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第一章.美女と熊と北の山

9.初任給の使い道

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「おーかーねーだー」 
 あれから、せっせせっせと特級傷薬を創薬し、店に置いてもらって売ってもらった。普通の傷薬より大分高い価格設定にしたのに、飛ぶように売れた。村の全家庭が買ってくれたという噂だ。あんまり売れたから、しばらくは同じ薬は売れないだろう。 
 だから、新しい別の薬を開発というか、キーリーに認可してもらわないといけないが、それより前にこのお給料でやりたいことがある。

「お父さーん、お母さーん、初任給だよー。何か欲しい物はない?」 
 昼食で3人揃ったので、ウキウキ聞いてみると、2人ともテンション低め。 
「お父さんはヤメロ」 
「お姉さんだから」 
 どうでもいいところで、引っかかってた!
「初めてのお給料は、親孝行に遣うのがお約束なの! 私のリアル両親は、いるかどうかからわからないんだから、今日くらいお父さんとお母さんになってよー」
「「う゛っ」」 
「もしかして、前の私に、私の両親の話を聞いて知ってる? わかるなら、そっちにも親孝行に行かなきゃだけど、記憶ないまま帰って大丈夫かな? 記憶喪失って、親孝行じゃないよね???」 
 全く考えて来なかったが、私がシャルルになる前から、2人はシャルルの知り合いだ。私がシャルルの記憶を思い出したり、シャルルを見つけて入れ替わったりするより、2人に聞いた方が早いだろう。
 努力? 知らんしらん。
「ごめんなさいね。ルルーの囲い込みに必死で、あんまり話したことがないんだよ」 
「聞けないよな。明らかに嫌がってたからな。出会う前の話全般」 
「嫌な過去なのか。知りたくないな」 
 私はド貧乏だったし、なかなか衝撃的な父との別れを経験している。まあまあ酷い経験の記憶もポロポロあるけれど、ネタとして話せないほどではない。当時は、ツラくてそれどころじゃなかったけれど。 
「知られたくないだけで、内容がひどい訳ではないかもしれないし、話すのが面倒だっただけかもしれない。俺たちが嫌だっただけかもしれないし、わからないぞ?」 
「嫌な訳ないでしょう。今、大好きなのに」
 こんなに甘い2人を嫌いになるなんて、ある訳ないだろう。妬ましいとか、ムカつくとかは、ないではないけれど。
「!!」
「よし、今日はお父さんだ。ただし、今日だけだぞ」
「やったー! お父さん、デート行こ」
 テンションのままにキーリーに飛びつき、腕を引っ張って外に出た。 
「わたしも、お母さん。今日だけ!」
 ジョエルもついてきたので、ジョエルも引っ張って連れて行く。この村には店は1つしかない。行くところは、決まっている。 

「と言ってもなぁ、急に言われても、欲しい物とかないんだが。お父さんなら、娘のチューとかでいいんじゃないか? タダだし」 
「亭主、浮気するなら、死にな」
 ジョエルは、冷めた顔でナイフを構えた。
「むっ娘の金を搾取しないでプレゼントをもらう方法を考えただけだろ」
 ちょっとしたプレゼント企画で、死人が出そうです! この2人の間には、そっちの愛はないと信じていたのに、読み間違えていた。あわわわわわ。
「消え物は切ないし、何か役に立つ物とかあったらいいな、って思ったんだけど、そんなことする前に、生活費返した方が良かったかな?」
「「プレゼント欲しい」」
 気を遣われてる感が、ハンパない。欲しい物ないって言ったじゃん。今の今、言ったじゃん。そうだよねー、私を養う余裕があるんだもの。欲しい物は全部持ってるのか。うーん、難しいな。
 結局、その日は、何も買えなかった。お父さんお母さんは、1日限りの約束だったのに。


 行商のおじさんが村に来た。たまに来るおじさんらしく、私は初対面だが、むこうは私を知っている人だった。
 冒険者を名乗る人は、冒険者ギルドというのに加入しているそうだけど、ギルドはそこそこ大きな街にしかない。だから、地方に住んでる冒険者は、行商を通して連絡を受けたり、依頼を受けたりするらしい。 
 この村の冒険者は、私たちしかいない。この村に来る行商人には有名人なのだろう。主にジョエルが。私は、大体いつでもジョエルのセット販売だ。

「おじさん、おじさん。おじさんは、何を売ってる人?」 
「シャルルちゃん、こんにちは。可愛い髪飾りはどうかな? 洋服も持ってきたし、お菓子もあるよ」
 今欲しいのは、保護者へのプレゼントと、薬草の鉢植えと、創薬レシピだ。私用の何かなどいらない。ジョエルなら、服や装飾品もアリかもしれないけれど、センスに自信がないので、喜んでもらえるビジョンが見えない。 
「そっかー。それは今は足りてるの。おじさん、熊好き?」
「熊? 出会ったら怖いし、あんまり好きじゃないかな」 
 買う物ないし、熊も売れないようだ。特に用のないおじさんだったね。
「くぉら、シャル。知らないおじさんと話しちゃダメって、いつも言ってるだろう!」 
 めっちゃ遠くから、キーリーが走ってきた。村の中なら自由にしていいと思っていたのだが、違ったらしい。 
「知ってるおじさんだよ。忘れちゃったけど。プレゼントのヒント、何かないかな、って思って、2人より先に接触したんだよ」 
「忘れちゃったおじさんは、知らないおじさんだろ! オーランドはダメだ。誘拐される」
「忘れられちゃったのか。誘拐しないから、変なこと言うのはやめてくれないかなぁ」 
 キーリーの話とおじさんの話、どっちを信じたらいいのか、判断がつかないね。困ったな。
「シャルルちゃんを誘拐したら、ジョエルさんが高ランク冒険者を男女問わず片っ端から籠絡して手先にして、地の果てまで追ってくるだろう? 割りに合わないよ」 
 うわ。ジョエル怖い。おじさんに1票かな?
「ジョエルが動く前に、シャルルがうっかり誘拐犯を八つ裂きにする方がありそうだけどな」
 うっかり! 
「え?」 
「普段はふわふわしてるけど、モンスターにやられて死にかけてるジョエルを助けたのは、シャルルだから。助けられたジョエルも瀕死に追い込んだし、シャルルの方が、手加減を知らないからエグいぞ」
 そっか。手加減を覚えたら、そよ風かカマイタチかの2択じゃないバリエーションが生まれるかもしれないね。 
「そんなことより、おじさん、薬草持ってない? 薬草の情報でもいいんだけど」 


「ジョエルー。温泉行こう!」
 夜勤で村の門番をして、朝から寝ているジョエルにダイビング・ボディ・プレスをお見舞いした。どんな状況でも、物音1つで飛び起きるのが冒険者だって言ってたけど、衝撃を受けた方が起きるに違いない。
 が。 
「に゛ゃあぁあぁあーーー!」 
 ジョエルに抱き潰された。痛い痛い痛い痛い! ジョエルは寝たままだ。起きろ! 気付け!!
「ジョエル、シャルがピンチだぞ。起きろ」
 後からきたキーリーが、ドアのところで何か言っている。何故、そこに立ちっぱなしだ。助けろ!
「ルルー?」 
 あ、ジョエルが起きた。助かった。。。
 キーリーが、骨のチェックをしてくれた。私は、骨折せずに済んだらしい。解放された今も、あちこち痛い。だけど、ワンパン熊殺しのジョエルにかかって、生きているだけ良かったのだろう。死んで元に戻れるなら、それもいいかもしれないが、確証もない上に勝手に死んでしまっては、シャルルに申し訳なさすぎる。 
「冒険者は、ちょっとした物音で飛び起きるんじゃなかったのか」
「俺は起きるけどな。ジョエルは、寝たままモンスター倒すから」
「私は、モンスターに食べられても寝てるかな」 
「そうだな。皆それぞれだな」 

「それで、寝てるところにやってきて、何の用事?」 
 部屋の隅で正座させられてるジョエルは、とても不機嫌そうだ。それはそうだ。叩き起こされてのこの仕打ち。可哀想すぎる。 
「あ、あのねあのね。温泉連れてって欲しいなって思って。温泉でお肌すべすべになったら、ジョエルもまた一層美人になるでしょ?」
 一生懸命、ゴマをする。キーリーの許可はもう取ったので、ジョエルの許可さえあれば、温泉旅行決定だ。日頃、なんでも夢を叶えてくれると言ってるんだから簡単だったハズだが、自分で無駄に機嫌を損ねたので、頑張らないといけない。 
「これ以上、美人になっても迷惑だ」
 ああ、失敗した。私とキーリーは、ジョエルが美人な方が何かと便利だが、本人はモテることに飽きあきしてる人だった! 忘れてたー。 
「シャルは、ジョエルと一緒に温泉つかりたいんだってさ」 
 キーリーが、余計なことを言った。
「え? 一緒に??? まぁ、いいけど」 
「「いいのか?!」」 
 え? いいよね、別に。よくは知らないけど、海外の温泉って、水着着用だったハズだ。まさか、大昔の日本の混浴形式じゃないよね。あれ? ジョエルの水着って、どっちよ。 
「やっぱり嫌だ。胸の膨らみのないジョエルの身体なんて見たくない」
「よし、期日までに膨らませてこようじゃないか!」 
「ヤメロ。これ以上、ややこしくなるな」


 なんやかやがあって、温泉に行くことになった! 
 温泉街までは、村人に借りた馬で行く。徒歩だと野宿が必要になるけれど、馬だったら途中の町までは1日以内に着くので、野宿なしで行けるらしい。ジョエルに抱き潰された私は、ジョエルと同じテントで寝るのは、怖くてたまらない。町の宿で寝る方が絶対にいい。 

「なんで馬が2頭なの?」
「ルルーは、1人で乗れないからだよ」
 冒険者なのに!   ホントになんなんだ、シャルル!
「じゃあ、せめてキーリーと乗る。ジョエルは抱き潰してくるから、怖い!」
「やめて、俺もジョエルが怖いから、ジョエルと乗って」 
「裏切り者!」
「シャルルも可愛いけど、俺は自分が1番可愛い。許せ」 
「大丈夫だよ。起きてる間は、絶対にやらないと誓うから」
 寝てる間は、誓えないんだね。嘘偽りは、なさそうだ。 
「そいつ、寝てても馬を走らせられるから、気をつけてー。じゃ」 
 キーリーは、先に馬に乗って行ってしまった。温泉に行きたいなら、もう選択肢はない。覚悟を決めよう。
「疲れても、絶対に寝ないでね」
「約束する。そんなもったいないことしないよ」

 偉そうに言っているが、私は、1人で馬に跨ることすらできない。ジョエルは、ひょいと私を馬に乗せ、格好良く後ろに飛び乗る。
 「ひっ、ジョッジョエル? 馬、高っ。ゆ、揺れる。落ちるっ。いやっ。走るなーーーー!!  ぎゃーーーー!」
  折角、前に乗せてもらったのに、私は景色を楽しむこともなく、後ろを向いてジョエルにくっついて、悲鳴をあげ続けていた。疲れた。誰だよ、出かけようなんて言ったヤツ。
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