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第五章
332 明るい道行
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さて、古代の軍隊において現地調達が最適な補給方法であることは疑いようもない。あの孫子さんだって認めているし、ハンニバルだってそうしている。
しかもそれが侵略のための軍隊ではなく、略奪のための軍隊ならばなおさらだ。じゃあ食料なんかなくしちゃえばいいじゃんという発想で生まれた戦術が焦土作戦。
住居や食料など、敵が利用できるものをとにかく破壊してから撤退する。後は敵が空腹で倒れるまで待つという楽なお仕事だ。
ただし、できればやりたくない作戦なのも間違いない。だって自分の資源を捨てなきゃいけないわけだし。普通に戦って勝てるならその方が絶対に良い。
でも今回に関してはこの作戦はリスクも少ないし、リターンも多い。まず敵の食料が乏しい。奴らは補給線なんか整えていないから、せいぜい数日程度の食料しか持っていない。これはカッコウの上空偵察から間違いない。
さらにそもそもリザードマンと蟻などは食べている物が違う。そこら辺に生えている樹木や草は蟻にとって食べ物だけど、リザードマンにとってはただの植物だ。この辺りは捕らえたリザードマンたちで実証済み。食べ物を与えたり、解剖した結果である胃の内容物、排泄物などから肉食よりの雑食だということが判明している。
何も話さなければ情報は洩れないと思ったか? 馬鹿め! 生きている生物は情報の宝庫だ!
リザードマンが食べられそうな食料をできるだけ隠したり、そのまま食べたりして、現地の住人は避難、ないしは地下の巣で籠城。ジャガオみたいに適切な調理無しで食べれば敵を害する作物は基本放置。
本格的な焦土作戦ではなくあくまでも敵の進路を予測して最小限の被害に抑えるプチ焦土作戦。こちらのホームグラウンドであることと、テレパシーによる連絡網、カッコウによる偵察を存分に活かして先手を取り続ける。
幸い避難するべき住民の大部分は蟻なので巣を作るのには困らない。今はもう暖かくなり始めたから数日くらいなら野宿でも何ら問題はない。
ただし、リザードマンはそうじゃない。
この温暖で湿気の多い環境はオレたちにとって過ごしやすい環境でも、奴らにとっては猛毒の沼地を進むほど厳しい環境なのだ。いや、ちょっと言いすぎたかもしれないけど敵の健康を害するには十分。ここまでの行軍で疲労は小さくないだろうし。
ちょっと前に畑を燃やしたのはわざとだ。手に入るはずだったものが手に入らないと悔しくなるのは魔物でも変わらない。いくら進んでも食料が得られないなら戦意が保てるはずもないとどめとしてペストをぶち込む。
食と住、そして健康。この三つを逼迫させれば敵は自然と崩壊する。いや、もうすでに崩壊している、ようだな。
カッコウからの報告はそれを確信させるのに十分だった。
喧騒を通り越し、乱闘に発展する寸前の膨張した空気を引き裂いたのは将軍の声だった。
「静まれ!」
褐色種族(ファイゼル)の胸倉をつかんでいた金色種族(ミキエリ)の兵士の動きが止まる。そのほかの兵士も振り返って声の主を見つめる。
「何の騒ぎだこれは!」
金色種族の兵士は大声で叫ぶ。
「将軍! 我々は戦いに来たのです! いつになれば戦いが始まるのですか!」
その言葉で諍いの原因を理解した。
一向に戦いにならないことを茶色種族の将軍である自身のせいにされたことに腹を立てた茶色種族の兵士が憤り、口論になり、喧嘩へと発展しかけたらしい。
恐らくは本来従属するべき茶色種族が指揮官ということに不満を持っていたのだろう。
「敵が臆病にも姿を見せぬからだ。我らは負けておらぬ」
そうだそうだ。
そう茶色種族の兵士たちは同調する。
だが金色種族の兵士は不満そうだ。もっと勇ましく戦えとその瞳が語っている。
再び一触即発の空気になりかけたところでしわがれた影ような老人が割り込んだ。
「皆さま、その辺りでおやめなさいませ」
「導師……」
この軍の従軍導師だ。
彼女らにとって導師の語る言葉に逆らうという発想はない。古の偉人の言葉を語り、万人を導く定めを背負う導師まさしくは”教え”の導き手だ。
「将軍閣下は王によりこの軍を任されているのですそれを努々忘れませぬよう」
過程はどうあれこの軍の指揮官は将軍だ。それに逆らうということは王に逆らうということ。軍紀を思い出し、我に返った兵士たちは形ばかりの謝罪を行い、ひとまずは去っていった。
「感謝したします導師」
将軍の感謝の念は本物だ。もはや”教え“なしでこの軍の秩序を維持するのは不可能だ。各所で不満が噴出している。
ある者は毒虫に刺されて倒れ、ある者は水が合わずに腹を壊す。
平時ならまだしも戦時では小さな不幸が続くことは致命的な事態を招く。
「なんの。些事は老骨に任せておけばよいのです」
「はい。ところで、手足が黒くなる病に罹った兵がいると聞きましたが……」
「ご心配なされるな将軍殿。私めが祈らば病など立ちどころに消え失せましょう。かつて我らの祖先は輝ける槍を持ち、二つの種族を統一しました。この程度の試練で挫ければ祖先に顔向けできますまい」
「……よろしくお願いいたします」
導師はああいったが、現状は極めて危険だ。一度たりとも戦わずに負ける。将軍はその事態さえ覚悟して再び戦術を練る。
……だめだこりゃ。
あいつらもう空中分解寸前じゃないか。おまけにペストもきっちり仕事してるし。
見たかあれ? 祈ってるぜ? 馬鹿じゃねぇの? 祈るだけで病気が治ったら苦労しないだろうに。
プチ焦土作戦成功というか成功しすぎた。これじゃあそう遠くないうちに敵が全滅する。流石にそれは困る。あいつらにはオレたちの力になってもらわないと。
あいつらはうまく運用すれば銀髪はともかく普通のヒトモドキ相手には役に立つ。何とかして味方に引き入れたい。さてどうすればいいものか。
ぱっと見た感じだと金色の連中と茶色の連中の仲は良くなさそうだ。上手くどちらか一方を離反させるなりなんなりすれば手っ取り早そうだけど……。
「というわけで翼。何かいい案はあるか?」
現在軍勢を率いてリザードマンの軍隊に向かっている翼に声をかける。
「計画が上手くいきすぎて止まるとは世の中上手くいかぬものです」
「全くだ。でも笑ってられないからなあ」
「然り。ではこういう計画はどうですか?」
そうして翼の計画は採用され、リザードマンを丁重にお招きすることになった。戦場へと。
しかもそれが侵略のための軍隊ではなく、略奪のための軍隊ならばなおさらだ。じゃあ食料なんかなくしちゃえばいいじゃんという発想で生まれた戦術が焦土作戦。
住居や食料など、敵が利用できるものをとにかく破壊してから撤退する。後は敵が空腹で倒れるまで待つという楽なお仕事だ。
ただし、できればやりたくない作戦なのも間違いない。だって自分の資源を捨てなきゃいけないわけだし。普通に戦って勝てるならその方が絶対に良い。
でも今回に関してはこの作戦はリスクも少ないし、リターンも多い。まず敵の食料が乏しい。奴らは補給線なんか整えていないから、せいぜい数日程度の食料しか持っていない。これはカッコウの上空偵察から間違いない。
さらにそもそもリザードマンと蟻などは食べている物が違う。そこら辺に生えている樹木や草は蟻にとって食べ物だけど、リザードマンにとってはただの植物だ。この辺りは捕らえたリザードマンたちで実証済み。食べ物を与えたり、解剖した結果である胃の内容物、排泄物などから肉食よりの雑食だということが判明している。
何も話さなければ情報は洩れないと思ったか? 馬鹿め! 生きている生物は情報の宝庫だ!
リザードマンが食べられそうな食料をできるだけ隠したり、そのまま食べたりして、現地の住人は避難、ないしは地下の巣で籠城。ジャガオみたいに適切な調理無しで食べれば敵を害する作物は基本放置。
本格的な焦土作戦ではなくあくまでも敵の進路を予測して最小限の被害に抑えるプチ焦土作戦。こちらのホームグラウンドであることと、テレパシーによる連絡網、カッコウによる偵察を存分に活かして先手を取り続ける。
幸い避難するべき住民の大部分は蟻なので巣を作るのには困らない。今はもう暖かくなり始めたから数日くらいなら野宿でも何ら問題はない。
ただし、リザードマンはそうじゃない。
この温暖で湿気の多い環境はオレたちにとって過ごしやすい環境でも、奴らにとっては猛毒の沼地を進むほど厳しい環境なのだ。いや、ちょっと言いすぎたかもしれないけど敵の健康を害するには十分。ここまでの行軍で疲労は小さくないだろうし。
ちょっと前に畑を燃やしたのはわざとだ。手に入るはずだったものが手に入らないと悔しくなるのは魔物でも変わらない。いくら進んでも食料が得られないなら戦意が保てるはずもないとどめとしてペストをぶち込む。
食と住、そして健康。この三つを逼迫させれば敵は自然と崩壊する。いや、もうすでに崩壊している、ようだな。
カッコウからの報告はそれを確信させるのに十分だった。
喧騒を通り越し、乱闘に発展する寸前の膨張した空気を引き裂いたのは将軍の声だった。
「静まれ!」
褐色種族(ファイゼル)の胸倉をつかんでいた金色種族(ミキエリ)の兵士の動きが止まる。そのほかの兵士も振り返って声の主を見つめる。
「何の騒ぎだこれは!」
金色種族の兵士は大声で叫ぶ。
「将軍! 我々は戦いに来たのです! いつになれば戦いが始まるのですか!」
その言葉で諍いの原因を理解した。
一向に戦いにならないことを茶色種族の将軍である自身のせいにされたことに腹を立てた茶色種族の兵士が憤り、口論になり、喧嘩へと発展しかけたらしい。
恐らくは本来従属するべき茶色種族が指揮官ということに不満を持っていたのだろう。
「敵が臆病にも姿を見せぬからだ。我らは負けておらぬ」
そうだそうだ。
そう茶色種族の兵士たちは同調する。
だが金色種族の兵士は不満そうだ。もっと勇ましく戦えとその瞳が語っている。
再び一触即発の空気になりかけたところでしわがれた影ような老人が割り込んだ。
「皆さま、その辺りでおやめなさいませ」
「導師……」
この軍の従軍導師だ。
彼女らにとって導師の語る言葉に逆らうという発想はない。古の偉人の言葉を語り、万人を導く定めを背負う導師まさしくは”教え”の導き手だ。
「将軍閣下は王によりこの軍を任されているのですそれを努々忘れませぬよう」
過程はどうあれこの軍の指揮官は将軍だ。それに逆らうということは王に逆らうということ。軍紀を思い出し、我に返った兵士たちは形ばかりの謝罪を行い、ひとまずは去っていった。
「感謝したします導師」
将軍の感謝の念は本物だ。もはや”教え“なしでこの軍の秩序を維持するのは不可能だ。各所で不満が噴出している。
ある者は毒虫に刺されて倒れ、ある者は水が合わずに腹を壊す。
平時ならまだしも戦時では小さな不幸が続くことは致命的な事態を招く。
「なんの。些事は老骨に任せておけばよいのです」
「はい。ところで、手足が黒くなる病に罹った兵がいると聞きましたが……」
「ご心配なされるな将軍殿。私めが祈らば病など立ちどころに消え失せましょう。かつて我らの祖先は輝ける槍を持ち、二つの種族を統一しました。この程度の試練で挫ければ祖先に顔向けできますまい」
「……よろしくお願いいたします」
導師はああいったが、現状は極めて危険だ。一度たりとも戦わずに負ける。将軍はその事態さえ覚悟して再び戦術を練る。
……だめだこりゃ。
あいつらもう空中分解寸前じゃないか。おまけにペストもきっちり仕事してるし。
見たかあれ? 祈ってるぜ? 馬鹿じゃねぇの? 祈るだけで病気が治ったら苦労しないだろうに。
プチ焦土作戦成功というか成功しすぎた。これじゃあそう遠くないうちに敵が全滅する。流石にそれは困る。あいつらにはオレたちの力になってもらわないと。
あいつらはうまく運用すれば銀髪はともかく普通のヒトモドキ相手には役に立つ。何とかして味方に引き入れたい。さてどうすればいいものか。
ぱっと見た感じだと金色の連中と茶色の連中の仲は良くなさそうだ。上手くどちらか一方を離反させるなりなんなりすれば手っ取り早そうだけど……。
「というわけで翼。何かいい案はあるか?」
現在軍勢を率いてリザードマンの軍隊に向かっている翼に声をかける。
「計画が上手くいきすぎて止まるとは世の中上手くいかぬものです」
「全くだ。でも笑ってられないからなあ」
「然り。ではこういう計画はどうですか?」
そうして翼の計画は採用され、リザードマンを丁重にお招きすることになった。戦場へと。
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