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番外編
午餐の間にて③
「え……おあずけって……マジか……」
「間違いないでしょうね。いつこちらに帰ってきたんです?」
「二日前だけど」
「ああ……、可哀想に。多分もう限界なんですよ」
「二日間ずっとモヤモヤ……ってことか?」
「じゃなきゃ、あそこまで血管浮かないでしょ」
ヴァニオンは今一度ナシェルを観察した。欲求不満で気が触れる寸前、というファルクの読みをそのまま当てはめると、あの表情も仕草もしぜんと説明がついてしまうのだ。
(おいおいおい)
頭をかかえんばかりのヴァニオンに、横からファルクがさらに囁いてくる。
「それも、多分単なるおあずけじゃないですよ、あれは。前戯だけたっぷり時間かけられて、入れても貰えずヌいても貰えず中断してここに来たっていう極限の状態じゃないでしょうか。殿下のあの凄い形相から察するに、ですが」
「うああ。冗談だろ……」
本当にそうだとするならば、目を充血させ黙りこくるナシェルと、普段通りふるまう冥王の対比があまりにも……残酷すぎる。
「ファルクお前、ナシェルにまた何か変なモノ盛ったんじゃねえだろうな?」
「私が? まさか。盛ってないですよ。でも何か服の下に仕込まれるぐらいのことはされてるかもしれない……、陛下ならやりかねません」
ファルクは食事の進み具合を気にしてようやくナイフとフォークを動かし始めた。
「とにかく、そう思って見てみてください。あの双りを。……すごく淫らな空気だな……」
ファルクは基が変態なのでそのシチュエーションを愉しむことに徹するようだ。
ヴァニオンは反対に、気が気ではない。
ヴァニオンの父ジェニウスは、冥王と会話しながらも、間に座る王子が生気がないのを訝しんでいるようだ。相槌を求めてナシェルに語りかけ、ナシェルの反応を窺う。
ナシェルは適当な相槌でその場をやり過ごそうとするが、冥王に再三、話をきちんと聞くように、食事をちゃんと採るようにと、小さな子供を躾ける時のような小言を言われ、おそらく睡眠不足もあるのだろう……うつろな顔に焦りと憤りを滲ませて冥王を睨み、一向に減らない自分の皿を途方に暮れたように眺めるのだった。
その一連のやりとりが、午餐の間じゅう少なくとも3回は繰り返された。
結局、ジェニウスが余計な気を回すせいでナシェルが冥王に態度を注意されているという構図。
(オヤジよ……もう頼むから放っておいてやれ)
自分を遥かに超える父親のニブさに、ヴァニオンは内心では頭髪をかき毟りたい気分だ。
ファルクの読みはおそらくだいたい当たっているのだろう。そういう視点から見ると、王が普段よりもやたらと皆の前でナシェルの世話を焼いているように見えてくる。たぶん意図的にやっているのだ。だからナシェルは切れそうに怒ってはいるが、逆上すれば目当ての『補給』に事欠くことになるし、そもそもあるじに「待て」を命じられている隷属状態なので、いくら興奮しても自ら動くことはないだろう。
「いやあ、新しいですねえ」
給仕によって何品めかの皿が饗される間、視線だけはナシェルから剥がさずに、ボソっとファルクが呟いた。
「……何が」
「新しい公開プレイだって事ですよ。まんまと巻き込まれちゃいましたねえ」
表向きだけ見れば単なる非公式の食事会だが、ファルクの指摘どおり、もはやこれは冥王とナシェルによるひそかな「焦らしプレイ」の舞台であった。気づいているのは自分たち二人だけのようだが。
「感心してる場合じゃねえだろ。もう俺見てられねーよ」
「分かってないですねえ、ヴァニオン君……」
ファルクは皿の上で小さく、ナイフを持った右手をチチチと振った。
「君は基本的なことを忘れてる」
「なんだよ基本的なことって」
「殿下はMです。それも、『ド』がつく」
「……」
さきほどから、午餐会でする話題じゃないと分かっているのだが話が一向にブレていかない。かくいうヴァニオンも、可哀想で見ていられないと言いつつナシェルの様子から目が離せないのだ。
「殿下はものすごく怒っておられるように見えますけど、やっぱり陛下の主旨に同意してなきゃこのシチュエーションは成立しないわけですし……、結局はあれで陛下からお許しが出るのを待ってるんですよ。うーん可愛いなあ」
「あの凄い形相のどこがだよ」
「おや、キミなら分かると思うんですけどね……。ほら、殿下のあの目。周囲に悟られない程度に陛下にだけ、甘えているじゃないですか。もうエサが欲しくて涎垂らしてるけどまだ『待て』の最中なのでギラギラしてるんですよ……。だからブチ切れそうな反面、構ってほしくて、ああいう危なっかしい仕草で陛下の気を引いてるんです……」
「お前、そこまで分かるなんてすげえな……」
ファルクの観察眼はさすがに冴えている。
ヴァニオンも、ナシェルが冥王にチラと視線を遣った瞬間、その表情の裏にある『甘え』には気づいていた。
だてに長い間乳兄弟をやってるわけじゃない。
ナシェルの考えていることは、だいたい手に取るように分かる。
冥王が読めないぶん、公開プレイとまでは考えが及ばなかったが……。
「思いのほかラブラブなご様子で安心しますね。というか、あてられちゃった感じかな」
……どこがだよ!
行為の合間にわざわざ食事会をはさんでナシェルを生殺しにしつつ、あれこれとナシェルの世話を焼いてみせる王も、苛々しながらもそれに全面服従で頬を上気させ、王にこっそりと媚びをうるナシェルも、そのさまに愛を感じてほんわかしているファルクも、全員完全にオレの理解の範疇をはるかに越えている……。
「で、いつ暗黒界に戻る予定なんです?」
「本当はそろそろ出発する予定だったんだが、ここに呼ばれたんで、食事会の後に出発すんのかなって思って、馬だけは用意してきた」
「あの調子だと……もう出発は延ばすでしょうね」
「今日はもう、領地には帰らねえかな?」
「二日もおあずけ喰ってるんだとしたら……この後あのふたりがすんなり終わる訳ありませんよ。見てなさい、絶対、延ばしてきますから」
「間違いないでしょうね。いつこちらに帰ってきたんです?」
「二日前だけど」
「ああ……、可哀想に。多分もう限界なんですよ」
「二日間ずっとモヤモヤ……ってことか?」
「じゃなきゃ、あそこまで血管浮かないでしょ」
ヴァニオンは今一度ナシェルを観察した。欲求不満で気が触れる寸前、というファルクの読みをそのまま当てはめると、あの表情も仕草もしぜんと説明がついてしまうのだ。
(おいおいおい)
頭をかかえんばかりのヴァニオンに、横からファルクがさらに囁いてくる。
「それも、多分単なるおあずけじゃないですよ、あれは。前戯だけたっぷり時間かけられて、入れても貰えずヌいても貰えず中断してここに来たっていう極限の状態じゃないでしょうか。殿下のあの凄い形相から察するに、ですが」
「うああ。冗談だろ……」
本当にそうだとするならば、目を充血させ黙りこくるナシェルと、普段通りふるまう冥王の対比があまりにも……残酷すぎる。
「ファルクお前、ナシェルにまた何か変なモノ盛ったんじゃねえだろうな?」
「私が? まさか。盛ってないですよ。でも何か服の下に仕込まれるぐらいのことはされてるかもしれない……、陛下ならやりかねません」
ファルクは食事の進み具合を気にしてようやくナイフとフォークを動かし始めた。
「とにかく、そう思って見てみてください。あの双りを。……すごく淫らな空気だな……」
ファルクは基が変態なのでそのシチュエーションを愉しむことに徹するようだ。
ヴァニオンは反対に、気が気ではない。
ヴァニオンの父ジェニウスは、冥王と会話しながらも、間に座る王子が生気がないのを訝しんでいるようだ。相槌を求めてナシェルに語りかけ、ナシェルの反応を窺う。
ナシェルは適当な相槌でその場をやり過ごそうとするが、冥王に再三、話をきちんと聞くように、食事をちゃんと採るようにと、小さな子供を躾ける時のような小言を言われ、おそらく睡眠不足もあるのだろう……うつろな顔に焦りと憤りを滲ませて冥王を睨み、一向に減らない自分の皿を途方に暮れたように眺めるのだった。
その一連のやりとりが、午餐の間じゅう少なくとも3回は繰り返された。
結局、ジェニウスが余計な気を回すせいでナシェルが冥王に態度を注意されているという構図。
(オヤジよ……もう頼むから放っておいてやれ)
自分を遥かに超える父親のニブさに、ヴァニオンは内心では頭髪をかき毟りたい気分だ。
ファルクの読みはおそらくだいたい当たっているのだろう。そういう視点から見ると、王が普段よりもやたらと皆の前でナシェルの世話を焼いているように見えてくる。たぶん意図的にやっているのだ。だからナシェルは切れそうに怒ってはいるが、逆上すれば目当ての『補給』に事欠くことになるし、そもそもあるじに「待て」を命じられている隷属状態なので、いくら興奮しても自ら動くことはないだろう。
「いやあ、新しいですねえ」
給仕によって何品めかの皿が饗される間、視線だけはナシェルから剥がさずに、ボソっとファルクが呟いた。
「……何が」
「新しい公開プレイだって事ですよ。まんまと巻き込まれちゃいましたねえ」
表向きだけ見れば単なる非公式の食事会だが、ファルクの指摘どおり、もはやこれは冥王とナシェルによるひそかな「焦らしプレイ」の舞台であった。気づいているのは自分たち二人だけのようだが。
「感心してる場合じゃねえだろ。もう俺見てられねーよ」
「分かってないですねえ、ヴァニオン君……」
ファルクは皿の上で小さく、ナイフを持った右手をチチチと振った。
「君は基本的なことを忘れてる」
「なんだよ基本的なことって」
「殿下はMです。それも、『ド』がつく」
「……」
さきほどから、午餐会でする話題じゃないと分かっているのだが話が一向にブレていかない。かくいうヴァニオンも、可哀想で見ていられないと言いつつナシェルの様子から目が離せないのだ。
「殿下はものすごく怒っておられるように見えますけど、やっぱり陛下の主旨に同意してなきゃこのシチュエーションは成立しないわけですし……、結局はあれで陛下からお許しが出るのを待ってるんですよ。うーん可愛いなあ」
「あの凄い形相のどこがだよ」
「おや、キミなら分かると思うんですけどね……。ほら、殿下のあの目。周囲に悟られない程度に陛下にだけ、甘えているじゃないですか。もうエサが欲しくて涎垂らしてるけどまだ『待て』の最中なのでギラギラしてるんですよ……。だからブチ切れそうな反面、構ってほしくて、ああいう危なっかしい仕草で陛下の気を引いてるんです……」
「お前、そこまで分かるなんてすげえな……」
ファルクの観察眼はさすがに冴えている。
ヴァニオンも、ナシェルが冥王にチラと視線を遣った瞬間、その表情の裏にある『甘え』には気づいていた。
だてに長い間乳兄弟をやってるわけじゃない。
ナシェルの考えていることは、だいたい手に取るように分かる。
冥王が読めないぶん、公開プレイとまでは考えが及ばなかったが……。
「思いのほかラブラブなご様子で安心しますね。というか、あてられちゃった感じかな」
……どこがだよ!
行為の合間にわざわざ食事会をはさんでナシェルを生殺しにしつつ、あれこれとナシェルの世話を焼いてみせる王も、苛々しながらもそれに全面服従で頬を上気させ、王にこっそりと媚びをうるナシェルも、そのさまに愛を感じてほんわかしているファルクも、全員完全にオレの理解の範疇をはるかに越えている……。
「で、いつ暗黒界に戻る予定なんです?」
「本当はそろそろ出発する予定だったんだが、ここに呼ばれたんで、食事会の後に出発すんのかなって思って、馬だけは用意してきた」
「あの調子だと……もう出発は延ばすでしょうね」
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