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第三章 蝶の行方

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 ……貴公子たちはそのようにして、死の世界の気配から逃れるようにしばらくのあいだ地上界の荒野を旅した。

 あるときは山河を渡り、泉辺に寝み、草叢を踏み分け、時には人里にまぎれてもみた。

 人界の混沌とした雑踏、名も知らぬ地上の街の喧騒は、彼らの故郷である<根の国>の魔都の退廃ぶりと大差はないように思われる。考えてみれば人も魔族も、ただ住む世界を異にしているだけで、群れをなして暮らしたがるという社会的性質は同じなのであろう。


  それでも、初めて地上界を旅するナシェルにとっては見慣れない風景ばかり。人里に於いても興味深い出来事の連続であった。王子は黒いフードを目深にかぶったまま、若い好奇心を満たすために忙しく夕暮れの地上の街を散策し、無邪気に露店をのぞき、時には酒場で泰然と寛ぎ、人間と同じ酒を味わってみたりもした。傍には必ずヴァニオンが従い、共に楽しみながらも羽目を外すことなく常に周囲に注意を払った。

 道行けば必ず行き交う人が足を止めてナシェルを振り返った。目元を隠しているのにもかかわらず、その秀麗な口元や肌の透き通るような白さが人の眼を奪うのだ。

 見たこともないような上等の布の外套を着ていて動作があまりに洗練されているので、お忍びで旅をしている貴公子であることは傍目にも一目瞭然だった。

(だが、まさかそれが異界の王の御子であるとは誰も思わなかっただろう)

 父ゆずりの艶やかな長身は、まだ青年の域に足を踏み入れたばかりであるというのにすでに人間たちの背丈より遥かに抜きん出ていた。ナシェルの立ち姿は、雑踏のなかにあってもそれ自体が目印となるほど際立っていた。

 一歩裏通りに入れば、客引きをしている妓女や遊女たちが彼を見て次々に声をかけ、服の袖を掴んで店に連れ込もうとするのだが、側に従うヴァニオンがすぐさま鋭い眼差しを投げて彼女たちを凍りつかせた。

 街の女たちは魅了され、陶然と、そして名残惜しそうに、その二人連れを見送るばかりであった。

 ナシェルは自分の持つ神司が人間に悪影響を与えると分かっていたので、人混みの中でも極力人と直接肌が触れ合わないよう気をつけねばならなかった。彼のしもべの死の精たちは、主神に触れた人間を断じて許しはしないだろう。たちまち魂狩りの標的とし、命を奪って泉界へ連行するに違いない。人間が死の神に触れるということは、そういうことだ。

 神司の性質上、ナシェルが地上界テベルにとって危険な客であることは間違いなかった。実際、ナシェルを自分たちの“活動拠点”に迎え入れた死の精たちは、猛然とはりきり、目に見えて活動が活発化していた。あるじに仕事をしているところを見せようと奮起する彼らは、恐らく今宵、普段よりも多くの人の魂を狩るのであろう。

 主であるナシェルは、精霊の活動が盛んになっていることを肌で感じ、人間界に己がもたらす害というものを理解したが、特に制止する必要を感じなかったので、彼ら死の精たちの張り切るままにさせておいた。



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