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番外編

9. 王様のぼやき 1 (王様視点)

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 余はフーリエ王国の第8代国王、ルドルフ・フーリエである。愚民ども、我に従え。

 そんな風に言えればどれだけ楽だったか。
 国王なんて面倒なだけでいいことなど何もない。貴族たちは好き勝手なことを言うし、周りの国との関係もあっちにいい顔するとこっちが怒るし。
 二番目の息子は、卒業パーティーで私の許可もなく婚約者に婚約破棄を突きつけるし、その息子の母親とその親はうるさいし。はあ。

 私には2人の妃がいる。正妃は隣国の姫で、王太子と姫、四番目の息子を生んだ。側妃はこの国のプランク公爵家の娘で、二番目と三番目の息子を生んだ。
 王太子は、正妃の息子であり、資質も悪くないので、後継者に悩むこともなくよかったと思っていた。
 7歳下の第二王子ティンダールは、優しい子だが、優しいが故に王には向かない子だ。なのに、第二王子を生んだ側妃は野心家で、何としても自分の息子を王位につけようと、父親である公爵家の権力も使って、度々正妃と王太子を脅かそうとする。隣の国と戦争したくないから、そういうのやめてよね。

 ティンダールが5歳の時に、マクスウェル公爵家の長男に恋をした。可愛らしい初恋だが、相手は嫡子、本来は妃には出来ない。
 しかし、側妃の野心を潰すためには使える。下手に野心のある家の娘や他国の姫を妃にされるよりは、自分の役割を理解して出しゃばらないマクスウェル公爵家のほうが、将来的に安心だ。
 ティンダールが強く望んだからと、渋るマクスウェル公爵をなんとか説得し、ふたりの婚約を正式に結んだ。もちろん側妃は怒ったが、無視だ。国を荒らすな。私の仕事を増やすな。

 そのマクスウェル公爵の長子リヒターは、ティンダールが惚れるのも分かる、姫かと思う可愛らしい子だった。だが、身体が弱いので療養すると、婚約後すぐに領地に引きこもってしまった。婚約への抗議か、側妃への警戒か。
 ティンダールはとても寂しがって領地に会いに行きたいと言ったようだが、側妃が許さなかった。むしろ、ティンダールが寂しがっているのに慰めにも来ないリヒターは妃にふさわしくないと、婚約を解消するようにと側妃が迫ってきた。それを聞いたティンダールは、会いたいと言わなくなった。

 学園に通うために王都に帰って来たリヒターを何かと王宮へ誘おうとするティンダールの可愛い頑張りは、王都にいなかったリヒターへの妃教育と、側妃の妨害で、なかなか実らなかった。
 そして、最終学年になって、ティンダールは男爵子息をそばに置くようになった。その報告は私も側妃も、またリヒターの父であるマクスウェル公爵も受けていたが、学園の間だけの火遊びだろうと、問題にもしなかった。むしろ側妃はリヒターとの婚約を解消することをまだ諦めていない。男爵子息であれば正妃には出来ないので、自分の息のかかった娘を正妃にしたいのだろう。リヒターと婚約を解消しなさいと事ある毎に言っていたと、後から知った。

 学園の卒業パーティーの夜、マクスウェル公爵が急ぎ話があると面会を求めてきた。彼は財務を担当しているので、どこかの領の不正でも発覚したのかと思いながら面会に応じると、まさかの内容だった。
 ティンダールが、卒業パーティーで婚約破棄を宣言したという。しかもティンダールの自筆の破棄するというメモまで持ってきた。
 これは、不味い。マクスウェル公爵家に離反されると、王家がプランク公爵家に取り込まれてしまう。

「これは何かの間違いだ。私は何も聞いていない」
「陛下、私もそう思います。息子が男爵令息に暴力をふるったなど間違いです。殿下との婚約破棄で難しい立場に置かれる息子のためにも、息子の名誉が正しく守られることを願います」

 そうじゃない、婚約破棄も間違いだ。だがマクスウェル公爵もそんなことは分かって言っているのだ。これは、私は許可していないからなかったことに、と言えないように先手を打たれた。息子よ、何やってくれるんだ。

「ティンダール、どういうことだ」
「ロサールがリヒターに階段から突き落とされたというのに、そのようなものを妃には出来ません」
「マクスウェル公爵家から、そのような事実はないと抗議が来ている。突き落としたのがリヒターだという証拠はあるのか」
「ロサールが言っているのですから間違いありません」

 ティンダールの教育はどうなっているんだ。目撃したものがいなければ、証拠がないのと同じだ。
 どうしてもっと穏やかに話し合いで解決しようとしなかったんだ。しかもマクスウェル公爵家を敵に回して、今後やっていけると思っているのか?側妃が何か吹き込んだのか?
 とりあえずティンダールは謹慎させて、事実を調べさせよう。

「陛下、学園の調査結果が上がってきました」
「そうか、で、どうだった」
「結論から申し上げますと、男爵子息ロサールの自作自演ではないかと思われます」

 まじか……。
 しかも、宰相の息子や、騎士団長の息子にも粉をかけていたという。婚約者がいるので相手をしなかったら離れて行ったそうだが、権力者の愛人になるのが目的だろうな。
 調査によるとリヒターは、学園でロサールにも、そしてティンダールにも接触せず、いつもひとりで本を読んでいた。マクスウェル公爵が言っていた、土壌改良に取り組んでティンダールの誘いを断ったというのはこれのことか。
 ティンダールよ、初恋のリヒターに相手にされなくて寂しかったのかもしれないが、相手はちゃんと選べ。

「宰相、どうすべきだと思う」
「伯爵家あたりの養子が妥当かと」
「侯爵家はダメか?」
「侯爵家では、側妃様とプランク公爵の力は削げませんが、よろしいのですか?」

 ああ、懲りないやつらは第三王子でまた王位を狙ってくるか。
 ティンダールには申し訳ないが、伯爵家で我慢してもらおう。

「陛下、どういうことですか!なぜティンダールが伯爵家の養子なのですか!悪いのはあのリヒターでしょう!!」
「伯爵家なら、男爵子息を正妻にできるから、ティンダールにはいいだろう」
「そのようなこと、私が許しません!」
「私の決定に文句があるのか」
「……失礼します!」

 はあ、きーきーうるさい。お前はティンダールが可愛いんじゃなくて、自分が可愛いんだろう。頼むから大人しくしていてくれ。

 ティンダールは王位継承権を剥奪して跡取りのいない伯爵家の養子に出した。
 片やリヒターは、伯爵家の次男を婿に迎えて、領地に引きこもった。あの美貌は王家に欲しかったのだがなあ。ニコッと笑うだけで他国の使者を落とせそうだったのに。
 側妃とプランク公爵はとりあえず大人しくしている。
 このまま王太子に継ぐまで何事もなければいい、と願ったが、そうはならなかった。


「魔物の発生状況はどうだ」
「ラプラス王国との国境あたりでかなり増えています」
「神殿は何と言っている?」
「森の中で瘴気が増えているのだろうと」
「浄化は出来ないのか?」
「森を浄化するようなことは、神子様でもなければ無理だそうです」

 はあ、なんで私の代で増えるんだ。
 魔物が増えているのは、わが国だけではなく、隣国も同じのようだから、これを機に攻め込まれることはないだろう。魔物の対応だけに集中できるのは、ひとつ安心材料だ。

 だがどんどん魔物の発生は増え、ついにラプラス王国との国境に近い街が一つ潰れた。
 魔物の討伐のために、騎士を派遣するしかないな。王都の守りが薄くなるが、王都まで魔物は来ないだろう。

 そんな中、プランク公爵から面会を求められた。彼はティンダールの外祖父なので、ティンダールの後見をしている。

「陛下、ティンダールの婚約者のロサール殿は神子です」
「どういうことだ」
「広範囲の浄化が行えるようになったと、報告がありました」

 なんだと。それは朗報だ。
 すぐにティンダールともども呼び出したが、神子は、なんというか、男爵家では教育をしていないのか?

「俺が神子だ。森の浄化は俺がする」
「……ロサール殿、陛下に対してそのような言葉遣いはおやめ下さい」
「陛下、申し訳ございません、ロサールには私が言い聞かせます」
「ティル、なんで父親なのに陛下なんて呼び方してるんだよ」
「神子様はおおらかでいらっしゃる」

 これが神子?ないない。プランク公爵が言っているだけだろう。宰相も眉をひそめている。
 と思ったが、浄化能力は本物だった。
 だが、神殿は神子とは認めないと言う。

「ロサール殿、神殿での修行をしていただけなければ、神子とは認められません」
「なんでだよ。俺が神子だ。修行なんかしなくても浄化できるんだからしなくていいだろう。あんたたち浄化も出来ないくせにうるさいんだよ。へーかも何とか言ってよ」

 言えるか。神殿は国からは独立した組織だ。
 仕方なく、国として神子と認め、各地の浄化に派遣することなった。

「神子よ、辺境の浄化を命じる」
「任せろ!」

 付け焼刃だが謁見の間でのマナーを教え込んで、ちゃんと返事まで練習しただろう。なんでたった一言が言えないんだ!
 もう、余計なことを言わなかっただけ良しとしよう。

 これで浄化も進んで魔物の被害も落ち着くだろうと思っていたが、別の問題が持ち上がった。
 神子が、学園で自分に嫌がらせをしたリヒターのいるマクスウェル公爵領の浄化はしないと言っているという。
 いやいや、いじめられてないだろう。自作自演だろう?

 当然マクスウェル公爵家から文句を言われる。分かるよ。

「陛下、マクスウェル公爵領は浄化しないと神子殿が公言されているそうですが、どういうことですか?」
「あれは神子が言っているだけだ」
「では公爵領の浄化もしていただけるのですね」
「もちろんだ」

 マクスウェル公爵領が潰れれば、王都が潰れる。そんな危険を放置することは出来ない。
 だが、あの神子の後ろにいるプランク公爵はさせたくないのだろう。ここでマクスウェル公爵の力を削ぎたいのだ。権力争いもだが、リヒターのせいでティンダールの王位がなくなったのが許せないのだろう。

 リヒターは土壌の薬剤を改良し、発売を始めるところだった。あの改良薬剤が国中に広まれば、国力増強にもつながる。
 しかも、今は神殿と組んで、新しいものを開発しているという諜報部からの報告もある。
 あの頭脳を潰すのは惜しい。
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