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幕間劇

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 翌日、午後七時半。
 
 久遠は学校の屋上から、東の空に浮かんだ満月を眺めていた。
 
 これから始まるのは、一人の人間による復讐劇。
 
 舞台を照らす光は、眩いスポットライトではなく、淡い月の光くらいがちょうど良い。
 
 そんなことを考えていると――。


「わっ!?」
 

 突然、背後から首に手を回された。抱きつかれたのは分かったが、まるで体温を感じない不思議な感覚。振り返らなくても、その手が凜音さんのものだと悟る。


「……なんですか? 凜音さん」
「たそがれている久遠君を見たら、きゅんとなっちゃって、抱きつきたくなっちゃったの。こういうのを乙女心っていうのかしら?」
「僕は女性じゃないので分からないですけど、そういう時はそっと陰から見守るのが乙女心のような気がします」
 

 久遠は深い溜息を吐きながら答える。


「相変わらずつれないわね~、久遠君は。もう少し嬉しそうにしてくれてもいいじゃない」
「どうして僕が嬉しそうにしなきゃいけないんですか……?」
「おっぱい当たってるでしょ。凜音さんの愛よ、愛」
「色々と押しつけがましい愛ですね……」
 

 背中には柔らかい感触が二つある。普通ならとても美味しいシチュエーション。でも、相手が凜音さんだと全くドキドキしないから不思議だ。


「おっぱい押しつけてるだけにね。それで、感想は?」
「割と鬱陶しいんで、そろそろ離れてもらっていいですか」
「もう~、そんな照れなくてもいいのに。でも、思春期だし仕方ないわよね。あ~、可愛いなあ、久遠君は~」
 

 凜音さんは、ほっぺたをツンツンしてくる。
 
 はっきり言って、かなりウザイ……。


「いいかげん少しは空気を読んでくださいよ。てか、なんで今日に限ってそんなにテンションが高いんですか?」
「今日だから、よ」
 

 澄んだ声で凜音さんは答える。


「今日は素敵な夜になる。そんな予感がするの。だってこんなにも月が綺麗なんだもの」
 

 魅惑的な声色に導かれるようにして、久遠は再度夜空に浮かぶ満月を見上げる。


「……確かに、今日は特別綺麗な月夜ですね」
「それって愛の告白?」
「意外と古風な知識も持っているんですね。凜音さんって」
「なんだかすごくバカにされた気分だわ。小一時間ばかり久遠君が私のことをどう思っているのか問いただしたいところだけど……どうやら私の出番はこれで終わりみたいね。今晩の主役が到着したみたいだから」
 

 凜音さんは「フフ……」と笑い声を残して久遠から離れた。
 
 その直後、非常階段から屋上へ通じる扉が開き、綾乃が姿を見せる。
 
 その顔はいつになく凛としており、長い前髪から覗く双眸にも力が宿っていた。


「やあ、気分はどう?」
 

 久遠は笑顔を作って綾乃に問う。


「少し緊張……ううん、高揚してるのかな。早くあいつらの苦しむ顔が見たい」
「心変わりはしていないみたいだね。まあ、あんな手紙を書いちゃった以上、もう引くに引けない状態なんだけどさ」
「心変わりなんてしないよ。私はもう覚悟を決めたから」
 

 綾乃は静かに、だが揺るがぬ意志のこもった声で決意を述べる。


「そう。じゃあ、行こうか。そろそろクラスメイトたちも集まっている頃だ」
 

 久遠は月に背を向け、彼女と二人で屋上を後にする。
 
 妖しい微笑みを浮かべながら佇む凜音さんを残して。




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