文字の大きさ
大
中
小
125 / 262
第三部 天 獄
50断罪④
「いいえ……秘密のような決めごとなど、一切ございませぬ」
「ほう、なるほどさすがにそれは云えぬか。ま、この場におらぬ者の秘密をそなたが今ここでベラベラやるわけにはいかぬであろうしな。
まあ、その件は今はどうでもよい。話を戻そう。
公爵。もう一度云うぞ。そなたができぬというならば、余が冥府へ帰り次第あやつを処刑し市門に首を晒す。体は都の外へうち捨てて魔鳥どもに啄ませよう。それを『無体だ』などと意見するのであれば、そなたが冥府へ戻り、然るべく計らえ」
「……」
「どうだ、返事を聞こう、ヴァルトリス公」
冥王がナシェルと公爵との関係に気づいているのは明らかで、それを示唆されたファルクに選択権はそもそも与えられていないに等しかった。少なくともそのように、ヴァニオンには見えた。
……ファルクはやがて震えながら膝を折って拝跪し、恭順の意を示してこうべを垂れた。
「仰せの、とおりに……陛下、」
「勘違いするなよ。余はそなたに、あの者と共に死ねとの命令を出したわけではない。たとえ第二王子と懇意にしていたといえども、断じてあれに殉ずることは許さぬぞ。よいな」
王はここで初めて公爵に退出を許可した。
ファルクの背を見送りながら王が吐き捨てるように呟くのを、ヴァニオンは聞いた。
「……そなたはこれからも余の臣として王宮にあり、エベールを手に掛けたことを懺悔しながら生きよ。それが、そなたの負うべき咎だ」
振り返った王は再びヴァニオンを冷たい紅の瞳で睥睨した。
「そなた……何で自分がナシェルの側仕えを続けることができているか、自分でも分かっておるであろう。ここの傷を忘れたわけではあるまい」
王は組んでいた腕を外しヴァニオンの左肩を上からつつく。
「……むろんしかと覚えております、陛下。お望みとあらばどのような処罰もお受けいたします」
「……だがそなたはナシェルの私臣であろう。余がそなたの肩に一撃をくれてやったとき、そなたはそう宣言したではないか。自分の忠誠は余ではなくすべてナシェルのみに捧げると。
よって余はそなたを斬ったりはせぬ……そうしたいのは山々だがな。それにそなたを斬って王子を今すぐ取り戻せるわけでもなし、」
冥王は物憂げに腰の剣に手をやりつつ、窓の外の暗黒界の曇天に視線をやった。
その眼差しはすでに天上界に向けられているようであった。
「……さて、では王子と王女を取り戻しに往くとするか。余としても今さらあの世界に足を踏み入れるのは御免だが、この状況ではそうも云ってはおれぬ……」
「単騎で行かれるのですか」
「無論。そなたら魔族の誰がついてきたところで足手まといになるだけだ。それに余は、今回は地上界を経由して赴くわけではない」
「陛下、まさか」
ヴァニオンは思わず王を振り仰いだ。
「そうだ、ヴァニオン。そなたの家の裏山を通らせてもらうぞ」
王はヴェルキウス家の領地・炎獄界を経由して往くというのだ。
炎獄界には常に噴煙を上げ続ける、荒ぶる大火山がある。
かつて火口はそのまま天上界と繋がっていたという。その昔、天を追われた闇神セダルはその火口からこの冥界に堕ちてきたという。そのとき王が通った灼熱の火山道は、確かに今も残っている……。
だが、大火山自体は、噴火によって三分の二にまでその高さを失っている。爆発によって生じた天界と冥界の切れ目には、時空の狭間らしき空間が横たわり、今も天界に繋がっているかどうかは怪しい。ましてやまだ、火口では小さい噴火が続いているのだ。
冥王自身がかつて、何者もそこへ立ち入らぬようにと、その山の中腹――火山道の入口に封印を施した。
そして王は、もっとも信頼できるヴェルキウス公――つまりヴァニオンの父に、その封印の守となるよう命じ、要石たる炎獄界を与えた……。
ヴァニオンも以前、そのことを父から教えられてはいた。だが自身が封印の地まで赴いたことはない。
「大火山の封印を解くのは、何百年ぶりのことであろうな」
「その火山道は、まだ使えるのですか」
「使えぬならば、わざわざ封印などせぬ。使えることが誰かにばれては困るゆえ封印したのだ」
来た時と同じ典雅な歩調で部屋を出て行きかけた王は、つかの間振り返った。
「サリエルも、まあついでに何とかしてやる。期待はするなよ。あの者の意思が第一だ。
……共に冥界へ帰ろうなどと勧めることは余にはできぬ。あの者にとってこの地は、生きるには苛酷すぎる環境だ。生まれ育った故郷に残りたいと思うほうが、自然であろう。
……ただ、命を捨てても貫きたいほどの愛がこの世に存在することを、余は知っておる。だから意思だけは確認してきてやる」
「あ、ありがとうございます、陛下!」
「……ふん、いくら情けを大盤振る舞いしてやっても足らぬわ。この貸しは相当高くつくぞ、ヴァニオン・ヴェルキウス」
冥王は漆黒のマントを翻して揚々と去り、ヴァニオンは深く叩頭して王を見送った。
張りつめていたものから解放されたような安堵感に、思わず嘆息した。
口でいかに脅そうと、王は自分を最も近しい家臣として扱っている。それは王の残した言葉の端々から察することができた。
(ナシェル……)
ヴァニオンはイルファランに介助され寝台に再び横になると、祈るように目を閉じた。
感想 71
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科
空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する
高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体
それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった
至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する
意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク”
消える教師
山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
【BL】惚れた男に嫌われたくなくて「男遊びならしてもいい」と言ったら、本当に男遊びを始められて絶望している侯爵令息の話
多額の借金で没落寸前の実家を救うため、結婚相手を探していた男爵令息のラキにカムグロス侯爵家から求婚状が届く。
お相手は同性のディートリヒで、初対面で歓迎されるどころか冷たく突き放されてしまう。
『必要最低限関わるな』
『愛人を作るな』
『男遊びならしてもいい』
ディートリヒから実家の借金を完済する条件を言われたラキは、学園で令息たちとの交流を満喫中。
褒め上手なラキの周りには可愛い令息が集まり、推し活状態に。
一方、ディートリヒだけが嫉妬で胃を痛める日々。
ラキへの恋心を隠し続けた不器用侯爵令息に、幸せな未来は訪れるのか?
.