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ルール説明

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 今、この学校は、久遠の力によって空間を作り変えられている。
 
 見た目は昼間の学校と同じだが、中は別次元。
 
 一度足を踏み入れれば、久遠の力が尽きる夜明けまで、決して外には出られない。
 
 言うなれば、この学校は今、罪深い子羊たちを閉じ込める牢獄と化しているわけだ。
 
 そして、久遠は予め玄関に『三年二組の生徒は教室へ入れ 三崎綾乃』という張り紙をし、扉を開けておいた。何も知らないクラスメイトたちは、今頃教室に集まっているだろう。
 
 久遠と綾乃は、暗い廊下を三年二組の教室へ向かって進む。
 
 すると、明かりがついた教室から、ガヤガヤと騒がしい声が聞こえてきた。


「それじゃあ、予定通りまずは僕が行くね。三崎さんは僕が呼ぶまでここで待っていて」
「分かった」
 

 綾乃を廊下に待機させ、久遠は三年二組の教室へと入る。
 
 久遠がドアを開けた瞬間、中にいた生徒たちの視線が一斉に久遠へと注がれた。緊張と静寂が教室を支配する。だが、入ってきたのが久遠だと分かると、室内には拍子抜けしたような空気が漂い、元の騒がしさが戻った。


「皆月!」
 

 入ってきた久遠にまず声を掛けてきたのは健人だった。


「大森君」
「遅いから来ないんじゃないかと心配してたんだぜ」
「ごめん。時間ギリギリだったね。ひょっとして、僕が最後だった?」
 

 久遠はさりげなく尋ねる。


「ああ、クラス全員もう揃ってる。あとは三崎が来るのを待つだけだ」
「そう、それは良かった」
「え? 何が良かった……って、お、おい! 皆月!?」
 

 健人の呼び止めに応じず、久遠は教壇に上る。
 
 教卓の前に立つと、クラスメイトたちはお喋りをやめ、不思議そうな顔で久遠を見つめてきた。


「みんな、ちょっと聞いてくれるかな。実はね、例の手紙を書いて今夜君たちをここへ集めたのは、三崎さんじゃなくて僕なんだ」
 

 教室内にどよめきが起こる。
 
 中には、早くも久遠に敵意の視線を送ってくる者もいた。


「ちょ、ちょっと待って!」
 

 最初に口を開いたのは、委員長の優子だった。


「ど、どういうことなの!? 三崎さんは関係なくて、全部皆月君の悪戯だったってこと? もしそうなら、ちょっと性質が悪過ぎるわよ!」
 

 クラス全員の気持ちを代弁するように優子が声を上げる。
 
 他の生徒からも「ふざけんなよ!」「こっちは塾休んでまで来てるんだけど!」「どう責任取るつもりだよ!」という久遠を非難する声が飛び交った。


「まあまあ、落ち着いて」
 

 久遠は両手を広げて批判の声を受け止めるが、クラスメイトたちは「これが落ち着いてられっかよ!」と責め立ててくる。
 
 静かになる気配は皆無だったので、久遠は構わず話を続けることにした。


「三崎さんは勿論関係あるよ。彼女は今晩の主役だからね。でも、三崎さんが望んでいるのは話し合いじゃなくて、『ゲーム』なんだよ」
「ゲーム?」
 

 クラスメイトたちは久遠の糾弾を一旦止め、怪訝そうな顔を浮かべた。


「そう。さしあたって、僕はゲームの司会進行役といったところかな。それで肝心のゲーム内容だけど――」
「くっだらねえ!」
 

 突然、一人の男子生徒が怒声を上げた。


「あのなあ、俺たちは受験生なんだ! 一分一秒が惜しい中、わざわざ時間を割いて来てんだよ! それなのに、ゲームだ!? そんなもんに付き合ってられっかよ! あの手紙が嘘だったなら、俺はもう帰らせてもらう!」
 

 早口で捲し立てると、彼は教室後方のドアへと向かった。


「う~ん、帰りたいなら帰ればいいけど、たぶん無理だと思うよ」
 

 久遠は一応忠告しておく。


「はあ? なに言って……うん? あれ、どうしてだ? ドアが開かねえ!? カギなんて付いてないのに」
 

 男子生徒は取っ手に力をこめるが、ドアは一寸も動かない。


「不思議に感じなかった? どうしてこの時間に学校が開いているのか。そして、何故こんなにも静まり返っているのか。見た目は君たちの教室と同じだけど、ここは僕が作った空間……って、そんなこと言っても信じられないよね。でも、信じてもらわないと話を進められないから――ちょっとごめんね」
 

 久遠は教壇から下りて、近くの席から椅子を抜き取る。


「実際に、目で見てもらった方が早いね。窓際の人、ちょっと離れてくれるかな」
 

 窓際にいた女子生徒たちが離れるのを確認して、久遠は窓ガラスに向けて、手に持った椅子を力いっぱい放り投げた。


「きゃあ!」
 

 女子生徒の何人かは悲鳴を上げて、耳を塞ぐ。窓ガラスが割れると思ったのだろう。
 
 だが、久遠の放った椅子は、まるでコンクリートの壁に当たったかのように弾き返された。
 
 普通では考えられない光景を前に、クラスメイトたちは唖然となる。


「これで少しは分かってもらえたかな? まだ信じられないなら、こんなことも出来るよ」
 

 久遠が指を鳴らすと、今度は一斉に教室の明かりが消えた。
 
 急に暗くなったせいで、あちこちから悲鳴に似た声が上がる。


「ご覧のように、この場所は君たちが通っている学校とは似て非なる場所なんだ。といっても、恐ろしい罠が仕掛けられているとかじゃないから安心して」
 

 今度は、久遠の話に口を挟もうとする者はいなかった。皆、今の状況に対して理解が追いついていない様子だ。


「君たちは、この学校から出られないだけだよ。さっき言ったゲームが終わるまでね」
「そのゲームっていうのは何なんだ?」
 

 他のクラスメイトたちが押し黙る中、問いかけてきたのは瀬戸一弥だった。この状況でまだちゃんと思考力が働くのは、さすがといったところか。だが、彼の表情もいつになく険しいものだった。


「みんな知ってるはずだよ。『鬼ごっこ』さ」
「鬼ごっこだと?」
「うん。ただし、みんなが鬼になることはないよ。みんなはただ逃げるだけ。鬼をやるのは三崎さんだけだ。つまりね、このゲームにおける君たちの勝利条件は、この学校から出られるようになる夜明けまで、鬼である三崎さんから逃げ切ること。勘の良い人は、これだけ説明すればもう分かったよね? これは三崎さんが君たちに仕掛けるリベンジ・ゲーム。今宵、君たちは狩られる側ってわけなのさ」
 

 久遠が説明すると、一弥は殺気立った視線を久遠に向けてきた。


「お前、頭イカれてんのか!? 三崎が俺たちにリベンジ? 俺たちが狩られる側? ふざけんのも大概にしろ! あいつにそんな力も度胸もあるわけねえだろうが! どんなトリックを使ったのか知らねえが、早く俺たちを解放しろ! そうすれば、今日のことは水に流してやらなくもねえ」
 

 一弥が大声を発したため、教室内にあった緊張が解ける。
 
 そのため、彼に同調して再び久遠を罵倒する声が上がった。
 
 しかし、これも久遠の中では想定の範囲内。


「そうだねえ。その辺りも実際見てもらった方が早いかな。それじゃあ、主役のご登場といこうか。三崎さん、入ってきて」
 

 教室前方のドアが開き、綾乃が教室に入ってくる。
 
 顔を上げて真っ直ぐ前を向いて。
 
 いつもと雰囲気の違う彼女に対して、クラスメイトたちも少したじろいだ様子だった。
 
 ただ一人を除いて――。





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