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第二部 虚構の楽園
7 晩餐の席で①
王の私的な夕餉の間でナシェルを出迎えたのは、公爵たちの驚きの視線であった。
丁重に先導しようとした侍官を無視して勝手に入室したために、談笑していた4名の公爵達は王が現れたと勘違いし、椅子を蹴立てて立ち上がった。
自分の城では部下と食事といってもアシュレイドと議論しながらのものであったり、ヴァニオンと呑んだりするばかりであったので、王の晩餐がこういう雰囲気であることを失念していた。
「あ、いや、私だ」
咳払いで誤魔化そうとすると、
「ナシェル王子殿下のおなりでございます」
と、侍官が後ろからやっと助け舟を出す。居合わせた公爵達は珍しい敬称を聞いて思わず顔を上げ、ついでナシェルの典雅な衣装に目を奪われて絶句した。
ナシェルはきまりの悪さを押し隠し、王座の左隣に侍官の導きで腰を降ろす。
公爵達も着席したがその視線はまだこの着飾った麗神に縫いとめられている。
息を呑む気配が伝わってきた。
ナシェルは視線に耐えつつも一同を逆に見回した。
大広間で行う公式の晩餐とは異なり、あくまで王の私的な食事会の形式であるため、円卓の方式をとっている。
通常円卓というと席順がないが、王の座る玉座だけ諸公とは別の設えであるため、当然そこから左周りに序列され、ナシェルの席は上座の次である。
その日、王と晩餐を共にするのは9名の冥界公爵のうちの冥府にいる4名であった。
ナシェルの左隣から、
炎獄界の領主にして冥界軍の総指揮官ヴェルキウス公爵。
幻獣界の領主にして冥界軍の統帥長ヴェルゼブル公爵。
虚無界の領主にして内務卿(宰相)ヴェンディート公爵。
腐樹界の領主にして冥王の侍医(自称)……。紹介の義務はない。
ナシェルはねっとりとした視線を胸元のあたりに絡み付けてくるそれを、疎ましげに睨み付けた。
ヴァルトリス公ファルク――通称『毒の公爵』は、唇を嘗め、王子の睥睨を嫣然と受け止める。
お き れ い で す よ、とその口が声を発さずゆっくりと動いた。
……やはり無視することにした。
「殿下、いつ冥府に? お珍しいですな。そのようなお姿で…冥王陛下と見間違えてしまいました」
左隣のヴェルキウス公爵ジェニウスが親しげに話しかけてくる。
9公爵筆頭であるこの壮年の偉丈夫は、ナシェルの幼少時の乳母ナシリアの夫であり、ヴァニオンの父である。
軍の総司令として冥王からの信頼も厚く、もっとも王に近しい人物とされていた。
「息子はつつがなくお仕えしておりますか」
「ああ、たまに気に障る言動があるがな」
「非礼の数々ご容赦くださって、いつも感謝しております」
「いや、こちらこそだ。ヤツのおかげで私の堪忍袋は日々かなり鍛えられている」
軽口を叩きながら、ナシェルはジェニウスの目尻に目立ち始めた皺を眺めている。
長い長い青年期を終え、ゆっくりとした老いを迎えようとしているこの近しい家臣の姿に、神である父や自分との、種の違いを今さらながら痛感した。
ヴァニオンもいずれ老いるのだ……、このようにして。
ジェニウスの左隣に座るヴェルゼブル将軍は更に齢を重ねている。冥界軍の後方を固める司令官である。さらにその隣……ナシェルのほぼ正面に座るのが内務卿ヴェンディート公爵。例の……、エベールが封じられようとしている虚無界を、今は彼が領有している。
席の遠いそれらの公爵には、ナシェルは会釈に対して軽く目礼するにとどめた。
ファルクの下心たっぷりの視線を無視しながらジェニウスと雑談を交わしていると、程なくして侍官の先触れがあり、冥王が入室してきた。
公爵達は立ち上がり王を出迎えたが、ナシェルは着座したまま王の衣装を驚きの目で見つめた。
王の纏っているのは黒地に金の蔓草模様の長衣に黒の袴、そして紅い宝石の光る金細工のサークレット。
つまりナシェルのそれと色違いのお揃いである。
「……ッ、死ね……」
気恥ずかしさに震える王子に冥王はうっとりと微笑みかけ、隣の王座に腰を下ろした。
「なんで同じものを着てくるんです……おかしいでしょうが、」
声を落として抗議したが、冥王はとぼけて手を振り皆に着座を許した。
王が一緒に着替えなかったのはこうしたわけであった。
当然家臣たちもこの双面の神々が衣装を揃えていることにすぐ気づき、侍官たちによって給仕が開始される中、ファルク・ヴァルトリス公爵が王よりも先に言葉を発する。
「陛下と殿下がそうしてお召し物を合わせて並んでおられると、まるで一対の織物画のようでございますな」
掟破りなこの行動に腹を立てるよりも、おそろいを指摘されたことのほうが嬉しいのか、王は上機嫌な様子で食前酒の高脚杯を取る。ナシェルは丸眼鏡の毒薬狂に「黙れ……黙れ」と繰り返し念を送ったがすでに無駄で、公爵達も彼にならい、次々に賛辞を投げかけてくる。
「まことに麗しい。我らのみが拝謁の栄を賜るのは惜しいというものです」
「金と銀とは……よく出来ておりますのう。瞳のお色に合わせられたか」
冥王は賞賛の言葉を受けながら杯を掲げ、一人一人とそれぞれに視線を交わして乾杯を示しているが、ナシェルは父を無視して杯を口につけた。
食事のあいだじゅう目など合わすものか、と思う。
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