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調査報告Ⅱ

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「貧民街のこと、教えてくれる?」
「……いいのでしょうか?公爵様に教えるよう場所ではないのですが……」
「いいわ!だって、私の遊び場ですもの。遊び場は、しっかり場所を把握していないと、なかなか楽しめないものなのよ!」
「……わかりました。私の昔話を」


 ココナは貧民街で過ごした5歳くらいまでの記憶を辿っていく。幼すぎるため、ところどころ不明なことも多いが、大隊のことはわかった。あとは、ビルの話をまとめて、街の全容を把握する。


「実際見てみないとわからないわね?」
「もしかしなくても、アンナは行くつもりではないですよね?」
「どうして?私の領地よ?」
「治安がよくない場所へ進んで行く貴族が何処にいるのですかっ!」
「……ここにいるわ?」
「おやめください、アンナリーゼ様。貧民街は、ダドリー男爵でさえ捨て置いた場所。そんなところへ出向くなんて……」
「そんなところって言っても、私の領民がいる場所だし、領地なんだから、行かないわけにはいけないわ!それに、もう、この領地を賜ってから2年も経っているのに、全然対処できていなかったなんて……」
「アンナリーゼ様は、アンバー領の改革が忙しいですし、爵位ある貴族としても飛び回っていらっしゃるではないですか。そんな輩、私たちが一掃してしまいます!」
「何を言っているの!ココナ。そんなことはダメ。一度、私が向かいます。こんなとき、ヨハンがいてくれたらいいのに」


 不思議そうに三人がこちらを見て、考え込んでいる。その目は少々不安そうだったため、微笑んでおく


「どうして、ヨハンさんなのですか?」
「もちろん、そういう場所は、衛生面も良くないから、病気にかかっている人もいるのよ。ビルはわかると思うけど、アナンバー領も3年前はそうだった。病気だったとしても、治すための体力もないし、体力をつけるための食べ物もない。食べ物を買うためのお金がまずないから、生活も苦しいし、病気になったら、盗むことさえ出来なくなって、病気も治ることなく死ぬのを待つだけの人も多いの。ただの風邪でさえ、死亡の原因となってしまうのよ」
「確かに。アンバー領もそんな感じでしたね。盗みなどの犯罪は起こっていませんでしたが、みなが、ギリギリの生活以下でしたから」
「……そうだったんですか」
「私は、アンナリーゼ様がゴミ拾いに参加されているときに、一緒に出てたので知っていますが、もっとひどいです。コーコナの貧民街は。救っていただけるのであれば、とてもありがたいのですが……中途半端に手を差し伸べられてしまうと、あとから辛くなるだけですから」
「そうね。それも考えなくはないわ。生きていくためのすべも学べるようにすると誓うわ。仕事がなければ、食事も出来ないのだから、最低限の生活が出来るくらいには、したいの」「そのために、何をすればいいですか?」
「まずは、人さらいのことを私は調べているから、そちらの確認を先にしたい。そのあと、貧民街について考えることにしましょう」
「そういえば、人さらいがって話をしていましたけど、珍しい話ではないですよね?」
「確かにね。食扶持も減るから、貧民街では、自らの子を売りに出す人もいるってくらい、需要があるのよ。ただ、人身売買は、この国ではご法度なのよね。そんなことを領地内で
 いつまでも好き勝手されているのは、しゃくなのよ」
「では、根城を探してって感じですかね?」



 私はアデルに頷くと、ビルが地図を広げてくれる。


「人さらいが頻繁に起こるようになってきているのは、やはり、戦争が近いのでしょうか?セバス様が今、向かわれている協議も戦争侵略になる前の防衛線を敷くためだと聞いていますが」
「そうね。その傾向はあるわ。売られる先はインゼロ帝国。少年兵、少女の娼婦が前線に送られるって聞いたことがある」
「……大人でも生きるか死ぬかの過酷な日々なのに……子どもがあの場に」
「そうよ!与えられるのは、粗末な装備だけで、身を捧ぐのよ。この領地の子らも攫われ、買われ、そういうふうに最前線に送られる。自国民でないがゆえに、1番最初の矢面に晒されるのよ。未来ある子らに、そんな場所へ行って欲しくない」
「手柄を立てれば、それなりの報奨金はでるでしょう?」
「8割近くが、投入された日に死ぬと聞いているわ。訓練もされてない子どもが生き残れる確立は大人より低い。ましてや、状況もほぼわからず、最前線に行くのですもの。私だって、すくみ上ったものよ?」


 一瞬の静寂が訪れた。みな、私の説明したことを想像しているのだろう。
 自身に置き換えたり、子や孫に置き換えたりしているのかもしれない。神妙な面持ちで三人がこちらに視線を向けてくる。


「アンナは、戦場へ行ったことがあるのでしょうか?私でさえ、小競り合いにときに、隊列に並んだくらいしか、まだ、経験がないのですが?」
「えぇ、私もやたら具体的な話だと思っていたのです」
「どこの戦場に向かったのですか?」


 三者三様、考えていたことは、私の言葉のほうだった。私は、誰にも言っていないこと、言ってしまったようだった。
 焦って明後日の方をみれば、さらに追及の視線が痛いくらいに刺さってきた。
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