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第一章 ずっとずっと好きだったけれどもういけない
青四季海と、先輩の折露杏子2
しおりを挟むそれは、初めて聞いた。
海の中で、「仕事」をしていた時の記憶がよみがえった。客の女は、少なくない人数が、海に――今だけの姿を見せている相手だけにさらせる性癖を抱えていた。
ほかならぬ自分がそれを満たしてあげたい、というのは、海の根源的な欲求だった。
「あー、海くんの、大きいよね……一番硬くなってる大きいのつかんでるのが、好きなんだー……、一番好きな時……」
そういうことなら、と海は舌の動きを再開させた。
杏子は、海のパンツの前の合わせ目から起用に指を差し入れて、完全に勃起した海のペニスをそこから出させた。そして、幹を手のひらで握る。
海はもうとがめなかった。
杏子は、再びやってきた絶頂の中で、声も出せなくなっていた。
海が目を閉じる。
ペニスからは、確かに快感が生じている。苦しそうにひくついて、放出を待ち望んでいる。しかし、海は無理に射精したくはない。
海は、次第に愛撫の速度を落とし、代わりに、舌の動きと使う面積をだんだん大きくしていった。
杏子が最後の絶頂を迎えた時、まだその手は、海をつかまえたままだった。
海も杏子から、唇を離さずにいた。
「海くんてさあ、……」
なんですか? と訊きながら、どんな言葉が続くのかは、もう分かっている。
「なんで、そんな上手なの?」
本気で訊いているわけではなく一種の誉め言葉なのは分かるので、売男やってたからですよ、と吐き捨てたくなって、飲み込む。
杏子は、以前歌舞伎町でパパ活をやっていた時に、いきなり後ろから腕をつかまれた。
何事かとおびえながら振り向いたら、そこにいたのが海だった。
海にすれば、当時ロングヘアだったなるみにそっくりの女が男に買われようとしていたので、必死で割り込んだのだが、よく見ると別人だった。
杏子は笑い出した。その場で、杏子がパパ活をやっていることと、海が女相手の「仕事」をしていることを口にし合った。
海に興味を持った杏子が、どんなものなのかと興味を持って、海を自分の家に誘った。
その時海は奉仕をしたが、金は取らなかったし、挿入もしていない。
ただ、一方的によがらされた杏子が、して欲しいことは口に出さなくてもしてくれ、して欲しくないことはまったくしてこない海の技術に舌を巻いた。
それから二人が同じ学校に通っていることが判明し、ひとしきり驚いた後、杏子が
「お金が欲しいわけじゃないんだ」
とつぶやいた。パパ活のことだと察した海が
「分かります」
と答えた。
それ以来、性欲解消の必要がある時に杏子が海を呼び出す仲になった。この旧校舎の秘密は、もちろん杏子は誰にも話していない。
海にすれば、事情は異なるものの、同じような行動を取ったことのある、分かり合える友人のような存在が杏子だった。
だから、生徒では唯一の奉仕相手にしているし、もともと陽菜専用になるだろうと思っていたこの部屋を杏子への奉仕にも使っている。
「海くん、あたしさあ」
杏子は、タオルで杏子の体を拭き出した海に、抑揚のない声で言った。
「はい?」
「今の彼氏のこと、好きなんだけど」
「はい」
「あいつ、もしかしたら、やらしいこととかあんまり好きじゃないのかもしんない。それか、あたしが好きじゃないか」
「そんなこと」
「やっぱ、男って処女好きじゃん」
海は言葉に詰まった。
処女を好む男が多いとは言えない。しかし杏子が言っているのは、男というのは、一度ほかの男のものになった女を、愛し抜く自信を持てないことも多い生き物だということだろう。
反論するのは簡単だが、杏子が今までにどんな男たちとつき合ったのかを知らないまま、安易に否定はできなかった。否定できるとすれば、
「そんなの分からないじゃないですか。折露先輩のことを好きじゃなかったら、つき合わないでしょう」
「でもほら、あたしって、黒髪ロングじゃん。なんか、勝手に清楚だと思われることあるんだよね。あいつもそう思ったんじゃないかなー。で、つき合い始めたら、アレなんか違うぞ? みたいなさー」
杏子は苦笑している。まだ、服も着ないで仰向けになったままで。
「……それ、彼氏さんが言ったんですか?」
「いや、あたしがそう感じただけ……って、海くんどしたの目え怖い怖い」
いつの間にか真顔になっていたのを自覚して、海は両手で頬を叩いた。
「す、すみません。でも、折露先輩はとっても魅力的ですよ。彼氏さん、照れてるだけかもしれませんから、……だから」
「あはは、分かってる分かってる。ありがとうね、励ましてくれて。今日は、ちょっと弱気になっててさ。でも海くんのおかげで、元気出たよ」
そう言うと、杏子は立ち上がって、自分の服を手に取った。
「あいつ鉄板で童貞だし、海くんよりたぶん全然下手だけど、これから伸びるかもだから、やったら報告するよ」
「いえ……報告はいりませんけど……彼氏さんも嫌でしょうし……」
引いている海を見て、杏子はけらけらと笑った。
そういう瞬間に、海は、つかの間なにかを許されたような気分になる。
ドアの外では、きしきしという家鳴りの音がしている。
この建物も相当古いもんな、とのんきに思いながら、海は両手を振り上げて伸びをして、制服を手に取った。
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