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一章

12話

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12話
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 店主に案内されるまま、その後を付いて行く。
 方向的には貴族街とは逆方向、か。
 一体、どこに向かっているのだろう。

 冒険者ギルドの付近もなかなかにアングラな雰囲気が漂っていたが、ここはそれ以上だ。
 一部崩れたまま立て直されていない建物や、道の脇で直接地面に寝っ転がっている様な人が多々目につく。
 あと、匂いもあまり良くない。

 これが、スラムってやつなのだろうか?
 王都内で冒険者ギルドの周りより下層の人間が集まる場所なんてそうは無いだろうし。
 こんな所に都合のいい儲け話なんてあるとは思えない。

 既に嫌な予感しかしない。

 でも、ここで逃げ出すわけにもいかないし。
 結局自力では金を返せない訳で。
 それを理由に衛兵を呼ばれたらかなり困ったことになる。

 私に拒否権は無い。
 今はただこの店主に付いて行くしか無い、か。

「ここだ」

「え?」

「ちょっと待っていろ」

 スラムの中では比較的綺麗な建物。
 そこの前で止まると、待っているように言われた。
 店主は建物の中へと入って行く。

 周りからジロジロ見られている気がする。
 これまでのどれとも違う、ドロっとした視線だ。

 こんなスラムじゃ、ある程度清潔な女ってだけで珍しいのだろう。
 襲いかかってくるんじゃ無いかとヒヤヒヤする。
 屋台で駄弁ったりせずに、真っ先にローブでも買いに行けばよかった。

 後は、監視も混ざってるんだろうな。
 私のことをあんなに信用していなかった店主が、こうもあっさりと側を離れたぐらいだし。
 これから出て来る人間がまともだとは思わない方がいいか。

「こいつが例の女か?」

「はい」

「見た目は文句なしだな」

「しかも、ですね。この女、巷で噂の勘当された貴族では無いかと」

「なに!? 噂の公爵家のご令嬢か」

「ええ」

 店主がガタイのいい男を伴って帰ってきた。
 何やら話している。
 ここからじゃ良く聞こえないが、貴族が何とかって。

 もしかして、結構まずい?

「剣を見せてもらおう」

「剣?」

「店主に見せた、紋章の入った短剣だ」

 やっぱり、その話か。
 まぁ、今回の場合は今更か。
 店主がもう話しちゃってるみたいだし。

 懐から短剣を取り出す。

「これで良いんでしょ」

「おお、確かに」

 何がしたいんだろうか。
 そんなのあっても無意味だ。
 もう勘当された身だし。

 もし私が以前の身分を維持してたなら利用価値もあるのだろうけど。
 まぁ、向こうが価値を感じてるって言うならそれで構わないか。

「それで、稼げるって本当?」

「あぁ、お前ならたたっぷり稼げるさ」

「そう」

 ならいっか。
 こう言う裏社会の人間とはあまり関わりを持ちたくは無かったのだけど。
 まぁ、他に選択肢もないし仕方が無い。

 さっさと稼いで金を返したらこんなところとはおさらばだ。
 ……いや、稼げる金額によってはまたお世話になるかもしれないけど。

「剣を渡してもらおう」

「これ? 別に良いけど」

 もう大した価値はないしね。
 一応、ナイフがわりにして使ってたけど。
 まぁ、そんなの適当なものを買えばいい。

 武器として作られてる訳じゃ無いし。
 切れ味自体は安物ともそんなに変わらないでしょ。

「で、どうやって稼ぐの」

「簡単だ、ただ男の相手をするだけだ」

「……え?」

「お前は見た目もいいし、しかも元貴族だ。そうとう高値がつくぞ。その手の連中に恨みを持ってる奴は多いからな」

 それって、娼館ってこと?
 スラムだもんな。
 この男もマフィアか盗賊かってところか。

 それは……、嫌だな。
 別にもう貴族でもないし、純血を保つ必要はないんだけど。
 単純に、嫌だ。

 そう言うのは売女の専売特許だろ。
 知りもしない男と体を重ねるとか、吐き気がする。

 この店主、裏社会の人間と繋がっていたのか。
 いや、貴族街でもないのに装飾品なんて高級品を扱う仕事をしてたら後ろ盾は必要か。
 それが無いと盗まれ放題になってしまう。

 まぁ、場所が場所だから何となく想像はついていたが。
 店員のことを騙したのは悪かった。
 でも、私のことを騙してここまで連れて来たんだからおあいこだよね。

「嫌だって言ったら?」

「俺たちは何も困らない。ただお前が捕まるだけだ」

「そう、かもしれないわね」

「勘当されてその日に身分の詐称ねぇ。生きて牢屋を出られるといいけど」

「……」

「金、返せないんだろ?」

 仕方ない、か。

 手に魔力が集まる。
 それは一瞬で水の矢を形成。
 店主の首を貫く。

「なっ!」

「動くな、あんたも殺されたいか?」

 私にはもう選択肢が無いらしい。
 なに、相手が貴族だって理解した上でこんな交渉を進めてきたんだ。
 殺される覚悟もあっての事なのだろう。

 お金は大切だとは思うけど、果たして命を掛けても良いと思える程に重い物なのだろうか?

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