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第五章.空虚無用
64.家出か誘拐か
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私は、家出をした。
家出のお供は、タケルと行商のおじさんだ。護衛と常識人のセットだ。完璧だ。
家出と言ったが、別に何が不満だった訳でもない。行商のおじさんに毛染め剤を卸すついでに、行商の見学についてきただけだ。具体的には、毛染め剤のお客様を見てみたいと思ったのだ。
無駄に高価設定した薬をどんな人が買っているのか、頭を黒く染めて本当に危険はないのか、気になっていた。
だけどさ、遊びに連れて行ってもらったばかりなのに、また皆についてきてもらうのも忍びないじゃん? だから、タケルだけ連れておじさんに頼んだのだ。
道中、創薬する準備もしてきたので、サボリではない。
「シャルルちゃん、ホントに大丈夫かな。今度こそ、おじさん殺されてしまう気がするんだけど」
おじさんは、心配症だ。確かに、ジョエルもキーリーも、おじさんに対して酷いことを言っているけど、言ってるだけだと思う。あれ? 私を誘拐しても罪に問われる人がいなくて、冒険者ギルドを粉砕して出世したジョエル。もしかして、おじさんを害しても、特に問題にならないのだろうか。心配症じゃないの? いやいや、あの2人は優しい人だ。大丈夫だよね。
「大丈夫だよ。何て書いたか知らないけど、おじさんが書いた手紙を置いてきたし」
「それで実行犯がバレてるから、より一層心配なんだよ?」
「でも、私は文字の読み書きができないし、直接話したら、めちゃくちゃ怒られるじゃん」
「めちゃくちゃ怒られて、思い止まって欲しかったんだよ」
「そんなこと言ったら、おじさんひどいって泣いちゃうよね」
「お願いやめて。ジョエルさんは、冗談が通じない人だからね。あとでお菓子買ってあげるから、お願いだから、やめてね」
「大丈夫だよ。おじさんが連れ歩いてる間は、チクりに行かないよ」
「そっかー。ありがとう。はぁ」
今は、大分村から距離を稼ぎ、2日目の宿を取ったところだ。ジョエルが追っ手になっていたら、間違いなく追いつかれているので、追われてはいないと思う。多分。
さあ、新しい街にやってきたのだ! 食べ歩きの時間だよ。
おじさんが露天商をやっている間は、私の自由時間だ。露天では毛染め剤は売れないから、用はない。
まずは、タケルの肉を買う。
「おいちゃーん。串焼き焼けてる分、ありったけ頂戴」
「おう。嬢ちゃん、剛毅だな。50本はあるぞ。食えんのか?」
「絶対残さないよ」
「小銀貨5枚」
「はい、どうぞ」
「まいど。8本おまけだ」
「やったー。ありがとう」
私は1本だけもらって、後はタケルに渡す。これで、しばらくタケルは放っておいていいだろう。さて、何を食べようかな。今は、甘い物が食べたい気分だ。あの人形焼きみたいのは、甘いだろうか。
「お姉さん、これ1袋いくら?」
「大銅貨4枚だよ」
「ごめんなさい。お釣りもらってもいい?」
「いいよ。そら」
人形焼きだと思って食べたら、中身はクルミだった。思ってたのと違ったが、当たりだ。美味しい。
2人でもぐもぐしながら歩いていたら、怖い感じのお兄さんの団体を見つけた。お兄さんたちは、家にどかどかっと入って、5分もしないで出て行った。なんだあれ?
お兄さんたちは、もう見えなくなったので、家に近付いたらお店だった。なんだよ、あのお兄さんたちは、客か。なんのお店なんだろか。入ってみよう。
「お邪魔しまーす?」
左半分がパン屋さんで、右半分がレストラン? のように見える店なのだけど、レストラン側が明らかに荒れていた。テーブルやイスが、ゴロゴロ横に転がっている。足も何本か折れているようだった。
見てはいけない現場に来てしまった気がする。これは、キーリーに見つかったら、絶対怒られるヤツだ。
「いらっしゃいませ。お客様、大変申し訳ございませんが、今日はちょっと、、、」
ですよねー。
「えっと、こっちのパン屋さんとこっちのテーブルは、同じお店なんですよね?」
「はい」
「パン、いっぱいあるのに売らないのですか? 食べ切れないですよね。もったいないですよ」
「でも、お店が、、、」
「露天販売しましょう。プロを連れてきます。少々お待ちください」
お断りされる前に、撤収した。
「おじさん、このパン売って」
「えぇえー、急だなぁ。すみません、話が全くわからないのですが、売ることに決まっているのでしょうか」
露店まで戻って、おじさんを引っ張って連れてきた。引っ張っているのは、タケルだ。おじさんに拒否権はない。道中も何の説明もしなかった。誠意を持ってお願いすれば、断られる話なのは気付いている。
「いえ、そんなことは。あの。その」
「おじさん、このパン売って」
「大変申し訳ないのですが、売らせて頂けませんか? 私の首が、かかっているのです」
「えっ。いや、でも」
「お願いします。売らせて下さい。マージンは少しも頂きませんから」
おじさんの露天までパンを運んで、パンの販売をすることになった。パン運びと客寄せパンダが、私の役目だ。自分で言い出しておいて申し訳ないが、細かいパンの販売価格など、覚えられぬ。鈴白のためなら1秒で覚えるが、いないのだから無理だ。
「はーい、みんなー、ちゅーもーく。黒髪ルルーのマジックショーはーじめーるよー」
フードを脱いだ。捨て身の戦法だ。この世界の黒髪信仰は異常だ。黒髪さえ晒せば、いくらでも人が集まると踏んだが、思った通りだった。パンの数以上に人が集まってしまった気がする。みんなが皆、買ってくれるもんでもないだろうからいいかもしれないけれど、集まりすぎて、ちょっと怖い。なんの申請もしていないのに、道を通行不可にするくらい人を集めてしまった。怒られないだろうか。やりすぎたかと不安になった。
マジックなんてやったこともないし、できないのだが、物を出し入れするスキルでマジック風に演出する。インチキだが、露天の無料の出し物だし、いいよね。どうせ皆、私の髪の毛しか見てないんでしょ。
「マジック終わり! 美味しいパンと、髪を黒く染める染料を売ってるよ。良かったら、買ってね」
恐ろしいほど集まった人が、パンに殺到した。日本のように、じゃあ並ぶかー、という雰囲気は全くない。おじさんが必死で人を整理して、パン屋さんがお会計をする。パン屋さんが、おじさんの商品まで売っているが、いいのだろうか?
私は、売り子をしない予定だったのだが、手伝わない訳にもいかず、商品を渡す係をした。飛ぶように売れて、訳がわからないが、言われるままに商品を渡して、営業スマイルをふりまく。笑って誤魔化してるだけともいう。牛丼屋でも、コンビニでも、こんなに笑顔で接客をしたことはなかった。顔がひきつる。
ちなみに、染料は売れなかった。高すぎるよね。わかるー。
「あー、売れた売れた。売ってくれて、ありがとう。売らせて下さり、ありがとうございました」
おじさんの商売終了後、パン屋さんの備品を持ち帰りにお店に寄らせてもらった。ちょっとパンがもったいないな、と思っただけなのに、思ってたより大変なことになって、めちゃくちゃ疲れた。私が無理矢理勝手なことをしたのに、お茶まで頂いている。パン屋さんは、とてもいい人だ。
「いえ、こちらこそお世話になりました。ありがとうございました。おかげでパンを無駄にせずに済みました」
「本当に良かった。食べ物を粗末にしたら悪ですよね」
「シャルルちゃん、もう頭は出さないでね。おじさん死ぬかと思ったよ」
そんな話をして、のほほんとしていたら、怖いお兄さんたちがやってきた。
「いた。黒髪だ。捕まえろ!」
「や、やめてください。死にますよ? これ、ただの染料ですから」
「やかましい。どけ」
「かえるのは、おまえ」
おじさんを突き飛ばし、力づくで迫ってきた割には、タケルの一声で、お兄さんたちは大人しく帰って行った。なんだったんだろう。
「えっと、タケル?」
そういやこの子、取り憑いて、呪い殺すんだったっけ? 毒を撒くんだったっけ?
「だいじょぶ。ころしてない」
「そっか。ありがと」
怖いお兄さんたちにつられてお店に入ったのを、すっかり忘れていた。こういう場合、どうしたらいいのだろうか。立ち入ったことを聞くべきか、聞かないでおくべきか。助けて、おじさん!
お礼とお詫びの応酬があって、そのまま宿に戻った。
「ごめんね、おじさん。今日、移動出来なかったね」
朝から昼まで露店を開いて、午後に次の街へ移動して宿泊が、おじさんの行商スタイルのようだったのに、仕事を増やして、完全にリズムを崩してしまった。
「いいよ。シャルルちゃんさえ無事なら、おじさん生きていられるから。タケル君、何があってもシャルルちゃんだけは守ってね」
「ぜったい」
家出のお供は、タケルと行商のおじさんだ。護衛と常識人のセットだ。完璧だ。
家出と言ったが、別に何が不満だった訳でもない。行商のおじさんに毛染め剤を卸すついでに、行商の見学についてきただけだ。具体的には、毛染め剤のお客様を見てみたいと思ったのだ。
無駄に高価設定した薬をどんな人が買っているのか、頭を黒く染めて本当に危険はないのか、気になっていた。
だけどさ、遊びに連れて行ってもらったばかりなのに、また皆についてきてもらうのも忍びないじゃん? だから、タケルだけ連れておじさんに頼んだのだ。
道中、創薬する準備もしてきたので、サボリではない。
「シャルルちゃん、ホントに大丈夫かな。今度こそ、おじさん殺されてしまう気がするんだけど」
おじさんは、心配症だ。確かに、ジョエルもキーリーも、おじさんに対して酷いことを言っているけど、言ってるだけだと思う。あれ? 私を誘拐しても罪に問われる人がいなくて、冒険者ギルドを粉砕して出世したジョエル。もしかして、おじさんを害しても、特に問題にならないのだろうか。心配症じゃないの? いやいや、あの2人は優しい人だ。大丈夫だよね。
「大丈夫だよ。何て書いたか知らないけど、おじさんが書いた手紙を置いてきたし」
「それで実行犯がバレてるから、より一層心配なんだよ?」
「でも、私は文字の読み書きができないし、直接話したら、めちゃくちゃ怒られるじゃん」
「めちゃくちゃ怒られて、思い止まって欲しかったんだよ」
「そんなこと言ったら、おじさんひどいって泣いちゃうよね」
「お願いやめて。ジョエルさんは、冗談が通じない人だからね。あとでお菓子買ってあげるから、お願いだから、やめてね」
「大丈夫だよ。おじさんが連れ歩いてる間は、チクりに行かないよ」
「そっかー。ありがとう。はぁ」
今は、大分村から距離を稼ぎ、2日目の宿を取ったところだ。ジョエルが追っ手になっていたら、間違いなく追いつかれているので、追われてはいないと思う。多分。
さあ、新しい街にやってきたのだ! 食べ歩きの時間だよ。
おじさんが露天商をやっている間は、私の自由時間だ。露天では毛染め剤は売れないから、用はない。
まずは、タケルの肉を買う。
「おいちゃーん。串焼き焼けてる分、ありったけ頂戴」
「おう。嬢ちゃん、剛毅だな。50本はあるぞ。食えんのか?」
「絶対残さないよ」
「小銀貨5枚」
「はい、どうぞ」
「まいど。8本おまけだ」
「やったー。ありがとう」
私は1本だけもらって、後はタケルに渡す。これで、しばらくタケルは放っておいていいだろう。さて、何を食べようかな。今は、甘い物が食べたい気分だ。あの人形焼きみたいのは、甘いだろうか。
「お姉さん、これ1袋いくら?」
「大銅貨4枚だよ」
「ごめんなさい。お釣りもらってもいい?」
「いいよ。そら」
人形焼きだと思って食べたら、中身はクルミだった。思ってたのと違ったが、当たりだ。美味しい。
2人でもぐもぐしながら歩いていたら、怖い感じのお兄さんの団体を見つけた。お兄さんたちは、家にどかどかっと入って、5分もしないで出て行った。なんだあれ?
お兄さんたちは、もう見えなくなったので、家に近付いたらお店だった。なんだよ、あのお兄さんたちは、客か。なんのお店なんだろか。入ってみよう。
「お邪魔しまーす?」
左半分がパン屋さんで、右半分がレストラン? のように見える店なのだけど、レストラン側が明らかに荒れていた。テーブルやイスが、ゴロゴロ横に転がっている。足も何本か折れているようだった。
見てはいけない現場に来てしまった気がする。これは、キーリーに見つかったら、絶対怒られるヤツだ。
「いらっしゃいませ。お客様、大変申し訳ございませんが、今日はちょっと、、、」
ですよねー。
「えっと、こっちのパン屋さんとこっちのテーブルは、同じお店なんですよね?」
「はい」
「パン、いっぱいあるのに売らないのですか? 食べ切れないですよね。もったいないですよ」
「でも、お店が、、、」
「露天販売しましょう。プロを連れてきます。少々お待ちください」
お断りされる前に、撤収した。
「おじさん、このパン売って」
「えぇえー、急だなぁ。すみません、話が全くわからないのですが、売ることに決まっているのでしょうか」
露店まで戻って、おじさんを引っ張って連れてきた。引っ張っているのは、タケルだ。おじさんに拒否権はない。道中も何の説明もしなかった。誠意を持ってお願いすれば、断られる話なのは気付いている。
「いえ、そんなことは。あの。その」
「おじさん、このパン売って」
「大変申し訳ないのですが、売らせて頂けませんか? 私の首が、かかっているのです」
「えっ。いや、でも」
「お願いします。売らせて下さい。マージンは少しも頂きませんから」
おじさんの露天までパンを運んで、パンの販売をすることになった。パン運びと客寄せパンダが、私の役目だ。自分で言い出しておいて申し訳ないが、細かいパンの販売価格など、覚えられぬ。鈴白のためなら1秒で覚えるが、いないのだから無理だ。
「はーい、みんなー、ちゅーもーく。黒髪ルルーのマジックショーはーじめーるよー」
フードを脱いだ。捨て身の戦法だ。この世界の黒髪信仰は異常だ。黒髪さえ晒せば、いくらでも人が集まると踏んだが、思った通りだった。パンの数以上に人が集まってしまった気がする。みんなが皆、買ってくれるもんでもないだろうからいいかもしれないけれど、集まりすぎて、ちょっと怖い。なんの申請もしていないのに、道を通行不可にするくらい人を集めてしまった。怒られないだろうか。やりすぎたかと不安になった。
マジックなんてやったこともないし、できないのだが、物を出し入れするスキルでマジック風に演出する。インチキだが、露天の無料の出し物だし、いいよね。どうせ皆、私の髪の毛しか見てないんでしょ。
「マジック終わり! 美味しいパンと、髪を黒く染める染料を売ってるよ。良かったら、買ってね」
恐ろしいほど集まった人が、パンに殺到した。日本のように、じゃあ並ぶかー、という雰囲気は全くない。おじさんが必死で人を整理して、パン屋さんがお会計をする。パン屋さんが、おじさんの商品まで売っているが、いいのだろうか?
私は、売り子をしない予定だったのだが、手伝わない訳にもいかず、商品を渡す係をした。飛ぶように売れて、訳がわからないが、言われるままに商品を渡して、営業スマイルをふりまく。笑って誤魔化してるだけともいう。牛丼屋でも、コンビニでも、こんなに笑顔で接客をしたことはなかった。顔がひきつる。
ちなみに、染料は売れなかった。高すぎるよね。わかるー。
「あー、売れた売れた。売ってくれて、ありがとう。売らせて下さり、ありがとうございました」
おじさんの商売終了後、パン屋さんの備品を持ち帰りにお店に寄らせてもらった。ちょっとパンがもったいないな、と思っただけなのに、思ってたより大変なことになって、めちゃくちゃ疲れた。私が無理矢理勝手なことをしたのに、お茶まで頂いている。パン屋さんは、とてもいい人だ。
「いえ、こちらこそお世話になりました。ありがとうございました。おかげでパンを無駄にせずに済みました」
「本当に良かった。食べ物を粗末にしたら悪ですよね」
「シャルルちゃん、もう頭は出さないでね。おじさん死ぬかと思ったよ」
そんな話をして、のほほんとしていたら、怖いお兄さんたちがやってきた。
「いた。黒髪だ。捕まえろ!」
「や、やめてください。死にますよ? これ、ただの染料ですから」
「やかましい。どけ」
「かえるのは、おまえ」
おじさんを突き飛ばし、力づくで迫ってきた割には、タケルの一声で、お兄さんたちは大人しく帰って行った。なんだったんだろう。
「えっと、タケル?」
そういやこの子、取り憑いて、呪い殺すんだったっけ? 毒を撒くんだったっけ?
「だいじょぶ。ころしてない」
「そっか。ありがと」
怖いお兄さんたちにつられてお店に入ったのを、すっかり忘れていた。こういう場合、どうしたらいいのだろうか。立ち入ったことを聞くべきか、聞かないでおくべきか。助けて、おじさん!
お礼とお詫びの応酬があって、そのまま宿に戻った。
「ごめんね、おじさん。今日、移動出来なかったね」
朝から昼まで露店を開いて、午後に次の街へ移動して宿泊が、おじさんの行商スタイルのようだったのに、仕事を増やして、完全にリズムを崩してしまった。
「いいよ。シャルルちゃんさえ無事なら、おじさん生きていられるから。タケル君、何があってもシャルルちゃんだけは守ってね」
「ぜったい」
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