愛しすぎて

十四日

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ため息が溺れる。

 朝の宇都宮に持ちかけられた勝負を受けてしまった。

勝負って何をするんだろう…。

朝の出来事を思い返す。

『だったら!あんたが、ただの貧弱じゃないコトを証明しなさいよ!』

宇都宮の言葉に平常心が保てなかった。

何を言われても、いつもなら平常心を失うことがなかったが、男として女の子に貧弱と言われたことに心の奥でふつふつと怒りが込み上げてきた。

初めてな気持ちだった…。

怒ることなんて、これまで無関係だったのに…。

それに、女の子と勝負するなんて男としてどうなんだろう…。

不安と複雑な面持ちで僕は、左右に動いたり、前後に動き、時には一回転し、しゃがんだりする。

「ボールを回せ!」

突然、声が響く。

ハッと僕は意識を戻す。

今の時間、体育の授業。

女子が国内プールで、男子は体育館で行う。

ちなみに今日の体育はドッジボールで、僕は自分に向かってくるボールを避けていた。

避ける僕をクラスメイトの男子達は、

『天使が舞ってる』

『妖精だ』

『下半身がヤバイ』

『生脚、サイコー』

『ぶち込みたい』

など話しながら僕に、集中攻撃をしてくる。

避けきれない時は和真がボールを取り、敵チームを何人かを外野へ送る。

気づくと、残っているのは僕と和真の2人だけになっていた。

ボールが2個に増え、四方八方からボールが飛んでくるのを避ける。

最初はずっと和真ばかりを狙って、僕にはボールを持つ敵の近くにいても当てようとせず、敵同士なのに『ここにいれば、安全だよ』と自分の側にと言ってくる。

そう言って、当てるのでは?と思ったが、当てられると思うたび、近くにいるにもかかわらず、ワザと僕を避けるように投げる。

避けるように投げるなら、僕は下手に動かないようにした。

少し動くと目の前にボールが飛んでくる。

下手に動くと自分から当たりに行く状況。

まさか、敵チームの策略にまんまとハマったことも知らず、ボールが僕の周りを飛び交い、僕の身動きを封じていた。

和真は狙われ、なかなか僕のところまで行けなかった。

だが、和真ばかり狙われているのに僕は耐えかねて、隙を見計らって和真のもとへと駆け寄る。

僕の行動にみんな驚く。

当たりそうになるが寸前で避け、和真の胸に飛び込む。

「クソっ!篠原ばかり!!!!!」

と周りから雄叫びがあがる。

すると、作戦変更したのかターゲットが和真から僕に変わり、今に至る。

「おい!五百城ばかり狙うな!当たって怪我したらどうするんだ!」

体育の顧問、土井が注意する。

「「「怪我したら、責任持って結婚します!」」」

全員が揃って言う。

「それは、死んでも橙利を守らないと」

和真が呟くと、それを聞いた敵チームと仲間チームが、

「ナイトだからって!」

「今ここにいる全員が篠原の敵だ!」

「オメェら、篠原を狙え!」

「篠原!死ねー!」

「ちょこまかと逃げるな!」

「五百城の周りにウロウロすんな!」

とそれぞれの思いを叫びながらボールを和真に向けて投げつけていく。

また、和真にターゲットとなった。

ふと、気になる事があり、目線を降ろす。

しゃがみこみビデオカメラを構え、さっきから僕の脚や胸、お尻を間近で撮影している土井先生に、

「ところで、土井先生はなんでビデオカメラを持っているんです?」

僕は聞いてみた。

土井先生は授業のたびにビデオカメラを持って何か撮影している。

「こ、これは!授業記録だ!1人で何人の生徒を見るとどこかで、気付かない事が出てくる事もある。オレは全員に気に掛けたい。だから受け持つクラスは必ず記録し、後で一人一人の癖や態度を確認する為だ」

と内容は立派だが、挙動不審すぎだ。

授業記録…?

土井先生の話しを聞いた他の生徒達が、

「何が授業記録だ!五百城しか写っていないだろ!」

と土井先生からビデオカメラを奪うと生徒達は、保存された画像を見る。

「あ!五百城の着替えしてるところが!」

「居眠りしてる!可愛い」

「五百城がペットボトルの水を飲んでるところもある!」
 
「俺の息子を咥えてくれー!」

「いや!俺だ!」

「狡いぞ!」

「そのビデオカメラの映像で抜くから、よこせ!」

「俺たちにもよこせ!」

いつの間にかドッジボールがビデオカメラの争奪戦になった。

「ふぅ。そろそろ疲れてきたから、ヤバかった」

と体操着の裾で汗を拭きながら、和真が僕のところに来た。

持ち上げた裾から見える和真の腹筋がバキバキに割れていた。

スゴイ…。

そして、

ビデオカメラの鑑賞会が終えると、授業中だが和真と僕以外の男子全員と土井先生が前屈みでトイレに向かう。

「橙利」

タオルで汗を拭いていると1人の男子生徒が声をかけてきた。

クラスメイトの烏山 彰。
烏山の身長は和真と変わらない180ぐらいで、鍛えられたしっかりした体つき。

前髪を立たせ、えり足とサイドを刈り上げたツーブロックショート。

家は知るぞや知る大きなヤクザの息子。

喧嘩っ早く、よく他校やその道の人と殴り合いをしている。

口は悪いが顔が整っていてイケメン、女の子達に怖いけどワイルドでかっこいいと人気だ。

僕と会うまでは結構、女の子と遊んでいたらしい。

僕との出会いは、校内のトイレ。

用が終わり、ドアを開けたら烏山と鉢合わせした。

思わず、見てしまい何ガンを飛ばしやがると言われると思い、目を逸らそうとすると、頰に温もりが触れる。

烏山の手が優しく僕の頰に触れていた。

驚きで目を見開く。

次の瞬間、キスをされた。

それから、使われてない階段の踊り場に連れていかれ、ぐしゃぐしゃに抱かれた。


「彰。遅刻だ」

和真が注意をする。

「うるせぇ。弱ェくせに1人じゃあ、何もできないからって団体で喧嘩売ってくる奴らを殴ってたら遅くなっちまったんだ」

うんざりとしたように言い捨てる。

あまり人とつるむのが嫌いな烏山だったが、和真に対しては気を許してる。

その証拠に和真が注意しても殴らない。

仲が良い…。

一度、仲が良いと言ったことがあるけど、2人してスゴイ顔していた。

烏山は僕の近くの壁に背中で寄り掛かり、腕を組んだ。

どんなポーズをやっても、イケメンは絵になる。

烏山が体育館を見渡すと、

「他の奴らは、便所か」

と聞き、和真が答える。

「そうだ」

「だらしねえ」

またかと呆れた顔をさせる。

「仕方がないだろう。彰だって、出してるだろう」

「ああ。毎日、出しまくってるな」

毎日、出しまくってる…。

烏山の言葉で思い出す。

そう言えば、校内で女子生徒と2人で歩いているのをよく見たことある。

女子生徒が烏山の腕に自分の胸を押し付けて歩いていた。

「女とじゃねぇよ」

僕の考えている事が分かったのか、烏山にギロっと睨まれた。

心を読まれた…。

「毎日ヤられてて、覚えがないと言わせねぇぜ。後でヤるからな」

と烏山が含み笑いを向ける。

ああ、またあの踊り場で抱かれるんだ。

「無理させるなよ」

和真がため息をこぼす。

「まぁ、橙利次第だがな。そんなことより、宇都宮って女と勝負することになったらしいな」

真面目な表情にかわる。

「情報が早いな」

「ああ、世の中は情報を早くつかまねぇといけねぇからな。で、」

烏山が僕を見る。

「う、うん。何の勝負をするか、今から緊張するよ」

烏山は前髪を掻き分ける、僕はその仕草に見惚れる。

「男だったら殴り合いで蹴りをつけるが、女は何をするか分からないからな」

殴り合い…。

「宇都宮と殴り合いはやらないと思うけど…」

「しかし、橙利は剣道に合気道、なぎなた、銃剣道あと護身術の師範なみに持ってる。いざとなったら殺ればいい」

烏山の思いがけない発言に驚く。

「いや、犯罪はダメだよ」

確かに橙真兄さんに痴漢にあいそうになった時の為に小さい頃から習っていたけど、あくまでも護身用でいつも兄達や有馬先生、和真がいるので実際に使ったことがない。

それに、痴漢でもない女の子にやるなんて考えられないと拒否するが、

「やられる前に、始末しろ」

烏山が言うと冗談に聞こえない。

「始末しないよ」

壁から離れて僕の前に立つと顎を掴むとクイッと上げ、僕の目と烏山の目が合う。

ゆっくり烏山の顔が近づいてくる。

唇と唇が触れ合うギリギリの距離。

一瞬、キスされると思った。

僕の反応が面白かったのか烏山がふと、笑ったように見え、唇が寸前で耳元へ移動し囁く。

「なら、俺が代わりに始末してやろうか。俺の女に喧嘩吹っかけんだからな」

僕は目を見張る。

始末…。

「お前が望めば、俺は…」

「ダメ!」

思わず、両手で烏山の口を塞いだ。

「こ、これは僕が受けた勝負だから!」

と訴える。

すると、口を塞いだ手をペロっと舐められた。

「それこそ、俺の惚れた男だ」

と笑うと手を掴むと今度はキスをする。

「危なくなったら、動くからな」

獲物を狙うような目。

僕はその目に狙われた獲物。

囚われたように体が動かない。

されるがままにしてると掴んでいた手が離れ、烏山の左手が僕の後頭部に右手で腰に触れ、ゆっくり引き寄せる。

この状況…ヤバイ…。

「ふぅ、俺もいるんだが」

和真の一言で空気が戻ってきた。

今までの僕と烏山のやり取りを見ていた和真が口を開く。

あ、忘れてた…。

「チッ、良いところで邪魔しやがって」

本当に不機嫌な顔する烏山。

「ほっといたら、ここでやる気だっただろう」

「お前も参加すれば、良いだろうが」

「はぁ、橙利を他の奴に見せる気はないよ」

「他の奴に、こいつは俺のモノだと見せつければ良い」

「まったく…」

和真が呆れ顔をする。

本当に仲が良いな…。

「宇都宮が何か仕掛けてきやがったら、俺に言え」

烏山が僕の額に優しくキスをする。

「始末はしないよ」

「しなくてもだ、世間の厳しさを教えてやるだけだ」

ぶるっと背筋に悪寒が走った。
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