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秋葉夕雲

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第二章

85  プレデター

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 蜘蛛の名前も決まった。戦争も終わった。なのでしっかり食料生産して戦力を増強することから始めよう。そのためにはまずジャガイモという極めて安定性の高い農作物の栽培方法をきちんと調べなくてはならない。
 地球と大きく異なる生態だとオレの知識が及ばないかもしれないけど、善処しよう。

「んでな? アレ食べたら味方攻撃しよるんじゃ。せやから食べたあかん」
 やくざ蟻からジャガイモチョウセンアサガオの魔法について詳しく聞くと、その魔法のややこしさがよく分かった。
 まず毒は植物にもある。ただし蟻には致命的なほどではない。大量に葉や花を食べても少しの間だけふらふらして幻覚が見える程度らしい。ただしドードーは命を落とすほど強力だ。生物によって毒性があるかどうか違うのはおかしなことじゃない。人は玉ねぎを食べれるけど犬猫は玉ねぎを食べられないのと同じことだ。だけど蟻にもジャガイモの魔法は有効だ。
 ジャガイモの毒を受けた蟻は仲間であるはずの蟻を攻撃してしまうようだ。
 つまり、捕食する、毒が回る、魔法発動。
 という順番らしい。恐らくチョウセンアサガオの毒成分の幻覚を見せる部分に効果があり、敵を味方だと誤認させる幻覚を見せる魔法らしい。しかも魔法の効果がある間は何故か元気に味方を攻撃しまくるらしい。実際に花を食べたドードーは暴れまわってから息絶えた。……念のために言っておくとたまたまドードーの近くに持ってきていたジャガイモを勝手に食べただけで無理矢理食わせたわけじゃないぞ。
 なんて性格の悪い魔法だ。一応魔法の効果は本体を破壊するとなくなるので、調理する時はまずジャガイモの宝石を砕いたり、分離させてから食べる。毒は多少あるので葉や花は少量ずつ食べないと痛い目を見る。
 逆に言えば食べない限りは全く効果がないので武器として利用するのは難しいかもしれない。ちょっと残念だ。敵陣に忍び込んで食事に一服盛るくらいが関の山だな。
 名づけるなら<識別幻覚>ってところか。品種名は……そうだな、ジャガオにするか。

 さてジャガオはどうやって栽培されているのか? 丁寧に案内と女王蟻がテレパシーによる会話を行ってくれるらしい。
 見た限りでは三圃式農業に近いようだ。畑の一部に雑草をあえて放置してそれを緑肥として使用する。緑肥とは植物を取らずに畑にすき込んで肥料にする方法だ。しかしちょっと気になることがある。
「緑肥はちゃんと乾かしてるか?」
「ん? 何で乾かすんじゃ?」
 ありゃま。これはちょっとまずい。緑肥は一度乾燥させて水分を少なくしないと腐敗してしまうらしい。肥料とは基本的に腐敗ではなく発酵させるべきなのだ。正確には発酵とは有益な腐敗でこの二つは同じ現象だけど、今は別の現象だと考えておいた方がいい。
 腐敗した緑肥は栄養的に劣るほか病気の原因にもなる。もちろん気象条件などに左右されるからたまたまうまくいくこともあるかもしれない。
 うーむ。輪作の始まりくらいの農業レベルだな。確実に何か問題あるぞこれ。いやむしろチャンスかもしれない。ここでオレがその問題をズバッと解決すればさらに信頼されるだろう。

「問題なあ。あ、ほなこれ見てもらおか」
 そう言って持ってきたのはジャガイモだけど……どうも白っぽい斑点のようなものが浮かんでいる。
「……なあ。お前らここにきてから何年くらいだ?」
「? 年ってなんじゃ?」
 あ。くそ、数字がわかんないのか。
「お前らがここにきてから長いか」
「おう」
 どうもこいつらはジャガオを輪作もどきで育てながら、何年か経つと別の場所へ移り住むというライフスタイルのようだ。
 何故一か所に定住できないのか。恐らくジャガオの連作障害のためだ。連作障害とはその名の通り同じ作物を育てると様々な病害虫が発生しやすくなったり、作物の成長が悪くなることをいう。
 恐らくジャガイモのこの症状は連作障害の一種だ。それを確かめるためそこら辺の蟻に声をかける。
「おい。ジャガイモの根とその付近の土を持ってきてくれるか?」
 しかし蟻は微動だにしなかった。
「おい。しすいの言う通りにせんかい」
 やくざ蟻の女王が命令するとすぐに従った。この蟻はここの巣の蟻だったか。
 なるほど。信用はしていても働き蟻の命令権は決して与えないわけか。当然といえば当然だな。ちょっと前まで殺し合いをしていた蟻を十全に信用する奴がいたらそっちの方が信用できない。だからこの巣の蟻は決してオレのいうことを聞かない。誰に決められたわけでもなく、そう定まっている。
 今まで説得に一度成功すると従順だったけどむしろこれが普通だな。

 土をふるいにかけて妙なものがないか徹底的に探させる。そして畑の様子をざっと見回る。さらにジャガイモの根の様子を見る。予想通り状態は良くない。
 そうか病かもしれないと思ったけど多分違うな。これはネグサレセンチュウである可能性が高い。
 ネグサレセンチュウとは小さな線虫の一種で要するに寄生虫だ。ネグサレセンチュウは主に根や塊茎から侵入し作物を腐らせたり、病気の原因になったりする。
 こいつもかなり厄介だけどジャガイモシストセンチュウよりましだ。これはその名の通り主にジャガイモに寄生する寄生虫で非常にジャガイモへの侵入能力が高い。そのかわり、ジャガイモを含むナス科以外の植物への侵入能力が低い。
 だったらジャガイモの栽培をやめて裸地にしたり、別の作物を栽培すればそのうち死ぬんじゃないと思ったそこのあなた。なかなか賢い。が、こいつにそれは当てはまらない。
 何しろこいつは途轍もなくしぶとい。
 こいつはシストと呼ばれる卵の保護能力があり、この状態だと年単位で死なないうえにめちゃくちゃ農薬への耐性が高い。土と根をふるいにかけたのはこのシストが無いか確認するためだ。ありがたいことに無かったようだ。
 冗談抜きでジャガイモが全滅する可能性があるからな。北海道とかではかなり被害が出たことがあるらしい。ネグサレセンチュウなら対処できなくは……でもここ地球じゃないんだよな。地球には存在しないイセカイセンチュウとかがいたら……詰むかもしれない。いやむしろいない方が不自然かもしれない。何しろ線虫の種類は数限りなく存在する。この魔物が跋扈する異世界では地球以上に強力な線虫がいてもおかしくない。
 つーかそもそもチョウセンアサガオが混じってるはずのジャガオに寄生できている時点でどっかおかしい。猛毒植物だぞ? 根や塊茎には毒が無いはずだとはいえなあ。
 ふと思いついたけど――――寄生生物にも魔物の成長加速能力は有効なんだろうか。……可能性はある。もしも寄生虫が魔物に寄生することでその増殖を更に加速させるとしたら?

 ジャガオの畑を見る。
 そこにいるであろう小さいミミズのようなうねうねした生き物が土から這い出し、やがて地上を覆いつくすさまを幻視する。
 現実的には起こり得ない光景だけど、想像しただけで背筋が寒くなる。頼むから白昼夢であってくれ。
 とにかく魔物の栽培はハイリスクハイリターンであることは疑いようもない。その辺りのリスクをきちんと確認するためにも今接ぎ木の実験をしてるわけだし。結果次第では微生物の増殖実験をすぐにした方がいいかな。

「しすい? どうかしたか?」
 おっと。また自分の世界に浸っていたらしい。ちゃんと対策をしないと。
 もちろん有効な対策を知っているとも! 農薬を撒くことだ! だからねえっつってんだろそんなもん!
 なので今できる次善の策。線虫が嫌う植物を植える。
 ネグサレセンチュウはどこにでもいるし、非常に多様な植物に寄生する。というか寄生できない作物の方が少ないくらいだ。寄生しづらいのはアスパラと茶、あとは里芋くらいだったっけ。しかしやはり生物である以上、苦手な生物は存在する。それを対抗植物という。天敵といってもいい。
 例えばエン麦の野生種であるヘイオーツやマリーゴールドだ。ヘイオーツはそうか病も予防してくれるからおすすめ。マリゴがセンチュウの防除には一番らしいけど。ジャガオの合間に混植したり休耕地に緑肥として植えたりすれば大分ましになるはず……オレの知ってる線虫なら。
「おっ! これ知っとるで!」
「まじで!?」
 オレがイメージしたのは黄色い花をしたマリーゴールドだ。どうやらやくざ蟻に見たことがある奴がいたらしい。
「これあるとええんじゃ? ほな取りに行かせるか?」
「おっす。よろしく」
 おおう。人手があるって素晴らしい。かつかつで作業しなくていいから余裕があるんだな。あれだ、働かない蟻にも意味があるって奴だ。
 それにしてもまだまだ未熟だけど輪作してるんだな。蟻の農業力凄いな。そういえば中世の輪作といえばやっぱりノーフォーク農法かな。けどあれは……ううむ。

 次にジャガオの貯蔵庫を見せてもらったが、驚くことに去年収穫したジャガオが新鮮な状態で保存されていた。温度や湿度が一定に保たれている地下で保存されていることも理由の一つだ。でも違うそれだけじゃない。高い貯蔵性の秘密は恐らくこの部屋に充満している、匂いだ。
 恐らく、蟻のフェロモン。蟻の中には種子を保存する種類がいるけど、種子を発芽させないためにフェロモンを発生させて状態を維持するらしい。
 同じようなことをやくざ蟻が行っている可能性は高い。
 流石は蟻、一万年ちょっと前まで農業の、のの字も知らなかった人間とは体の作りからしてそもそも違う。

 そしてどうも外周りの蟻がマリーゴールドを見つけたようだ。よしよしそのままマリーゴールドを持ってきて植え替えればいい。まだ大きくなってないみたいだから持ち運びやすいようだ。種が無くても挿し木で増やす手もある。よし持って帰るように……? 画像が乱れたぞ? オレの巣の蟻じゃないからテレパシーが上手くいかないのか? だが次に映った映像を見て驚愕した。
 食べられていたからだ。蟻が。
 より正確には吸われていた。蟻達はその体をちゅうちゅうと吸われていた。
 ごつごつした突起にずんぐりとした体。そして口についた大きな鋏。こいつはウスバカゲロウ――――またの名をアリジゴク。オレたち蟻の天敵だった。
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