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秋葉夕雲

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第六章

456 来訪者

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 幽鬼のようにさまようタストを見つけたのはウェングの部隊だった。
 タストの顔を覚えていた彼女たちはタストを介抱し、ウェングのもとへと連れていった。尋常ならざるタストの様子にウェングは驚いたが、何があったかを聞き出したウェングはそれよりもはるかに激しい驚愕を受けた。

「俺たちがただのコピーで……蟻の王は別に人間……いや、この世界の人間には別に敵意を持ってなくて……何の冗談だよそれ……」
「冗談じゃないよ」
 体中から血液が流れ出たような乾いた笑みを浮かべるタスト。
 その様子を見て、少なくとも嘘はついていないと判断するしかなかった。
「それに……あんたほんとに裏切るつもりなのか?」
「裏切るんじゃない。クワイを守るために最善の行動をするだけだ」
 卑屈な顔で、目を逸らしながら語るその言葉を真に受ける誰かがいるだろうか。
「結果的に裏切ってるだろ!」
「じゃあどうしろって言うんだ!」
 二人は立ち上がり、にらみ合う。椅子は立ち上がった衝撃ですでに床に転がっている。
 予想よりも激しいタストの剣幕にウェングは思わずひるむ。
「この国はもう限界だ! それなのに都合のいい夢をみるやつばっかり! 誰も現実を見ようとはしない! だから僕がやるしかない! ……でも、僕は……失敗した」
 徐々に語勢は削がれ、消え入るような声になる。どう見ても情緒不安定だが、それを指摘しても何かが変わりはしないだろう。
「だから、責任を取って……ちゃんと、この国を守って……」
「その先に、何かあるのか?」
「ないよ。どうせ何もない。僕がどれだけこの国に貢献したところで誰も僕を評価しない。でもそれはきっと失敗しても成功しても同じことなんだ」
「それは……」
 ウェングもその気持ちはわかる。
 この先どう転んだところで称賛されるのはファティであってタストではない。クワイは、セイノス教はただ上位にいる存在だけを盲信する。だから、陰で力を尽くしても意味はないのだ。
「もう疲れたんだよ。疲れたんだ……努力することも、評価されないことも……うまくやれるはずだったんだ……こんどこそ……もっとちゃんと……」
 椅子に座らず、床にへたり込む姿はもはや老人にしか見えない。
「僕は、楽になりたい。君は、まだこんな国に忠を尽くす価値があると思うかい?」
 ある、と断言はできなかった。もういっそこんな国はなくなってしまえと思ったことはある。
 人間でも何でもない奴らの為に戦わなければならない理由はあるのだろうか。いや、そもそも自分自身さえも人間ではないのだが。
 反論する代わりに別の方向から言葉を探る。
「ファティちゃんには、なんて説明するんだ?」
「もうちょっとしたら……蟻の王には会ったと伝える。ただ、君が攻め込まなければクワイにも攻め込まないつもりのようだった。転生者であることは……上手く説明する」
「それは、騙すってことか?」
「そうだよ。それくらいしないと、上手く立ち回れない」
 もはやどう説得しても意思を変えるつもりはないと悟ったウェングは黙るしかなかった。





 タストとの会見から数日後。
 早くもクワイには動きがあった。銀の聖女を連れずに魔物の討伐へ向かう一団が編成されたのだ。
 指揮官はタスト。

「はっはっは。あんにゃろう、オレを思いっきりこき使うつもりだな」
 タストとの連絡手段は単純だ。タストが教都チャンガンの近くにある蟻の拠点を訪れるだけだ。見つかるリスクもあるのだけど、タスト曰く。
『どうせ誰も僕のことを見張ってなんかいない』
 ということだったので、遠慮なく適当な連絡方法にさせてもらった。
 今回の作戦はこうだ。
 タストが率いる部隊が蟻に勝利する。
 それに勢いづいた他の誰かがタストに続けと出陣する。そいつらをぼこぼこにする。タストの評価が上がり、他は下がる。
 ま、あいつには多少美味い汁を吸わせて太ってもらわないと困るからな。しばらくは言う通りにするか。
 ご丁寧に進軍の予定表までもらったから、必要以上に戦わなくてもいい。適当に戦って適当に逃げれば目的は達成できる。
 ちなみに次回出陣するクワイのお偉いさんもすでに決まっているらしい。あいつらどんだけ戦いたがってるんだよ。
 これも敵の行動予定を知らせてもらえるらしいので、苦戦はしないだろう。
 クワイはもう反抗する気力がなくなったといっていい。つまり、後の敵はクワイではなく、別の敵になる。

 オレたちが到達した西端に当たるスーサン。かつてヒトモドキどもが神を崇めていたそこはもうオレたちの立派な城塞になっていた。
 建設の指揮を行ったのは我らが建築士七海。クワイの動向が落ち着いてきたので今はスーサンに行ってもらっている。あいつも忙しいからな。いい加減休暇の一つや二つ渡すべきかもしれない。
 城壁を高くし、大砲を設置し、敵を出迎える準備は万端。
 そして、やはり、奴らはやってきた。深い海のような藍色の姿。西藍がじわじわとオレたちの領土に迫っていた。
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