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第三章
泥を被るのは
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『直接関わる機会なんて、なかったものね』と考えていると、リディアが口元に手を当てる。
「とりあえず、ギフトの『分身』を使ってくれる?」
「えっ?」
何故ここでそのギフトの名前が出てくるのか分からず、私は目を白黒させる。
妖精結晶があるとはいえ、ギフトの同時発動なんてしたら直ぐに力を使い切ってしまうから。
つまり、『嘆きの亡霊』によって呼び出せたリディアと長く話せなくなるということ。
『せっかく会えたのに、それは……』と渋る私の前で、リディアはスッと目を細めた。
「いいから、早く。さすがに本体へ憑依する訳には、いかないでしょう」
「!!」
つまり、分身体に憑依出来るってこと!?なら!
『スキンシップも取れるかも!』と目を輝かせ、私はギフト『分身』を発動。
これは自分そっくりの存在を作り上げる能力で、知識や身体能力なども全く同じ。
また、幻ではなく実体ありなので触れ合うことだって出来た。
自身の影からコポコポと音を立てて出てくる分身体を前に、私はちょっとワクワクする。
『無事に憑依出来たら、まずは何をしよう』と浮き立つ中、私……というか、リディアそっくりの分身体が完成。
身長も体重もバッチリ再現されているソレに、リディアは手を翳した。
かと思えば、何やらブツブツと呪文を唱える。
「……古代魔導か」
独り言のようにボソッと呟いた兄は、物珍しげにリディアを見つめた。
『早すぎて、聞き取れない……』とボヤく兄に、リエート卿がコテリと首を傾げる。
「古代魔導って、なんだ?」
「大昔にあった魔法だよ。特定の言葉を発するだけで、誰でも発動可能ってやつ」
『効果内容は多分、僕達の魔法とあまり変わらない』と補足する兄に、リエート卿は目を剥いた。
「えっ?魔力なしでも?」
「ああ。この魔法に魔力は使わないからな」
「マジかよ!超便利じゃん!」
興奮したように頬を少し赤くして、リエート卿はリディアの口元を凝視する。
────と、ここでリディアの体が大きく揺らぎ、霧を纏って消えた。
かと思えば、棒立ちしていた分身体がピクリと反応を示す。
どうやら、憑依は無事成功したようだ。
「分身体を用意してくれて、ありがとう」
「いいえ、どういたしまして。それより、ちょっと話を……」
『話をしましょう』と続ける筈だった言葉は、突如出現した結界によって遮られた。
身の周りを囲うように展開されたソレのせいで、私は身動きが取れない。
『えっと……ソーシャルディスタンスってこと?』と困惑していると、リディアが追加でもう一つ結界を張る。
本体の能力を全てコピーしているから、魔法が使えることは知っているけど、これは……。
初めて使う筈の魔法を巧みに操るリディアに、私は度肝を抜かれた。
『私より全然上手だわ』と目を見張る中、彼女はクルリと身を翻す。
「それじゃあ、そこで大人しくしていて」
ちょっと癖毛がかった紫髪を手で払い、リディアは歩を進めた。
迷いの足取りで魔王に近づいていく彼女を前に、私は嫌な予感を覚える。
「り、リディア!待って!何を……!?」
半透明の結界に両手をつき叫ぶと、リディアは顔だけこちらを向いた。
かと思えば、
「泥を被るのは、私一人で充分よ」
と言い、魔王の手を握る。
どんどん嫌な予感が膨らんでいく私を他所に、リディアは────ギフト『共鳴』を発動させた。
「待って……!ダメ!止めて!」
『私の代わりになるつもりなんだ!』とようやく気づき、何とか結界を打ち破ろうとする。
だが、しかし……風で切り裂くことも、燃やし尽くすことも出来なかった。
『強度が高すぎる……!』と顔を歪める中、私は呆然としている兄達へ目を向ける。
「お兄様、リエート卿、レーヴェン殿下……!リディアを止めてください!お願いします!」
縋るような……祈るような気持ちで頼み込むと、兄達はハッとしたように目を剥いた。
と同時に、リディアへ手を伸ばす。
が、のらりくらりと躱され、魔法で突き飛ばされる。
まあ、ちゃんと加減はしているようで三人とも無傷だが。
「チッ……!こうなったら、魔法や剣も使って全力で止めに行くぞ」
「ああ。多少手荒になってもしょうがないな、これは」
「そうだね。でも────まずはコレをどうにかしないと、ダメかな」
コツンッと半透明の壁を叩き、レーヴェン殿下は苦笑を漏らす。
「いつの間にか、結界で閉じ込められてしまったようだ」
「アカリでも苦戦する結界となると、破壊するのは骨が折れますね」
「んじゃ、いっそ俺のギフトを使うか?」
『今こそ、聖剣の出番だろ』と言い、リエート卿は自身の手首に噛み付く。
そして自身の血を地面に垂らすと、何やら呪文を唱え────真っ白な剣を顕現させた。
ソレで結界を切り、無事脱出。私の方も何とか破壊してくれた。
これで全員自由の身である。
『とにかく、リディアのところへ!』と思い立ち、私は紫髪の美女の元に駆け寄った。
「お願い、リディア!やめて……!」
「どうして?私はもうどうせ、死んでいるもの。魔王と共に天へ昇っても、別に問題ないわ」
「それを言うなら、私だって……!」
既に一回目の人生を終えた身の上であるため、私は『貴方こそ生きるべきよ!』と強く思う。
「私が魔王をあの世まで連れていくわ!だから、リディアは自分の体に憑依し直して!体さえあれば、何とかなるんでしょう!?」
────かつての私がそうだったように。
グッと強く手を握り締め、私は大きく深呼吸した。
聖剣使用により倒されたリエート卿や難しい顔つきの兄を一瞥し、リディアに向き合う。
「私はもう充分生きたわ。掛け替えのない時間をもらった。だから、ここから先は本来の体の持ち主であるリディアが……」
「お断りよ」
一瞬の躊躇いもなく拒絶の言葉を吐き、リディアは魔王の手を強く握り締めた。
絶対にやめない、とでも言うように。
幾つもの鎖が魔王とリディアの体を……運命を繋げていく中、私は堪らず手を伸ばした。
が、新しく張ったであろう結界に弾かれる。
「ど、どうして……?もう家族との確執はないのよ?きっと、皆リディアを歓迎してくれるわ」
『もう何も心配は要らないんだよ』と諭す私に、リディアはチラリと視線を向けた。
かと思えば、スッと目を細める。
「……ええ、そうね。アカリが全部解決してくれたから、きっと楽しい人生を送れると思うわ」
「なら……」
「でもね、貴方の居ない世界に執着しても意味がないの」
どことなく柔らかい表情を浮かべながら、リディアはそう言い切った。
────と、ここで魔王との同調を終え、『共鳴』が完成する。
と同時に、妖精結晶のブレスレットが紐を除いて消滅した。
恐らく、効果を使い切ったのだろう。
嘘……!?こんなタイミングで……!これじゃあ、ギフトの発動維持が……!
まだリディアに言いたいことや聞きたいことがたくさんあるのに、時間切れを余儀なくされる。
『嗚呼、こんな時に限って……!』と焦りを覚える私の前で、リディアは魔王の手を離した。
かと思えば、結界を解き、こちらに向き直る。
「アカリ、貴方は私の人生において最大の幸福なの」
タンザナイトの瞳をうんと細め、リディアは優しく私の頬を包み込んだ。
「とりあえず、ギフトの『分身』を使ってくれる?」
「えっ?」
何故ここでそのギフトの名前が出てくるのか分からず、私は目を白黒させる。
妖精結晶があるとはいえ、ギフトの同時発動なんてしたら直ぐに力を使い切ってしまうから。
つまり、『嘆きの亡霊』によって呼び出せたリディアと長く話せなくなるということ。
『せっかく会えたのに、それは……』と渋る私の前で、リディアはスッと目を細めた。
「いいから、早く。さすがに本体へ憑依する訳には、いかないでしょう」
「!!」
つまり、分身体に憑依出来るってこと!?なら!
『スキンシップも取れるかも!』と目を輝かせ、私はギフト『分身』を発動。
これは自分そっくりの存在を作り上げる能力で、知識や身体能力なども全く同じ。
また、幻ではなく実体ありなので触れ合うことだって出来た。
自身の影からコポコポと音を立てて出てくる分身体を前に、私はちょっとワクワクする。
『無事に憑依出来たら、まずは何をしよう』と浮き立つ中、私……というか、リディアそっくりの分身体が完成。
身長も体重もバッチリ再現されているソレに、リディアは手を翳した。
かと思えば、何やらブツブツと呪文を唱える。
「……古代魔導か」
独り言のようにボソッと呟いた兄は、物珍しげにリディアを見つめた。
『早すぎて、聞き取れない……』とボヤく兄に、リエート卿がコテリと首を傾げる。
「古代魔導って、なんだ?」
「大昔にあった魔法だよ。特定の言葉を発するだけで、誰でも発動可能ってやつ」
『効果内容は多分、僕達の魔法とあまり変わらない』と補足する兄に、リエート卿は目を剥いた。
「えっ?魔力なしでも?」
「ああ。この魔法に魔力は使わないからな」
「マジかよ!超便利じゃん!」
興奮したように頬を少し赤くして、リエート卿はリディアの口元を凝視する。
────と、ここでリディアの体が大きく揺らぎ、霧を纏って消えた。
かと思えば、棒立ちしていた分身体がピクリと反応を示す。
どうやら、憑依は無事成功したようだ。
「分身体を用意してくれて、ありがとう」
「いいえ、どういたしまして。それより、ちょっと話を……」
『話をしましょう』と続ける筈だった言葉は、突如出現した結界によって遮られた。
身の周りを囲うように展開されたソレのせいで、私は身動きが取れない。
『えっと……ソーシャルディスタンスってこと?』と困惑していると、リディアが追加でもう一つ結界を張る。
本体の能力を全てコピーしているから、魔法が使えることは知っているけど、これは……。
初めて使う筈の魔法を巧みに操るリディアに、私は度肝を抜かれた。
『私より全然上手だわ』と目を見張る中、彼女はクルリと身を翻す。
「それじゃあ、そこで大人しくしていて」
ちょっと癖毛がかった紫髪を手で払い、リディアは歩を進めた。
迷いの足取りで魔王に近づいていく彼女を前に、私は嫌な予感を覚える。
「り、リディア!待って!何を……!?」
半透明の結界に両手をつき叫ぶと、リディアは顔だけこちらを向いた。
かと思えば、
「泥を被るのは、私一人で充分よ」
と言い、魔王の手を握る。
どんどん嫌な予感が膨らんでいく私を他所に、リディアは────ギフト『共鳴』を発動させた。
「待って……!ダメ!止めて!」
『私の代わりになるつもりなんだ!』とようやく気づき、何とか結界を打ち破ろうとする。
だが、しかし……風で切り裂くことも、燃やし尽くすことも出来なかった。
『強度が高すぎる……!』と顔を歪める中、私は呆然としている兄達へ目を向ける。
「お兄様、リエート卿、レーヴェン殿下……!リディアを止めてください!お願いします!」
縋るような……祈るような気持ちで頼み込むと、兄達はハッとしたように目を剥いた。
と同時に、リディアへ手を伸ばす。
が、のらりくらりと躱され、魔法で突き飛ばされる。
まあ、ちゃんと加減はしているようで三人とも無傷だが。
「チッ……!こうなったら、魔法や剣も使って全力で止めに行くぞ」
「ああ。多少手荒になってもしょうがないな、これは」
「そうだね。でも────まずはコレをどうにかしないと、ダメかな」
コツンッと半透明の壁を叩き、レーヴェン殿下は苦笑を漏らす。
「いつの間にか、結界で閉じ込められてしまったようだ」
「アカリでも苦戦する結界となると、破壊するのは骨が折れますね」
「んじゃ、いっそ俺のギフトを使うか?」
『今こそ、聖剣の出番だろ』と言い、リエート卿は自身の手首に噛み付く。
そして自身の血を地面に垂らすと、何やら呪文を唱え────真っ白な剣を顕現させた。
ソレで結界を切り、無事脱出。私の方も何とか破壊してくれた。
これで全員自由の身である。
『とにかく、リディアのところへ!』と思い立ち、私は紫髪の美女の元に駆け寄った。
「お願い、リディア!やめて……!」
「どうして?私はもうどうせ、死んでいるもの。魔王と共に天へ昇っても、別に問題ないわ」
「それを言うなら、私だって……!」
既に一回目の人生を終えた身の上であるため、私は『貴方こそ生きるべきよ!』と強く思う。
「私が魔王をあの世まで連れていくわ!だから、リディアは自分の体に憑依し直して!体さえあれば、何とかなるんでしょう!?」
────かつての私がそうだったように。
グッと強く手を握り締め、私は大きく深呼吸した。
聖剣使用により倒されたリエート卿や難しい顔つきの兄を一瞥し、リディアに向き合う。
「私はもう充分生きたわ。掛け替えのない時間をもらった。だから、ここから先は本来の体の持ち主であるリディアが……」
「お断りよ」
一瞬の躊躇いもなく拒絶の言葉を吐き、リディアは魔王の手を強く握り締めた。
絶対にやめない、とでも言うように。
幾つもの鎖が魔王とリディアの体を……運命を繋げていく中、私は堪らず手を伸ばした。
が、新しく張ったであろう結界に弾かれる。
「ど、どうして……?もう家族との確執はないのよ?きっと、皆リディアを歓迎してくれるわ」
『もう何も心配は要らないんだよ』と諭す私に、リディアはチラリと視線を向けた。
かと思えば、スッと目を細める。
「……ええ、そうね。アカリが全部解決してくれたから、きっと楽しい人生を送れると思うわ」
「なら……」
「でもね、貴方の居ない世界に執着しても意味がないの」
どことなく柔らかい表情を浮かべながら、リディアはそう言い切った。
────と、ここで魔王との同調を終え、『共鳴』が完成する。
と同時に、妖精結晶のブレスレットが紐を除いて消滅した。
恐らく、効果を使い切ったのだろう。
嘘……!?こんなタイミングで……!これじゃあ、ギフトの発動維持が……!
まだリディアに言いたいことや聞きたいことがたくさんあるのに、時間切れを余儀なくされる。
『嗚呼、こんな時に限って……!』と焦りを覚える私の前で、リディアは魔王の手を離した。
かと思えば、結界を解き、こちらに向き直る。
「アカリ、貴方は私の人生において最大の幸福なの」
タンザナイトの瞳をうんと細め、リディアは優しく私の頬を包み込んだ。
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