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番外編
かけがえのない日々⑥
……顎を持ち上げられ、深く唇を吸われた。差し込まれる熱い舌を受け入れながら、ナシェルは身を反転させ王の背に手を回す。王の膝上に跨り、自分からも奪うように舌を絡めにいった。
王の指が自然とナシェルの胸の粒を撚り、快感の種火がナシェルの腰を前後にゆらゆらと、揺らめかせはじめる。
たっぷりと互いで互いを満たし合って、もうこれ以上ないぐらいに満足しきっているというのに、口づけをするだけでまた燃え上がってくるから不思議だ。
愛を返したい、もっともっと。
貴方がこれまで私を愛してくれたのと同じぐらい……。
愛などというありふれた言葉では足らない…もっと、この気持ちを説明できるような新しい言葉を知りたい。
「あ、そうだった…」
ナシェルが急に体を起こしかけたので王も唇を離す。
「ん、どうした」
「書庫へ行かなくては。新しい言語を習得しようと思っていたんでした」
「新しい言語? 何だ唐突に」
接吻を中断された王は、服を探し始めたナシェルにローブを貸し与えながらやや残念そうである。気も漫ろなナシェルに戸惑い気味だ。ナシェルが内向的だった少年時代、身を隠すように書庫に籠って妖魔の生態学や言語学の本を読み漁っていたのを思い出したのだろう。
ナシェルの習得したさまざまな魔物の言語(小悪鬼族の言語とか、食屍鬼族の言語とか)は、その後どのように生かされたのかというと……、おもに反抗期に、父王への罵詈雑言のために用いられたのだった。
「そなたの“言語習得ブーム”はもうとうの昔に去ったと思っていたよ。またさらに覚えてどうするというのだね…」
かつて、ありとあらゆる妖魔語でこっぴどくナシェルに罵られた経験のある王は、嫌な予感を表情に滲ませている。ナシェルは腰紐を結びながらくすっと笑った。
「目的が違うんですよ。子供の時分は、もっと妖魔や魔獣たちと意思の疎通ができたらいいなと思って、魔物の言葉を勉強していたんです。話が解れば倒さなくて済むこともあるんじゃないかなって。子供が考えそうなことです。
でもご存知のとおり妖魔族の言葉はあまり綺麗じゃなくてですね…基本的に悪態ばかりで」
「それでそなたも悪い言葉の語彙ばかり増えたよね……」
「悪態つこうと思って言語収集していたわけじゃないんですが、結果的にそうなっていましたね。実際、悪態つきたくなるような出来事もたびたびありましたし。それに関しては父上に反省を促したいです」
「……。…なに、それも余のせいか? そなたの憎まれ口の領域が幅広くなったのも?」
「そう! ちなみに反省ってどうやるかご存知ですか。こうやって胸に手を当ててね、眼を閉じて、自分がしてきたことを振り返ってもう一度自分に落ち度がなかったか、深く考察するんですよ――やってみて」
ローブの首元に埋もれた黒髪を引っ張り出しながらナシェルは、何やら黙想をはじめた冥王を横目に眺めた。王の美しい眉が顰められ、表情に苦悩の色が浮かんだところで王の乗り越えてきた過去を想い、胸が痛んで、王の手を取りやめさせた。
「……すみません冗談のつもりでした。そんなに遠い昔まで遡らなくてもいいんですよ。……でも、何かお感じになりましたか」
「済まぬ、ナシェル……」
瞼を開けた冥王は、やや悄然としている。
「反省点を見いだそうとしたのだが……過去にどこで間違ったのか、そもそも間違いがあったのかさえ、さっぱり分からぬのだ」
「……いいんです。私の方こそすみません、向いてないことさせてしまって…」
貴方の教育本当に間違いだらけだったんですが……。突っ込みたいのをこらえ、ナシェルは父を浮上させようと微笑んでみせた。
「…少し話が逸れましたが、さっきの話。
今度は、黄泉の魔物の言語ではなくもっと響きの良い美しい言葉を覚えようと思うのです」
「ほう、たとえば?」
「地上界の言語でも勉強しようかな。黄泉の妖魔語と同じぐらい種類がたくさんあるんだそうですよ。まだ二種類ぐらいしか話せないから。父上は地上界の言語、ご存知ですか」
「人間族の言語か? ひとつとて知らぬな。知る必要性も感じぬし――魔獣界の生態系学などを学ぶほうが、よほど今後のためになりそうだよ」
「じゃあ、父上はそれでいいや。ね、一緒に行きませんか、書物庫」
ナシェルは甘えた仕草で父の腕をとった。
「それでいいや――、ってナシェル、余はここへ戻る前に十時間も審判の間で仕事を捌いてきたのだよ……」
「それはお疲れさまでした」
「そのあと部屋でそなたを見つけて、抱いた。そなたが欲しがって泣くからありったけの神司をあげたよ」
「はい、夢心地にございました。ありがとうございます」
満足そうに『お腹いっぱい』の表情をしてみせる。王は髪をかき上げ眠たげな声で云った。
「……さしもの余も、ちと疲れておるのだがな」
「……ご冗談でしょう。さっきさり気なく、また続きしようとしてたくせに。ね、行きましょうよ。あれ、父上の羽織物は何処です?」
「それだよ、今そなたが着ておる」
「ぁあ……そうでした」
ナシェルは寝台から降りて父の衣装部屋のほうへ行き、適当に見繕って二人分の長衣を持ってきた。王は莨をふかしたがっていたがナシェルは譲らない。
書物庫でナシェルは誰が書いたものとも知れない地上界の言語についての本を読み耽った。
円卓を囲む読書用のソファに身を落ちつけて、同じように向かいに座る王と時おり眼差しを交わし合う。王は読書用の眼鏡をかけ、魔獣の生態学の図典に目を通していた。読んでいる、というよりは何気なく頁を繰っており、それよりも暖炉の火に照らされた半身の、夢幻的な美貌のほうが気にかかるようだ。
王の指が自然とナシェルの胸の粒を撚り、快感の種火がナシェルの腰を前後にゆらゆらと、揺らめかせはじめる。
たっぷりと互いで互いを満たし合って、もうこれ以上ないぐらいに満足しきっているというのに、口づけをするだけでまた燃え上がってくるから不思議だ。
愛を返したい、もっともっと。
貴方がこれまで私を愛してくれたのと同じぐらい……。
愛などというありふれた言葉では足らない…もっと、この気持ちを説明できるような新しい言葉を知りたい。
「あ、そうだった…」
ナシェルが急に体を起こしかけたので王も唇を離す。
「ん、どうした」
「書庫へ行かなくては。新しい言語を習得しようと思っていたんでした」
「新しい言語? 何だ唐突に」
接吻を中断された王は、服を探し始めたナシェルにローブを貸し与えながらやや残念そうである。気も漫ろなナシェルに戸惑い気味だ。ナシェルが内向的だった少年時代、身を隠すように書庫に籠って妖魔の生態学や言語学の本を読み漁っていたのを思い出したのだろう。
ナシェルの習得したさまざまな魔物の言語(小悪鬼族の言語とか、食屍鬼族の言語とか)は、その後どのように生かされたのかというと……、おもに反抗期に、父王への罵詈雑言のために用いられたのだった。
「そなたの“言語習得ブーム”はもうとうの昔に去ったと思っていたよ。またさらに覚えてどうするというのだね…」
かつて、ありとあらゆる妖魔語でこっぴどくナシェルに罵られた経験のある王は、嫌な予感を表情に滲ませている。ナシェルは腰紐を結びながらくすっと笑った。
「目的が違うんですよ。子供の時分は、もっと妖魔や魔獣たちと意思の疎通ができたらいいなと思って、魔物の言葉を勉強していたんです。話が解れば倒さなくて済むこともあるんじゃないかなって。子供が考えそうなことです。
でもご存知のとおり妖魔族の言葉はあまり綺麗じゃなくてですね…基本的に悪態ばかりで」
「それでそなたも悪い言葉の語彙ばかり増えたよね……」
「悪態つこうと思って言語収集していたわけじゃないんですが、結果的にそうなっていましたね。実際、悪態つきたくなるような出来事もたびたびありましたし。それに関しては父上に反省を促したいです」
「……。…なに、それも余のせいか? そなたの憎まれ口の領域が幅広くなったのも?」
「そう! ちなみに反省ってどうやるかご存知ですか。こうやって胸に手を当ててね、眼を閉じて、自分がしてきたことを振り返ってもう一度自分に落ち度がなかったか、深く考察するんですよ――やってみて」
ローブの首元に埋もれた黒髪を引っ張り出しながらナシェルは、何やら黙想をはじめた冥王を横目に眺めた。王の美しい眉が顰められ、表情に苦悩の色が浮かんだところで王の乗り越えてきた過去を想い、胸が痛んで、王の手を取りやめさせた。
「……すみません冗談のつもりでした。そんなに遠い昔まで遡らなくてもいいんですよ。……でも、何かお感じになりましたか」
「済まぬ、ナシェル……」
瞼を開けた冥王は、やや悄然としている。
「反省点を見いだそうとしたのだが……過去にどこで間違ったのか、そもそも間違いがあったのかさえ、さっぱり分からぬのだ」
「……いいんです。私の方こそすみません、向いてないことさせてしまって…」
貴方の教育本当に間違いだらけだったんですが……。突っ込みたいのをこらえ、ナシェルは父を浮上させようと微笑んでみせた。
「…少し話が逸れましたが、さっきの話。
今度は、黄泉の魔物の言語ではなくもっと響きの良い美しい言葉を覚えようと思うのです」
「ほう、たとえば?」
「地上界の言語でも勉強しようかな。黄泉の妖魔語と同じぐらい種類がたくさんあるんだそうですよ。まだ二種類ぐらいしか話せないから。父上は地上界の言語、ご存知ですか」
「人間族の言語か? ひとつとて知らぬな。知る必要性も感じぬし――魔獣界の生態系学などを学ぶほうが、よほど今後のためになりそうだよ」
「じゃあ、父上はそれでいいや。ね、一緒に行きませんか、書物庫」
ナシェルは甘えた仕草で父の腕をとった。
「それでいいや――、ってナシェル、余はここへ戻る前に十時間も審判の間で仕事を捌いてきたのだよ……」
「それはお疲れさまでした」
「そのあと部屋でそなたを見つけて、抱いた。そなたが欲しがって泣くからありったけの神司をあげたよ」
「はい、夢心地にございました。ありがとうございます」
満足そうに『お腹いっぱい』の表情をしてみせる。王は髪をかき上げ眠たげな声で云った。
「……さしもの余も、ちと疲れておるのだがな」
「……ご冗談でしょう。さっきさり気なく、また続きしようとしてたくせに。ね、行きましょうよ。あれ、父上の羽織物は何処です?」
「それだよ、今そなたが着ておる」
「ぁあ……そうでした」
ナシェルは寝台から降りて父の衣装部屋のほうへ行き、適当に見繕って二人分の長衣を持ってきた。王は莨をふかしたがっていたがナシェルは譲らない。
書物庫でナシェルは誰が書いたものとも知れない地上界の言語についての本を読み耽った。
円卓を囲む読書用のソファに身を落ちつけて、同じように向かいに座る王と時おり眼差しを交わし合う。王は読書用の眼鏡をかけ、魔獣の生態学の図典に目を通していた。読んでいる、というよりは何気なく頁を繰っており、それよりも暖炉の火に照らされた半身の、夢幻的な美貌のほうが気にかかるようだ。
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