、イブリスの存在を隠そうとして逆に不自然さが出てしまったら何の意味もないどころか、ただの間抜けだわな。

「うーん。そうなると、場合傭兵登録のときどうしようか? 俺って協会では槍使いとして登録しちまってるんだが……」
「普通に精霊術師か精霊使いで問題ないですわよ? 精霊使いは基本的に前線で戦う者がなることが一番多いですから」
「あ、そうだった」

 つい、普通のRPGの癖で精霊使いと言われると魔法使い職だと思っちまうが、この世界だと精霊術と瘴術の二つは共有するのは難しいという話だったな。魔術を使うための頭の中の領域を、契約した精霊が使うため魔術師としては弱体化してしまうとか何とか。
 この世界の精霊使いとは、普段魔術を使わない物理戦闘職が、使い道のない余ったMPを精霊に与えて、自分の代わりに魔術やそれに類する能力をを使ってもらうという形なんだと以前説明してもらった事がある。
 つまり、槍使いの俺が精霊と契約して精霊使いになっても、それは何もおかしな事ではないという訳だ。

「ところで、精霊術師と精霊使いの違いってなんなんだ?」
「精霊術師と精霊の関係は、契約した精霊に対価である術者の精製した内気を払うことで強力な術を使ってもらう者達のことを指しますの」

 なんというか、よくRPGなんかで見る召喚術士のイメージだな。

「対して、精霊使いと精霊の関係は、術の使用時に限らず、常に何かしらの対価を払い顕界させ続けます。常時対価が必要な代わりに限定的な精霊術士と違い非常に汎用性が高いです。わたくし達の場合、精霊使いの方が近い関係となりますわね」
「近い……? じゃあ正確には精霊使いでもないのか?」
「はい。我々の場合は精霊使いではなく誓約者と呼ばれます」

 なんか字面だけだと戦闘ジョブやクラスって響きじゃないな。

「どう違うんだ?」
「精霊使いとの最大の違いは、契約ではなく誓約という一つ段階が上のつながりを持って居ること。そして誓約することで精霊が契約者の精神へ根付くことを対価に、パートナーとして精霊はあらゆる事を優先して誓約者へ力を貸します。精神へ住み着く事になるので、術者と精霊はそれこそ一蓮托生、一心同体という事ですわね。精霊使いと違い、精神の共有それ自体が対価ですから、精霊を使役するための別途対価は必要としないのが最大の違いですわね」
「つまり、イブリスの力を借りるときに、何か特別に対価が必要ってわけじゃないのか」
「えぇ、そうですわね」

 精霊術師は精霊を呼び出して魔法をぶっ放すときにMPをたくさん消費する。
 精霊使いは魔法をぶっ放すとき以外でも常に呼び出して一緒に戦えるけど、常時MPが減っていく。
 誓約者はいくら力を借りてもMPは消費しないけど、最大MPの半分を持っていかれてる……みたいな認識であってんのかな?
 
「あるじ様が求められれば、私に可能な範囲でならあらゆる事に優先してお力添え致しますわ」
「お、おう」

 とはいえ、こいつに好き放題させると何か暴走しそうな香りがするし、当初の予定通り出来るだけ自重してもらうか。

「あら、そんなに警戒なさらなくても、最初の約束ですものちゃんと守りますわよ?」

 あれ、口に出したか?
 ……いや、そうじゃないな。イブリスは誓約は精神の部分で繋がってるって言ってたし……もしかして、心読めるのか?

「正解ですわ。精神の部分で同調してますもの、思考もバッチリ伝わってますわ」
「マジでか」

 それって、ムラムラっとしてエロいこと考えたりしたら全部ダダ漏れってことか? 流石にそれは恥ずかしいんだが。

「お気になさらず。あるじ様の秘密を外に漏らすほど誓約の契は軽いものではありませんもの。というよりも、私とあるじ様だけの秘め事ですもの、どこの馬の骨とも知れぬ者の目に晒したりはしてなるものですか」
「そういう問題じゃないと思うんだが……あぁ、でもまぁ晒しっていうその点だけは全幅の信頼が置けるかもしれんなぁ」

 独占欲超強そうだし。

「とはいえ、結構便利ですのよ? 例えば先程話題に出した念話ですが、私と秘密の会話をしたいだけであれば、念話なんてスキルがなくても、言いたいことを強く頭の中に思い浮かべてくれれば、私があるじさまの思考を読み取って、返答するだけですもの」

 そうか、プレイヤーは個人チャンネルのボイスチャットが使えないが、俺が使えなくてもイブリスが使えるだけでも問題ないのか。まぁ主人の思考を盗み見れる精霊が居て初めて成り立つから、精霊使い以外や誓約者以外には使えない便利な手だ。逆に言うと、精霊使いにはバレるかもしれんが……そこはまぁ、別の精霊使いに遭遇してから考えることだな。
 ただ、便利だって言ってもなぁ……

「まぁ、心配なさらずとも、触れられたくなさそうな内容については私もスルーするくらいの分別はありますわ。それに心を覗けると言っても、全てを見られるわけでは有りませんわ。私が見られるのはあくまで表層のみ。心の奥に仕舞ってある記憶や思考には手は出せませんもの」
「いや、思い浮かべたら、文字通り表層に浮かんできちまうんじゃ、どうやって心の奥に仕舞うとか知らねぇし……」

 そもそも、AIプログラムがどうやってプレイヤーの思考を読み取ってるのか、メカニズムがさっぱり俺には理解できてねぇしな。
 一時期流行った脈拍とか瞳孔拡縮とかを使った嘘発見器の進化版みたいな感じだと思えば良いのか……?

「私も他者の心の仕組みまでは存じませんので、そこはまぁ、あるじ様の努力次第ということで。ただ、心から他者に見られたくないという記憶は自然と心の奥に秘められるものですから、あまり深刻になられる必要はありませんわよ」
「だといいけど……」
「まぁ! コレでも以前のあるじとは、数百年に渡って誓約を紡いでましたのよ? 信頼と実績は確かですの」

 確かに、心の中を覗ける相手と数百年も折り合いがつけていられたというのなら、確かに安心要素にはなるか。

「さぁ、そんな事よりも、まずは傭兵登録でございましょう?」
「おっと、それはたしかにそうだ」

 何で契約だの誓約だのの話に逸れたんだったか。
 まぁ何にせよ、まずは傭兵登録。まずはそれからだな。

「で、登録って何処に行けば良いんだろうな?」
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