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第三部 天 獄
20虜囚③
「な、やっぱ云ったとおりの上玉だろ」
「ああ、そそる面構えだ」
「醜い容貌から天を追われたと噂に聞く黒の神の子が、まさかこんな逸品とはな……」
若い男の神々はナシェルを取り囲み笑い声を上げる。明らかに値踏みするような視線だった。
……何の用だなどという無駄な問いかけをするつもりはない。捕虜の臨検といったところだろう……。
だが片腕を拘束されているとはいえ易々と従ってやるつもりは、ナシェルには毛頭無かった。でかい風穴が開いたはずの右肩は、何故だかおおかた癒えており、幸いにして拘束を免れている。
ナシェルは全身に静かな闘気を漲らせる。そうだ、下種ども、のこのこと近づいてくるがいい。
床に座るナシェルが左手を鎖で繋がれていることを確認してか、油断しきった男神の一人が背後に回ってナシェルに歩み寄り、いきなり肩を掴もうとした。
「…ッ!」
その瞬間、ナシェルは両手を床について素早く身を反転させ足払いをかけた。
まさか繋がれた相手から抵抗を受けるとは思ってもみなかったのだろう、ナシェルの両脚で下半身を挟まれた男はそのまま真後ろに無様にひっくり返され、強かに後頭部を打ちつけた。ぐわぁ!と情けない悲鳴が上がる。
「私に触れられるものなら、触れてみるがいい」
立ち上がりざま、ナシェルは傲然と云い放った。やはりこいつら雑魚だな。ここを抜け出すに当たっての準備運動ぐらいにはなるか……。
「てめぇ……!」
髪を掻きあげたナシェルに、残りの二人が前後から飛び掛ってくる。
身を屈めて前からの拳を躱しつつ、膝の屈伸を利用して腹に体当たりをかまして二人目を床に這わす。馬乗りになり上から拳を顔に突き込んだ。その間、ほんのひと瞬きほど。
直後後ろの男神が羽交い絞めにしようと組み付いてくる。ナシェルは下の男神を踏みつけながら勢いをつけて飛び上がりその腕を抜けると、一瞬あとには後ろの男の背後に音もなく降り立った。
獲物が突然視界から消えうせ、男の表情に驚愕の色が奔る。
男の背後で、鎖の発する鋭い金属音が響き渡った。
ナシェルが左手首を振り上げると、床で蜷を巻いていた鎖がびんと跳ね上がり、鞭のように撓る。
ナシェルは鎖を翻し、瞬時に背後から男の首を締め上げにかかった。
がはっ、と呻き声を上げ、三人目の男は喉元を掻き毟るように抵抗する。
(チ、この程度の連中が私を値踏みしようとはな。話にならん)
己を縛めるための鎖で、ぎりぎりと男を締め上げながら、内心で舌打ちする。なめられているとしか云いようがない……。
「ぐ…はッ…!」
ナシェルが手に力を込めると男の首がいよいよ絞まり、抵抗が薄れていく。後頭部を打った者、顔面に一撃を食らった者もおのおの床でまだ呻いているのを確認しながら、ナシェルは窒息しかかっている男の耳元に吹き込んだ。
「さらばだ。さっさと創世界へ逝け」
(貴様らが私を異端とする扱いを続けるならば、お望みどおり異端の神らしく何処までも残忍に振舞ってやる。こいつらを始末して得物をいただきここを脱出して……そのあとはどうする? ここがもし天上界の都だったなら……、天王の寝首でも掻いてやるか?)
「――ハイ、残念だけどぉ、そこまでね」
場違いなほど明るい声がナシェルの耳元で、突如そう囁いてきた。
「!」
「美人さん。やっぱアンタ、なかなかやるみたいねぇ。傷が塞がったばかりだからと思って右腕はつなぐの勘弁しといてあげたのに……。やっぱちゃんと繋いどけば良かったな。ハイ、おイタはその辺でおしまいだよぉ」
背後からナシェルの頬に、ひたりと冷たい短剣の刃がつきつけられていた。
突きつけられたのは、見覚えのある短剣だった。疑似天から地上界へ抜ける際、異母弟から借り受けてナシェルが所持していたものだ。
横目を向けると、ナシェルの背後に立っていたのはあのアドリスとかいう栗毛の男神だった。ナシェルに短槍の一撃を見舞った者だ。
にっこりと笑っているが、こないだのお返しだよ、とばかりに突きつけた短剣の切っ先には、殺気が漂っている。気配を殺し、いつの間に部屋に入ってきたのか。
こうして背後に立つ敏捷性からしても、やはり己が食らったあの一撃もまぐれではなかったようだ。レストルと名乗っていた兄神と同様、こちらもなるほど、相当のものだ。この三人とは、感じ取れる神司からして桁が違う。
ナシェルはゆっくりと鎖をゆるめ、男を解放した。
男は這うようにナシェルの足元から逃げ出し、咳き込んでいる。
「ア……アドリス、助かったぜ」
他の二人の男達も口汚い言葉を罵りながら起き上がった。
「お前らまったく、何してんの? だからコイツには気をつけろよって云ったのに。早くしないと、兄貴が戻ってきちゃうだろ……あんまり手間かけさせないでよ」
アドリスは男達に向け顔を顰めてみせる。
「アンタもさぁ……あんま羽目はずさないほうがいいんじゃないかな? 誰がその傷、治してくれたのか分かる?」
「………」
親しげに、肩に顎をのせるようにして、アドリスが項に息を吹きかけてくる。ナシェルは背を伸ばし真っ直ぐに前を見据え、無言を保った。
「ああ、そそる面構えだ」
「醜い容貌から天を追われたと噂に聞く黒の神の子が、まさかこんな逸品とはな……」
若い男の神々はナシェルを取り囲み笑い声を上げる。明らかに値踏みするような視線だった。
……何の用だなどという無駄な問いかけをするつもりはない。捕虜の臨検といったところだろう……。
だが片腕を拘束されているとはいえ易々と従ってやるつもりは、ナシェルには毛頭無かった。でかい風穴が開いたはずの右肩は、何故だかおおかた癒えており、幸いにして拘束を免れている。
ナシェルは全身に静かな闘気を漲らせる。そうだ、下種ども、のこのこと近づいてくるがいい。
床に座るナシェルが左手を鎖で繋がれていることを確認してか、油断しきった男神の一人が背後に回ってナシェルに歩み寄り、いきなり肩を掴もうとした。
「…ッ!」
その瞬間、ナシェルは両手を床について素早く身を反転させ足払いをかけた。
まさか繋がれた相手から抵抗を受けるとは思ってもみなかったのだろう、ナシェルの両脚で下半身を挟まれた男はそのまま真後ろに無様にひっくり返され、強かに後頭部を打ちつけた。ぐわぁ!と情けない悲鳴が上がる。
「私に触れられるものなら、触れてみるがいい」
立ち上がりざま、ナシェルは傲然と云い放った。やはりこいつら雑魚だな。ここを抜け出すに当たっての準備運動ぐらいにはなるか……。
「てめぇ……!」
髪を掻きあげたナシェルに、残りの二人が前後から飛び掛ってくる。
身を屈めて前からの拳を躱しつつ、膝の屈伸を利用して腹に体当たりをかまして二人目を床に這わす。馬乗りになり上から拳を顔に突き込んだ。その間、ほんのひと瞬きほど。
直後後ろの男神が羽交い絞めにしようと組み付いてくる。ナシェルは下の男神を踏みつけながら勢いをつけて飛び上がりその腕を抜けると、一瞬あとには後ろの男の背後に音もなく降り立った。
獲物が突然視界から消えうせ、男の表情に驚愕の色が奔る。
男の背後で、鎖の発する鋭い金属音が響き渡った。
ナシェルが左手首を振り上げると、床で蜷を巻いていた鎖がびんと跳ね上がり、鞭のように撓る。
ナシェルは鎖を翻し、瞬時に背後から男の首を締め上げにかかった。
がはっ、と呻き声を上げ、三人目の男は喉元を掻き毟るように抵抗する。
(チ、この程度の連中が私を値踏みしようとはな。話にならん)
己を縛めるための鎖で、ぎりぎりと男を締め上げながら、内心で舌打ちする。なめられているとしか云いようがない……。
「ぐ…はッ…!」
ナシェルが手に力を込めると男の首がいよいよ絞まり、抵抗が薄れていく。後頭部を打った者、顔面に一撃を食らった者もおのおの床でまだ呻いているのを確認しながら、ナシェルは窒息しかかっている男の耳元に吹き込んだ。
「さらばだ。さっさと創世界へ逝け」
(貴様らが私を異端とする扱いを続けるならば、お望みどおり異端の神らしく何処までも残忍に振舞ってやる。こいつらを始末して得物をいただきここを脱出して……そのあとはどうする? ここがもし天上界の都だったなら……、天王の寝首でも掻いてやるか?)
「――ハイ、残念だけどぉ、そこまでね」
場違いなほど明るい声がナシェルの耳元で、突如そう囁いてきた。
「!」
「美人さん。やっぱアンタ、なかなかやるみたいねぇ。傷が塞がったばかりだからと思って右腕はつなぐの勘弁しといてあげたのに……。やっぱちゃんと繋いどけば良かったな。ハイ、おイタはその辺でおしまいだよぉ」
背後からナシェルの頬に、ひたりと冷たい短剣の刃がつきつけられていた。
突きつけられたのは、見覚えのある短剣だった。疑似天から地上界へ抜ける際、異母弟から借り受けてナシェルが所持していたものだ。
横目を向けると、ナシェルの背後に立っていたのはあのアドリスとかいう栗毛の男神だった。ナシェルに短槍の一撃を見舞った者だ。
にっこりと笑っているが、こないだのお返しだよ、とばかりに突きつけた短剣の切っ先には、殺気が漂っている。気配を殺し、いつの間に部屋に入ってきたのか。
こうして背後に立つ敏捷性からしても、やはり己が食らったあの一撃もまぐれではなかったようだ。レストルと名乗っていた兄神と同様、こちらもなるほど、相当のものだ。この三人とは、感じ取れる神司からして桁が違う。
ナシェルはゆっくりと鎖をゆるめ、男を解放した。
男は這うようにナシェルの足元から逃げ出し、咳き込んでいる。
「ア……アドリス、助かったぜ」
他の二人の男達も口汚い言葉を罵りながら起き上がった。
「お前らまったく、何してんの? だからコイツには気をつけろよって云ったのに。早くしないと、兄貴が戻ってきちゃうだろ……あんまり手間かけさせないでよ」
アドリスは男達に向け顔を顰めてみせる。
「アンタもさぁ……あんま羽目はずさないほうがいいんじゃないかな? 誰がその傷、治してくれたのか分かる?」
「………」
親しげに、肩に顎をのせるようにして、アドリスが項に息を吹きかけてくる。ナシェルは背を伸ばし真っ直ぐに前を見据え、無言を保った。
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