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第五章
413 シャングリラ
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「アハハ! いやあ傑作だったな! あの香袋を盗られた時の司祭の表情!」
「全くだのう」
樹海の戦闘風景を見ていて思わず大爆笑。トンビにから揚げをかっさらわれたようなぽかんとした司祭は写真に収めてSNSにアップすればそれなりにバズったかもしれないくらい絵になる表情だった。
「ひとまずは予定通りだな。別働隊の首尾は?」
「文句なしじゃ。奴らの食料は丸ごと妾たちが確保した」
上出来だ。
むしろ本命の作戦が上手くいった。この樹海はオレたちにとって巨大な食料庫だけど、敵にとっては砂漠ほど食料がないだろう。
だって土地勘がないからな! 小動物一匹捕まえるのに苦労するし、生で飲めば腹を壊す水もあるだろう。
食い物がなくなればそのうち餓死者が続出するはずだ。
そうすりゃどんだけ数がいても無意味だ。ゲリラ戦でできるのはあくまで時間稼ぎ。つまり時間を稼ぐ意味がないといけない。
食料はその意味の最たるもの。この様子ならいくらでも抗戦できる。
「じゃが一つ懸念がある」
「ん? 何が?」
「奴ら、この森そのものを焼き払わぬかのう?」
それは考えられる限り最悪で最善の戦法だ。
蜘蛛のゲリラ戦は樹木があることが前提になっている。焼け野原では正面切っての戦闘にしかならない。
さらにこちらの食料供給を断ち、補給拠点も丸見えになる。森の各所に火を放てばいくら何でも止めるのは困難だ。
地球でそんな戦法を実行した奴がいたのかどうかはわからないけど、土地をぶっ壊してもいいなら十分採用できる戦術だ。
が。
「多分それはない。琴音たちにある噂を流してもらってる」
「何じゃ? 火を放てば神が怒るとでも?」
「いいや。もっとセイノス教らしい言い方だよ。きちんと自分たちの魔法で魔物を倒さなければ救いが訪れない、そんな噂だよ」
セイノス教はとにかく魔法で魔物を殺すことに固執する。だからその背中を押すような言葉なら簡単に信じてくれる。
「例の裏切り者が考えたのか?」
サリのことをあまり快く思っていないのか少し表情が歪んでいる。
「そういうこと。皮肉じゃないけど内側にいた奴はやっぱり視点が違う」
宗教はその信者でないと本当に理解はできないのだろう。どれだけ考えても説得力がある言葉は同じ思想を共有できる信徒でないとわかり合えない。
いやあ地球で宗教戦争が勃発するわけだ!
おっとこれ以上はまずいな。
「各地の様子を聞いておきたいのじゃが、よいか?」
「ん、いいよ」
「南部の監視はどうじゃ?」
「問題ない。少人数で突破を図ろうとした奴らは全部空が潰した」
南部はもうちょっと敵が進行してもおかしくないかと思っていたけど……そこに兵を送る気配さえない。
「北部は敵がおらぬのか?」
「全く。だからこそ完全に警戒を解くわけにはいかない」
正直銀髪が来るならここが一番厄介だ。とにかく少数精鋭で一点突破を狙うなら北部からだろうとみている。
だってこっち側が一番警戒していないはずだからな。もう夏とはいえ肌寒く、未開の地である北方を軍隊が突っ切るのは無茶だ。しかし銀髪を戦力の中心に据えるなら最悪他の奴らを潰してでもおつりがくる。
敵がそういう選択をしないとは限らない。
とはいえ、今戦場の中心となっているのはやはり。
「東、か」
「ああ。あっちももう二日三日で交戦が始まる」
「激しい戦いになるのじゃろうな」
「だな」
東の戦いは西の樹海のようにゲリラ戦ではなく、籠城しつつ相手を削る戦いになる。敵の死体をいかに積み上げられるかが勝負だ。
クワイの南部の領であるラオ、あるいは北東部のシャオガンから樹海を目指していたセイノス教徒は草原を抜け、山道を通る道筋を歩もうとしていた。
神からの託宣によれば山を抜ける道があり、そこを通れば蟻の本拠地は目と鼻の先なのだ。
トゥッチェの民の先導により、大軍団が草原を埋め尽くす。当然魔物による激しい抵抗が予想されたが意外なことにほとんど戦いらしい戦いもなく順調に進軍することができた。
さらに天気が荒れやすい高原にしてはかなり穏やかな気候で、喉の渇きによる体調不良(その中には魔物の乳を飲むことを拒んだセイノス教徒も含まれる)以外ほとんど脱落者はなかった。
風にそよぐ草は柔らかく、日差しは厳しいがだからこそ、神の愛を感じる余裕さえある。
道中の安全に対して神に祈り、感謝をささげる。彼女たちの日課はそれだけだった。
そうして遥か彼方からさえも視界に入っていた聳え立つ山々に手が届くほど近づいた時。ようやく目に入った。
山のように見えたそれは、今までに見たことのないほど巨大な要塞だった。
動揺を隠せず、喧騒を鎮めるために総司令官である大司教が演説を始めようとしたその時、轟音と同時に空から岩が降り注ぐ。
まぎれもなく敵意のある攻撃だったが、それを理解できなかった。まだ敵の要塞からは距離がある。千歩歩いたとしてもたどり着けない。
だから攻撃などあるはずがない。呆然とするセイノス教徒たちに二度目の轟音が響き、今度こそ敵の攻撃であるとようやく理解した。
「攻撃開始!」
演説を中断した大司教が叫ぶ。
まだ霞むほど遠くにある敵の要塞に向けて彼女たちは走り出す。三度目の轟音と大岩が降り注ぐ、押しつぶされた味方がべったりと地面にこびりつく。
目的地は遠く、それまでにどれほどの血が流れるかは誰にもわからなかったが、熾烈な戦いが始まったことだけは誰もがわかっていた。
誰が呼んだか、その場所に付けられた名は――――絶望への門。
「全くだのう」
樹海の戦闘風景を見ていて思わず大爆笑。トンビにから揚げをかっさらわれたようなぽかんとした司祭は写真に収めてSNSにアップすればそれなりにバズったかもしれないくらい絵になる表情だった。
「ひとまずは予定通りだな。別働隊の首尾は?」
「文句なしじゃ。奴らの食料は丸ごと妾たちが確保した」
上出来だ。
むしろ本命の作戦が上手くいった。この樹海はオレたちにとって巨大な食料庫だけど、敵にとっては砂漠ほど食料がないだろう。
だって土地勘がないからな! 小動物一匹捕まえるのに苦労するし、生で飲めば腹を壊す水もあるだろう。
食い物がなくなればそのうち餓死者が続出するはずだ。
そうすりゃどんだけ数がいても無意味だ。ゲリラ戦でできるのはあくまで時間稼ぎ。つまり時間を稼ぐ意味がないといけない。
食料はその意味の最たるもの。この様子ならいくらでも抗戦できる。
「じゃが一つ懸念がある」
「ん? 何が?」
「奴ら、この森そのものを焼き払わぬかのう?」
それは考えられる限り最悪で最善の戦法だ。
蜘蛛のゲリラ戦は樹木があることが前提になっている。焼け野原では正面切っての戦闘にしかならない。
さらにこちらの食料供給を断ち、補給拠点も丸見えになる。森の各所に火を放てばいくら何でも止めるのは困難だ。
地球でそんな戦法を実行した奴がいたのかどうかはわからないけど、土地をぶっ壊してもいいなら十分採用できる戦術だ。
が。
「多分それはない。琴音たちにある噂を流してもらってる」
「何じゃ? 火を放てば神が怒るとでも?」
「いいや。もっとセイノス教らしい言い方だよ。きちんと自分たちの魔法で魔物を倒さなければ救いが訪れない、そんな噂だよ」
セイノス教はとにかく魔法で魔物を殺すことに固執する。だからその背中を押すような言葉なら簡単に信じてくれる。
「例の裏切り者が考えたのか?」
サリのことをあまり快く思っていないのか少し表情が歪んでいる。
「そういうこと。皮肉じゃないけど内側にいた奴はやっぱり視点が違う」
宗教はその信者でないと本当に理解はできないのだろう。どれだけ考えても説得力がある言葉は同じ思想を共有できる信徒でないとわかり合えない。
いやあ地球で宗教戦争が勃発するわけだ!
おっとこれ以上はまずいな。
「各地の様子を聞いておきたいのじゃが、よいか?」
「ん、いいよ」
「南部の監視はどうじゃ?」
「問題ない。少人数で突破を図ろうとした奴らは全部空が潰した」
南部はもうちょっと敵が進行してもおかしくないかと思っていたけど……そこに兵を送る気配さえない。
「北部は敵がおらぬのか?」
「全く。だからこそ完全に警戒を解くわけにはいかない」
正直銀髪が来るならここが一番厄介だ。とにかく少数精鋭で一点突破を狙うなら北部からだろうとみている。
だってこっち側が一番警戒していないはずだからな。もう夏とはいえ肌寒く、未開の地である北方を軍隊が突っ切るのは無茶だ。しかし銀髪を戦力の中心に据えるなら最悪他の奴らを潰してでもおつりがくる。
敵がそういう選択をしないとは限らない。
とはいえ、今戦場の中心となっているのはやはり。
「東、か」
「ああ。あっちももう二日三日で交戦が始まる」
「激しい戦いになるのじゃろうな」
「だな」
東の戦いは西の樹海のようにゲリラ戦ではなく、籠城しつつ相手を削る戦いになる。敵の死体をいかに積み上げられるかが勝負だ。
クワイの南部の領であるラオ、あるいは北東部のシャオガンから樹海を目指していたセイノス教徒は草原を抜け、山道を通る道筋を歩もうとしていた。
神からの託宣によれば山を抜ける道があり、そこを通れば蟻の本拠地は目と鼻の先なのだ。
トゥッチェの民の先導により、大軍団が草原を埋め尽くす。当然魔物による激しい抵抗が予想されたが意外なことにほとんど戦いらしい戦いもなく順調に進軍することができた。
さらに天気が荒れやすい高原にしてはかなり穏やかな気候で、喉の渇きによる体調不良(その中には魔物の乳を飲むことを拒んだセイノス教徒も含まれる)以外ほとんど脱落者はなかった。
風にそよぐ草は柔らかく、日差しは厳しいがだからこそ、神の愛を感じる余裕さえある。
道中の安全に対して神に祈り、感謝をささげる。彼女たちの日課はそれだけだった。
そうして遥か彼方からさえも視界に入っていた聳え立つ山々に手が届くほど近づいた時。ようやく目に入った。
山のように見えたそれは、今までに見たことのないほど巨大な要塞だった。
動揺を隠せず、喧騒を鎮めるために総司令官である大司教が演説を始めようとしたその時、轟音と同時に空から岩が降り注ぐ。
まぎれもなく敵意のある攻撃だったが、それを理解できなかった。まだ敵の要塞からは距離がある。千歩歩いたとしてもたどり着けない。
だから攻撃などあるはずがない。呆然とするセイノス教徒たちに二度目の轟音が響き、今度こそ敵の攻撃であるとようやく理解した。
「攻撃開始!」
演説を中断した大司教が叫ぶ。
まだ霞むほど遠くにある敵の要塞に向けて彼女たちは走り出す。三度目の轟音と大岩が降り注ぐ、押しつぶされた味方がべったりと地面にこびりつく。
目的地は遠く、それまでにどれほどの血が流れるかは誰にもわからなかったが、熾烈な戦いが始まったことだけは誰もがわかっていた。
誰が呼んだか、その場所に付けられた名は――――絶望への門。
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