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秋葉夕雲

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第四章

206 賢者は歴史に学ぶ

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 この高原の大まかな地形は高原を中心として西に山、北に針葉樹林と山、南に砂漠、東にヒトモドキの町らしい。
 当然ながらオレたちは西から入っている。
 今現在ライガーと交戦しているのは高原全体から見るとやや北東寄りの地域だからヒトモドキたちは東から入ってきているのか、もしくはこの高原に元から住んでいるヒトモドキなのか。
 ちなみにここまで来るのにかなり苦労している。
 鷲がいない夜にカッコウで蟻を航空輸送しつつ夜が明ける寸前に穴を掘って隠れるという方法でほぼ被害なしで進んでいる。
 カッコウがいてくれてよかったよ。あいつら無しだと一歩も動けなかったかもしれない。

 さてと。もう少し詳しく地形を確認しよう。
 高原と言っても完全に平地しかないわけじゃない。山があったり、川があったり湖があったりする。いわゆる内陸湖や内陸河川というやつだ。
 この辺りの気候がオレの予想通りなら水が豊富に存在するこれらの地域は血を流して争うほどの価値がある。いやそもそも水には時として金よりも価値がある。日本に住んでいれば忘れてしまうけどな。
 そしてどうもヒトモドキの住居というかテントのようなものがぽつんと高原に現れた池のほとりに構えてある。
 なるほど。この戦いが発生した経緯は見当がついた。ヒトモドキは水を確保していたけど、ライガーがそれを奪おうとして大群を引き連れてきた。それを迎撃するために出撃したわけか。
「少し質問してもよろしいかしら」
「なんだよ瑞江」
 水関連だとやっぱり積極的だなこいつ。
「何故あのように忽然と池が現れたのかしら? 雨は降っていなかったはずでは?」
 ああ確かにそれは不思議かもしれないな。あの池には川などに全くつながっていない。
 オレたちが今まで暮らしていた地域は割と傾斜があって水量も多い地域が多かった。
 つまり内陸河川などが非常にできにくい。日本でも内陸湖はともかく内陸河川は少なかったはず。存在自体を知らない人もいるんじゃないのか? だから瑞江はこの池が不思議らしい。
 モンゴルみたいに完全な内陸国なら何ら珍しくはないのだけど。
「原因は色々考えられるかな。どっかから地下水が湧き出たのか、後は雪解け水かもな。それがたまたま窪地だった場所に注がれて水がたまったのかもしれないな」
 ちなみにこれはモンゴルの話だけど地下水や雪解け水を効率的に利用して暮らしに役立てることが昔から行われていたらしい。
 ふむ。やっぱりこの高原では水をいかに確保するかが重要になりそうかもね。
「……あなた、一体どこからそんな知識を……いえ、これは尋ねてはいけないことでしたわね」
 こいつらのことはある程度信用しているけどやっぱり転生者であることを打ち明ける気にはなれない。
「うーん、聞かないでくれると助かるけど、疑問を持つことは構わないよ」
 ちなみにオレは多少ではあるもののモンゴルの水事情や農業に知識がある。
 大学の研修というか発表というかまあそういうことをやらされた奴を手伝わされたわけだ。
 ありがとうN君。マジで助かった。
 は? 自分でやれや馬鹿なんて言ってごめんなさい。ものすごく役に立っています。
 なにしろ地形を見ただけで争いの原因を特定できたのだ。なかなかの洞察力じゃないか? ……まあこうやって油断すると後で痛い目見るんだよな。うん知ってる。
 おっと、そろそろヒトモドキとライガーが戦端を開くようだな。さあて、ドリンクとポテト飲み食いしながら観戦としゃれこも――――
「紫×瑞も一考の余地がありそうですね」
 なんかすごく不穏な言葉が聞こえたんですが。
「翼よう? お前どこからそんな言い方を学ぶんだ?」
 変わらんなあこいつは。
 カップリング大好きラプトルは放っておこう。さあ観戦だ。

 まずライガーの陣営の確認。数はおおよそ五百程。ただし上空を旋回する鷲が十数羽いるのでそいつらも勘定に入れるべきかどうかで少し迷う。上空から攻撃にさらされるのは大きなプレッシャーだからたった一羽でも脅威だろう。
 対するはヒトモドキ。こちらは全員騎兵だ。いいなあ騎兵。かっこいいよなあ。
 それはともかくとして騎乗しているのは馬……に似た何か。模様だけだとキリンのように黄色と茶色の網目模様。さらに角のようなものもみられる。
 中国の幻獣である麒麟みたいだ。多分馬とキリン、サイ辺りが混じっている動物なのかな? ……なんかすごい強そうな気がしてきた。ひとまず角馬でいいか。こちらは騎兵千人くらい。
 数だけならヒトモドキの圧勝だけどそれだけじゃ決まらないのが異世界の戦争。
 特にカギを握るのが魔法の相性。今は昼だからライガーの光魔法は効果が薄い。その点においてはヒトモドキが有利だけどライガーの身体能力はいまだに未知数。倍の戦力差と不利な時間条件をひっくり返せるのかどうか。
 そして角馬の魔法がどんなものかだな。もしもライガーに対して有効な魔法なら勝負は決まったようなもんだぞ。
 が、どうやらそれは杞憂だったらしい。角馬の体が光に包まれると一気に加速した。どうやら自分の体を加速させる魔法のようだな。
 特徴的なのは群れ全体がつながっているように光に包まれていることか。アリジゴクみたいに他の個体と協力することができるようだ。
 一説によると馬と人は社会形態が非常に似ており、異なる種族であっても心を通わせることのできる動物なのだとか。地球人類と同じように心を通わせることができるのは馬の他に犬しかいないらしい。
 しかしそれはあくまでも地球の話。この世界ではありとあらゆる知性と社会が覇を競い合っている。
 騎兵の加速に合わせるようにライガーは光の弾を放ち閃光弾のようにヒトモドキの隊列の目と鼻の先で炸裂させる。
 だが! ヒトモドキもそれを予測していて防ぐ方法をすでに考えついていた! それは、サンバイザーだ! ……帽子っていった方がいいか?
 とてもシンプルな対策だけど効果的だ。少し視線を下げればそれだけで失明するリスクを下げられる。角馬にも視界を遮る帽子みたいなものをかぶせているらしい。
 それに視界をある程度遮ったまま戦える奴らの練度は大したもんだ。ライガーの閃光弾を防ぎ、その勢いのまま弾を放ちながら接近する。
 この辺は騎兵のメリットだな。移動を馬に任せておけばその分自分が魔法を使いやすくなる。弓と違って片手で弾を撃てるみたいだから地球の弓騎兵よりも難度は低いか? まあそもそも騎乗中に何かをすること自体難しいはずだけど。
 さて、騎兵の突撃と射撃を組み合わせた攻撃を開始するヒトモドキに対してライガーは――――逃げた。
 うおおい!?
 逃げるの早くね!?
 まだ本格的に戦ってすらないぞ!? ……と思ったけどよく考えたらライオンは本来夜行性。多分ライガーが真価を発揮するのは夜。わざわざ不利な昼に戦う理由の方がない。
 逆を言えばヒトモドキはここで決めておきたいはず。親の仇のように追い回すはず……と思いきやあっさりと追撃をやめた。
 あれえ?

 その後も何度か小競り合いを繰り返しつつ日も傾き始めた時騎兵の連中が池にいた仲間と合流……ん? テントは? ああもう畳んだのか。
 ああそういうことか。あくまでも撤退のための時間稼ぎをしていただけで本格的にやり合うつもりはなかったんだ。夜になれば不利になるからそれまでに別の場所に移動する算段か。
 ライガーもそれを予想しているから無理に攻めなかったのかもしれない。
 ……むう。
 この戦いを見ただけでもこの高原のレベルの高さが窺える。

「戦わないことこそ勝利の秘訣だよね~」
「そうだな千尋。最上の勝利は戦わずして得る勝利だ」
 もしも血気盛んなおガキんちょなら正々堂々と戦え卑怯者などと罵ったかもしれない。しかしオレや千尋の意見は逆だ。
 戦いのコツは、自分にとっての有利をとり、相手に不利を押し付けること。それができないならさっさと逃げた方がいい。
 奇策や奇計で勝つのは邪道なのだ。あいつらはお互いにそれをわかっていたからこそ本格的な衝突をしなかった。一流の棋士が駒の配置から有利不利を一瞬で悟るように様々な状況を素早く把握し、それらを部下にいきわたらせていた。つまり戦いは起こらぬべくして起こらなかった。
 強い奴ほど無理に戦わず、できるだけ戦いを避けるということ。
 少なくとも、
「話に聞くティマチとかいう愚か者よりましですね」
「寧々。お前ほんとに口悪くなったな……」
 数に頼んだ力押ししかしなかったティマチとは雲泥の差だ。
 一応装飾品とかを見る限りあのヒトモドキもセイノス教の連中みたいだけど……流石に叩き上げは違うな。きちんと戦術のイロハを知っている。学んだんじゃなくて経験則で理解しているのかもしれないけど間違いなくこいつらは強敵だ。油断しないでおこう。
 ライガーは池で喉を潤し、騎兵はどうも山のふもとに向かっているらしい。

「もしかしたらあの山のふもとにもっと大きなヒトモドキの居住地があるかもしれないな」
「? どうしてわかるの~?」
「あの山は越冬に向いてそうだからだよ。北風を避けられる場所で冬を越しやすいはずだからな」
 いわゆる遊牧民と呼ばれる人々は何も無計画に草原を走り回っているわけじゃない。
 ある程度決まったルートを回遊魚のように巡回する。地球との違いは強力な魔物がいるからそこも計算に入れないといけないことだな。
 ていうかあのヒトモドキやっぱり遊牧民だよな? 遊牧民は地球だと強力な騎兵戦力で大帝国を築いたこともある。にしてもまあよくもあんな風に角馬を乗り、のり、の……?
 あれ? 何か忘れて、いや忘れたものを思い出したような?
 んんん? もう少しじっくり遊牧民を見てみよう。軽やかに馬にまたがって、手綱を引いて、足を鐙に……あ。
「あ。あ、あ、」
「紫水?」
「どうかしましたか?」
 答えない。答えられない。なぜ忘れていたのか。その昔乗馬は極めて難易度の高い特殊技能だった。そもそも不安定な馬上で戦闘行為を行うのは至難の業だった。
 その難易度を大きく下げたのが――――
あぶみだ――――!?!?」
 鞍から縄などで吊り下げられた足をのせる場所。この単純極まる道具が人類史に与えた影響は大きい。習得に数年以上かかる騎乗という技術を誰にでも使いやすくし、馬上から弓を射る騎射なども発達させた。
 その気になればすぐに作れる道具であるにもかかわらず地球人類が馬に乗ってから鐙が製作されるまで数百年、もしかすると千年以上の時間が経過したかもしれない。
 その! 鐙を! こともあろうに大量生産大好きなオレが! 完っ全っに忘れてた!
 ラプトル騎兵が上手くいかないはずだよ! これがあればもっと楽だったはず!
 あっはー! やっちまったなあおい!
「至急連絡! 翼!」
「は、いかようですか」
「今からある道具を作らせるからそれを使って蟻を背に乗せてくれ」
「承知」
 よし。これで騎乗の難易度は下がるはず。あーまたやっちまっ……

「紫水、どうもライガーたちの様子が妙です」
「妙? 具体的には?」
「どうやら鷲とライガー、さらに見たことのない魔物と会話しているようです」
 ネズミ……じゃないな、プレーリードッグ、いやマーモットか?
 そいつらが何やら会話しているようだ。
 今更だけど、複数の魔物とテレパシーで会話できる魔物はそう多くない。故に魔物同士が協力するためにはお互いの通訳者のような魔物が必須であるはずだ。オレたちの場合だとそれは女王蟻だ。
 つまり、この高原にも何らかの形で会話する能力を持った魔物がいるんじゃないか? そう予想するのは自然だっただろう。
 今まで戦闘に一切加わっていないにもかかわらず平然と奴らの輪に加わっている生物。そいつらが戦い以外での重要な役職であるはず。

「……奇貨おくべし、かな」
「何ですかそれは?」
「チャンスを逃すなってこと。誰か文字を読めるだけの女王蟻を呼んでくれ。予定よりだいぶ早いけど交渉のお時間だ」
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