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第二部 虚構の楽園
3 王女の箱庭③
「そういや、最近陛下を見てねえな。ここには来ないのか?」
「……この雰囲気があまり好きではないらしいな。明るくてふわふわして居心地が悪いと云っていたが、正直なところ天上界を思い出すのだろう。可能なかぎり寄り付きたくないという風情だ」
「なるほどね……。で、ここに入り浸ってるお前とはすれ違いってわけだ。寂しいなら会いにいけば? 喧嘩してるわけじゃねえだろ」
「だから、何故そうなる。理由がない。なんで私が父上などに……」
会いにゆかねばならぬ、とナシェルは尻すぼみな語尾を碗の中に落とした。
「素直じゃねえなぁ。理由なんかなくてもいいんだよお前らの場合。こう、なんつーか……言葉じゃなくて体でしか表現できないものがあるだろ? あ、さっきと逆のこと云ってるな俺。
まあいいや、分かった。お前から会いに行くってのが照れくさいなら、俺がなんとかしてやる」
ナシェルが慌てて碗から唇を離し、余計なことを……と云いかけたとき、階段の方で賑やかな声がして、会話は中断された。
花園から元気よく上がってきたルーシェとアシュタルが、卓の上に用意された乳母手製の焼菓子に目を輝かせて手を伸ばそうとする。
後ろからすかさずサリエルの声が飛んだ。
「手を洗ってからです」
「はあい」
子供たちは首を竦め手洗い場のある城内に駆け込んでゆく。大人たちは微笑った。
「あいつら、本当の兄妹みたいだなぁ」
「ああ。だがアシュタルはたぶん、本当はもっと物静かで思慮深い性格のはずだ。きっと跳ね返りのルゥに合わせているのだろう。……私たちの子供の頃を思い出す。聞けサリエル。私もこいつに随分振り回されたものだ」
「ちょっと待て。振り回したのはお前の方だろ。ガキのころ腐樹界で迷子になったときのことを忘れたとは云わせないぜ。あと幻霧界でおかしな怪物に喰われそうになったときだって」
云い合いを始めた二人を、サリエルは子供用の茶器を運びながらくすくすと笑って見守っている。
闇に閉ざされた冥界の一部とは思えぬ、穏やかな疑似天の風景がここにはあった。
「こっちよ、エベールにいさま! はやく」
手洗い場に行った姫が、戻ったとき連れていたのはナシェルの異母弟の第二王子・エベールであった。
ルゥに袖を引っ張られるようにして現れた彼は、ナシェルを見て遠慮がちに微笑んだ。
「兄上……お久しぶりです」
「エベールではないか、久しいな。少し背が伸びたようだ」
エベール・サロニエルはまだナシェルが幼いころ、冥王とヴェルゼフォニア女公爵とが戯れに契ってできたらしい、半神半魔の王子である。
巻き毛の黒髪に縁取られた艶やかな容貌は、いっそ妖しいほどで、ナシェルの放つ凛とした輝きとは異質だ。
両親とも高位神であるナシェルと違い、精霊を使役するなどの神力は持たず、容姿も母親似で冥王から受け継いだものは一切見受けられない。
冥王はこの望んでいなかった己の子に対し、凄まじいほどの無関心で応じていた。もう立派な青年に成長したが、ナシェルのように領地を与えられ独立するでもなく、王宮で飼い殺されていると云ってもいい。
幼い頃は孤立しがちな彼を色々と構ってやったり、時には味方になってやったりと目をかけていたナシェルであるが、そのうちに誰に何を吹き込まれたのかエベール自身のほうから遠慮して距離を置き始め、ナシェルも成長して暗黒界に居を移したせいもあって、とうとう目に見えない溝ができてしまった気がする。
しかし、エベールが胸中にたとえどれだけ寂寥と苛立ちを抱えていようと、それを最たる嫉妬の対象であるナシェルがどう軽減してやれるというのだ。哀れみや同情など不要のはずである。
異母弟のために何かしてやりたいなぁ、と常々思いながらも、腹を割って今さら話すこともできず現在に至っていた。
「こんな所で会うなんて珍しいな。よく姫さんに会いにくるのか?」
「ええ、ヴァニオン殿。ルーシェに時々遊んでもらってるんです」
どちらが臣下か分からぬような二人の口調に、ナシェルは眉を顰めてヴァニオンを睨みながら、
「こちらに来て座れ、エベール」
と己の傍らを示した。
「あ、でも……、僕など、お邪魔ではございませんか」
「邪魔な訳があるまい。サリエル、済まぬがもう一杯淹れてくれ」
ナシェルはぞんざいに、同席していたヴァニオンを隣の子供たちの円卓へ追い払う。ヴァニオンは王女に不服の声を投げられながらもそちらに移動した。
「兄上……近ごろ王宮にはあまり来られぬでしょう。父上も寂しがっておいでだと思います。暗黒界でのご政務がお忙しいのですか」
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