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上司の秘密が知りたいです。

2人の時間

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「くそがき……なんだか想像がつきません。きっと小さいころの私のほうが、ずっと問題児だったと思います」

 多少口は悪かったが、クソガキというには少々上品すぎた六年前の大河を思い出す。

(粗野に振舞おうとしてもなり切れない御曹司。そんな感じだったわ……)

 すると大河は苦笑して、ゆっくりと歩き始める。

「お前が問題児か……。想像できるな。頭で考えるより先に体が動く、そんな子だったんだろう」
「そうですよ。よくわかりますね。衝動で動くなといつも家族には叱られてました」

 六華も肩をすくめつつ、大河に並んで歩きながらはぁとため息をついた。
 ちなみに小学生の時から六華は近所の子供たちの総大将で、公園を理不尽に中学生に奪われたときも、正々堂々と話し合いの場を申し出、断られた後は武力でもって制圧した。
『たこ足公園、冬の乱』といえば、いまだに地元では六華の武勇伝のひとつとして語り継がれているのだが、絶対に樹の耳には入れたくない伝説でもある。

「だがお前はまっすぐだ。俺のように歪んではいない」
「え?」

 いったいどういうことかと首をかしげると、
「お前はそのままでいてくれよ」
 大河は切れ長の目を軽く細めながら、それ以上なにも言うことはなかった。

(久我大河……)

 あなたのことをもっと知りたいと思う。
 知ってほしいと言われたからじゃない。ただ自分がそうしたいのだ。
 樹のことを知られるわけにはいかないと思うのに、一方で自分のすべてを暴いてほしいと感じる。

(本当に、恋ってやっかいだ)



 宝物庫に着いたところで、扉の前にちょうどスーツ姿の男女がふたり立っているのが見えた。
 六華たちの姿を見るとパッと笑顔になる。

「お忙しいところすみません」
「いえ、これも大事な仕事ですので」

 大河が軽く会釈して、腰に帯びている金剛に触れる。
 彼らは竜宮所属の学芸員だ。
 竜宮の宝物庫は無尽蔵の資料と宝物であふれているが、その全容はまだ明らかにされていない。竜の歴史を解明することは臣下である人の役目でもあるが、六華が生きている間にそれがなされることはないだろう。
 そのくらい竜宮の財産は途方もない数と謎で満ちているのである。

「では見張りをよろしくお願いします」

 学芸員の男性が、扉に手のひらを押し付けて生体認証を立ち上げる。

「はい」

 六華はうなずいて、厳重な封印を施された扉の中に吸い込まれていくふたりの背中を見送った。
 扉が閉まると、竜の紋章が青く浮かび上がって施錠がなされたのがわかる。

(これを開けられる泥棒なんて、いないとは思うけどね……)

 世間の噂では、貴族の屋敷に泥棒が忍び込み宝物が奪われる事件が多発している、という話も聞いたことがある。
 だが貴族の屋敷と竜宮は違う。ここは国の中心だ。おいそれと賊の侵入を許すはずがない。

(まぁ、あやかしは別だけど)

 だからあやかしを退けることができる竜宮警備隊が配置されるのだ。

 六華と大河は扉の前に並んで立つ。
 これから三時間弱、六華と大河はここで宝物庫の警備にあたる。
 六華は意外にも警備の仕事が嫌いではない。
 もちろんじっとしているのは性に合わないたちが、誰かの大事なものを護っているという感覚は、六華にこの仕事を選んでよかったと思わせてくれるのだ。

(樹、お母さんはお仕事がんばってるよ!)

 心の中でそう叫びながら、今頃幼稚園で過ごしている樹のことを思った。



 ちくたくと時計の針が進む。
 宝物庫から見える景色に変化はない。
 周囲を小高い木々に覆われた、静かな場所だ。耳をすませばときおり、ぴぴぴ、と鳥のなく声が聞こえるくらいである。

 それにしても――。
 六華はちらりと目の端で大河を見つめる。
 大河はまっすぐに背筋を伸ばして前を見つめている。
 すっと通った鼻筋と一文字に結ばれた唇。
 凛々しい立ち姿に胸がきゅんとするが、仕事中にそんな目で彼を見るのはいけないことだと慌てて前を向いた。

(でも基本的には、久我大河と私って職場でしか会えないんだよね……)

 そういえばランチのお誘いはどうなったのだろうか。
 あれから何度か久我大河の休みの日はあったが、六華はなにも言われていない。

(でも、誘われるまではずっといつ誘ってもらえるかなって楽しみでいられるし……まぁいいか)

 そんなことを考えていると、冷たい風が吹いてぶるっと体が震えた。

「くしゅっ……」

 突然くしゃみが出てしまった。隊服のポケットからハンカチを取り出して口元を押さえる。

「お前……コートは?」

 隣の大河が、はっとしたように目を見開く。

「女子分は忘れられてて……二週間後だそうです」

 六華があははと笑うと、大河は真顔でボタンに手をかけて、勢いよくコートを脱いでしまった。

「すまん、気づかなかった」

 そして脱いだコートを六華の背後から包み込むように肩にかける。

 ふわりと鼻先にさわやかな香りが薫った。
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