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12、いたわられて

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 イザークがアルベティーナの上体を起こさせ、そのまま抱き寄せる。
 凍りついていた毛先の氷は融け、また雫となって落ちていく。

「力を加減しなければ、神殿まで消失してしまうから遅くなってしまった。他に被害を出さずに、鎖だけを焼き切るのはなかなかに難しいんだ」
「いいの。来てくれただけで」
 
 炎熱の神であるイザークに抱きしめられると温かくて、それだけで心地が良い。
アルベティーナにとっては、薔薇の花が咲く、見たことも経験したこともない春というものを連想させるのだ。

「まったく今日は重労働だ。いいか、アルベティーナ。この縄を解いたら、褒美にくちづけてもらうぞ」

 神様は、とんでもないことを言いだした。そのせいで体中が痛いのも、一瞬忘れてしまう。
 確かに代々の乙女は、彼に愛されることもあったけれど。
 それでも王太子妃となるはずだったアルベティーナには、これまで手を出してはいなかった。

「変なことを言わないで」

「変ではありませーん」などと、とぼけた口調で返すものだから。あなた、そんな軽い性格ではないでしょうにと訝しんだが。

 これはイザークなりに、アルベティーナを気遣ってのことなのだと察した。
 仕える神に気を遣ってもらうなど。炎熱の王と称されているのに、その本質はとても優しいのだろう。

 窮地に立たされているアルベティーナが悲観的にならぬよう、立ち上がって前に進めるようにと道化を演じてくれているのだ。

「いいわ。イザーク」

 あなたが一緒なら、何処へでも行ける。わたしはこの山の神殿しか知らないけれど。あの砂漠の向こうには、別の国があり、さらにそれを越えれば冬の乙女としての力など必要としない土地があるはずだ。

「では、縄を解いたらくちづけを。無事、国を出ることができたら、お前に触れる。そして安住の地を見つけたら、お前を抱かせてもらう」

 イザークの言う「触れる」という言葉が、今のように服の上から抱きしめるという意味ではないと、世間知らずのアルベティーナでも分かる。

 いずれ未来に訪れるであろう、その時を考えると我知らず頬が熱くなる。
 これはイザークに温めてもらっているからではないと、思う。

「……条件がどんどん吊りあがっているわ」
「何を言うか。俺から少し離れただけで凍えるくせに」

 正論すぎて、言い返す言葉もない。
 それでも……たとえその内容がひどくとも、未来を語るイザークのことは信じられる。
 そう、わたし達はこんな所でむざむざと殺されたりしない。
 この先が、あるのだから。

 少し手間取ったが、イザークはアルベティーナの手首をいましめる縄を解いてくれた。
 ようやく自由になった手に、血流が戻り指先がじんじんと脈打つのが分かる。

「憐れな。痕が残ってしまうな」
「イザークもよ」
「俺など、どうでもいい。ああ、折角の滑らかな肌なのにな」

 神様が自分のことをどうでもいいなんて、言ってはいけないと思うのだけれど。
 それでも、いたわるように縄の痕を撫でるイザークの手つきが、あまりにも優しくて。
 こんなにも大事にされたことがないから。アルベティーナは目の前にいる彼の姿がぼやけて、今にも涙が落ちそうになった。
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