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番外編
かけがえのない日々⑭
「――とにかく話を戻すが、この件についてはもうしばらく連絡を待ってみることとしよう。あと三日待って音沙汰が無ければ……そのときは改めて父上にお伺いを立ててみる。すぐにでも催促したいのは私も同様だが、時機尚早な手紙によって、むしろ状況が思わしくない方向へ行く可能性がある」
「承知いたしました。殿下のご判断に随います。……ですがナシェル殿下の書かれたお文ならば、どんな内容でも陛下は甚くお喜びになるのでは…、と拝察するのですが……やはり内容が陳情の件などではそうはいかないものですか?」
「……さすがにいくら父上でも『早く追加予算通して』の内容で喜ぶはずがないだろう」
「そうですね、失礼いたしました」
「いや謝ることではない。そもそもこの手紙が状況を悪化させるというより、むしろ過去の……」
自分の素行のせいだから。
と暴露するわけにもいかないので、言葉を濁す。
「諸事情が原因でな」
諸事情とは、父との今昔のあれこれを全てひっくるめて表現できる、とても便利で素晴らしい言葉だな。
「また諸事情ですか…。いつか小官にも詳細をお話しくださると信じております」
アシュレイドは肩を竦めて出ていった。
――さて。そのように部下を引き下がらせたはいいものの、やはり三日経っても冥府から音沙汰がないのである。
ナシェルは仕方なく「父上がただ単にウッカリ忘れているほうに一億票…うっかりな父上に一億票」と呟きながら『その後軍務卿へお口添えいただけましたか?』という内容の書状をしたためた。
さらっと読み返して、魂の伴侶と慕う相手へ送るにはいささか事務的すぎるな、と自戒し、愛のこもった挨拶をつけ加え、極めつけに『毎夜、貴方の愛の囁きと指の熱さを想い出しては枕を濡らすばかりです――お会いしたく存じます。私の愛する王へ』としめくくった。
なんと情熱的な手紙であることか!(前半の内容はさておき)
ナシェルは手紙を読み返して頷き、丁寧に封蝋をして、それを闇の精霊たちに託した。まぁうっかり忘れているのだとすれば、これで事態は良い方向へ動くはずだ。
◇◇◇
さて手紙を送って、またしばらく経ったある日のこと。
事態はたしかに動きはじめた。ただ、ナシェルの思った通りの方向ではなく――。
まず、突如として父王が暗黒界に行幸したのだ。
深夜、寝台で寝ていたナシェルは、自室で飼っている小さな氷竜ディルムトの唸り声で目を覚ました。――直後、吐息のかかりそうなほど近くから自分と同じ顔に覗き込まれていることに気づいて叫び声をあげた。
「……ッぅわぁ! 父上!?」
「…おはようナシェル」
「え? えっはい、な、何でここに? 今いらしたのですか?」
「そう。忍んで来た」
「何かあったのですか!?」
珍しい事態に混乱しつつも慌てて起き上がる。冥府からここまでは黒天馬でも片道一日はかかる距離だ。普段は何か用があれば容赦なく呼びつけられるのが常だが、わざわざ王が出向いてくるとは一体何事が起こったがゆえか。
「ナシェル――そなた手紙には“余に逢いたさで枕を濡らすばかり、夜も眠れない”などと書いておったくせに、余が入ってきたのにも気づかずぐうすかとよう寝ておったよ……」
「えっ、いえあの……。手紙に書いたのはいわゆる『逢いたさの文学的表現』というもので」
「言葉の綾だったと?」
「とてもお逢いしたい、という文章を飾るための修辞的言い回しですよ」
「毎度毎度、全く調子のよいことを」
「でも、本当に、お逢いしたかったのは確かなんですよ」
ナシェルは居ずまいを正しつつ、王を見上げ微笑んだ。
寝台の上の氷竜が近づいてきてナシェルの膝上に上がった。王に警戒している。王は氷竜に睨みを効かせながら尋ねてきた。
「そなた、こやつを寝台に上げておるのか?」
「え? ディルムトのことですか。そう、番犬代わりに。こらディルムト静かにせよ、陛下の御前だぞ」
「こやつ……妖魔の分際でそなたと同衾とはけしからん! 今一度、氷の湖に冬眠させてくれる」
「ですが『そなたが飼えばよい』と父上が仰ったんじゃありませんか。だからこうしてペットに」
「檻に入れているだろうと思っていたのだ。まさか共寝しておるとは」
「そんなに凶暴じゃないですし、とても賢いんですよ。檻はかわいそうです」
王は腹に何らかの言葉を溜めるが如く、大きく息を吸ったが、声を荒げたりはせず、やがて怺えるように静かに深く息を吐いた。
――――
(※補足:掲載順が前後しましたが、このエピソードは『氷竜の恋』よりも前の話になります。ナシェルはディルムトが美青年に変身できることをまだ知りません)
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