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ジャスティン 6 夢ではない 1

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 シャロンと密着して幸せな時間を過ごしていた。
 それなのに、無粋過ぎる邪魔が入る。

「この痴れ者が! 今度はなにをしでかした!」

 ずかずかと、とても一国の主とは思えない足音を立てながら乱暴に扉を開けて部屋に入ってきた父は、羽毛の肌掛けを強引に剥ぎ取った。おかげでシャロンの胸を堪能しているところをしっかりと目撃されてしまったが、もう開き直るしかない。
「父上、至福の時を邪魔しないでください」
「お前は……婚約者とは言え未婚の娘を寝所に連れ込むとは……」
 父は深いため息を吐く。
「シャロンもシャロンだ。淑女に有るまじき行為だと自覚しておるな?」
 父の言葉に、シャロンの体がびくりと震えるのを感じた。
「父上、俺のシャロンを怯えさせないでください。クラウド夫人の虐待ですっかり気が弱くなってしまっています」
 あれは完全に虐待だった。できる限り重い罰を与えてやりたいと思ってはいるが、既にシャロンが自力で報復していたような気もしてしまう。
 長年見下してきたシャロンがアレクシス顔負けの怪力持ちだなんて夢にも思わなかっただろう。
「クラウド伯爵家の別邸が物理的に崩壊したのはお前の仕業が?」
「ええ。そうです」
 シャロンはなにも悪くない。ジャスティンがもっと早く気づいていればシャロンがあんなことをする必要もなかった。
「テンペスト侯爵家からもシャロンが暴行事件を起こしたと抗議があった」
 シャロンとジャスティンを見比べ、さっさと離れろとジャスティンの腕を引きながら父は言う。
「クラウド夫人が、俺がシャロンに贈った品物をなにかと理由をつけて没収し、テンペスト侯爵令嬢に横流ししていたようです。理由は調査中なので……とりあえず宝石商を呼びます。今までの分を含めてシャロンに似合う物を買いそろえます」
「……お前に判断を任せれば一瞬で国庫が空になる。ただでさえ……アレクシスが壊した品々の修繕と補充が終わっていないのだぞ?」
 元はと言えば父がシャロンとの結婚を先延ばしにしたのが悪いのだと言うのに、彼はその事実を棚に上げてしまっている。
「殿下、私、宝石はいりません」
「は? だって、お前、耳飾りを取り戻したくてクラウド夫人のところへ行ったんだろ? 新しい耳飾りをいくらでも買ってやる」
 どうせ国王の言葉で不安になって我慢しようとしているだけだろうと思ったのに、シャロンはただ首を振る。
「あの耳飾りが……美味しそうな色で気に入っていたのです」
「……わかった。王都で流行の飴を詰め合わせて贈ってやる」
 どうせ飴みたいな見た目だったとでも言いたいのだろうと、少し不満に思いながらも、幼い頃のシャロンはキャンディが好きだったと思い約束する。
 やはり、飴の方が嬉しいのだろう。宝石を買ってやると言ったときより顔色が明るくなった。
「約束、ですよ?」
 ふふっと笑うシャロンに驚く。
 こんなに自然に笑ってくれるのはいつぶりだろう。
「シェリー……俺のシェリーが帰ってきた……」
 思わず力一杯抱きしめる。
「あの、殿下?」
「もうやだ。離さない」
「あの、困ります……」
 やんわりと胸を押し返そうとする手。
 その手が、思ったよりも力ないことに驚いた。
 クラウド伯爵家の別邸で見せたあの怪力を思うとジャスティンのことなど簡単に吹き飛ばしてしまいそうなのに。
「ジャスティン、お前はもう少し王位継承者の自覚を持て」
 父は大きな溜息を吐く。けれども既に諦めているような視線を向けていた。
「シャロンと結婚出来ないなら王位なんてなんの意味もありません」
 ひと目見た瞬間からジャスティンの人生はシャロンが中心だった。
 勉強を頑張れたのだってシャロンにいいところを見せたいから。けれども、どうしても彼女の前ではただの悪ガキみたいな振る舞いになってしまう。それでも、シャロンはそんなジャスティンを受け入れてくれた。
「結婚式は先でも構いません。今すぐシャロンと結婚したい。書類上だけでも夫婦になりたい」
「……シャロン、本当にこれでいいのか?」
 最早息子は失敗作と言わんばかりの父がシャロンに問う。
 問われたシャロンは少しだけ困惑を見せ、それでもジャスティンの背を優しくさすってくれる。まるで落ち着けとでも言うようだ。
「私は……とても幸せに思います」
 少し悩んだシャロンが口にしたのはそんな言葉だった。
「……そうか……。またアレクシスが暴れないかが不安ではあるが……シャロンが受け入れるのであれば……契約書をしっかりと用意しておこう。シャロンには重大な役目がいくつかある」
 またシャロンを利用する気かと、ジャスティンは父を睨んだ。
 しかし彼の口は止まる気配を知らない。
「役目、でしょうか?」
 シャロンは困惑したようにジャスティンから手を離し、それから解放しろと胸を手で押した。
 渋々離れ、彼女の手を握れば緩やかに握り返される。
 あれだけ金属や壁を壊したというのに傷ひとつない肌は滑らかで柔らかい。
「ジャスティンが仕事を放棄しないように見張ること。アレクシスがこれ以上事件を起こさないように見張ること。それから……細かいことは文書にまとめよう」
「……絶対にシャロンに不利な条件を作る気だぞ? シャロン、契約書に署名するときは絶対にアレクシスを同席させろ」
 長年の経験から理解している。父は息子にだって容赦なく自分が有利になる契約書を書かせる。
「人聞きの悪い。シャロンを騙すようなことがあれば国が地形ごと消滅するに決まっているだろう」
 さすがにそれは大袈裟だろう。
 そう思ったが、アレクシスの暴れ方を見れば断言することが出来ない。
「あくまで書類上のみだ。まだ公の場では婚約者として振る舞ってくれ」
 渋々と、それでも懐から書類を取り出す。
 まさか、と驚いた。
「常に持ち歩いていたのですか?」
「……まあな」
 既にシャロンの父とアレクシスの署名が入った書類は、シャロンとジャスティンが署名するだけで結婚証明書となる。
 意外だった。
 てっきりアレクシスは最後の最後までごねて署名しないものだと思っていたが、妹のことが本当にかわいいのだろう。ジャスティンに対しては敵意を剥き出しにしているくせに、認められているような気がして胸の奥が熱くなる。
「……アレクシスに礼を言わないとな」
「その前にテンペスト侯爵家の問題を片付けろ。カラミティー侯爵家宛てに損害賠償請求を出すぞ」
「クラウド伯爵家ならまだしもなぜテンペスト侯爵家が?」
 コートニー・テンペスト絡みだろうと予測は出来るが、どんな言いがかりをつけてくるのだろう。
 問題はまだまだあるが、父の気が変わらないうちに書類を奪い取り、素早く署名を済ませ、シャロンにペンを渡す。
「シャロン。俺の妻は一生お前だけだと誓う。絶対に妾も取らない。だから……署名しろ」
 肝心なときに悪ガキの部分が出てしまう。
 どうして惚れた女相手にもっとマシなことが言えないのだろう。
 自分が情けなくなった。
 けれどもシャロンはペンを受け取り、それから涙の滲む目で小さく「はい」と答えた。
 時間が止まったように感じた。
 シャロンの白い手がペンを持ち、書類に線を引く。
 たぶん数秒にも満たない時間だった。けれどもジャスティンの目にはその光景が連続した絵画のように細かく区切られて見えた。
 クセの少ない美しい文字は活字にも劣らない。
 一切の迷いを感じさせない署名を刻み、シャロンは書類を王へ戻した。
「……カラミティー侯爵家への説明は、自分でしなさい」
 父は咳払いをして、一番の厄介ごとをジャスティンに押しつけた。
 それでも。
 シャロンと夫婦だと認められた。
 たったそれだけの事実が胸の奧を震わせる。
「シャロン、これでお前は一生俺から離れられないな」
「……はい」
 手を取って指先に口づける。
 薔薇色に染まる頬が、幼き日恋に落ちた姿と重なった。
 いつの間にか立ち去った父は今、なにを考えているのだろう。
 ジャスティンをこき使うための切り札を失ってしまったと惜しんでいるのだろうか。
 けれどもそんなことはどうでもいい。
 今はただ、この幸せを噛み締めたい。
 ジャスティンはしっかりとシャロンを抱きしめ、夢ではないことを祈った。
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