文字の大きさ
大
中
小
220 / 262
番外編
氷竜の恋①
(2話構成。短いお話です)
氷竜ディルムトといえば、かつて氷獣界の凍った湖の下に眠っていた悪しき魔竜である。
この竜が永の眠りから目覚めたおり、常世の王である闇神セダルと三日三晩の死闘を繰り広げた末に、加勢に参じた世継ぎ・ナシェル神によって真名を言い当てられ眷下に下ったことは、以前に語った通りである。
さてこの竜、まこと冥王に匹敵する力の持ち主であって、真の姿をとれば両翼の長さは王子の居城エレボス城の城館をまるごと包み込めるほど。吐く息が巻き起こす吹雪は魔獣界の妖魔たち全てを、たちどころに冬の眠りにつかせるほどの剛嵐であった。
魔竜ディルムトは、ナシェルら冥界神たちに調伏され忠誠を誓ったのちは、その姿を翼竜から掌にのるほどの小竜に変えてナシェルにすり寄った。
そこで父王の許可を得たナシェルが、自分の居城において飼うこととなった。
近ごろはナシェルが所用で冥府へ赴く際などには、お供のヴァニオン卿の足を吐息で凍りつかせて、自分が供を申し出るかのようにナシェルの肩に乗って離れないこともあった。
かれらの小競り合いを傍観していたナシェルも、微笑して小竜の背を撫で、
「ならばディルムト。ヴァニオンの代わりに今日はそなたが供をするが良いよ。立派な翼の小さな竜よ、わたしの幻嶺の翼について来れるかな?」
などと軽口を叩いて、この小さな氷竜を供につけて騎行することも度々あった。
すっかりなついた氷竜ディルムトは、王子が眠るときも寝台の上に陣取って共寝し、時には手ずから餌をもらい、執務の際もナシェルの椅子の傍らに侍ることを許されて、たいそう可愛がられているのであった。
――これから語るのは、その氷の魔竜が王子ナシェルに傾けた恋の顛末。
◇◇◇
――氷竜ディルムトは彼を愛している。
夜ごと、恋人に寄り添うようにして眠る。
睡りにつく前、恋人がその滑らかな指で自分の背を撫でるとき、ディルムトは喉の奥から満ち足りた唸りをあげて恋人の腕に尾をすり寄せ、絡ませる。それは情欲の証にして求愛行動。…けれど残念ながら愛する彼には、翼竜族のその行為の意味が、伝わってはいない。
恋人は精美な蒼い双眸を閉じゆきながら語り掛ける。
「おやすみ、お前がそばにいてくれるから安心して睡れるよ」
本当に欲しい言葉とは違うけれども、恋人の眠りを護れるのは嬉しくもある。ディルムトは喉を転がすように唸りながら今宵もまた、尾を恋人の手にすり寄せる。想いに気づかれたくて。恋人の口づけが欲しくて。
「…おやすみ、小さな竜よ。お前は甘えん坊なのだね」
彼の美しさはたとえようもない。
初めて会ったときからディルムトは彼の瞳の虜になった。彼は背筋を凛と伸ばし、朗々たる声で、怯むことなくこちらの真名を言い当て、氷魔ディルムトを一睨みで調伏した。
剣持つ腕には力が漲り、肌は透き通る白さ、黒髪は闇を映した絹のように艶やかに、眼元は若く涼しげで、跨る神馬ともども嶮しいほどの覇気に満ちていた。
彼は泉下のこの世界を継ぐ権利を唯ひとり持つ、蒼き神聖。
ディルムトは隷下に下ると共に、その闇の後継者に恋をした。
……けれど彼――王子には恋人がいるのだ。
氷竜ディルムトといえば、かつて氷獣界の凍った湖の下に眠っていた悪しき魔竜である。
この竜が永の眠りから目覚めたおり、常世の王である闇神セダルと三日三晩の死闘を繰り広げた末に、加勢に参じた世継ぎ・ナシェル神によって真名を言い当てられ眷下に下ったことは、以前に語った通りである。
さてこの竜、まこと冥王に匹敵する力の持ち主であって、真の姿をとれば両翼の長さは王子の居城エレボス城の城館をまるごと包み込めるほど。吐く息が巻き起こす吹雪は魔獣界の妖魔たち全てを、たちどころに冬の眠りにつかせるほどの剛嵐であった。
魔竜ディルムトは、ナシェルら冥界神たちに調伏され忠誠を誓ったのちは、その姿を翼竜から掌にのるほどの小竜に変えてナシェルにすり寄った。
そこで父王の許可を得たナシェルが、自分の居城において飼うこととなった。
近ごろはナシェルが所用で冥府へ赴く際などには、お供のヴァニオン卿の足を吐息で凍りつかせて、自分が供を申し出るかのようにナシェルの肩に乗って離れないこともあった。
かれらの小競り合いを傍観していたナシェルも、微笑して小竜の背を撫で、
「ならばディルムト。ヴァニオンの代わりに今日はそなたが供をするが良いよ。立派な翼の小さな竜よ、わたしの幻嶺の翼について来れるかな?」
などと軽口を叩いて、この小さな氷竜を供につけて騎行することも度々あった。
すっかりなついた氷竜ディルムトは、王子が眠るときも寝台の上に陣取って共寝し、時には手ずから餌をもらい、執務の際もナシェルの椅子の傍らに侍ることを許されて、たいそう可愛がられているのであった。
――これから語るのは、その氷の魔竜が王子ナシェルに傾けた恋の顛末。
◇◇◇
――氷竜ディルムトは彼を愛している。
夜ごと、恋人に寄り添うようにして眠る。
睡りにつく前、恋人がその滑らかな指で自分の背を撫でるとき、ディルムトは喉の奥から満ち足りた唸りをあげて恋人の腕に尾をすり寄せ、絡ませる。それは情欲の証にして求愛行動。…けれど残念ながら愛する彼には、翼竜族のその行為の意味が、伝わってはいない。
恋人は精美な蒼い双眸を閉じゆきながら語り掛ける。
「おやすみ、お前がそばにいてくれるから安心して睡れるよ」
本当に欲しい言葉とは違うけれども、恋人の眠りを護れるのは嬉しくもある。ディルムトは喉を転がすように唸りながら今宵もまた、尾を恋人の手にすり寄せる。想いに気づかれたくて。恋人の口づけが欲しくて。
「…おやすみ、小さな竜よ。お前は甘えん坊なのだね」
彼の美しさはたとえようもない。
初めて会ったときからディルムトは彼の瞳の虜になった。彼は背筋を凛と伸ばし、朗々たる声で、怯むことなくこちらの真名を言い当て、氷魔ディルムトを一睨みで調伏した。
剣持つ腕には力が漲り、肌は透き通る白さ、黒髪は闇を映した絹のように艶やかに、眼元は若く涼しげで、跨る神馬ともども嶮しいほどの覇気に満ちていた。
彼は泉下のこの世界を継ぐ権利を唯ひとり持つ、蒼き神聖。
ディルムトは隷下に下ると共に、その闇の後継者に恋をした。
……けれど彼――王子には恋人がいるのだ。
感想 71
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科
空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する
高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体
それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった
至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する
意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク”
消える教師
山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
【BL】惚れた男に嫌われたくなくて「男遊びならしてもいい」と言ったら、本当に男遊びを始められて絶望している侯爵令息の話
多額の借金で没落寸前の実家を救うため、結婚相手を探していた男爵令息のラキにカムグロス侯爵家から求婚状が届く。
お相手は同性のディートリヒで、初対面で歓迎されるどころか冷たく突き放されてしまう。
『必要最低限関わるな』
『愛人を作るな』
『男遊びならしてもいい』
ディートリヒから実家の借金を完済する条件を言われたラキは、学園で令息たちとの交流を満喫中。
褒め上手なラキの周りには可愛い令息が集まり、推し活状態に。
一方、ディートリヒだけが嫉妬で胃を痛める日々。
ラキへの恋心を隠し続けた不器用侯爵令息に、幸せな未来は訪れるのか?
.