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番外編
午餐の間にて①
※父子の奇妙な様子を、乳兄弟のヴァニオン視点で観察します。
(このあとにつづく「午餐のあとで」という続編にエロあります。話は続きになってます)
―――――――――――――――
「何だよ食事会って。なんで俺まで出なきゃなんねえんだよ」
ヴァニオンは父に向かって唸った。
ぱりっとした服に着替えさせようと迫る使用人たちに囲まれ、応接椅子の端まで尻で移動しながらだ。
「事前に聞いてねえから! 何で断んなかったんだよ」
普段から貴族社会の慣習や作法を嫌悪しているヴァニオンが、突然の父公爵の命令にこう反駁するのも無理のないことである。
すでに着替えを済ませている父ジェニウスは、溜息まじりに息子を説得する。
「冥王陛下より、たまにはお前も連れてこいとの直々のご招待だ。こちらに拒否権などないことぐらい分かるだろう。いちいち手間をかけさせるな」
「そもそも何で陛下は俺がいま冥府に居るって知ってんだ?」
「なぜ御存じなんだ、と言えこの不忠義者。知らん。殿下がお耳に入れたのではないか」
「ナシェルが俺の話なんか陛下にするわけねえよ」
と、いいつつヴァニオンは自分の問いが愚問であることに気づく。ナシェルが冥府にいる、ということそれが即ち、ヴァニオンが冥府にいるという証しに他ならないではないか。
ナシェルはたいてい暗黒界と冥府の往復の際は自分を(どこに居ようが容赦なく呼びつけて)供につける。領内の散歩や中近距離の遠乗りには近衛士のイスマイル、城下での遊興には黒翼騎士イルファラン、視察の際にはアシュレイド将軍、と、状況に応じて側付きに適した人材を使い分けているのだ。
暗黒界⇔冥府間の往復に自分が指名されるのは、俺が護衛として最も頼りになるから……だとヴァニオンは思っている。(実際、道中、まれに低能な魔獣悪獣のたぐいに囲まれることもある。)
……と信じたいが、実際のところはこの公爵邸を冥府における一時避難場所として確保しておきたいがためだろう。これまでの主君親子の『一筋縄ではいかない』歴史において、ヴァニオン自身と都の公爵邸は、王子によって専らそういう使われ方をしてきた。
……いやまあ、それはそれで良い。ナシェルが自分を頼ってくるときこそ、ヴァニオンは乳兄弟としての自分の存在意義を再確認できるのだから。
「とにかくだ。午餐の時間に遅れる訳には行かん。つべこべ言わずに早く着替えなさい」
「待てよ、いきなりすぎだろ。今日は俺たちこのあと暗黒界に帰る予定なんだぜ。
11刻に厩舎まで迎えに来とけってあいつ一昨日俺に」
その口調に父がピクピクと気色ばむのを悟って、ヴァニオンは語句を改める。
「……殿下が、一昨日、そう俺にお命じになったんであー俺、もう馬の準備しなきゃ」
「心配いらん。その殿下も午餐に同席なさるそうだ」
「……」
どうしてそうなった、と肩を落としつつもヴァニオンは、仕方なくよそいきの上着を使用人から受け取るのだった。
◇◇◇
父親たち、息子たち、あとはたまたま冥府にいた他の冥界公爵ら、という分かりきった面子が午餐の間で顔をあわせることとなった。
正式な晩餐会ではないので円卓方式である。王のための特別な椅子も用意されていない。とくに決まった席次はないようだ。
ヴァニオンは筆頭公爵家の嫡子であるが、ほかの公爵らにいちおう遠慮して、入口に最も近い椅子に陣取った。父・ジェニウスは一番奥の椅子ふたつを空けて右側に座り、内務卿と雑談を始めている。
やや遅れて入ってきたファルク・ヴァルトリス公爵がヴァニオンの隣に腰をおろしてきた。
なんでオレの隣に座んだよ、と思ったが年少者同士なのでマナー上、これは致し方ないだろう。
「やあ従兄弟殿、珍しいですね、 こういう席に君が呼ばれているなんて」
「ふん。たまには顔を見せろってことらしい」
「へえ、その口ぶりからすると相変わらず王宮内では陛下と鉢合わせないようにしているんだね?」
「当たり前だろ。つか、てめーも立場は一緒だろ」
「私の場合は公爵でおまけに宮廷医という立場がありますからね、こそこそ隠れていられませんよ」
「陛下はてめェに宮廷医としての立場なんぞ求めてねえと思うがな」
「失敬ですね。私は日々、色んな薬の開発で陛下のお役に立っているんですよ」
「嘘くせえ」
「本当ですよ。除草剤から媚剤まで、お手のものですフフフ」
「守備範囲が幅広すぎるだろ。まさかお前、ナシェルを媚薬の治験に使ったりしてねえだろうな?」
「フフフ」
「おいっ、ファルク、てめーな……」
ヴァニオンが思わずファルクに向き直ったちょうどその時、侍官が戸口で王子の入室を告げた。
「王子殿下のおなりでございます」
公爵たちが起立したのでヴァニオンも仕方なく立ち上がり、礼をしてナシェルを出迎える。
ナシェルがそばを通り抜けた途端、えもいえぬ香りが漂った。
いい匂いだ。
残り香につられるように息を続けて吸い、視線を上げ、王子の後ろ姿を窺う。
…ナシェルをあのまま自分の物にできていたなら、今、誇らしい気分でその姿を眺められただろうに。
サリエルと恋仲になった今でさえ、時おり一抹の傷みがヴァニオンの胸を去来する。
もし、ナシェルがあのとき俺を選んでいたら。
少なくとも、自分は傷心の旅になど出なかっただろう。
サリエルとの出会いはなかっただろう。
サリエルとの出会いを、運命に感謝するのと同じ比重で、ヴァニオンはまたナシェルとの絆を、断ちがたいものと認識しているのだ。
これは未練ではない。サリエルという伴侶を得た自分に、未練を語る資格はない。
……だがナシェルが自分にとって命を捧げるに足る愛おしい存在であるという事実は、あのころも今も、まったく変わっていないのだ。
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