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第一章 一ノ谷来栖の女装が美しい 1
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翌日の月曜日は、よく晴れていた。
来栖のクラスは1-Aで、日当たりのいい南向きの窓からほどよい強さの陽光の帯が差し込んでいる。
昼休み、前の席に座っている友人の白石静二が、あははと軽く笑って来栖の「事件」を聞いていた。
なお、来栖の服装は、もちろん女子の制服である。毎朝堂々と、彼はスカート姿で登校している。
「笑い事じゃないんだよ、静二」
「だって、もう今年何回目なの。まあ無理もないか、本当に、クルスは日に日にきれいになっていくよね。まつげは長いし、すらっとした細面で、女装してなければずば抜けた美少年なんだもの。瞳は、いかにも意志が強そうにいつもきらきら輝いてるし。小学校のころからもてたんでしょ?」
「そのころは、女子からな。まあ、正直言えば、ちょっとはうれしかったよ。少なくとも、今みたいに男から好かれてるよりはな」
小学校の時は美しさを女子から称えられるだけの来栖だったが、中学に上がるとちらほらと告白されだした。
来栖が女装を始めたのは中学の半ばからだが、すると、今度は男にもて始めてしまった。
そして恋愛関係のトラブル――といっても常に来栖が巻き込まれる側だったが――は、高校生になってから、加速度的に増えた。
「考えてみてくれよ。見知らぬところで勝手に惚れられて、見知らぬ誰かに知らぬ間に恨まれて、ある日突然絡まれるんだぞ。たいていは昨日みたいに、彼氏がおれを好きになったからって起きるトラブルだ。どうしろってんだよ」
「世の中、理不尽なものだよねえ」
うんうんとうなずく静二。彼は来栖が口にする不満はたやすく解決するものではないことを承知しているからこそ、聞き役として受け止めてくれる。
こういう時に、静二は、「じゃあ女装をやめればいいじゃない」とは言わない。
来栖にとっては、静二のそういう性格がありがたかった。
本来なら、気まずいからと彼から避けられ、クラスで最も疎遠な存在になってもおかしくなかったのだが。
「でもクルス、最近本当にもてっぷりが加速してるよね。一学期の間は、告白されたのって月に何度かくらいだったでしょ?」
「夏休みの間も、まあ数回あったかな。二学期になってからは毎週だよ。告白も、トラブルも。静かに冬休みを迎えさせてくれ」
ふむ、と静二が親指を顎に当てた。
「僕が思うに、そのころから、クルスの体の成長と磨かれていく美しさが合致してきたんじゃないかな。それで、尋常じゃない魅力を発揮してるんだと思う。クルスは傍目には女性と見まがうばかりの美形だけど、よくよく見れば顔つきは男らしいし、男性らしい骨格のシルエットや、独特の凄味が美の中に潜んでる。その危うさが独特の怪しい色気を醸し出して、見る者を惹きつけているんだろうね」
静二は、この手の言語化がくせになっているようだ。
来栖が、完全にどこからどう見てもというほど女性に化けているわけではない――というより、それは来栖の顔立ちと体つきからして不可能である――のは、来栖自身重々承知している。
間近で正面から向かい合ってよくよく見れば、来栖は「女にしか見えない男」ではなく、「中性的な美しい女装男子」である。
「まあおれも、自分に似合うメイクや着こなしにもだいぶ慣れたしな……ってお前、真顔でよくそんなこと言えるな」
「ふふ。クルスこそ、真顔で僕を見つめないでよ。僕だってまだ、油断すると危ないんだからね」
「あ、ああ。そうか」
謝るのもなにか違う気がして、そんなあいまいな答え方しか来栖はできない。
高校の入学式から女装していた来栖に、まさにその高校生活の初日、最初に告白してきたのはほかならぬ静二だった。
いきなりごめん。白石静二といいます。生まれて初めて、ひとめぼれしました。僕と、つき合ってもらえませんか。
来栖にすれば、それまでの経験から、ひとめぼれなどという理由で知りもしない相手にいきなり交際を申し込むというのは、最大級に無責任な暴挙だと思っていた。
しかしこの時の静二は、ほかの男どもがそうだったような、一方的な情熱をほとばしらせてぎらついた目をしておらず、その所作にはどこか控えめな気遣いがあった。
そんな静二の真剣なまなざしを前に、この男子をむげに扱うことはできないと決めた来栖は、自分の性別が心身ともに男であることや恋愛対象が女性であることを丁寧に説明した。
やはり静二も、服装や顔だちと髪型から、来栖が女子であると思い込んでいたのだ。
迷惑をかけたと謝罪する静二と来栖が打ち解けてからは、二人はクラスでも特に気の置けない友人になっている。
「でもな、静二。おれが男だと知った上で告白してくる男も結構いるんだよ。それで恋愛対象は異性だってやつ。で、つき合いたいって言うんだけど、つき合うってことは、キスとか、それ以上のことにもなってくるだろ? あいつら、その辺どう考えてるんだろうな」
「そういう先々のことまでは考えられないくらい、クルスがきれいなんだよ。クルスが笑ってる時とか、後光が見える時があるもの。本当だよ」
「……それ、ほかのやつにも言われた。リアルに光って見えるとか、比喩じゃなくまじで輝いてるんだとか。でもな、これ顰蹙買う時あるけどあえて言うけど、見た目だけでそこまで好きになられても、こっちだってちょっと引くんだぞ。今まで告白してきたやつで、おれの見た目以外の理由で好きになったって言ってきたやつ、男女問わず皆無だからな。……あ、っと」
来栖が湿原に気づいて、口をつぐむが、手遅れだった。
「ふふ。どういたしまして」
静二は笑ってくれたが、気まずさに、つい来栖は腕を組む。
「ま、まあとにかく、ちょっとおれが目についたからって適当に群がってくるやつらなんて、なんの遠慮もせずに振り続けるのみだ。それで恨まれても、逆恨みってもんだ。男からも、女からもな」
「ほどほどにしなよ。本気で憎まれて、危ないことになったらどうするの」
「大丈夫だ。中学の時、一瞬空手習ったから」
「それで大丈夫とは思わないけど……」
呆れたように言われたところで、予鈴が鳴った。
静二が前へ向き直り、次の授業の教科書を準備する。
最近は来栖は男にばかりもてているが、一応、今でも女子からも好意を寄せられることはある。
しかしどうも彼女たちの「好意」は、男連中ほどの熱意はないというか、恋愛対象として交際したいというまでの強度ではないようだった。単に来栖の美しさを評価してくれている、という程度のことが多い。
来栖としては、どうやら自分の女装が似合いすぎているために女子から男として見られていないのではないかと思えたが、それで今のところは特に不都合もなかった。
少なくとも中学の一時期までのように、女子と顔を合わせただけですぐに好きになられてしまうような関係性よりはよほど健全だ、と思う。
もちろん中学の時の女子という女子が全員来栖にひとめぼれするわけではないのだが、数人に一人くらいがそうなるのを経験すると、自然と来栖のほうも身構えてしまう。
一部の女子が、それこそ女友達のように屈託なく接してくれるようになったのは、来栖が女装するようになってからだ。やはり見た目の印象というのは、人間関係において大きいらしい。
だからこそ来栖は努めて女子に対して紳士的に振る舞うように心がけたし、彼女たちの好意を悪用するようなことも決してしないよう気をつけていた。
だからこそ、己の保身のために恋人に嘘をつくような男に対しては怒りが湧く。
午後の授業を受け終わって、帰宅部の来栖が帰り支度をしていると、教室の入り口から名前を呼ばれた。
「あ、あの、一ノ谷来栖くんっ。少し、お話いいでしょうか!」
そこに立っていたのは、髪をストレートに下ろして眼鏡をかけた、真面目そうな男子だった。
一見したところ、誠実そうな見た目をしている。中身もそうだとは限らないが。
そんなひねた感想を抱きつつ、来栖は、こっそり胸中で嘆息した。
(ああ……この感じだと、要件っておおかた……)
「どうでしょう、今少し時間もらえませんかっ? そ、その、もう少し人目につかないところでっ」
「いいけどさ――」
よくよく見ると、男子生徒のつやのある黒髪の下には丸く大きな目が輝いていて、男性アイドルでも目指せそうな顔立ちをしている。
こいつそれなりにもてるんじゃないかな、などと思いつつ、来栖は続けた。
「――もし、つき合ってくれっていうならお断りだよ。おれは男と交際するつもりはないから」
「なっ!?」
口元に手を持っていって分かりやすく狼狽する男子生徒に、来栖は続けた。
「別におかしなことじゃないだろう? おれが男だってのは知ってたんだよな? さっきくんづけしてたし」
「は、はい。で、でも、女子の格好してるから……心が女性なのかと……」
胸中の嘆息を、外に漏らさないように気をつけながら。
「それとこれとは全くの別問題だよ。おれはただ、自分の着たい服を着てるだけだ。で?」
来栖はなるべく穏やかに問う。
「え?」
男子生徒が目をぱちくりさせる。
「おれ、君と、人目のつかないところとやらに行ったほうがいい?」
「あ……っと……あの、じゃあ一ノ谷くんは、今彼氏を作る予定とかは……」
「ない。今もこれからも。それが要件なら、時間の無駄だからごめんこうむりたいな」
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なお、来栖の服装は、もちろん女子の制服である。毎朝堂々と、彼はスカート姿で登校している。
「笑い事じゃないんだよ、静二」
「だって、もう今年何回目なの。まあ無理もないか、本当に、クルスは日に日にきれいになっていくよね。まつげは長いし、すらっとした細面で、女装してなければずば抜けた美少年なんだもの。瞳は、いかにも意志が強そうにいつもきらきら輝いてるし。小学校のころからもてたんでしょ?」
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こういう時に、静二は、「じゃあ女装をやめればいいじゃない」とは言わない。
来栖にとっては、静二のそういう性格がありがたかった。
本来なら、気まずいからと彼から避けられ、クラスで最も疎遠な存在になってもおかしくなかったのだが。
「でもクルス、最近本当にもてっぷりが加速してるよね。一学期の間は、告白されたのって月に何度かくらいだったでしょ?」
「夏休みの間も、まあ数回あったかな。二学期になってからは毎週だよ。告白も、トラブルも。静かに冬休みを迎えさせてくれ」
ふむ、と静二が親指を顎に当てた。
「僕が思うに、そのころから、クルスの体の成長と磨かれていく美しさが合致してきたんじゃないかな。それで、尋常じゃない魅力を発揮してるんだと思う。クルスは傍目には女性と見まがうばかりの美形だけど、よくよく見れば顔つきは男らしいし、男性らしい骨格のシルエットや、独特の凄味が美の中に潜んでる。その危うさが独特の怪しい色気を醸し出して、見る者を惹きつけているんだろうね」
静二は、この手の言語化がくせになっているようだ。
来栖が、完全にどこからどう見てもというほど女性に化けているわけではない――というより、それは来栖の顔立ちと体つきからして不可能である――のは、来栖自身重々承知している。
間近で正面から向かい合ってよくよく見れば、来栖は「女にしか見えない男」ではなく、「中性的な美しい女装男子」である。
「まあおれも、自分に似合うメイクや着こなしにもだいぶ慣れたしな……ってお前、真顔でよくそんなこと言えるな」
「ふふ。クルスこそ、真顔で僕を見つめないでよ。僕だってまだ、油断すると危ないんだからね」
「あ、ああ。そうか」
謝るのもなにか違う気がして、そんなあいまいな答え方しか来栖はできない。
高校の入学式から女装していた来栖に、まさにその高校生活の初日、最初に告白してきたのはほかならぬ静二だった。
いきなりごめん。白石静二といいます。生まれて初めて、ひとめぼれしました。僕と、つき合ってもらえませんか。
来栖にすれば、それまでの経験から、ひとめぼれなどという理由で知りもしない相手にいきなり交際を申し込むというのは、最大級に無責任な暴挙だと思っていた。
しかしこの時の静二は、ほかの男どもがそうだったような、一方的な情熱をほとばしらせてぎらついた目をしておらず、その所作にはどこか控えめな気遣いがあった。
そんな静二の真剣なまなざしを前に、この男子をむげに扱うことはできないと決めた来栖は、自分の性別が心身ともに男であることや恋愛対象が女性であることを丁寧に説明した。
やはり静二も、服装や顔だちと髪型から、来栖が女子であると思い込んでいたのだ。
迷惑をかけたと謝罪する静二と来栖が打ち解けてからは、二人はクラスでも特に気の置けない友人になっている。
「でもな、静二。おれが男だと知った上で告白してくる男も結構いるんだよ。それで恋愛対象は異性だってやつ。で、つき合いたいって言うんだけど、つき合うってことは、キスとか、それ以上のことにもなってくるだろ? あいつら、その辺どう考えてるんだろうな」
「そういう先々のことまでは考えられないくらい、クルスがきれいなんだよ。クルスが笑ってる時とか、後光が見える時があるもの。本当だよ」
「……それ、ほかのやつにも言われた。リアルに光って見えるとか、比喩じゃなくまじで輝いてるんだとか。でもな、これ顰蹙買う時あるけどあえて言うけど、見た目だけでそこまで好きになられても、こっちだってちょっと引くんだぞ。今まで告白してきたやつで、おれの見た目以外の理由で好きになったって言ってきたやつ、男女問わず皆無だからな。……あ、っと」
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「ふふ。どういたしまして」
静二は笑ってくれたが、気まずさに、つい来栖は腕を組む。
「ま、まあとにかく、ちょっとおれが目についたからって適当に群がってくるやつらなんて、なんの遠慮もせずに振り続けるのみだ。それで恨まれても、逆恨みってもんだ。男からも、女からもな」
「ほどほどにしなよ。本気で憎まれて、危ないことになったらどうするの」
「大丈夫だ。中学の時、一瞬空手習ったから」
「それで大丈夫とは思わないけど……」
呆れたように言われたところで、予鈴が鳴った。
静二が前へ向き直り、次の授業の教科書を準備する。
最近は来栖は男にばかりもてているが、一応、今でも女子からも好意を寄せられることはある。
しかしどうも彼女たちの「好意」は、男連中ほどの熱意はないというか、恋愛対象として交際したいというまでの強度ではないようだった。単に来栖の美しさを評価してくれている、という程度のことが多い。
来栖としては、どうやら自分の女装が似合いすぎているために女子から男として見られていないのではないかと思えたが、それで今のところは特に不都合もなかった。
少なくとも中学の一時期までのように、女子と顔を合わせただけですぐに好きになられてしまうような関係性よりはよほど健全だ、と思う。
もちろん中学の時の女子という女子が全員来栖にひとめぼれするわけではないのだが、数人に一人くらいがそうなるのを経験すると、自然と来栖のほうも身構えてしまう。
一部の女子が、それこそ女友達のように屈託なく接してくれるようになったのは、来栖が女装するようになってからだ。やはり見た目の印象というのは、人間関係において大きいらしい。
だからこそ来栖は努めて女子に対して紳士的に振る舞うように心がけたし、彼女たちの好意を悪用するようなことも決してしないよう気をつけていた。
だからこそ、己の保身のために恋人に嘘をつくような男に対しては怒りが湧く。
午後の授業を受け終わって、帰宅部の来栖が帰り支度をしていると、教室の入り口から名前を呼ばれた。
「あ、あの、一ノ谷来栖くんっ。少し、お話いいでしょうか!」
そこに立っていたのは、髪をストレートに下ろして眼鏡をかけた、真面目そうな男子だった。
一見したところ、誠実そうな見た目をしている。中身もそうだとは限らないが。
そんなひねた感想を抱きつつ、来栖は、こっそり胸中で嘆息した。
(ああ……この感じだと、要件っておおかた……)
「どうでしょう、今少し時間もらえませんかっ? そ、その、もう少し人目につかないところでっ」
「いいけどさ――」
よくよく見ると、男子生徒のつやのある黒髪の下には丸く大きな目が輝いていて、男性アイドルでも目指せそうな顔立ちをしている。
こいつそれなりにもてるんじゃないかな、などと思いつつ、来栖は続けた。
「――もし、つき合ってくれっていうならお断りだよ。おれは男と交際するつもりはないから」
「なっ!?」
口元に手を持っていって分かりやすく狼狽する男子生徒に、来栖は続けた。
「別におかしなことじゃないだろう? おれが男だってのは知ってたんだよな? さっきくんづけしてたし」
「は、はい。で、でも、女子の格好してるから……心が女性なのかと……」
胸中の嘆息を、外に漏らさないように気をつけながら。
「それとこれとは全くの別問題だよ。おれはただ、自分の着たい服を着てるだけだ。で?」
来栖はなるべく穏やかに問う。
「え?」
男子生徒が目をぱちくりさせる。
「おれ、君と、人目のつかないところとやらに行ったほうがいい?」
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