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第三部 天 獄
37自責③
「ああ、三途の河の内側までな。お前を捕虜にしたこの俺と張り合おうとして、功をあせった連中どもさ。だが闇の神に弾き返されて、全員吹っ飛んで消滅したそうだ。まったく、馬鹿どもめ。最後の最後まで俺の足を引っ張ってくれる……チッ」
三途の河の内部! それでは三連砦は……暗黒界はどうなっているのかと蒼ざめるナシェルの前で、レストルは舌打ちを繰り返している。『それで冥界側はどうなったのか?』などとこの男に訊いても無駄だろう。
レストルの背後でアドリスが呑気な声を出す。
「アンタの親父さん、アンタの身柄がこっち側にあるって分かったうえで、俺たちの仲間10柱まとめてぶっ殺したのかなァ? 普通は生け捕りにして交換取引しようとか、考えるでしょ。どんだけ頭ブッ飛んでるの……」
「取引などするつもりはないという宣戦布告なのか、息子を殺されたと思っていてその報復なのか、それとも……噂通り狂っているか、そのどれかだろう」
レストルは観察するようにナシェルの表情を注視したまま、吐き捨てる。
「10柱もの神がいっぺんに消滅するなど前代未聞だ。天上界はこのことでさっきから大混乱だ。息子を殺された親神たちは、怒り狂ってる。報復戦に討って出よと勢い盛んに天王宮に押し掛けて来ている。親父がなんとか、入り口で押さえているがな。これは下手をすれば戦争になるぞ」
(仕返しに、捕えたお前を殺せという者もいるぐらいだ)
レストルはナシェルの顎の下へ指を添えた。そのままつう……と上向けさせると、切れ長の、群青色の眸がレストルを見つめてくる。
衝撃と悦びと憂い……様々な感情に揺れ動きながらも、努めて平静を装おうと表情を消しているのが判る。
貸し与えた白の湯上りローブの胸元から覗く肌が、目もくらむほどに眩しかった。
(無論、殺すなどと、そんな勿体ないことは、この俺が、させない……)
ここへ虜囚の身を移したのは正解だった。あのまま外宮の一室に繋がれていれば、いつ殺された神の一族がこいつに『報復』に来ないとも限らぬ。
不幸中の幸いと内心安堵するレストルに対し、ナシェルは何かを云わねばと考え、口を衝いて出たのはやはり虚勢の台詞なのだった。
「では、この私を報復に殺せばよい。冥界の世継をもって下級神10名の命を贖えるのだ。不足はあるまい? お前の帯びたその剣で、私を……簡単なことだ」
と、唇を歪めてみせる。
レストルには、それが本心でないことは判っていた。
(こいつ、覚えているのだ、俺があのときした行為を……朦朧のさなかの口づけのことを。俺の内心に気づき、……そして殺させはしないという思いに気づき、この台詞を吐いている……!)
ナシェルの言葉の裏に潜む自分への嘲りを感じ取り、レストルは不意に怒りを募らせた。
「貴様、」
顎にやっていた指を滑らせ、胸倉を掴みあげる。
「俺が貴様を庇護せねばならぬ立場だなどと、勘違いするなよ! 貴様をここに移したのは、別に護ってやろうなどという親切心からじゃない。
ご身分の高い人質だからといって、客人ぶるな。貴様が捕虜であることには代わりないんだ」
「では、なぜ私をここへ移した……?」
尻が浮き上がるほどに掴みあげられたナシェルは、なおも卑しむような笑みを崩さない。
(こいつ自分のことを、身分の高さゆえに殺されはせぬ、と分かっていて挑発していやがる……! 取引材料だからこっちが何も手出しできないと高をくくってやがるのか? さっきの話を聞いたにも関わらず、この状況でまだこの俺を挑発するとは……なんていう気の強さだ)
レストルは虜囚の体を寝台の上に引きずり倒した。
手首を保持したまま上から逃れられぬように覆い被さり、至近からその群青の瞳を射抜く。
「決めた。……俺はお前を『飼う』ことにするぞ」
「……ほう?」
群青の瞳は表面上は揺れ動きもせず、余裕の眼差しでレストルを見上げる。ローブの袷が少し乱れ、煽情的な胸元がますます露わになる。
「……伯父上、とやらの許可がいるんじゃないのか? 天王の許しを得てのことか」
「許しなど必要ない、お前は俺が捕らえたんだ。俺に所有権がある。他の者に口出しはさせん」
やや血走ったような狂おしい視線をナシェルに注ぎつつ、レストルは弟に声を投げた。
「アドリス! しばらく誰も宮に入って来れないように、外に結界張ってこい」
「えぇ? 人遣い荒すぎい。それに兄貴だけお楽しみなんてズルいぞ!」
虜囚のローブの袷を引き掴んだ、レストルの手がはたと止まる。
「――お前男には興味ないって、前に言ってただろうが」
「興味なかったけど、そいつは別だよぉ。なあ兄貴、結界張ってくるからさ、俺も楽しませてよ」
「…………」
ナシェルの相貌を見下ろすレストルは、しばし迷うふうであったが、やがて残忍ともとれる笑みを浮かべた。
「……いいぞ、どのみちこいつが暴れたら押さえておいてもらおうと思ってたんだ。お前にも分け前やるから来いよ」
「てか兄貴、そいつ捕虜にしたの自分みたいなコト云ってたけどそいつ仕留めたの俺だからね、そこんとこお忘れなく。んじゃ、結界張ってくるけどぉ、目眩ましみたいなのでいいのぉ? あんまゴテゴテ派手にすると親父たちに逆にばれるっしょ」
「お前に任す」
口笛を吹きながらアドリスは出ていった。
「…………」
至近に、互いの吐息を絡ませ合いながら、二人は暫時憎々しげに見つめあう。
ナシェルは蔑みと憐みのこもった眼差しを上になったレストルに注ぐ。長く嘆息した後で云った。
「……さっさと私を蹂躙すれば良い。貴様の云う通り私は捕虜だ。私をどう扱おうと貴様の自由だからな」
薄い唇に軽蔑するような冷笑さえ浮かべ、なおも挑発の姿勢を崩さぬ虜囚の様に、レストルの理性の糸は千切れかかる。
「云ったな、死神。こちらがお前を殺せないからといって、調子に乗るなよ」
三途の河の内部! それでは三連砦は……暗黒界はどうなっているのかと蒼ざめるナシェルの前で、レストルは舌打ちを繰り返している。『それで冥界側はどうなったのか?』などとこの男に訊いても無駄だろう。
レストルの背後でアドリスが呑気な声を出す。
「アンタの親父さん、アンタの身柄がこっち側にあるって分かったうえで、俺たちの仲間10柱まとめてぶっ殺したのかなァ? 普通は生け捕りにして交換取引しようとか、考えるでしょ。どんだけ頭ブッ飛んでるの……」
「取引などするつもりはないという宣戦布告なのか、息子を殺されたと思っていてその報復なのか、それとも……噂通り狂っているか、そのどれかだろう」
レストルは観察するようにナシェルの表情を注視したまま、吐き捨てる。
「10柱もの神がいっぺんに消滅するなど前代未聞だ。天上界はこのことでさっきから大混乱だ。息子を殺された親神たちは、怒り狂ってる。報復戦に討って出よと勢い盛んに天王宮に押し掛けて来ている。親父がなんとか、入り口で押さえているがな。これは下手をすれば戦争になるぞ」
(仕返しに、捕えたお前を殺せという者もいるぐらいだ)
レストルはナシェルの顎の下へ指を添えた。そのままつう……と上向けさせると、切れ長の、群青色の眸がレストルを見つめてくる。
衝撃と悦びと憂い……様々な感情に揺れ動きながらも、努めて平静を装おうと表情を消しているのが判る。
貸し与えた白の湯上りローブの胸元から覗く肌が、目もくらむほどに眩しかった。
(無論、殺すなどと、そんな勿体ないことは、この俺が、させない……)
ここへ虜囚の身を移したのは正解だった。あのまま外宮の一室に繋がれていれば、いつ殺された神の一族がこいつに『報復』に来ないとも限らぬ。
不幸中の幸いと内心安堵するレストルに対し、ナシェルは何かを云わねばと考え、口を衝いて出たのはやはり虚勢の台詞なのだった。
「では、この私を報復に殺せばよい。冥界の世継をもって下級神10名の命を贖えるのだ。不足はあるまい? お前の帯びたその剣で、私を……簡単なことだ」
と、唇を歪めてみせる。
レストルには、それが本心でないことは判っていた。
(こいつ、覚えているのだ、俺があのときした行為を……朦朧のさなかの口づけのことを。俺の内心に気づき、……そして殺させはしないという思いに気づき、この台詞を吐いている……!)
ナシェルの言葉の裏に潜む自分への嘲りを感じ取り、レストルは不意に怒りを募らせた。
「貴様、」
顎にやっていた指を滑らせ、胸倉を掴みあげる。
「俺が貴様を庇護せねばならぬ立場だなどと、勘違いするなよ! 貴様をここに移したのは、別に護ってやろうなどという親切心からじゃない。
ご身分の高い人質だからといって、客人ぶるな。貴様が捕虜であることには代わりないんだ」
「では、なぜ私をここへ移した……?」
尻が浮き上がるほどに掴みあげられたナシェルは、なおも卑しむような笑みを崩さない。
(こいつ自分のことを、身分の高さゆえに殺されはせぬ、と分かっていて挑発していやがる……! 取引材料だからこっちが何も手出しできないと高をくくってやがるのか? さっきの話を聞いたにも関わらず、この状況でまだこの俺を挑発するとは……なんていう気の強さだ)
レストルは虜囚の体を寝台の上に引きずり倒した。
手首を保持したまま上から逃れられぬように覆い被さり、至近からその群青の瞳を射抜く。
「決めた。……俺はお前を『飼う』ことにするぞ」
「……ほう?」
群青の瞳は表面上は揺れ動きもせず、余裕の眼差しでレストルを見上げる。ローブの袷が少し乱れ、煽情的な胸元がますます露わになる。
「……伯父上、とやらの許可がいるんじゃないのか? 天王の許しを得てのことか」
「許しなど必要ない、お前は俺が捕らえたんだ。俺に所有権がある。他の者に口出しはさせん」
やや血走ったような狂おしい視線をナシェルに注ぎつつ、レストルは弟に声を投げた。
「アドリス! しばらく誰も宮に入って来れないように、外に結界張ってこい」
「えぇ? 人遣い荒すぎい。それに兄貴だけお楽しみなんてズルいぞ!」
虜囚のローブの袷を引き掴んだ、レストルの手がはたと止まる。
「――お前男には興味ないって、前に言ってただろうが」
「興味なかったけど、そいつは別だよぉ。なあ兄貴、結界張ってくるからさ、俺も楽しませてよ」
「…………」
ナシェルの相貌を見下ろすレストルは、しばし迷うふうであったが、やがて残忍ともとれる笑みを浮かべた。
「……いいぞ、どのみちこいつが暴れたら押さえておいてもらおうと思ってたんだ。お前にも分け前やるから来いよ」
「てか兄貴、そいつ捕虜にしたの自分みたいなコト云ってたけどそいつ仕留めたの俺だからね、そこんとこお忘れなく。んじゃ、結界張ってくるけどぉ、目眩ましみたいなのでいいのぉ? あんまゴテゴテ派手にすると親父たちに逆にばれるっしょ」
「お前に任す」
口笛を吹きながらアドリスは出ていった。
「…………」
至近に、互いの吐息を絡ませ合いながら、二人は暫時憎々しげに見つめあう。
ナシェルは蔑みと憐みのこもった眼差しを上になったレストルに注ぐ。長く嘆息した後で云った。
「……さっさと私を蹂躙すれば良い。貴様の云う通り私は捕虜だ。私をどう扱おうと貴様の自由だからな」
薄い唇に軽蔑するような冷笑さえ浮かべ、なおも挑発の姿勢を崩さぬ虜囚の様に、レストルの理性の糸は千切れかかる。
「云ったな、死神。こちらがお前を殺せないからといって、調子に乗るなよ」
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