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一章

2、姫さまの護衛になりました【1】

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 さて、困った。
 二年後。私は宮殿の敷地内にある宿舎で身支度を整えていた。
 
 男の一人暮らしなので簡素な住まいだ。妻帯している他の護衛騎士のように、部屋に花を飾るでもなく、壁にタペストリーを掛けることもない。
 要は素っ気なくて不愛想なのだ。

 伯爵家の次男である私は、十代前半から騎士見習いになり、十六で正式な騎士として殿下の護衛の任についた。
 クリスティアン殿下をお守りして……お守りするほどの騒乱はこのヴァーリン王国ではないのだが。逆に、殿下のお世話係になったような気がする。
 おかしいな、クリスティアンさまの方が年長でいらっしゃるのに。

 そして先日、その殿下から異動を命じられた。

 うわ、お役御免ですか? もしかして私が一見無口でありながら、心の声がうるさいからですか?
 クリスティアンさまは、見た目の怜悧さに反してぼうっとなさったところがある。なのに人の心の機微に聡いので、もしかして私が心の中で突っ込んでいる声が、実はだだ洩れ状態なのだろうか。
 
 執務室に呼ばれた私は、よほど情けない顔をしてしまったのだろう。殿下は「案ずるほどのことではない」と仰った。
 椅子に座っていらっしゃるマルガレータ妃殿下が「先に異動先を教えてさしあげた方が、よろしいのではないでしょうか」と、口添えしてくださった。

「そなたには姫の護衛を任せたい。今はまだ早いが、将来的には公務もあることだし、必要となろう」
「はい?」

 執務机についた殿下は、さらりとした金の髪をかきあげながら小さく息をおつきになった。
 
「いや、新たに二人の護衛を選出したのだが。どうにも……マルティナが泣いてしまってな」

 訊けば、当然私もよく知る騎士の名だった。

「あの者は表情が険しいですから、姫さまが怖がられたのではありませんか?」
「強面の度合いではアレクサンドルとさほど変わらんだろう」
「では声が低くて、怖いのやもしれません」
「そなたの方が低音だな」

 四歳におなりになった姫さまは、どうやら人見知りが激しいらしい。
 宮殿でお見かけした時は、笑顔でとことこと近寄って来て「アレク、ごきげんうるわちう」と、ご挨拶してくださるので。人懐っこいと思っていたのだが、実はそうでもないのか。

「やはり、犬のぬいぐるみに似ているのが大事なのかもなぁ」と、殿下はひとりごちた。
 
 そして今日が初出勤日だ。といっても勤務先はほとんど変わらないのだが。
 おっと、いけない。
 私は事前に用意しておいたハンカチを騎士服のポケットにしまった。

 殿下はよくハンカチをお忘れになるので(侍女が用意しているはずなのに、なぜか部屋に残されていることが多いらしい)お傍に控える私が常に殿下の分まで携帯する癖がついてしまった。

 これまでは白糸でイニシャルを刺繍してある木綿の白いハンカチだが。今日からは、そのハンカチはガーゼにすることにした。
 私は独身であるし、次男坊ということもあって、幼児のことはよく分からない。

 なので妃殿下の子育ての手伝いをするナニーに相談すると、まず柔らかなガーゼのハンカチが数枚必要だと教えてもらった。
 さらに「姫さまは、よく転んでしまわれるので。お怪我には気を付けてさしあげて」「よくお泣きになるのよ。涙をぬぐうきれいなハンカチは必要ね」「指先や爪の間まで、ちゃんと石鹸で洗っているか確認してね」とも。

 それはもう護衛の仕事ではない気がするのだが。どうだろう?

 そして異動初日。出勤先は子ども部屋だ。
 ノックをして扉を開くと、そこはあまりにも自分には場違いな、甘くてふわふわした愛らしい空間だった。

 小花柄の壁紙、ペパーミントグリーンに塗られた腰壁。家具はどれも白く、さらに小さなベッドには天蓋がついており、蚊避けの紗の布が掛けられている。

「マルティナ。起きなさい、アレクサンドルさんがいらしたわよ」
「んー」

 マルガレータさまのお声で、薄布の向こうで目をこすりながら上体を起こしたマルティナさまは、やたらと大きな犬のぬいぐるみを抱えていた。

 それですか。アレクと名付けられたぬいぐるみは。
 確かに、自分に似ていなくもない。シェパードというよりドーベルマン? ドーベルマンなら護衛犬だから、あながち間違ってもいないだろうが。

 けどなぁ。せめてラフ・コリーとかボーダーコリーなら、体はそこそこ大きくても可愛いのになぁ。まぁ、あれは牧羊犬だが。
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