58 / 171
五章 女炎帝
9、薔薇の花びらの湯圓
しおりを挟む
侵入者が捕まったことを、翠鈴と光柳は蘭淑妃に知らせに行った。
殿の扉を開くと、淑妃と桃莉公主を中心にして四人の侍女が取り囲んでいる。
「ツイリンっ」
侍女たちをかき分けて、桃莉公主が翠鈴に飛びついてきた。
桃莉公主は、ぎゅううっと力いっぱいに、翠鈴の腰に抱きついている。
「もう大丈夫ですよ」
「こわいひと、もういない?」
「はい。犯人は連れていかれました。宮女でした」
翠鈴はしゃがんで、桃莉に顔の高さを合わせた。
「お強くなりましたね。泣かずに頑張ったんですね」
翠鈴に褒められて、桃莉は頬を赤く染めた。そして「うん」と、小さくうなずいた。
「ツイリンとクアンリュウが、お母さまとタオリィを守ってくれるって。みんなが言ってたの」
「そうなんですか?」
翠鈴は驚いて、侍女たちを見上げた。
「あー、いえ。その、違うのよ。違わないんだけど」
「翠鈴には甘えすぎてるって自覚はあるし。不審者の正体も分からないのに、任せてしまって。本当に申し訳ないと思っているの」
「でも……私たちでは、どうしたらいいのか」
おろおろと言い訳を始める侍女たちを見て、翠鈴は口もとを緩めた。
「皆さんには、蘭淑妃さまと桃莉公主さまをお守りするという使命があるじゃないですか。現に、自らが盾になる覚悟で、おふたりを囲んでいらっしゃったでしょう?」
翠鈴に指摘されて、初めて侍女たちは自分たちの行動に気がついたようだ。
他の宮のことは、よく知らないが。この未央宮の侍女は、基本的におっとりしている。
なのに、自覚はせずとも主のために身を呈す覚悟を持っていた。
蘭淑妃が、翠鈴の前に進み出た。
さすがにしゃがんで、桃莉公主を抱きしめたままという訳にはいかない。翠鈴は立った。
次にとった淑妃の行為に、誰もが息を呑んだ。
立ち上がった翠鈴の前に、蘭淑妃がひざまずいたのだ。
「ありがとう、翠鈴。あなたのとっさの判断で、わたくしも桃莉も、侍女たちも守られました」
翠鈴の手を、蘭淑妃がとった。
「先ほどの侵入者は宮女とのことですが。あなたは相手が男性であっても、きっと立ち向かうのでしょうね」
淑妃の指は、小刻みに震えている。手も冷たい。
「とても感謝しているの。でもね、無理はしないで」
「淑妃さま」
「あなたに怪我があれば、わたくしも桃莉も悲しいわ。そこにいる誰かさんもね」
ちらっと蘭淑妃が、扉の近くに立つ光柳に目を向けた。
光柳の背後には雲嵐が立っている。扉から侵入する者がいれば、防げるように。
◇◇◇
犯人が警備の宦官に連行された後。
未央宮の一室で、光柳と翠鈴は卓についていた。雲嵐はやはり座ることなく、光柳の側に立っている。
「お疲れさま。よく頑張ったな」
「疲れましたね。さすがに」
光柳にねぎらわれ、翠鈴は肩の力を抜いた。よほど緊張していたのだろう。肩が凝っている。
室内なので、首に巻いた圍巾を外した。
気をつかった侍女が、今日は玫瑰小湯圓を出してくれた。
「そういえば冬至でしたね」
「忘れていたな。湯圓を食べる日だ」
光柳は湯圓が好きなのだろうか。口もとが微笑んでいる。
薔薇の香りのする甘い湯に、小さなお団子が浮いている。うす紅の薔薇の色の華やかさと、柑橘の爽やかな味。
匙で口に運ぶと、つるりと滑らかな舌触りだ。
「おいしいですね」
ほっとする、優しい甘さに翠鈴は目を細めた。
「これはもてなし用というより、感謝の意味合いが強いな」
「光柳さまは、湯圓がお好きなんですね」
翠鈴の問いかけに、光柳は首を傾げた。
「まぁ、好物ではあるが。どうしてそう思うんだ?」
「機嫌がよさそうだからです」
宮女の立場では玫瑰小湯圓を口にすることなどない。
翠鈴は久しぶりの高貴な味を、心ゆくまで楽しんだ。
「分かっていないな」
ぽつりと光柳が呟いた。
手にした匙を、ことりと碗にいれる。澄んだうすべに汁に浮かんだ薔薇の花びらの中に、匙は沈んだ。
「私の機嫌がいいのは、君が無事だったからだ」
「はい?」
さすがに翠鈴も匙を持つ手を止める。
殿の扉を開くと、淑妃と桃莉公主を中心にして四人の侍女が取り囲んでいる。
「ツイリンっ」
侍女たちをかき分けて、桃莉公主が翠鈴に飛びついてきた。
桃莉公主は、ぎゅううっと力いっぱいに、翠鈴の腰に抱きついている。
「もう大丈夫ですよ」
「こわいひと、もういない?」
「はい。犯人は連れていかれました。宮女でした」
翠鈴はしゃがんで、桃莉に顔の高さを合わせた。
「お強くなりましたね。泣かずに頑張ったんですね」
翠鈴に褒められて、桃莉は頬を赤く染めた。そして「うん」と、小さくうなずいた。
「ツイリンとクアンリュウが、お母さまとタオリィを守ってくれるって。みんなが言ってたの」
「そうなんですか?」
翠鈴は驚いて、侍女たちを見上げた。
「あー、いえ。その、違うのよ。違わないんだけど」
「翠鈴には甘えすぎてるって自覚はあるし。不審者の正体も分からないのに、任せてしまって。本当に申し訳ないと思っているの」
「でも……私たちでは、どうしたらいいのか」
おろおろと言い訳を始める侍女たちを見て、翠鈴は口もとを緩めた。
「皆さんには、蘭淑妃さまと桃莉公主さまをお守りするという使命があるじゃないですか。現に、自らが盾になる覚悟で、おふたりを囲んでいらっしゃったでしょう?」
翠鈴に指摘されて、初めて侍女たちは自分たちの行動に気がついたようだ。
他の宮のことは、よく知らないが。この未央宮の侍女は、基本的におっとりしている。
なのに、自覚はせずとも主のために身を呈す覚悟を持っていた。
蘭淑妃が、翠鈴の前に進み出た。
さすがにしゃがんで、桃莉公主を抱きしめたままという訳にはいかない。翠鈴は立った。
次にとった淑妃の行為に、誰もが息を呑んだ。
立ち上がった翠鈴の前に、蘭淑妃がひざまずいたのだ。
「ありがとう、翠鈴。あなたのとっさの判断で、わたくしも桃莉も、侍女たちも守られました」
翠鈴の手を、蘭淑妃がとった。
「先ほどの侵入者は宮女とのことですが。あなたは相手が男性であっても、きっと立ち向かうのでしょうね」
淑妃の指は、小刻みに震えている。手も冷たい。
「とても感謝しているの。でもね、無理はしないで」
「淑妃さま」
「あなたに怪我があれば、わたくしも桃莉も悲しいわ。そこにいる誰かさんもね」
ちらっと蘭淑妃が、扉の近くに立つ光柳に目を向けた。
光柳の背後には雲嵐が立っている。扉から侵入する者がいれば、防げるように。
◇◇◇
犯人が警備の宦官に連行された後。
未央宮の一室で、光柳と翠鈴は卓についていた。雲嵐はやはり座ることなく、光柳の側に立っている。
「お疲れさま。よく頑張ったな」
「疲れましたね。さすがに」
光柳にねぎらわれ、翠鈴は肩の力を抜いた。よほど緊張していたのだろう。肩が凝っている。
室内なので、首に巻いた圍巾を外した。
気をつかった侍女が、今日は玫瑰小湯圓を出してくれた。
「そういえば冬至でしたね」
「忘れていたな。湯圓を食べる日だ」
光柳は湯圓が好きなのだろうか。口もとが微笑んでいる。
薔薇の香りのする甘い湯に、小さなお団子が浮いている。うす紅の薔薇の色の華やかさと、柑橘の爽やかな味。
匙で口に運ぶと、つるりと滑らかな舌触りだ。
「おいしいですね」
ほっとする、優しい甘さに翠鈴は目を細めた。
「これはもてなし用というより、感謝の意味合いが強いな」
「光柳さまは、湯圓がお好きなんですね」
翠鈴の問いかけに、光柳は首を傾げた。
「まぁ、好物ではあるが。どうしてそう思うんだ?」
「機嫌がよさそうだからです」
宮女の立場では玫瑰小湯圓を口にすることなどない。
翠鈴は久しぶりの高貴な味を、心ゆくまで楽しんだ。
「分かっていないな」
ぽつりと光柳が呟いた。
手にした匙を、ことりと碗にいれる。澄んだうすべに汁に浮かんだ薔薇の花びらの中に、匙は沈んだ。
「私の機嫌がいいのは、君が無事だったからだ」
「はい?」
さすがに翠鈴も匙を持つ手を止める。
41
あなたにおすすめの小説
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
本物の夫は愛人に夢中なので、影武者とだけ愛し合います
こじまき
恋愛
幼い頃から許嫁だった王太子ヴァレリアンと結婚した公爵令嬢ディアーヌ。しかしヴァレリアンは身分の低い男爵令嬢に夢中で、初夜をすっぽかしてしまう。代わりに寝室にいたのは、彼そっくりの影武者…生まれたときに存在を消された双子の弟ルイだった。
※「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。