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第三部 天 獄
48断罪②
そのとき扉が外から叩かれ、扉外の兵が緊急の報告であると告げた。入室を許可され入ってきた騎士団将校が略礼して告げる。
「只今ヴァレフォール副団長の隊が帰還いたしました!」
それこそ待ち望んでいた報せであった。
「首尾はどうであった」
素早く訊いた王に、将校が背筋を正して応ずる。胸に、布に包まれた一振りの剣を携えている。
「ナシェル殿下の剣が落ちており回収して参ったとのこと」
「まことに“蒼眸の慈悲”か?」
王は布を外させ鞘ごと剣を受け取った。王の手の中で、剣の握りに嵌った群青色の宝石が、ぼうと鈍く光った。王はおのれの腰に佩いたつがいの神剣がそれに呼応するようにキインと高鳴るのを感じた。
もはや言葉にならないような思念が、剣の握りを通じて王に何事かを訴えかけてきていた。
《……、…ち、……、……》
(そなたの思念を感じる。神剣を手放す最後の瞬間まで、余を呼んでいたのだね)
「それから負傷者を一名回収した模様であります」
将校は報告を続けた。
「負傷者?」
「ヴェルキウス公家のヴァニオン卿であります」
「ヴァニオン卿が!?」
不幸中の幸いと表情を輝かせるアシュレイドの横で、呻いたのは父ジェニウスである。
「なんだと……。あれが一人帰還しても意味がないのだ! いっそ死んでおればまだ名誉も保たれようものを!」
激昂するジェニウスの声に、冥王の乾いた笑声が重なった。
「そなたの息子はとことん悪運が強いものと見えるな」
無事に帰還したこと自体を『悪運』と言ったのかとアシュレイドは思ったが、そうではなかった。
「余がこれ以上一滴の血も流すな、と言ったそばから帰還するとはな。あやつが命拾いするのはこれで何度目だ?」
王の真意に気づいたジェニウスが肩を怒らせるようにして叫んだ。
「陛下どうぞ私に構わず我が愚息に死罰をお与えになってください!! 愚息はそれだけのことをしでかしました。いえ陛下が罰を下されなくともこの私が」
「ならぬと云うておる。生きて戻ったのなら、それもまたヴァニオンの命運なのであろうよ」
冥王は報告者である将校に向けて鋭く言った。
「意識はある様子か」
「いえ、まだご回復されておりません」
「ヴァルトリス公爵は到着したか」
「は。すでに階下で傷兵の治療に当たっておられます」
「あやつを呼べ。ヴェルキウスの息子を先に治療させろ。ヴェルキウスの息子を殺したらお前の命もないぞ、と余が云っているとも伝えろ。聞きたいことがある、ともな」
冥王は顎を上げて退出を促し、将校は敬礼して退出した。
「どういうことです、陛下」
「なぜヴァルトリス公爵に脅しのようなことを?」
ジェニウスとアシュレイドが怪訝そうに訊いてくる。王は書類の山で散らかった執務卓を回り、ナシェルがふだん使っている執務椅子の上に神剣を鞘ごと立てかけた。
「済まぬが詳しく説明している暇はない……。余は王子らを救いに往かねばならぬ。だがその前に一つだけ、けじめをつけておかねばと思ってな。……それが済んだらすぐに発つ。
アシュレイド、すぐに発てるよう闇嶺の鞍を用意させておけ」
◇◇◇
「卿、……ヴァニオン卿!」
耳元で何度も呼びかける声で、ヴァニオンはうっすら瞼を開けた。
しばらく、自分が何処にいるのか判らなかった。
全身が怠い。とくに下肢は感覚がなかった。
緩慢な目瞬きを繰り返しながら、ここはどこだ、と視線だけで辺りを見回す。
…どうやら見慣れたエレボス城の、自分に与えられている一室であると判る。
「気がつかれましたか、ヴァニオン卿」
「ヴェルキウス様! よかった……」
自分を見下ろしていたのは馴染みの騎士、イルファランとイスマイルの兄弟だった。
「…………俺……、なんで…………」
ヴァニオンは発するべき言葉を探すが、出てこない。
起き上がろうにもまだ頭が朦朧としていて、体が鉛のように重い。
「ヴァニオン君、まだ動いてはいけませんよ。傷口が開きます」
穏やかな声が近づいてきてイルファランの隣に立った。ファルクだ。イルファランに場所を代わるよう手振りで促し、椅子に腰掛け、慣れた手つきでヴァニオンの足の傷を診始める。
「地上界の端っこに転がってたキミを、彼らが見つけて救出してなかったら、危なかったですよ。もうちょっと遅ければ、足を切らなきゃいけないところでした」
「地上界……?」
はっとした。
瞬時に全ての記憶が脳にのし掛かってくる。思わず身を起こした彼を兄弟騎士が慌てて押さえつけた。
「まだ寝てなきゃだめですよ!」
「ナシェルは?!」
問いに返ってきたのは重い沈黙。
「…サリエルと姫さんは……!」
ファルクはかすかに首を振り、ヴァニオンの肩を押してそっと寝台に戻す。
「落ち着いて。キミがここで騒いでもどうにもなりません」
その時、扉が軽くたたかれた。
入室してきたのは黒の戎装を纏った冥王である。
「陛下……」
冥王は厳しい表情で寝台の脇まで近づいてくる。ファルクが椅子から立ち上がり恭しく臣下の礼を取って、その場所を王に譲った。
「ヴァニオン・ヴェルキウス。無事で何よりであった。目が覚めたのなら丁度よい」
王はファルクが勧めた椅子には座らず、無感情な紅の瞳でヴァニオンを見下ろした。
「時間がないゆえ、要点のみ話そう」
「わたくしは外へ控えておりましょうか?」
「退出は許さぬ。そなたにも聞きたいことがあると云っただろう、ヴァルトリス公」
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