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思惑(しわく)は交わる
疑心の【ハンドクリーム】
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あのチョコレートの味を、数年経った今でもハッキリと色濃く覚えている。あれ以来食べたことはないしこれからも食べる機会はないだろうが、きっと死ぬまで私の記憶に残り続けるのだろう。
【転生者】の存在を確信したが、だからと言って何をどうこうできる訳でもなかった前の私はそのまま静かに静観していた。彼女の商会で新商品を出すたびにこうして引き出しの物が増えて、それを繰り返した。
それに意味があるのかと聞かれればそんなものはない。だけど集めていけばいくほど、焦燥(しょうそう)と共に私の心の内では言い様もない感覚があった。
もしかしたら、私と同じ立場の同じ人間がいる事実に打ち震えていたのかもしれない。おじさん以外味方のいないこの世界で、たとえ私の邪魔をしようと同郷の人間ということに少なからず郷愁(きょうしゅう)を覚えていたのかもしれない。
ただあわよくば、私は彼女が私と同じ環境にあることを望んでいた。人の不幸を望むとは最低極まりないと分かっているが、この世界は汚いのだと知り共に戦ってくれる人間であることを、望んでいたのだ。それはかつて、そして今も私がそうあるように。
だがそんなことはなかった。彼女の報告を聞くたびに、私は嫌気が差すほどに彼女を妬(ねた)んだ。妬みと言う名の失望を数度繰り返すと、もはや期待もしなくなった。
私とは違う。この世界に《望まれた》人間。温かい食事、綺麗な洋服、優しい家族、やりたいことを全て叶えられる環境。全てが私とは違った。
冷めた固パンに潰れてしまいそうなほど下手に着飾った祭服、痛みと恐怖で支配する者達、【死】すら思い通りにならない義務を押し付けた環境。
私に与えられたモノは、すでに私の手のもとを去った状態でこれ以上何をしようというのか。何一つ自分のものがない。パンの一切れでも、寝床の一つでも、神力の一端(いったん)でも、必ず誰かの許可がいる。
私を構成するパーツは私以外のもので成り立っていて、そこに私という不純物が取り入る隙もない。
私は誰かしらに所有権を主張されるためだけに生きている。そんな惰性(だせい)を受け入れてもなお、醜く生き縋っている。それがたとえ、自分の意思ではないとしても…。
手のひらに乗った市販のハンドクリーム。何の変哲もない、一家庭に一つは必需されているそれは、一体私に何を植え付けたのだろう。
手に持つ度に心にずっしりとした痼(しこり)が乗っかかることが、未だ不思議で手放せないでいる。普段ならばある一定の時間が経った頃にまた元の場所に戻して鍵を掛けるだろう。
私が特定の商会の商品を集めているだなんて噂が立てば面倒な事になりかねないことを重々承知しているからだ。
しかしその日は違った。何を根拠にしたであろう『いつも』が、一人の男によって壊されてしまったのだから…。
「何をしていらっしゃるんですか? …聖女様」
ドクンっ…と心臓が跳ね打つ。
側に仕えていた神官達には一時的にお遣いを頼んだ。護衛騎士も部屋の外で待機している。そもそも書斎という共有空間だからこそ敢えて隠しておいたのだ。自分の部屋は既に調べ上げられていると分かっていたから…。
いや、それも最初から意味を為さなかったのかもしれない。私の行動の一挙一動が全て報告されているのだから、こうして下手に頭を回しても結局は彼らの掌の上をぐるぐると意味もなく回っているだけだ。
だけど本能からか、手に持っていたハンドクリームを後ろに隠してしまう。限りなく怪しい行為だと分かっていても、これを見せてしまえば私の隠された根幹(こんかん)ですら、暴かれてしまいそうに思った。
いつもとは別の意味で呼吸が不規則になる。恐怖も混じった、冷や汗。緊張がそのまま反射となって現れまだ冬も訪れていないというのに身震いがする。
「…オルカ大神官こそ、何の御用ですか。貴方は今辺境での魔物暴走(スタンピード)討伐の要請があったはずです」
「本当にあんな魔物如きに一ヶ月も時間が掛かると思っていらっしゃったのですか? もう少し僕の実力を信用してほしいものですね」
あんな魔物如き。オルカがそう言う相手はほとんどが上位魔物の群れだと聞いた。それに武力で知られる辺境伯を五年もの歳月悩ませてきた魔物達だ。
今回の魔物暴走(スタンピード)が皮切りに神官が派遣されたと言えど、まさか回復以外の役割を果たすとは夢にも思わなかったのだろう。
「長旅でお疲れなのではないのですか? 部屋に戻ってゆっくり身体をお休めください」
「…シルティナ、何をそんなに見られたくないの?」
これだけ露骨に隠していれば勘付かれるのは当たり前だけど、図星だっただけに手汗が滲む。オルカの含む笑みの中に込められているのは、愉悦にも似た怒り。
私のこの危機的状況を嘲笑いながら、それでもなお隠し通そうとする意思に対して怒りを込めている。
「貴方が気にする程度のものではありません…」
「へぇ…、不思議だね。最上の神力を持つ聖女が、帝国で流行っているハンドクリームを持つなんて」
オルカは私の方にゆっくりと歩みながら、後ろに握っていたハンドクリームを奪って見せつけるように中を開いた。
「ん゛え゛ッ…⁉! え゛ぁ^?!!」
突然のことだった。オルカが行うであろうう次の行動に向けてじっと警戒していると、不意に開いた中身からクリームを掬(すく)って無理やり口に捻じ込んだのだ。それも舌の上に直接、塗り込むように…。
ぐりっ……、ぐりり
「ん゛ん゛ッ!!! ゥ゙ぁぅっツ…!」
両手でオルカの腕を掴んで離そうにもビクとも動かない。いっそ指ごと噛み切ってやろうとも思ったが、それももう一方の手で阻(はば)まれる。
薬品の味というものは最悪なようで明らかに味覚を受け取るはずの舌が機能を失うほどの効果があった。無味というわけでもないが、それを『味』と呼べるには程遠い。
もし誰かが誤ってこれを誤飲(ごいん)してしまっていたとしても、今の私のように舌に直接塗りつけられているわけでもないからこの想像に筆舌(ひつぜつ)し難い想いは決して分からないのだろう。
そもそも薬用のクリームを人の口に捻(ね)じ込む発想自体がイカれているのだ。それと比べるにはあまりに周囲が可哀想だろう。
「5、6年前からある特定の商会の商品を収集しているのは知っていたけど、その意図までは分からなかったよ。そもそもシルティナは秘密が上手だからね。…でも、わざわざ商会長まで調べたとなると話は変わってくる」
「はぁひへ゛…っ」
一旦手を戻して喋ればいいのに関係がないのかそのまま私の舌を執拗(しつよう)に嬲(なぶ)りながら話す。もはや問(とい)に関する答えなど必要ないのだろう。
「ん゛、い゛ぁッ…!?」
「なんで、って聞いてもまたいつもみたいに答えてくれないんでしょ? 流石にそろそろ僕も学習してきたし、それならそれで別に構わない。こうして躾(しつけ)を繰り返せばいつか必ず答えてくれるだろうからね」
オルカはまるで私の全てを見透かしたような目で未来を語った。きっとこのまま何も変わらなければ、オルカの言う通り私はいつか心すらも彼らに上げ渡す日が来るのだろう。
オルカが語ったのは憶測や希望じゃない。必然と来るであろう、【未来】だ。
せっかくこの身を賭(と)して守り抜いた【原作】が、気づけば残骸の成れの果てとなっていた。それでもその欠片を必死に集めて、何とか形を繋いでいた。
しかしそれすらも跡形もなく消し去ろうとするもう一人の【転生者】。私の唯一縋れる希望の糸を、彼女は己の幸せのために無邪気に断ち切るのだろう。
その糸が潰(つい)えれば、私はもう二度とこの地獄からは這(は)い上がれない。地獄から吐き出る悪魔達によって、この身を食い散らかされるしか選択肢が残らない。
…やらなきゃ。
唐突(とうとつ)にその思いが頭によぎった。何を、とは聞かない。オルカの躾を終えて、締められた首跡の赤みが神力で消えかかっているときにそれは横切った。
翌日の午前の仕事を早めに終わらせて、外出用の仮面と認識阻害魔法が付与されたローブを被る。この外出はすぐにオルカのもとへ通達が行くだろう。
そうすれば何をされるか分からない。しばらくの間は陽の光さえ見せられないかもしれない。だけど、今の私は見えざる『何か』に駆り立てられるように気持ちが先走っていた。
必要なものは簡素な荷物入れに全て持って、裏口からこっそりと神殿を出る。ラクロスから昔(強引に)貰わされた簡易型移動用スクロールを何枚も贅沢に使っていく。
確かこれ一枚で一戸建てを建てられる値段と聞いたが、それも全て吸血の対価として押し付けられたものだったのでそこまで勿体ないとは思わない。
むしろ使い勝手がなくて邪魔だったのだ。一度使ってしまえばその履歴は全てラクロスの下へ行くし、こんなもので脱走しようものなら足がつくなんてものじゃない。
5枚程使い捨ててようやく、私は目的の場所へと立っていた。グラニッツ公爵家の門前、私は門番の方へと歩いていく。
「何用だ。この先はグラニッツ公爵家の屋敷であるぞ」
「エディス公爵令嬢に『地球から来た者』だとお伝え願えますか。必ずや出迎えてくれるでしょうから」
門番は流石公爵家の位だけにはある。持ち場は離れず、同僚に伝言を頼んだ。もちろん私が貴族だということは手に握って見せたレッドルビーのネックレスからも分かったのだろう。そうでなければわざわざ門番に相手もされない。
しばらく待っていると、門が開き出迎えの執事が来た。少し警戒しているようだけど、私はそんなことをお構いなしに屋敷へと着いていく。
案内された部屋のソファに腰掛けて、ゆったりとお茶を嗜(たしな)んでいるとようやくこの6年待ち望んだ人物が扉を盛大に開けて入ってきた。
「貴方が、私と同じ【転生者】ですか⁉!」
開口一番の言葉がそれとは、どれだけ興奮しているんだろうか。息は全力で走ったのか荒く、髪も風に巻かれて折角のセットが崩れている。
「…招待状もなしに突然の無礼をお許し下さい、エディス様。そしてその問に関しましては、『はい』、です」
あからさまに興奮と緊張から満面の笑みに移り変わった彼女を見て、本当に何も知らないことを知った。この世界の表面しか知らず、裏に隠された悍ましい真実など光に埋もれて映るのだろう、と。
だから私とは交(まじ)われない。それが、私達【転生者】というこの世界には歪なモノの宿命だから。
私は私がやるべきことを。彼女は彼女のやりたいことを。私達は今相まって、完全に断ち切れたのだ。
【転生者】の存在を確信したが、だからと言って何をどうこうできる訳でもなかった前の私はそのまま静かに静観していた。彼女の商会で新商品を出すたびにこうして引き出しの物が増えて、それを繰り返した。
それに意味があるのかと聞かれればそんなものはない。だけど集めていけばいくほど、焦燥(しょうそう)と共に私の心の内では言い様もない感覚があった。
もしかしたら、私と同じ立場の同じ人間がいる事実に打ち震えていたのかもしれない。おじさん以外味方のいないこの世界で、たとえ私の邪魔をしようと同郷の人間ということに少なからず郷愁(きょうしゅう)を覚えていたのかもしれない。
ただあわよくば、私は彼女が私と同じ環境にあることを望んでいた。人の不幸を望むとは最低極まりないと分かっているが、この世界は汚いのだと知り共に戦ってくれる人間であることを、望んでいたのだ。それはかつて、そして今も私がそうあるように。
だがそんなことはなかった。彼女の報告を聞くたびに、私は嫌気が差すほどに彼女を妬(ねた)んだ。妬みと言う名の失望を数度繰り返すと、もはや期待もしなくなった。
私とは違う。この世界に《望まれた》人間。温かい食事、綺麗な洋服、優しい家族、やりたいことを全て叶えられる環境。全てが私とは違った。
冷めた固パンに潰れてしまいそうなほど下手に着飾った祭服、痛みと恐怖で支配する者達、【死】すら思い通りにならない義務を押し付けた環境。
私に与えられたモノは、すでに私の手のもとを去った状態でこれ以上何をしようというのか。何一つ自分のものがない。パンの一切れでも、寝床の一つでも、神力の一端(いったん)でも、必ず誰かの許可がいる。
私を構成するパーツは私以外のもので成り立っていて、そこに私という不純物が取り入る隙もない。
私は誰かしらに所有権を主張されるためだけに生きている。そんな惰性(だせい)を受け入れてもなお、醜く生き縋っている。それがたとえ、自分の意思ではないとしても…。
手のひらに乗った市販のハンドクリーム。何の変哲もない、一家庭に一つは必需されているそれは、一体私に何を植え付けたのだろう。
手に持つ度に心にずっしりとした痼(しこり)が乗っかかることが、未だ不思議で手放せないでいる。普段ならばある一定の時間が経った頃にまた元の場所に戻して鍵を掛けるだろう。
私が特定の商会の商品を集めているだなんて噂が立てば面倒な事になりかねないことを重々承知しているからだ。
しかしその日は違った。何を根拠にしたであろう『いつも』が、一人の男によって壊されてしまったのだから…。
「何をしていらっしゃるんですか? …聖女様」
ドクンっ…と心臓が跳ね打つ。
側に仕えていた神官達には一時的にお遣いを頼んだ。護衛騎士も部屋の外で待機している。そもそも書斎という共有空間だからこそ敢えて隠しておいたのだ。自分の部屋は既に調べ上げられていると分かっていたから…。
いや、それも最初から意味を為さなかったのかもしれない。私の行動の一挙一動が全て報告されているのだから、こうして下手に頭を回しても結局は彼らの掌の上をぐるぐると意味もなく回っているだけだ。
だけど本能からか、手に持っていたハンドクリームを後ろに隠してしまう。限りなく怪しい行為だと分かっていても、これを見せてしまえば私の隠された根幹(こんかん)ですら、暴かれてしまいそうに思った。
いつもとは別の意味で呼吸が不規則になる。恐怖も混じった、冷や汗。緊張がそのまま反射となって現れまだ冬も訪れていないというのに身震いがする。
「…オルカ大神官こそ、何の御用ですか。貴方は今辺境での魔物暴走(スタンピード)討伐の要請があったはずです」
「本当にあんな魔物如きに一ヶ月も時間が掛かると思っていらっしゃったのですか? もう少し僕の実力を信用してほしいものですね」
あんな魔物如き。オルカがそう言う相手はほとんどが上位魔物の群れだと聞いた。それに武力で知られる辺境伯を五年もの歳月悩ませてきた魔物達だ。
今回の魔物暴走(スタンピード)が皮切りに神官が派遣されたと言えど、まさか回復以外の役割を果たすとは夢にも思わなかったのだろう。
「長旅でお疲れなのではないのですか? 部屋に戻ってゆっくり身体をお休めください」
「…シルティナ、何をそんなに見られたくないの?」
これだけ露骨に隠していれば勘付かれるのは当たり前だけど、図星だっただけに手汗が滲む。オルカの含む笑みの中に込められているのは、愉悦にも似た怒り。
私のこの危機的状況を嘲笑いながら、それでもなお隠し通そうとする意思に対して怒りを込めている。
「貴方が気にする程度のものではありません…」
「へぇ…、不思議だね。最上の神力を持つ聖女が、帝国で流行っているハンドクリームを持つなんて」
オルカは私の方にゆっくりと歩みながら、後ろに握っていたハンドクリームを奪って見せつけるように中を開いた。
「ん゛え゛ッ…⁉! え゛ぁ^?!!」
突然のことだった。オルカが行うであろうう次の行動に向けてじっと警戒していると、不意に開いた中身からクリームを掬(すく)って無理やり口に捻じ込んだのだ。それも舌の上に直接、塗り込むように…。
ぐりっ……、ぐりり
「ん゛ん゛ッ!!! ゥ゙ぁぅっツ…!」
両手でオルカの腕を掴んで離そうにもビクとも動かない。いっそ指ごと噛み切ってやろうとも思ったが、それももう一方の手で阻(はば)まれる。
薬品の味というものは最悪なようで明らかに味覚を受け取るはずの舌が機能を失うほどの効果があった。無味というわけでもないが、それを『味』と呼べるには程遠い。
もし誰かが誤ってこれを誤飲(ごいん)してしまっていたとしても、今の私のように舌に直接塗りつけられているわけでもないからこの想像に筆舌(ひつぜつ)し難い想いは決して分からないのだろう。
そもそも薬用のクリームを人の口に捻(ね)じ込む発想自体がイカれているのだ。それと比べるにはあまりに周囲が可哀想だろう。
「5、6年前からある特定の商会の商品を収集しているのは知っていたけど、その意図までは分からなかったよ。そもそもシルティナは秘密が上手だからね。…でも、わざわざ商会長まで調べたとなると話は変わってくる」
「はぁひへ゛…っ」
一旦手を戻して喋ればいいのに関係がないのかそのまま私の舌を執拗(しつよう)に嬲(なぶ)りながら話す。もはや問(とい)に関する答えなど必要ないのだろう。
「ん゛、い゛ぁッ…!?」
「なんで、って聞いてもまたいつもみたいに答えてくれないんでしょ? 流石にそろそろ僕も学習してきたし、それならそれで別に構わない。こうして躾(しつけ)を繰り返せばいつか必ず答えてくれるだろうからね」
オルカはまるで私の全てを見透かしたような目で未来を語った。きっとこのまま何も変わらなければ、オルカの言う通り私はいつか心すらも彼らに上げ渡す日が来るのだろう。
オルカが語ったのは憶測や希望じゃない。必然と来るであろう、【未来】だ。
せっかくこの身を賭(と)して守り抜いた【原作】が、気づけば残骸の成れの果てとなっていた。それでもその欠片を必死に集めて、何とか形を繋いでいた。
しかしそれすらも跡形もなく消し去ろうとするもう一人の【転生者】。私の唯一縋れる希望の糸を、彼女は己の幸せのために無邪気に断ち切るのだろう。
その糸が潰(つい)えれば、私はもう二度とこの地獄からは這(は)い上がれない。地獄から吐き出る悪魔達によって、この身を食い散らかされるしか選択肢が残らない。
…やらなきゃ。
唐突(とうとつ)にその思いが頭によぎった。何を、とは聞かない。オルカの躾を終えて、締められた首跡の赤みが神力で消えかかっているときにそれは横切った。
翌日の午前の仕事を早めに終わらせて、外出用の仮面と認識阻害魔法が付与されたローブを被る。この外出はすぐにオルカのもとへ通達が行くだろう。
そうすれば何をされるか分からない。しばらくの間は陽の光さえ見せられないかもしれない。だけど、今の私は見えざる『何か』に駆り立てられるように気持ちが先走っていた。
必要なものは簡素な荷物入れに全て持って、裏口からこっそりと神殿を出る。ラクロスから昔(強引に)貰わされた簡易型移動用スクロールを何枚も贅沢に使っていく。
確かこれ一枚で一戸建てを建てられる値段と聞いたが、それも全て吸血の対価として押し付けられたものだったのでそこまで勿体ないとは思わない。
むしろ使い勝手がなくて邪魔だったのだ。一度使ってしまえばその履歴は全てラクロスの下へ行くし、こんなもので脱走しようものなら足がつくなんてものじゃない。
5枚程使い捨ててようやく、私は目的の場所へと立っていた。グラニッツ公爵家の門前、私は門番の方へと歩いていく。
「何用だ。この先はグラニッツ公爵家の屋敷であるぞ」
「エディス公爵令嬢に『地球から来た者』だとお伝え願えますか。必ずや出迎えてくれるでしょうから」
門番は流石公爵家の位だけにはある。持ち場は離れず、同僚に伝言を頼んだ。もちろん私が貴族だということは手に握って見せたレッドルビーのネックレスからも分かったのだろう。そうでなければわざわざ門番に相手もされない。
しばらく待っていると、門が開き出迎えの執事が来た。少し警戒しているようだけど、私はそんなことをお構いなしに屋敷へと着いていく。
案内された部屋のソファに腰掛けて、ゆったりとお茶を嗜(たしな)んでいるとようやくこの6年待ち望んだ人物が扉を盛大に開けて入ってきた。
「貴方が、私と同じ【転生者】ですか⁉!」
開口一番の言葉がそれとは、どれだけ興奮しているんだろうか。息は全力で走ったのか荒く、髪も風に巻かれて折角のセットが崩れている。
「…招待状もなしに突然の無礼をお許し下さい、エディス様。そしてその問に関しましては、『はい』、です」
あからさまに興奮と緊張から満面の笑みに移り変わった彼女を見て、本当に何も知らないことを知った。この世界の表面しか知らず、裏に隠された悍ましい真実など光に埋もれて映るのだろう、と。
だから私とは交(まじ)われない。それが、私達【転生者】というこの世界には歪なモノの宿命だから。
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