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第三部 天 獄
18虜囚①
(……ここは、どこだ……)
押し潰されそうな、深い皓白の煌き。
眸の奥が挿し貫かれるようだ。
未だかつて味わったことのない、吐気を催すほど夥しい光の束が、ナシェルの体を包み込んでいる。
いや、光の束によって拘束されているといったほうが正しいか。
眼を閉じていてなおジリジリと瞼を焼き焦がす眩しさ。痛いほどに……。
途方もない脱力感が押し寄せ、意識は未だ混濁している。
ナシェルはうろうろと、白明のさなかを彷徨っていた。
何も判らない……何も……判りたくない……。
だが一つだけ、朦朧の中でも胸に突き刺さる事実がある。
あんなにも己を悩ませ続けていたあの深紅のまなざしを、今は、感じ取ることができない。
それだけははっきりとしている。
あの眼差しの及ぶ範囲を、越えてしまったのだ、己は。
あれほど逃れ続けたかった貴方の支配を抜けた今……、我が元にあるのは果てしない痛みと空虚感……。
冥王の支配を失い、ナシェルは独り静かに心乱れていた。
疲労からなのか、それとも深手となった傷に魘されてか、意識はたびたび夢と現の狭間を漂う。
夢の中ではひたすらに白い……あてどない白い迷宮の小道を彷徨い、どこかに闇に通じる出口はないかと求めるも、角を曲がるたびに眸を突き刺すのはまばゆい光ばかり。そのつどに四肢は怠さを増し、気勢は萎えた。
摘んだ花を髪に挿し、笑いさざめきながら角を曲がって消えたほのかな継母の幻を追い、駆け出そうとするとやおら肩に激痛が奔り、そうだ、今、背後から槍の一撃を食らったのだ、と悟る。
だが首をねじって振り返ると、己に深手を負わせた者はあの栗毛の馬上の神ではなく、今までそこに存在し得なかったはずの昏闇から伸びる、一つの美しい腕だった。
「父上……、」
ナシェルは渇望を込めて、槍を持つその腕に向け呼ばわった。
激しい王の怒りを感じて、頽れかけた躯に昂奮がみなぎり、とうとう罰されるときがきたのだと魂は歓びに震えた。
さあ私の躯などくれてやる、はやく己を罰してみよと一歩を踏み出せば、しかし闇の腕は興ざめしたかのように槍を手放し、暗黒の彼方へ去ろうとする。
「なぜ……」
私を捕まえてくれぬのか。
――だが覚束ない幻はそこであっけなく途切れた。
体が急に落下するような錯覚に襲われてびくっと身を竦め、したたかに引きずられるように夢から醒める。
重い瞼をうっすらと持ち上げてみれば、飛び込んでくるのはどこまでも限りなく白い天井……。ああ、これこそが夢で、先程のふたりこそ、現実であったなら……。
ナシェルは弾んだ息を鎮めるため、ゆっくりと深呼吸を繰り返した。
落下感はあったにも関わらず、目覚めてみれば四肢の感覚は全くといっていいほどなかった。手足はいずこかへ持ち去られてしまったかのようだ。生首となって晒されているのと、変わりはなかった。
今出来ることは、再び眠ることぐらいだ。
ならばと……、見失ったもの達をもう一度求めて光の世界を遮断し、もう幻でも夢でもいいからといくら念じても、もう王が姿を見せることはなかった。
遠ざかったのは、己と半身との距離だけなのか……。
云い知れぬ不安が押し寄せる。冥王は、今、どうしているのか。怒り狂っているのか。己を探し、呼ばわっているのか。
どちらにしても、きっと呆れ果てていることだろう。自業自得の行いの果てに、易々と敵の手中に堕ちた己に……。
……それにしてもなぜ、継母を夢に見たのだろう。やけにはっきりとしていた。
ナシェルは重い頭で悶々と思考を巡らす。
ここはどこだ……。まさか己は消滅し、創世界に―――生母と継母のいる、噂に聞きし創世界に、転位したのではなかろうな。転位……それを成し遂げてもなお、悲哀と辛苦は朽ちえぬのか。
いや待て、そんなはずはない。
あれしきの傷でやられる己ではない。
ではあれは、やはり脆弱な己の願望の顕れにすぎぬのだ。
そうだ、あの程度の怪我でめめしく夢を流離うなど笑止。
しっかりしろ。思いわずらっている場合ではない。お前の矜持は一体、何処へ行った?
体力を回復し、一刻も早く、闇の国へ戻るのだ。
でなければ、また……父を、孤独にしてしまう……。
そうだ……、今はとにかく怪我を癒し、この胸糞悪い光の中から抜け出す方法を考えろ。
今は、とにかく……。
押し潰されそうな、深い皓白の煌き。
眸の奥が挿し貫かれるようだ。
未だかつて味わったことのない、吐気を催すほど夥しい光の束が、ナシェルの体を包み込んでいる。
いや、光の束によって拘束されているといったほうが正しいか。
眼を閉じていてなおジリジリと瞼を焼き焦がす眩しさ。痛いほどに……。
途方もない脱力感が押し寄せ、意識は未だ混濁している。
ナシェルはうろうろと、白明のさなかを彷徨っていた。
何も判らない……何も……判りたくない……。
だが一つだけ、朦朧の中でも胸に突き刺さる事実がある。
あんなにも己を悩ませ続けていたあの深紅のまなざしを、今は、感じ取ることができない。
それだけははっきりとしている。
あの眼差しの及ぶ範囲を、越えてしまったのだ、己は。
あれほど逃れ続けたかった貴方の支配を抜けた今……、我が元にあるのは果てしない痛みと空虚感……。
冥王の支配を失い、ナシェルは独り静かに心乱れていた。
疲労からなのか、それとも深手となった傷に魘されてか、意識はたびたび夢と現の狭間を漂う。
夢の中ではひたすらに白い……あてどない白い迷宮の小道を彷徨い、どこかに闇に通じる出口はないかと求めるも、角を曲がるたびに眸を突き刺すのはまばゆい光ばかり。そのつどに四肢は怠さを増し、気勢は萎えた。
摘んだ花を髪に挿し、笑いさざめきながら角を曲がって消えたほのかな継母の幻を追い、駆け出そうとするとやおら肩に激痛が奔り、そうだ、今、背後から槍の一撃を食らったのだ、と悟る。
だが首をねじって振り返ると、己に深手を負わせた者はあの栗毛の馬上の神ではなく、今までそこに存在し得なかったはずの昏闇から伸びる、一つの美しい腕だった。
「父上……、」
ナシェルは渇望を込めて、槍を持つその腕に向け呼ばわった。
激しい王の怒りを感じて、頽れかけた躯に昂奮がみなぎり、とうとう罰されるときがきたのだと魂は歓びに震えた。
さあ私の躯などくれてやる、はやく己を罰してみよと一歩を踏み出せば、しかし闇の腕は興ざめしたかのように槍を手放し、暗黒の彼方へ去ろうとする。
「なぜ……」
私を捕まえてくれぬのか。
――だが覚束ない幻はそこであっけなく途切れた。
体が急に落下するような錯覚に襲われてびくっと身を竦め、したたかに引きずられるように夢から醒める。
重い瞼をうっすらと持ち上げてみれば、飛び込んでくるのはどこまでも限りなく白い天井……。ああ、これこそが夢で、先程のふたりこそ、現実であったなら……。
ナシェルは弾んだ息を鎮めるため、ゆっくりと深呼吸を繰り返した。
落下感はあったにも関わらず、目覚めてみれば四肢の感覚は全くといっていいほどなかった。手足はいずこかへ持ち去られてしまったかのようだ。生首となって晒されているのと、変わりはなかった。
今出来ることは、再び眠ることぐらいだ。
ならばと……、見失ったもの達をもう一度求めて光の世界を遮断し、もう幻でも夢でもいいからといくら念じても、もう王が姿を見せることはなかった。
遠ざかったのは、己と半身との距離だけなのか……。
云い知れぬ不安が押し寄せる。冥王は、今、どうしているのか。怒り狂っているのか。己を探し、呼ばわっているのか。
どちらにしても、きっと呆れ果てていることだろう。自業自得の行いの果てに、易々と敵の手中に堕ちた己に……。
……それにしてもなぜ、継母を夢に見たのだろう。やけにはっきりとしていた。
ナシェルは重い頭で悶々と思考を巡らす。
ここはどこだ……。まさか己は消滅し、創世界に―――生母と継母のいる、噂に聞きし創世界に、転位したのではなかろうな。転位……それを成し遂げてもなお、悲哀と辛苦は朽ちえぬのか。
いや待て、そんなはずはない。
あれしきの傷でやられる己ではない。
ではあれは、やはり脆弱な己の願望の顕れにすぎぬのだ。
そうだ、あの程度の怪我でめめしく夢を流離うなど笑止。
しっかりしろ。思いわずらっている場合ではない。お前の矜持は一体、何処へ行った?
体力を回復し、一刻も早く、闇の国へ戻るのだ。
でなければ、また……父を、孤独にしてしまう……。
そうだ……、今はとにかく怪我を癒し、この胸糞悪い光の中から抜け出す方法を考えろ。
今は、とにかく……。
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