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第三部 天 獄
63重ならぬ、想い②※
だが、甘くもの悲しいそのひとときを、激しい音が唐突に破った。二つある扉のうちのひとつ、外扉が回廊側から叩かれている。ドンドンという鈍い破裂音に、怒声が重なる。
「レストル! おれだ、ここを開けろ!」
心臓が跳ねた。……父の声だ。
思考が白く霞む。この状況を切り抜ける手段は、恐らくない。媚香の薫る狭い天蓋の中で、ナシェルの裸身を媚薬の汁で彩り、その甘い汁を舐めとりながら噎んでいる己。そして正気を失い、男娼の如く腰を揺らしているナシェル。
云い逃れのできる状況ではなかった。
だが咄嗟に身を起こしかけた彼を引き留めたのは、ほかならぬナシェルだった。扉を叩く音も聞こえていないのか、彼の腕の中で、堕落した表情で切なげに請う。
「待って、行かないで……はや…く……早く、挿れて、もう……」
充血し、何をも映しておらぬ瞳。ぴったりと吸いついてくる肌理の細かい肌。見れば見るほど心をかき乱し惑わす、罠のような色めき。
細かく痙攣する指がレストルの腕にきりりと食い込む。
「欲しい……」
レストルは思い直して再びナシェルの上に覆い被さった。泣訴の声が耳に痛く、また彼は外界の音の一切を遮断したかった。
「分かったよ、今、挿れてやるからな」
唇を近づけ甘く囁き込むと、ナシェルの瞳が爛爛と輝く。彼は嬉しげに己ずから脚を広げ、レストルの腰に長い脚を絡めて引き寄せた。レストルはナシェルの見せる直情的な痴態に驚き、昂ぶり、そして苦しんだ。
……外扉が蹴破られる音がした。複数の足音が近づいて来、2人のいる寝室の内扉が叩かれはじめる。すぐ向こう側に父の声が響き渡った。
「レストル!!」
レストルは軽く己のものを扱いて屹立を高ぶらせると、甘い汁に濡れた奥処に宛がい、挿入した。ナシェルの内膜に咥え込ませた果実を押しのけ潰すようにして、深々と穿つ。じゅくじゅくという音を立てて、繋がった部分から緋い汁が噴き出し、シーツを染めた。
「……あああッ…………」
果実ごと穿たれたナシェルの全身が刹那、鞭打たれたように強張り、黒髪がざわざわと猫の毛のように揺れた。眦には涙が途切れなく溜まり、一定の大きさに膨らんだ雫がはたはたとこめかみを伝い落ち、また溜まった。
一瞬ふっと息を詰めた後、ゆっくりと息を吐きながらレストルのものを受け入れるナシェルの貌には、肉感的な安らぎの表情が浮かんでいる。
悦んでいるのだ。それが誰のものかもわからずに。
「レストル! 何をしている! 聞こえないのか!? ここを開けろ」
父の声……。煩い……。
内膜の強烈な圧迫感に耐えながら、レストルは扉の向こうへ叫んだ。
「……うるさい! 放っておいてくれ! 俺を……俺たちを……」
もう完全に終わったなと分かっていてもなお、目の前の躯を手放すことには耐えられそうにない。
幻の奥で誰かに抱かれ、歓びに咽び泣くナシェルが愛しく、哀れだ。狂おしいこの刻を持ち去ろうとしている父への呪詛と、そしてそれよりも遙かに大きい自己嫌悪とで、今は柵も何もかも葬り去りたい気分だった。
自分とナシェルの神司を捨てて、ただの人間になれるものならそうしたい……。あの凡庸な地上界になら、きっと己たちを分つ壁は存在しないだろう。天も冥も。正統も異端も。
扉の外では父に代わって、天王の声が響く。
「レストル! 私だ。ここを開けなさい!」
「嫌だ! 放っておいてくれ……!」
レストルは小刻みに律動を始めながら、声を絞り出した。躯の下では、ナシェルが艶めかしく切れ切れに喘いでいる。
「ふぁ……あ……あ、ぁん……はっ……あぁ……」
ぐらぐらと覚束なく揺れるその頭を支え、顔を近づけ、額と額を擦り合わせた。ナシェルの白い額には汗ばんだ黒髪がじっとりと張り付いている。
「愛してる……愛してる…、くそ……」
狂おしく吐き出しながら、レストルは己の口元を覆った。
(……くそ、俺は、何を云ってる。この状況で!聞いてもいない奴などに……!)
いよいよ己も、気が触れてきたらしい。
だが手で塞いでもまだ、抑えきれぬ熱情は唇をついて湧き出るのだった。
愛してる……愛してる……
レストルは己の指を震えるほど強く、噛んだ。そうしなければ、とめどなく言葉が溢れてしまう。
扉の叩かれる音が激しさを増した。父神が扉に体当たりをしているようだ。
がつん、がつん、と数回、壊れそうな勢いで扉が内側に軋み、やがて蝶番の弾ける金属音とともに扉が開いた。
傾れ込んできたアレンと天王は、一瞬茫然と立ち竦んだ。
沈黙の訪れた室内に、ただナシェルのあえかな、魂消えそうな喚き声だけが響き渡っていた。
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