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番外編
1. 高嶺の花 (冒険者リオ視点)
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俺の名前はリオ。
マクスウェル公爵領の領都の近くの村で農家の三男として生まれ、15歳から冒険者として活動している。冒険者と言っても、魔物を倒すのではなく、薬草採取が専門だ。
冒険者は15歳から登録できるが、その直前に村の近くに冒険者のパーティーが薬草採取に来た。彼らに話を聞くうちに、薬草採取を専門とする冒険者がいることを初めて知ったが、俺には魔物を倒すよりもそっちの方が向いている気がした。魔物を倒すことや強くなることにそこまでこだわりはないし、農家の子どもだからか植物は嫌いじゃない。
それで、15歳になって冒険者に登録するとすぐに、見習いとしてパーティーに入れてもらえたのだ。そして今は見習い期間も終わって、新米冒険者として活動している。
薬草採取の依頼は薬師ギルドから出されることが多い。
薬師は人の体調を整えるポーションから、農作物のための薬まで何でも作る。そのため必要になる薬草や素材も多いが、自分で取りに行く時間がないので、冒険者に依頼として出される。
薬草の場合は必要なのが葉なのか花なのか根なのか、採取の仕方、保存の仕方など、知らなければならないことが多くあるため、頼む人を間違えるとせっかくの薬草も無駄になる。薬師ギルドは採取の実績のある冒険者に依頼を出すので、俺たちのグループには常に依頼が舞い込んでくる。
依頼の内容がいつも受けているものであれば既に注意すべき点が分かっているので、依頼の詳細がいつもと変わりないことを確認するのも、採取した薬草を納品するのも、一番下っ端である俺の仕事だ。
頻繁に薬師ギルドの顔を出すうちに、とても綺麗な薬師に会った。初めは女の子だと思ったけど、髪を伸ばした男だった。長い髪を無造作に1つにまとめ、小綺麗な格好で、人形かと思うくらい整った顔をしていて、俺と同じ年くらいに見える。
一目惚れだった。
薬師ギルドの受付に世間話の感じで聞いたところ、他の街から移ってきた薬師らしい。
2度目に会ったときに、思い切って話しかけた。
「薬師さん?ここで同い年くらいの人は初めて会ったよ。俺は薬草採取を専門にしている冒険者のリオ」
「あ、えっと、薬師の……マグです」
マグはこの街に来たばかりで、この街の周りではどんな薬草が採れるか知りたくて、薬師ギルドに来ていたらしい。
「じゃあ今度、街の近くに薬草が採れる丘があるから案内しようか?」
「え、いいの?行きたい。依頼は冒険者ギルドに出せばいいのかな?」
「依頼じゃなくて、休日に行こう。ふたりじゃ危ないから森には入れないし」
「ありがとう。昼ご飯は用意するね」
マグにその気はないんだろうけど、なんだかデートみたいでワクワクする。
次の休日は、街を出てすぐの、周りに子ども連れもいるような安全な丘に案内した。
「コルキカムだ。あ、こっちはホーチュニア。こんな街の近くに、たくさん生えてる」
「ここの薬草は採ってはいけないんだ」
「なんで?」
「緊急で薬草が必要になったときに、遠くまで採りに行かなくてもいいように、らしい」
もちろんここには貴重な薬草はなく、少し足を延ばせばすぐに手に入るものばかりだ。それもあってか、禁じられているわけではないが、暗黙の了解として、この丘から薬草を採ることはない。
周りで子どものはしゃぐ声を聞きながら、マグが持って来てくれたパンを食べた。中に総菜が入っていて、すごくおいしい。
マグは2つ年下だったので、成人したばかりだが、きっといい家の出身なんだろう。
街中で会っているときは物静かな雰囲気だと思っていたが、薬草を前にして観察している様子は他の同年代の奴らと変わらない。
外出を楽しんでくれているのが伝わってきて、オレも楽しかった。
それからも何度か声をかけたが、誘えばだいたい付き合ってくれた。この街に俺以外に友達と呼べるやつはいないらしい。友達としか見られてないのが分かって、ちょっと凹んだのは内緒だ。
「リオ、お前最近めっちゃキレイな女の子とデートしてるらしいじゃん」
「どこで知り合ったんだ。今度紹介しろよ」
「薬師だよ。綺麗だけど男だし、友達だぞ」
「マジか。もう収穫祭には誘ったのか?」
「いや、まだだ。俺のこと友達としか思ってないし」
「でも毎回付き合ってくれるんなら脈あるんじゃね?」
「誘ってみろよ。ダメなら祭りは俺たちと行こうぜ」
そうだな。誘ってみなければ始まらないし、次に会ったら誘ってみよう。
そう決めたのに、それからマグとはなかなか会えなかった。
収穫祭まで10日を切った日、薬師ギルドでマグに会った。最近忙しかったようだし、これは今日誘うしかない。
「今から時間あるか?広場の向こうに新しい屋台が出来て、そこのクレープが旨いらしい。食べに行かないか?」
マグは少し考えた後、行くと答えた。よし、腹をくくろう。
屋台のクレープなのに、食べ方がとても綺麗だ。目が離せない。
食べ終わって道行く人を見ているマグを収穫祭へ誘おうと思うものに、綺麗すぎる横顔に、上手く言葉が出てこない。
「マグ、俺と付き合ってくれ」
「え?」
「薬師ギルドで初めて会ったときに、一目惚れしたんだ。付き合ってほしい」
結局出てきたのは、ストレートな告白の言葉だった。
マグは俺の言葉に驚いた顔をしたが、その顔もとても綺麗だ。美人はどんな表情でも美人なんだな。
けれど、やがて下を向いてしまい、「友達だと思ってたのに……」と言った後、いきなり走って行ってしまった。
「マグ!」
呼びかけたけど、俺の声に振り向きもせずに、去って行くマグを見ながら、やっぱりダメだったか、と落ち込んだ。
着ている服もシンプルだが仕立てのよさそうなものだし、農家出身の冒険者では釣り合うわけもないか。
その日は飲み慣れない酒を飲んで、翌日仕事に遅刻して、しこたま怒られた。
収穫祭最終日は、祭りに参加するため、毎年薬草の採取も休みになっている。
「残念だったけど、次行こうぜ、次」
「可愛い子いたらダンスに誘おう。失うものは何もないんだ!」
「しかし、本当に今年は花がピンクじゃないんだな」
道行く人の持っている花が、今年はピンクでなく、赤や黄色などいろいろな色だ。
収穫祭の花であるダリアは、最終日のダンスを申し込む時に相手に渡す、愛の告白の花だ。
この公爵領を治めるマクスウェル公爵には3人子どもがいるが、長男は子どものころ領地で過ごし、土壌改革に取り組んでくれているため、領民からの人気が高い。
土の薬剤を改良しているそうで、今はいくつかの畑で最終段階の試験をしているが、その畑は収穫量もかなり良くなったらしく、農家はみな一般に売り出されるのを心待ちにしている。
俺たち薬草採取を専門にしている冒険者もまた、一般に売り出されるようになれば薬草の需要が増えることが見込めそうなので、心待ちにしている。
そのご子息は第二王子と婚約していたが、王子がピンクの髪のヤツに心変わりしたために一方的に婚約を破棄されたそうで、傷心のご子息はこの領に戻ってきているらしい。
収穫祭でピンクの花を見て、ご子息が辛い思いをされないようにと、今年はみなピンクの花を避けているのだ。
「土壌改良、上手くいってほしいな」
「収穫量が倍になったって噂だぞ。浮気者の王子なんか忘れて、幸せになってほしいよな」
貴族の人たちの生活はよく分からないが、失恋の辛さなら俺にも分かる。
領民に慕われているご子息が、幸せになれるといいなと思う。そして何より、土の薬剤を早く売り出して、薬草採取の依頼がたくさん出てほしい。
いろんな屋台を冷やかして回っていたら、見覚えのある顔を見つけた。
長かった髪がバッサリと肩の上まで切られているけど、あれはマグだ。年上の男性と一緒にいる。
「マグ?」
「リオ……」
マグが俺を見て戸惑っている。あのとき返事もせずに逃げられてしまったから、内心少しだけ、まだ少しだけ期待していた。
「お兄さん?」
一緒にいる男性と手を繋いでいるが、恋人という雰囲気でもない。
男性は繋いでいた手を離すと、マグに俺と一緒に行きたいなら行けばいいと言っている。やっぱり恋人ではないのか?
そう期待したが、マグの答えにわずかな期待は砕かれた。
「彼は婚約者。ごめんなさい」
「そうか……。邪魔して悪かったな」
恋人ではなく婚約者か。家の決めた相手なのかもしれないが、あの男性を選んだということは俺には脈はないのだろう。
祭りだからかいつもよりいい服を着ていて、俺とは住む世界が違うなと思わせる何かがあった。
「元気出せ」
「確かにめちゃめちゃ綺麗な子だったな。あれはいい家の子じゃないのか?」
「聞いてない」
「俺たちには手の届かない、高嶺の花だったんだよ」
仲間もなんとなく住む世界が違うと感じたのだろう。
それからは俺の失恋を慰めようと優しくしてくれたので、なんとか収穫祭を楽しむことができた。
でもお前らとダンスを踊る気はない。ふざけて花を差し出すな!
マクスウェル公爵領の領都の近くの村で農家の三男として生まれ、15歳から冒険者として活動している。冒険者と言っても、魔物を倒すのではなく、薬草採取が専門だ。
冒険者は15歳から登録できるが、その直前に村の近くに冒険者のパーティーが薬草採取に来た。彼らに話を聞くうちに、薬草採取を専門とする冒険者がいることを初めて知ったが、俺には魔物を倒すよりもそっちの方が向いている気がした。魔物を倒すことや強くなることにそこまでこだわりはないし、農家の子どもだからか植物は嫌いじゃない。
それで、15歳になって冒険者に登録するとすぐに、見習いとしてパーティーに入れてもらえたのだ。そして今は見習い期間も終わって、新米冒険者として活動している。
薬草採取の依頼は薬師ギルドから出されることが多い。
薬師は人の体調を整えるポーションから、農作物のための薬まで何でも作る。そのため必要になる薬草や素材も多いが、自分で取りに行く時間がないので、冒険者に依頼として出される。
薬草の場合は必要なのが葉なのか花なのか根なのか、採取の仕方、保存の仕方など、知らなければならないことが多くあるため、頼む人を間違えるとせっかくの薬草も無駄になる。薬師ギルドは採取の実績のある冒険者に依頼を出すので、俺たちのグループには常に依頼が舞い込んでくる。
依頼の内容がいつも受けているものであれば既に注意すべき点が分かっているので、依頼の詳細がいつもと変わりないことを確認するのも、採取した薬草を納品するのも、一番下っ端である俺の仕事だ。
頻繁に薬師ギルドの顔を出すうちに、とても綺麗な薬師に会った。初めは女の子だと思ったけど、髪を伸ばした男だった。長い髪を無造作に1つにまとめ、小綺麗な格好で、人形かと思うくらい整った顔をしていて、俺と同じ年くらいに見える。
一目惚れだった。
薬師ギルドの受付に世間話の感じで聞いたところ、他の街から移ってきた薬師らしい。
2度目に会ったときに、思い切って話しかけた。
「薬師さん?ここで同い年くらいの人は初めて会ったよ。俺は薬草採取を専門にしている冒険者のリオ」
「あ、えっと、薬師の……マグです」
マグはこの街に来たばかりで、この街の周りではどんな薬草が採れるか知りたくて、薬師ギルドに来ていたらしい。
「じゃあ今度、街の近くに薬草が採れる丘があるから案内しようか?」
「え、いいの?行きたい。依頼は冒険者ギルドに出せばいいのかな?」
「依頼じゃなくて、休日に行こう。ふたりじゃ危ないから森には入れないし」
「ありがとう。昼ご飯は用意するね」
マグにその気はないんだろうけど、なんだかデートみたいでワクワクする。
次の休日は、街を出てすぐの、周りに子ども連れもいるような安全な丘に案内した。
「コルキカムだ。あ、こっちはホーチュニア。こんな街の近くに、たくさん生えてる」
「ここの薬草は採ってはいけないんだ」
「なんで?」
「緊急で薬草が必要になったときに、遠くまで採りに行かなくてもいいように、らしい」
もちろんここには貴重な薬草はなく、少し足を延ばせばすぐに手に入るものばかりだ。それもあってか、禁じられているわけではないが、暗黙の了解として、この丘から薬草を採ることはない。
周りで子どものはしゃぐ声を聞きながら、マグが持って来てくれたパンを食べた。中に総菜が入っていて、すごくおいしい。
マグは2つ年下だったので、成人したばかりだが、きっといい家の出身なんだろう。
街中で会っているときは物静かな雰囲気だと思っていたが、薬草を前にして観察している様子は他の同年代の奴らと変わらない。
外出を楽しんでくれているのが伝わってきて、オレも楽しかった。
それからも何度か声をかけたが、誘えばだいたい付き合ってくれた。この街に俺以外に友達と呼べるやつはいないらしい。友達としか見られてないのが分かって、ちょっと凹んだのは内緒だ。
「リオ、お前最近めっちゃキレイな女の子とデートしてるらしいじゃん」
「どこで知り合ったんだ。今度紹介しろよ」
「薬師だよ。綺麗だけど男だし、友達だぞ」
「マジか。もう収穫祭には誘ったのか?」
「いや、まだだ。俺のこと友達としか思ってないし」
「でも毎回付き合ってくれるんなら脈あるんじゃね?」
「誘ってみろよ。ダメなら祭りは俺たちと行こうぜ」
そうだな。誘ってみなければ始まらないし、次に会ったら誘ってみよう。
そう決めたのに、それからマグとはなかなか会えなかった。
収穫祭まで10日を切った日、薬師ギルドでマグに会った。最近忙しかったようだし、これは今日誘うしかない。
「今から時間あるか?広場の向こうに新しい屋台が出来て、そこのクレープが旨いらしい。食べに行かないか?」
マグは少し考えた後、行くと答えた。よし、腹をくくろう。
屋台のクレープなのに、食べ方がとても綺麗だ。目が離せない。
食べ終わって道行く人を見ているマグを収穫祭へ誘おうと思うものに、綺麗すぎる横顔に、上手く言葉が出てこない。
「マグ、俺と付き合ってくれ」
「え?」
「薬師ギルドで初めて会ったときに、一目惚れしたんだ。付き合ってほしい」
結局出てきたのは、ストレートな告白の言葉だった。
マグは俺の言葉に驚いた顔をしたが、その顔もとても綺麗だ。美人はどんな表情でも美人なんだな。
けれど、やがて下を向いてしまい、「友達だと思ってたのに……」と言った後、いきなり走って行ってしまった。
「マグ!」
呼びかけたけど、俺の声に振り向きもせずに、去って行くマグを見ながら、やっぱりダメだったか、と落ち込んだ。
着ている服もシンプルだが仕立てのよさそうなものだし、農家出身の冒険者では釣り合うわけもないか。
その日は飲み慣れない酒を飲んで、翌日仕事に遅刻して、しこたま怒られた。
収穫祭最終日は、祭りに参加するため、毎年薬草の採取も休みになっている。
「残念だったけど、次行こうぜ、次」
「可愛い子いたらダンスに誘おう。失うものは何もないんだ!」
「しかし、本当に今年は花がピンクじゃないんだな」
道行く人の持っている花が、今年はピンクでなく、赤や黄色などいろいろな色だ。
収穫祭の花であるダリアは、最終日のダンスを申し込む時に相手に渡す、愛の告白の花だ。
この公爵領を治めるマクスウェル公爵には3人子どもがいるが、長男は子どものころ領地で過ごし、土壌改革に取り組んでくれているため、領民からの人気が高い。
土の薬剤を改良しているそうで、今はいくつかの畑で最終段階の試験をしているが、その畑は収穫量もかなり良くなったらしく、農家はみな一般に売り出されるのを心待ちにしている。
俺たち薬草採取を専門にしている冒険者もまた、一般に売り出されるようになれば薬草の需要が増えることが見込めそうなので、心待ちにしている。
そのご子息は第二王子と婚約していたが、王子がピンクの髪のヤツに心変わりしたために一方的に婚約を破棄されたそうで、傷心のご子息はこの領に戻ってきているらしい。
収穫祭でピンクの花を見て、ご子息が辛い思いをされないようにと、今年はみなピンクの花を避けているのだ。
「土壌改良、上手くいってほしいな」
「収穫量が倍になったって噂だぞ。浮気者の王子なんか忘れて、幸せになってほしいよな」
貴族の人たちの生活はよく分からないが、失恋の辛さなら俺にも分かる。
領民に慕われているご子息が、幸せになれるといいなと思う。そして何より、土の薬剤を早く売り出して、薬草採取の依頼がたくさん出てほしい。
いろんな屋台を冷やかして回っていたら、見覚えのある顔を見つけた。
長かった髪がバッサリと肩の上まで切られているけど、あれはマグだ。年上の男性と一緒にいる。
「マグ?」
「リオ……」
マグが俺を見て戸惑っている。あのとき返事もせずに逃げられてしまったから、内心少しだけ、まだ少しだけ期待していた。
「お兄さん?」
一緒にいる男性と手を繋いでいるが、恋人という雰囲気でもない。
男性は繋いでいた手を離すと、マグに俺と一緒に行きたいなら行けばいいと言っている。やっぱり恋人ではないのか?
そう期待したが、マグの答えにわずかな期待は砕かれた。
「彼は婚約者。ごめんなさい」
「そうか……。邪魔して悪かったな」
恋人ではなく婚約者か。家の決めた相手なのかもしれないが、あの男性を選んだということは俺には脈はないのだろう。
祭りだからかいつもよりいい服を着ていて、俺とは住む世界が違うなと思わせる何かがあった。
「元気出せ」
「確かにめちゃめちゃ綺麗な子だったな。あれはいい家の子じゃないのか?」
「聞いてない」
「俺たちには手の届かない、高嶺の花だったんだよ」
仲間もなんとなく住む世界が違うと感じたのだろう。
それからは俺の失恋を慰めようと優しくしてくれたので、なんとか収穫祭を楽しむことができた。
でもお前らとダンスを踊る気はない。ふざけて花を差し出すな!
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