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第4話
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「そういやさ、前からいるこいつはなんなんだ?」
朝起きたゼノがふとベッドサイドにある犬のぬいぐるみに手を伸ばす。
「ずっと意外だなーと思ってたんだよな。お前がこういうの置いてんの」
亮介のイメージではないと言いながらゼノが手の中のぬいぐるみを撫でまわすと、ビスケット色の毛並みがぼさぼさと乱れた。
「ああ、ポチか」
「安直な名前」
「仕方ないだろ。子供だったんだ」
「子供?」
ポチと名付けられた犬のぬいぐるみは、亮介がまだ幼い頃にサンタクロースからプレゼントされたものだった。
「クリスマスは分かるか?」
「おう! 知ってるぜ。サンタの爺さんがなんかくれる日だろ?」
得意げにそう答えたゼノが「気前のいい爺さんだよなー」と感心したように言う。
「そうだ。俺は昔クリスマスに犬を欲しがったんだがな。サンタが勘違いしたのか、起きたら枕元にはこのぬいぐるみが置いてあったんだ」
本当は当時両親が本物の犬を用意することができなかっただけなのだが、どうやらサンタクロースの存在を信じているらしいゼノの夢を壊さないように伝える。
「へえ! それで今も持ってんのか」
「それなりに思い入れがあるからな。生活に必要なもの以外で実家から持ってきたのはポチくらいだ」
ポチのつぶらな瞳とビスケット色の毛並みを気に入っていた亮介は、大人になってからも大切に保管していたのだった。いつかはこんな犬と暮らせたらいいと思う。
第一印象こそ奇抜だったものの、ゼノのざっくばらんな性格は存外接しやすい。
あれでいて聞き分けは悪くないし、ゼノが繊細な物言いをしない分、こちらもあまり気を遣わないで済むのがよかった。
最初はどうなることかと思ったが、ゼノとの生活が想像していたよりもうんと順調に運んでいることに驚いているというのが現状である。
「これ弁当な。今日のは力作だぞ~!」
今朝も玄関でゼノが意気揚々とランチバッグを差し出す。
ゼノ自身も亮介のために家事をする生活を気に入っているようで、弁当を作ると言い出したのもゼノのほうである。
弁当のほかにもタンブラーに飲み物を用意したり、仕事用のシャツやハンカチにアイロンをかけたりと、甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
「ありがとう。楽しみにしてるよ」
そう言って亮介が受け取ると、ゼノは嬉しそうに笑ってぱたぱたと小さく翼を動かした。
亮介はゼノ以外の淫魔を知らないのでもしかすると個体差があるのかもしれないが、ゼノは褒められるといつもこうして控えめに翼を揺らす。
そしてそのたびに亮介は「自分は本当に好かれているのだな」と、どこか他人事のように思うのだ。
支度を済ませてドアへ手を伸ばす亮介に、ゼノが「おい!」と声をかける。
「忘れ物してんぞ」
「なんだ?」
財布と定期は持ったし、弁当は今受け取った。スマホもスーツのポケットに入っている。
ほかに思い当たるものがなく疑問符を浮かべる亮介に、ゼノが愛嬌たっぷりに目を閉じて自分の唇を指で示してみせた。
「ほら、ここ♡」
数秒の沈黙のあとに亮介が無言で家を出ると、扉の向こう側から「ごめんって!」と叫ぶ声が聞こえてくる。
その声にこっそり笑って、亮介はもう一度扉を開けた。
「行ってくる」
先に後輩たちを昼休憩へ送り出し、ようやく自分も昼食をとるため小さく伸びをしてからランチバッグを片手に食堂へ向かう。
九月の繁忙期が近づくにつれ、社内も慌ただしくなってきた。
今朝ゼノが今日の弁当は力作だと言っていたが、あれはいったいどういう意味だろうか。
こうしてゼノに台所を任せるようになってからは毎日手の込んだものを作ってくれているのに、それ以上の傑作となれば余計に気になるというものだ。
淡い期待を胸に包みを解いて蓋を開けると、そこには赤やピンクのハートがこれでもかと散りばめられたなんとも可愛らしい弁当があった。
「なっ……!?」
ぎょっとした亮介は咄嗟に弁当箱の蓋を閉めて、誰かに見られてはいないだろうかと慌てて辺りを見回す。
「岩崎さん、めっちゃ可愛い弁当食ってますね!」
不意に背後から声をかけられる。口から心臓が飛び出るかと思った。
どうやら先ほど送り出した後輩の一人が食事を終えたらしく、「休憩ありがとうございました」と言いながら会釈する。
「あ! もしかして彼女さんっすか?」
「いいや、その……。同居人だ」
苦し紛れに誤魔化す。
いきなり押しかけてきた淫魔に食事の面倒を見てもらっています、とは口が裂けても言えない。
「へえ! シェアハウス的な?」
「シェアハウスというよりは居候に近いが……。まあ似たようなもんだな」
なるほど、この奇妙な同居生活もシェアハウスと言うと聞こえがいい。
これからはそう呼ぶことにしようと心に決めながら、一度見られてしまったのなら隠しても仕方がないと開き直って弁当に箸をつける。
こんなにラブリーな見た目にもかかわらず、味はしっかり美味しいのだからわけが分からない。
「いいっすね、寂しくないし!」
「そう思うか?」
「あれ、違うんすか?」
「……いや、そうかもな」
寂しくない、という後輩の言葉を頭の中で反芻する。
元々一人が苦になるタイプではなかったが、たしかにゼノが来てからは自分の人生がただの徒労であるような、そういうふとした孤独を感じることはなくなったと思う。そんな暇もなかったと言ったほうが正しいかもしれない。
「でもなんか、ちょっと安心したっす」
「安心?」
「岩崎さん、いつも俺らのこと優先して自分はゼリーとかで済ませてたじゃないっすか」
「ああ……。よく見てるな」
心配からか、やや不満げな声色でそう語る後輩の姿に小さく笑う。
これでも一応先輩だ。後輩を差し置いて自分だけ食事をとるわけにもいかないので、当たり前といえば当たり前なのだが。後輩たちにとってはそれがどうにも心苦しかったらしい。
「だから、最近岩崎さんがちゃんと飯食ってて嬉しいっす。いや、母ちゃんか!って感じなんすけど」
少し照れたように笑う姿を見ながら、後輩にそんな心配をされているようでは自分もまだまだだなと苦笑した。
時刻は午後二一時を少し過ぎた頃。残業を終えた亮介が帰宅すると、心配そうな顔をしたゼノが早足で玄関まで出迎える。
「亮介~! もう帰ってこねえかと思ったぞ!」
「悪いな、本当はもう少し早く切り上げて帰りたかったんだが……」
毎年繁忙期が近くなるとこんな感じだ。
いっときの辛抱とはいえ、遅くまで職場に残って仕事をするのは心身ともにくたびれるし息が詰まる。
「まったく、オレの亮介をこんな時間まで働かせるなんて悪い会社だな~」
「はは、お前のじゃないがもっと言ってやってくれ」
ゼノのおどけた物言いを聞いているうちに、不思議と凝り固まった身体がほぐれていった。
「疲れただろ? メシできてるから一緒に食おうぜ!」
「お前もまだ食ってなかったのか?」
「おう! 亮介と一緒がいいから待ってたんだ」
ゼノがにこにこと当然のように言ってのける。
いつもならとっくに食事を済ませている時間にもかかわらず、ゼノは一切手を付けずに亮介を待っていたらしい。
ゼノがこうしていじらしいことをするものだから、亮介はまるで大きな犬でも相手にしているかのような気分になるのだ。
ゼノの分とは別に用意された辛さ控えめの麻婆豆腐にありつきながら、亮介は自分の仕事のことについて話していた。
「半勃起?」
「繁忙期だ」
レンゲを片手に首を傾げるゼノに、なるべくやさしい言葉を選んで説明する。
「要するに、仕事が忙しくなる時期ってことだな。来月まではこういう日が続くと思ってくれ」
決算期である九月の後半は、世の中の銀行員が最も多忙を極める時期だ。
現在銀行に勤めている亮介も例に漏れず仕事に追われ、慌ただしい日々を過ごしていた。
「そうなのかあ……」
「ああ。だから、夕飯も無理して待ってなくていいぞ」
食事が遅れれば、その分床に就くのも遅くなってしまうだろう。
淫魔にとって睡眠は必須ではないらしいが、それでも自分のせいでゼノの生活リズムを崩してしまうのは気が咎める。
ただでさえゼノは朝早く起きて弁当を用意してくれているのだし。
「そうだ、今日の弁当!」
そこまで考えて、あのラブリーな弁当を思い出した亮介は思わず声を上げる。
「お、美味かっただろ? ちょっとは番契約したくなったか?♡」
「そりゃあ美味かったが、ああいう可愛らしいのはやめてくれ。後輩に見られて気まずかったんだぞ。あと番契約はしない」
見られたのが噂好きの女子社員だったらと考えると血の気が引く。
彼女たちに目撃されようものなら、あっという間に尾ひれ付きの噂が係全体に広まっていたことだろう。
「えー、いいじゃん! ちゃんと愛妻弁当だって説明しといてくれたか?」
「するわけないだろ。同居人だって言っておいたよ」
亮介の言葉に、ゼノが「ちぇー」と不満げな声を漏らす。
食事を終えた亮介が風呂から上がる頃にはもう日付が変わっていて、寝て起きればまた仕事が待っているのだと思うと憂鬱な気分になった。
亮介のベッドで眠るのがすっかり習慣になっているゼノが今夜も潜り込んでくる。
もはや注意する気も起きず、亮介は特に拒否することなくそれを受け入れた。
「おやすみ」
さすがに疲れていたようで、布団に入ってすぐに眠気がやってくる。
抗うことなく瞼を閉じると、次の瞬間には眠りに落ちていた。
そうしてどれくらいの時間が経っただろうか。亮介はベッドの軋む音と体に伝わる振動で不意に目を覚ました。
「ん……。ゼノ?」
「っ、は……♡悪ぃ、起こしちまったか?♡」
亮介と背中合わせの体勢で横になっていたゼノが振り向く。
「お前、何して……」
その艶やかな表情と熱い吐息に、亮介は言いかけていた言葉を飲んだ。
「今日一回もセックスしてねえから、んっ♡マンコ疼いちまって……♡」
ゼノが身じろぐたびにくち、と濡れた音が響く。
たしかにゼノが来てからは毎晩のように行為に及んでいたが、今日は疲労のあまりそんな余裕もなく早々に眠ってしまった。
ゼノはせっかく亮介を待っていてくれたのに、帰ってからの会話も素っ気なかったかもしれない。
「ほったらかして悪かった。……今からするか?」
「んーん、今日はいいよ。お前も疲れてるだろ?」
ゼノがいつもより落ち着いたトーンであやすように言う。少し掠れた声がそっと耳をくすぐるようだ。
「そうだな……。じゃあそれだけでも手伝わせてくれ」
「それ……?って、いやいや! マジで大丈、ッんぅ♡」
亮介が背後から秘部に手を伸ばすと、ゼノが慌ててその手を阻止する。
「ほら、手離せ」
「ちょ、やめ……! あっ♡」
ゼノの手を振り切ってすでに濡れそぼったそこへゆっくりと指を沈める。
「んぁっ♡んッ♡あ~っ♡」
「もう少し浅いところのほうがいいか?」
「あっ、そこっ!♡そこ好きぃ♡んぉッ♡」
指をフックのように折り曲げてGスポットを引っ掻いてやると、膣内がきゅうっと収縮して亮介の指を締め付けた。
「ん゛ぅ♡今日は♡オナニーだけって決めてたのにっ♡あ゛ぁッ♡」
「そうなのか? なんで?」
無意識のうちに快感を求めているのか、ゼノの脚が徐々に開いていく。
「だって♡ほひッ♡亮介つかれてるから……♡ん゛~っ!♡」
ゼノは亮介に無理をさせないよう、火照った体を自ら鎮めようと努めていたのだ。
健気にそう訴えるゼノを見ていると、なぜかどうしようもなく胸が詰まって、気付けば空いた片手でゼノの頭を撫でていた。
「あッ♡頭っ♡おほぉ゛~っ!♡イクイク♡イっちまうぅ゛♡」
「よしよし、手マンでアクメしような」
「らめ♡ぎもちぃ゛♡イグ♡イグ♡イグ~ッ!♡」
ゼノが絶頂を迎えると同時に膣内が激しくうねる。
指を引き抜きそのまましばらく秘部を揉んでやると、ゼノはびくびくと痙攣しながら余韻に浸っていた。
「はい、おしまい」
仕上げのようにぽんぽんと秘部を叩くと、体をこちらへ向けたゼノが息を整えながらキスをねだる。
「ん、すっきりしたか?」
「うん♡気持ちよかった……♡」
甘えるように擦り寄るゼノの少し低い体温が心地よい。
二人はしばらくのあいだそうして触れ合ったあと、ゆっくりと意識を手放した。
朝起きたゼノがふとベッドサイドにある犬のぬいぐるみに手を伸ばす。
「ずっと意外だなーと思ってたんだよな。お前がこういうの置いてんの」
亮介のイメージではないと言いながらゼノが手の中のぬいぐるみを撫でまわすと、ビスケット色の毛並みがぼさぼさと乱れた。
「ああ、ポチか」
「安直な名前」
「仕方ないだろ。子供だったんだ」
「子供?」
ポチと名付けられた犬のぬいぐるみは、亮介がまだ幼い頃にサンタクロースからプレゼントされたものだった。
「クリスマスは分かるか?」
「おう! 知ってるぜ。サンタの爺さんがなんかくれる日だろ?」
得意げにそう答えたゼノが「気前のいい爺さんだよなー」と感心したように言う。
「そうだ。俺は昔クリスマスに犬を欲しがったんだがな。サンタが勘違いしたのか、起きたら枕元にはこのぬいぐるみが置いてあったんだ」
本当は当時両親が本物の犬を用意することができなかっただけなのだが、どうやらサンタクロースの存在を信じているらしいゼノの夢を壊さないように伝える。
「へえ! それで今も持ってんのか」
「それなりに思い入れがあるからな。生活に必要なもの以外で実家から持ってきたのはポチくらいだ」
ポチのつぶらな瞳とビスケット色の毛並みを気に入っていた亮介は、大人になってからも大切に保管していたのだった。いつかはこんな犬と暮らせたらいいと思う。
第一印象こそ奇抜だったものの、ゼノのざっくばらんな性格は存外接しやすい。
あれでいて聞き分けは悪くないし、ゼノが繊細な物言いをしない分、こちらもあまり気を遣わないで済むのがよかった。
最初はどうなることかと思ったが、ゼノとの生活が想像していたよりもうんと順調に運んでいることに驚いているというのが現状である。
「これ弁当な。今日のは力作だぞ~!」
今朝も玄関でゼノが意気揚々とランチバッグを差し出す。
ゼノ自身も亮介のために家事をする生活を気に入っているようで、弁当を作ると言い出したのもゼノのほうである。
弁当のほかにもタンブラーに飲み物を用意したり、仕事用のシャツやハンカチにアイロンをかけたりと、甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
「ありがとう。楽しみにしてるよ」
そう言って亮介が受け取ると、ゼノは嬉しそうに笑ってぱたぱたと小さく翼を動かした。
亮介はゼノ以外の淫魔を知らないのでもしかすると個体差があるのかもしれないが、ゼノは褒められるといつもこうして控えめに翼を揺らす。
そしてそのたびに亮介は「自分は本当に好かれているのだな」と、どこか他人事のように思うのだ。
支度を済ませてドアへ手を伸ばす亮介に、ゼノが「おい!」と声をかける。
「忘れ物してんぞ」
「なんだ?」
財布と定期は持ったし、弁当は今受け取った。スマホもスーツのポケットに入っている。
ほかに思い当たるものがなく疑問符を浮かべる亮介に、ゼノが愛嬌たっぷりに目を閉じて自分の唇を指で示してみせた。
「ほら、ここ♡」
数秒の沈黙のあとに亮介が無言で家を出ると、扉の向こう側から「ごめんって!」と叫ぶ声が聞こえてくる。
その声にこっそり笑って、亮介はもう一度扉を開けた。
「行ってくる」
先に後輩たちを昼休憩へ送り出し、ようやく自分も昼食をとるため小さく伸びをしてからランチバッグを片手に食堂へ向かう。
九月の繁忙期が近づくにつれ、社内も慌ただしくなってきた。
今朝ゼノが今日の弁当は力作だと言っていたが、あれはいったいどういう意味だろうか。
こうしてゼノに台所を任せるようになってからは毎日手の込んだものを作ってくれているのに、それ以上の傑作となれば余計に気になるというものだ。
淡い期待を胸に包みを解いて蓋を開けると、そこには赤やピンクのハートがこれでもかと散りばめられたなんとも可愛らしい弁当があった。
「なっ……!?」
ぎょっとした亮介は咄嗟に弁当箱の蓋を閉めて、誰かに見られてはいないだろうかと慌てて辺りを見回す。
「岩崎さん、めっちゃ可愛い弁当食ってますね!」
不意に背後から声をかけられる。口から心臓が飛び出るかと思った。
どうやら先ほど送り出した後輩の一人が食事を終えたらしく、「休憩ありがとうございました」と言いながら会釈する。
「あ! もしかして彼女さんっすか?」
「いいや、その……。同居人だ」
苦し紛れに誤魔化す。
いきなり押しかけてきた淫魔に食事の面倒を見てもらっています、とは口が裂けても言えない。
「へえ! シェアハウス的な?」
「シェアハウスというよりは居候に近いが……。まあ似たようなもんだな」
なるほど、この奇妙な同居生活もシェアハウスと言うと聞こえがいい。
これからはそう呼ぶことにしようと心に決めながら、一度見られてしまったのなら隠しても仕方がないと開き直って弁当に箸をつける。
こんなにラブリーな見た目にもかかわらず、味はしっかり美味しいのだからわけが分からない。
「いいっすね、寂しくないし!」
「そう思うか?」
「あれ、違うんすか?」
「……いや、そうかもな」
寂しくない、という後輩の言葉を頭の中で反芻する。
元々一人が苦になるタイプではなかったが、たしかにゼノが来てからは自分の人生がただの徒労であるような、そういうふとした孤独を感じることはなくなったと思う。そんな暇もなかったと言ったほうが正しいかもしれない。
「でもなんか、ちょっと安心したっす」
「安心?」
「岩崎さん、いつも俺らのこと優先して自分はゼリーとかで済ませてたじゃないっすか」
「ああ……。よく見てるな」
心配からか、やや不満げな声色でそう語る後輩の姿に小さく笑う。
これでも一応先輩だ。後輩を差し置いて自分だけ食事をとるわけにもいかないので、当たり前といえば当たり前なのだが。後輩たちにとってはそれがどうにも心苦しかったらしい。
「だから、最近岩崎さんがちゃんと飯食ってて嬉しいっす。いや、母ちゃんか!って感じなんすけど」
少し照れたように笑う姿を見ながら、後輩にそんな心配をされているようでは自分もまだまだだなと苦笑した。
時刻は午後二一時を少し過ぎた頃。残業を終えた亮介が帰宅すると、心配そうな顔をしたゼノが早足で玄関まで出迎える。
「亮介~! もう帰ってこねえかと思ったぞ!」
「悪いな、本当はもう少し早く切り上げて帰りたかったんだが……」
毎年繁忙期が近くなるとこんな感じだ。
いっときの辛抱とはいえ、遅くまで職場に残って仕事をするのは心身ともにくたびれるし息が詰まる。
「まったく、オレの亮介をこんな時間まで働かせるなんて悪い会社だな~」
「はは、お前のじゃないがもっと言ってやってくれ」
ゼノのおどけた物言いを聞いているうちに、不思議と凝り固まった身体がほぐれていった。
「疲れただろ? メシできてるから一緒に食おうぜ!」
「お前もまだ食ってなかったのか?」
「おう! 亮介と一緒がいいから待ってたんだ」
ゼノがにこにこと当然のように言ってのける。
いつもならとっくに食事を済ませている時間にもかかわらず、ゼノは一切手を付けずに亮介を待っていたらしい。
ゼノがこうしていじらしいことをするものだから、亮介はまるで大きな犬でも相手にしているかのような気分になるのだ。
ゼノの分とは別に用意された辛さ控えめの麻婆豆腐にありつきながら、亮介は自分の仕事のことについて話していた。
「半勃起?」
「繁忙期だ」
レンゲを片手に首を傾げるゼノに、なるべくやさしい言葉を選んで説明する。
「要するに、仕事が忙しくなる時期ってことだな。来月まではこういう日が続くと思ってくれ」
決算期である九月の後半は、世の中の銀行員が最も多忙を極める時期だ。
現在銀行に勤めている亮介も例に漏れず仕事に追われ、慌ただしい日々を過ごしていた。
「そうなのかあ……」
「ああ。だから、夕飯も無理して待ってなくていいぞ」
食事が遅れれば、その分床に就くのも遅くなってしまうだろう。
淫魔にとって睡眠は必須ではないらしいが、それでも自分のせいでゼノの生活リズムを崩してしまうのは気が咎める。
ただでさえゼノは朝早く起きて弁当を用意してくれているのだし。
「そうだ、今日の弁当!」
そこまで考えて、あのラブリーな弁当を思い出した亮介は思わず声を上げる。
「お、美味かっただろ? ちょっとは番契約したくなったか?♡」
「そりゃあ美味かったが、ああいう可愛らしいのはやめてくれ。後輩に見られて気まずかったんだぞ。あと番契約はしない」
見られたのが噂好きの女子社員だったらと考えると血の気が引く。
彼女たちに目撃されようものなら、あっという間に尾ひれ付きの噂が係全体に広まっていたことだろう。
「えー、いいじゃん! ちゃんと愛妻弁当だって説明しといてくれたか?」
「するわけないだろ。同居人だって言っておいたよ」
亮介の言葉に、ゼノが「ちぇー」と不満げな声を漏らす。
食事を終えた亮介が風呂から上がる頃にはもう日付が変わっていて、寝て起きればまた仕事が待っているのだと思うと憂鬱な気分になった。
亮介のベッドで眠るのがすっかり習慣になっているゼノが今夜も潜り込んでくる。
もはや注意する気も起きず、亮介は特に拒否することなくそれを受け入れた。
「おやすみ」
さすがに疲れていたようで、布団に入ってすぐに眠気がやってくる。
抗うことなく瞼を閉じると、次の瞬間には眠りに落ちていた。
そうしてどれくらいの時間が経っただろうか。亮介はベッドの軋む音と体に伝わる振動で不意に目を覚ました。
「ん……。ゼノ?」
「っ、は……♡悪ぃ、起こしちまったか?♡」
亮介と背中合わせの体勢で横になっていたゼノが振り向く。
「お前、何して……」
その艶やかな表情と熱い吐息に、亮介は言いかけていた言葉を飲んだ。
「今日一回もセックスしてねえから、んっ♡マンコ疼いちまって……♡」
ゼノが身じろぐたびにくち、と濡れた音が響く。
たしかにゼノが来てからは毎晩のように行為に及んでいたが、今日は疲労のあまりそんな余裕もなく早々に眠ってしまった。
ゼノはせっかく亮介を待っていてくれたのに、帰ってからの会話も素っ気なかったかもしれない。
「ほったらかして悪かった。……今からするか?」
「んーん、今日はいいよ。お前も疲れてるだろ?」
ゼノがいつもより落ち着いたトーンであやすように言う。少し掠れた声がそっと耳をくすぐるようだ。
「そうだな……。じゃあそれだけでも手伝わせてくれ」
「それ……?って、いやいや! マジで大丈、ッんぅ♡」
亮介が背後から秘部に手を伸ばすと、ゼノが慌ててその手を阻止する。
「ほら、手離せ」
「ちょ、やめ……! あっ♡」
ゼノの手を振り切ってすでに濡れそぼったそこへゆっくりと指を沈める。
「んぁっ♡んッ♡あ~っ♡」
「もう少し浅いところのほうがいいか?」
「あっ、そこっ!♡そこ好きぃ♡んぉッ♡」
指をフックのように折り曲げてGスポットを引っ掻いてやると、膣内がきゅうっと収縮して亮介の指を締め付けた。
「ん゛ぅ♡今日は♡オナニーだけって決めてたのにっ♡あ゛ぁッ♡」
「そうなのか? なんで?」
無意識のうちに快感を求めているのか、ゼノの脚が徐々に開いていく。
「だって♡ほひッ♡亮介つかれてるから……♡ん゛~っ!♡」
ゼノは亮介に無理をさせないよう、火照った体を自ら鎮めようと努めていたのだ。
健気にそう訴えるゼノを見ていると、なぜかどうしようもなく胸が詰まって、気付けば空いた片手でゼノの頭を撫でていた。
「あッ♡頭っ♡おほぉ゛~っ!♡イクイク♡イっちまうぅ゛♡」
「よしよし、手マンでアクメしような」
「らめ♡ぎもちぃ゛♡イグ♡イグ♡イグ~ッ!♡」
ゼノが絶頂を迎えると同時に膣内が激しくうねる。
指を引き抜きそのまましばらく秘部を揉んでやると、ゼノはびくびくと痙攣しながら余韻に浸っていた。
「はい、おしまい」
仕上げのようにぽんぽんと秘部を叩くと、体をこちらへ向けたゼノが息を整えながらキスをねだる。
「ん、すっきりしたか?」
「うん♡気持ちよかった……♡」
甘えるように擦り寄るゼノの少し低い体温が心地よい。
二人はしばらくのあいだそうして触れ合ったあと、ゆっくりと意識を手放した。
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